FILE:23『秘密(シークレット)』
「まずはこれを見てもらおうかね」
そう言うと、オババは巨大コンピューターのキーボードを操作し始めた。すると、大画面にある映像が映し出される。
「これは・・・!」
その映像は前に
「トロイ」でも見たクロス・パウロでの戦いだった。しかもヴァーカードがクロウの赤い杖の光線にやられる直前で止められている。まだ人間の姿の狂戦士の後ろには、大剣を引き抜こうとしているハジメの姿もあった。
「見ての通りこれはヴァーカードがやられちまった時の映像だよ。さて、ここで坊やとバーカードをよーく見ておきな」
前置きを言ってから噂屋のオババが映像を再生すると、動き出した映像の中でまたもバーカードとハジメがクロウの光線にやられ、ウィルスに侵されて行く。
あの時の壮絶な痛みを思い出し、思わず少年は顔を背けそうになるが、ちょうどヴァーカードがククルのバックアップデータでハジメを救う直前で映像が止められた。
「さぁ、ウィルスに侵された二人の違い誰か分かるかい?」
タネを明かす前の手品師の様にオババが周りにいるメンバーの顔を見ながら問い掛ける。
突然の質問にその場は一瞬静寂に包まれたが、その静けさも案外早く破られた。ハジメが答えたのだ。
「そう言えば、ヴァーカードさんよりボクの方が怪我が軽い・・のかな?」
少年の答えに黒衣の魔女はニヤリと笑う。
確かに画面を見てみるとヴァーカードの体はほぼウィルスの侵食により、消滅しているのに対してハジメはまだ指が消えかけているだけである。これはどういう事なのだろうか?
「正解だよ、坊や。あんたとヴァーカードはほぼ同時にウィルスの侵食を受けたのに、二人には明らかな差が出ていたのさ。
さて、それを頭の片隅に置いてもらったら、次はこれを見てもらおうかね?」
何が言いたいのか明確にせず、オババはどんどん先に進める。そのせいで焔もハジメも首を傾げるばかりだが、次の映像に切り替わった途端ハジメの顔色が変わった。
大画面に映し出されたのが、クロウに襲われているシュウの姿だったからだ。
(うわあぁあ−−−!)
「シュウ兄ちゃん・・」
エンゴウの三本の尻尾に吊され、クロウからあの黄金の文字を抜き取られて苦しむシュウの姿に、ハジメは表情を歪ませる今、見てもクロウに対する憎しみが燃え上がり、自分の不甲斐無さに情けなくなる光景だ。
「これはシュウと言う監視者がクロウとか言うモンスターにやられている所だよ。この監視者から出ている文字を解析したんだが、何かのデータって以外は何も分からなかった。
だがその代わり面白い事に気付いたのさ。坊やは辛いだろうが、続きを見ておくれ」
映像が進められると黄金の文字を抜き取られ、抜け殻の様になってしまったシュウが開放される。
そこへ駆け寄るハジメの姿も映し出されたが、彼の体は既にウィルスの被害を受けていた。徐々にシュウの体が消滅していく。
と、シュウが完全に消滅した所で映像がまた止められる。
「気付いたかい?この監視者もウィルスの傷を三つも負っているのにその侵食が酷くゆっくりなのさ。暫くお喋りが出来るくらいね?
コイツは今までのノイズ被害者には有り得なかった事だ。
そこで、坊やとこの監視者のデータを調べてみたのさ。そうしたら驚いたよ」
そこで一旦言葉を止めたオババは、またコンピューターを操作し始める。すると今度は、青い画面にシュウとハジメの姿が映し出された。どうやら二人のキャラ情報らしい
「坊やと監視者のキャラは『エデン』仕様の物じゃない。同じ様で全く別物なのさ。だからウィルスの進行が遅かったんだろうねぇ・・・。
そこで、坊やに聞きたいんだが、あんたその体どうやって手に入れたんだい?」
ほぼ同時にその場にいた全員が、ハジメの方を見る。
いきなり注目を浴びてしまった少年は妙な事を聞かれ、眼を白黒させるばかりだ。
「ど、何処って言われても普通にキャラエディットの中から・・あっ!」
と、そこでハジメはようやく大事な事に気が付いた。
思い出したのである。
それは少年が初めて『エデン』をプレイした時、シュウが笑いながら言っていた事だった。
「そう言えばボクのキャラは新作のゲームのデータをダウンロードしたって・・・」
「新作?これの事かね」
少年の言葉を聞いてオババが操作をすると、画面に『エデン』のオープニング画面が映し出される
しかしよく見ると、背景の古代遺跡が違ったりと『エデン』とは別の物だと言うのが分かった。
「『EDEN2』WB社が総力を上げて作ってる新作さ。
だが、まだ開発中の段階だから、発売は数年先になるだろうがね」
「なるほどぉ。続編のデータなら無理なくダウンロード出来るだろうし、ハジメ君のプレゼントついでに自分のキャラも新しくしたって所ですな」
ハジメの言葉を受けて今度は次郎が口を開く。オババもまた納得した様に頷きながら、
「確かにそれなら辻褄が合うね。つまり坊やが助かったのは『エデン』とは別のデータを使っているからって事さ。
さて、それが分かった所で今度はウィルスの話に行くよ」
と、また手早くコンピューターを操作し出した。すると今度はクロスパウロでヴァーカードと戦ったクロウの姿と、焔達と戦っているエンゴウの姿が静止画で映し出される。
「正直な話、奴らが使っているウィルスの正体は皆目検討が着かない状況さ。
後で坊やからデータを採らせてもらえば、何か分かるかもしれないがね?一つ分かった事と言えばコイツらもまた、『エデン』とは全く違うデータを使っているモンスターって事さ」
「違うデータ?コイツらは誰かに作られたって事か?」
信じられないと言った口調で焔が驚く。確かにウィルスモンスターの非常識な能力は、間近で見た者しか理解出来ないだろう
するとオババは、彼を小ばかにした様に低い笑い声を上げた。
「何だい?奴らが空想の中から出て来た化け物だと思ってたのかい?
ネットワークの世界にいる者は、必ず誰かに作られたのさ。
・・ただし、コイツを作った奴は相当趣味の悪い奴だろうね」
喋りながらオババが操作すると、今度は焔とエンゴウの戦いが映し出された。
焔の吐いた焔炎弾を、エンゴウのバリアが弾き飛ばしている姿が映っている。
「分かり易く言うと、このモンスター自体がウィルスを守るセキュリティみたいな物なのさ。
バリアはパスワードみたいなもんかね?
アンタ達の攻撃はデータが違うから正しいキーワードとは判断されず、跳ね返されちまうのさ。
逆にモンスターは正しいキーワードを知っているから攻撃し放題だし、やられたらユーザーはウィルスに感染しちまう。
・・全く、このモンスターを作った奴に会ってみたいねぇ?
こんなデータなら、恐らくペンタゴンのコンピューターだって破壊する事が可能だろうよ」
オババが感心した様につぶやくが、周りにいる者達は誰も口を開かなかった。
ため息を尽きながら頭を掻く者、苛立ちながら舌打ちする者、関心がないのか無表情の者、黙っていても表情は様々である
だがそんな静寂を破ったのは意外な事に、またしてもハジメだった。
「じゃ、じゃあボクのあの時の力は何なんですか?」
少年として1番知りたいのは、エンゴウを倒した時の豹変した自分だった
ハジメの言葉に焔もオババの方を見る。
『エデン』のキャラではウィルスモンスターに絶対勝てないとオババは言ったが、現に少年はエンゴウを倒したのである。
皆が辿り着く当然の疑問に、オババはしたり顔で微笑んだ。
「問題はそこさ。坊や、アンタはとんでもない偶然から奴らと同等の力を手に入れたんだよ。
それは奇跡と言っても良い。バーカードがアンタの事を救世主だって言っちまうくらいの・・・ね?」
勿体振るオババがカタカタとキーボードを叩くと今度は画面に、天に向かって叫ぶハジメの姿が映し出された。
少年の周りから天に向かって黒い光が一直線に伸び、エンゴウが作り上げた赤き結界を貫いている
当の本人であるハジメには、すぐにいつの場面か理解出来た。
シュウを失い、自分が豹変した直後だ。
「これが・・・ボク?」
「そう、これは監視者が消えちまった直後の坊やの姿さ。ここから暫く映像を見ていておくれ」
オババに言われるまでも無く、ハジメは映像から眼が離せなくなっていた
自分が感じるのと、周りから見るのでは伝わり方が違う場合がある様に、豹変した自分はハジメが思っていた以上の醜態だった。
獣の咆哮を上げた少年はクロウ目掛けて、銃弾を浴びせる。そして盾になる様に立ち塞がったのがエンゴウだった。
クロウを守る狂犬はバリアで銃弾を防ぎ、少年に襲い掛かる。だが、今までどんな攻撃をも防いで来たエンゴウのバリアはその途端ヒビが入り、ガラスの様に砕けてしまった。
そこで映像が止められる
「ここで見て欲しいのは坊やの両手さ。黒い光が持ってる拳銃ごと手を包み込んでいるのが分かるかい?」
オババの言う通り、よく見るとそれまで左手だけ黒く染まっていた少年の手が真っ黒な光に包まれている。
しかもエンゴウに放たれている銃弾まで黒い弾に変化していた。
「これを解析してみたら何とヴァーカードのバックアップデータから漏れ出したウィルスの光だったのさ。
つまり、坊やはあの時ウィルスを使って戦っていたんだよ」
「何だと!?」
オババの言葉に真っ先に驚いたのは焔だった。ハジメは驚いて声も出ない
それでもオババの説明は尚続いた。
「驚いたかい?坊やがこのエンゴウと呼ばれるモンスターのバリアをぶっ壊したのは、同じデータをぶつけたからさ。
しかも驚くのはそれだけじゃない。この時、坊やのLvは50にまで達していたんだ。恐らく、流れ出したヴァーカードのデータも使っていたんだろうねぇ」
「ボクがバーカードさんの力を・・・?」
それに少年は思い当たる節があった。
あのエンゴウ戦の時、心は憎しみに満ちていたのに頭は驚く程冷静で、しかも別人の様に判断が早かったのである。
それはハジメが、ヴァーカードに成り切っていたからだったのだ。
少年が思案顔でまた黙ってしまうと、今度は腕を組んだ焔がまた口を開く
「なるほどな、それでヴァーカードさんがこのガキの戦い方が自分と似てるって言ったのも説明が着くぜ。
待てよ?て事は、このガキのレベルが上がったのもエンゴウを倒したからって事か?」
焔が質問すると、噂屋のオババは無言のままは頷いた。どうやらハジメのLvが上がった事も知っていたらしい。
「根拠は無いがそう言う事なんだろうね。
つまり坊や、アンタはウィルスに耐性を持っているデータと、『エデン』の中でも最強の部類に入るヴァーカードの力、そしてノイズと結一対抗出来るウィルスと、三つを兼ね備えたキャラクターを使っているんだよ」
長い説明を終え、オババが一息着くがハジメは唖然とするばかりだ。ただの興味で始めたゲームだったのに、いつの間にかとんでもない力を手に入れていたと聞かされたら驚くのは当然である。
恐る恐る自分の左手を見ると、黒く染まった手が心なしか震えているのが分かる。
それは未知の力への恐怖のせいだろうか?それとも全く別の感情のせいなのか、ハジメ本人にも分からなかった。
「チッ、て事はやっぱりノイズと戦えるのはこのガキだけって事かよ」
何処か不満のある様子で焔がつぶやく。
今までずっとノイズと戦って来た彼にしてみたら当然の反応だろう。
「今の所はね。さっきも言った通り、ウィルスモンスターのバリアを破壊出来るのは坊やだけさ。ただ、バリアを破壊した後はアンタ達の攻撃も通用していたみたいだからバリアさえ壊せば、ウィルスモンスターもただのモンスターと同じになっちまうって所だろうね。
まぁ、奴ら相手に暴れたいのならバリアを破壊した後にするこったよ」
「・・・チッ!!」
あからさまに舌打ちした焔だったが、その後は何も言わずそっぽを向いてしまった。
色々思う所はあるが、それを口に出す訳にはいかないのだろう。
一方、いつの間に煎れたのかアカネが持って来た紅茶を啜ると、オババはニッコリと笑いこちらに向き直した。
その笑顔に少年は何故か嫌な予感を覚える。
「さぁ〜て!!長い前置きはここまでにしておいてこれからが本題だ!
アンタ達、これからどうやって坊やを守るつもりだい?」
いきなりの質問だった。それにはハジメはもちろん、焔も怪訝な顔をして魔女の方を見る。
「ハァ?何言ってんだ?そんなもん俺とヴァーカードさんでやるに決まってーー」
「そこが問題なのさ。アンタ、分かってるのかい?ヴァーカードはチビっこいドラゴンになっちまってとても戦力とは言えないだろう?
それにアンタだって、たかがアウトロー三人にヒィーヒィー言ってたじゃないか」
「な!?ババァ、テメー見てやがったのか!?」
自分の恥を晒されて焔が詰め寄るが、次郎がオババの前に立って彼を宥める。
口調は穏やかだが、痩せ型の焔の倍は有りそうな彼の巨漢は中々迫力があった。
「まぁまぁ、落ち着いて。マスターは《ゴースト・ハッカーズ》の皆さんを心配してるんですわ」
「次郎の言う通りだよ。《ゴースト・ハッカーズ》で実質戦えるのは焔、アンタだけなんだよ。
それじゃいくらなんでも戦力不足じゃないか?って私は言ってんのさ」
オババの言い分には確かに一理あった。ウィルスと戦える可能性を秘めているとは言え、未だLv5のハジメを戦力とはとても言えない。
それに納得したのか、怒り心頭だった焔も渋々引き下がった。
「ぐ・・・!じゃあどうしろってんだよ!?」
「全くしょうがないねぇうちのボディーガードを連れて行きな。アンタ達の側にいればウィルスの情報も得られるし、一石二鳥だろう?」
いきなりとんでもない事を言い出す魔女の提案に焔は思わず眼の前の大男を見上げた。
当の次郎は分かっているのか分からない様子で、ボリボリ頭を書いている
確かに彼なら即戦力となるだろう。
ただ、情報収集が上手い様にはあまり見えないが・・・。
「ハア!?おいおい、バァさん!うちのホームの広さ知らねぇのか?こんなデカイ奴がいたら誰も中に入れなくなっちまうぜ!」
「はぁ?何言ってんだいアンタ達に付いてくのは次郎じゃないよ?」
まるでズレてしまっている会話に、肩を竦めながらオババが顎でその人物を指す。
新しく仲間になると言う
「噂屋のボディーガード」は、次郎の隣にいるハジメと同じくらいの身長の少女だった。
「私の助手兼ボディーガードのアカネさ。ちょっと口数は少ないが仲良くしてやっておくれ」
「え・・・?」
ようやく勘違いに気付いたハジメと焔が、豆鉄砲でも食らった様な顔をする。
この後、二人の驚きの声が噂屋中に響いたのは言う間でもないーー。
そして、ほぼ同時刻。
迷いの森の中では、森を突き進む三つの影があった。
一つは肩を怒らせながら歩き、一つはオドオドとそして最後の一人は面倒臭そうに頭に手を置きながら歩いている。
と、その影の一つ、オドオドと歩いていたのが不意に口を開いた。
「マ、マジでやるんスか?蘭ちゃん・・・!」
口を開いたのは才蔵だった。どうやら龍馬達にやられた後すぐに戻って来たらしい。
かなりやる気の無いサングラス男の前後にいるのは、もちろん蘭丸と阿国だった。
「当たりめぇだ!!テメーはあんなに舐められて悔しくねぇのか!?」
振り返った仮面アウトローが、ビビリ気味な才蔵の頭を叩く。アウトロー二人を束ねるリーダーはどうやらかなり苛ついている様だ。
「で、でも、またチェイサーの奴がいたら返り打ちっスよ?」
「そうならないためにワザワザこいつ連れて来てんじゃ〜ん♪」
心配そうな才蔵の言葉を遮る様に、後ろにいた阿国が笑う。
そう、ギャルアサシンの浚に後ろ、そこには小山の様な巨大な陰が歩いていた。
ーーズン!!
(コォ〜〜ホォ〜〜!!)
独特の呼吸音をしながら巨大な影が、蘭丸達の後を付いて行く。
結一陰から見えるのは、爛々と光る生物では有り得ない一つ眼。
それが世話しなく辺りを見回しながら、蘭丸達の後を追っていた。
「へっ!!待ってろよ?クソチェイサー共!!《ドラゴンレイン》の蘭丸様を怒らせた事を後悔させてやるぜ!!」
復讐に燃える蘭丸がニヤリと笑う。
アウトロー達が向かっている先・・・それはもちろん噂屋のホームだった
(続く)