FILE:21『正義(ジャスティス)』
「ククク・・・ハハハッ!!」
チェイサーである剣に警告を受けて最初、怯んでいた蘭丸だったが突然笑い出した。誰も喋っていない森の中で、その笑い声は良く響く。
「こいつは良いや!ムカつくヤンキー野郎の次は憎きチェイサー様のご登場かよ?
どいつもこいつも人の楽しみ邪魔しやがってぇ!!」
ーーガギィン!!
苛立ちをぶつける様にまた蘭丸が地面に大斧を振り下ろした。その姿は思う様にいかず駄々をこねる子供と同じである。
怒りに震える仮面アウトローは、一度深呼吸すると、静かに吐き捨てた。
「・・潰してやる。テメーら皆まとめてぶっ潰してやる!!」
「ちょっ!蘭ま・・キャア!!」
突然だった。阿国の制止を振り切ると蘭丸は剣に襲い掛かって行ったのである。
高すぎるプライドと好戦的な性格が、仮面アウトローから
「逃げる」と言う選択肢を奪ったのだ。
しかし、歴戦の戦士である剣はハジメを庇う様に立つと、ゆっくりと腰に挿した刀に手を添えた
「オラァ!!」
ーーギィン!!
一旦高々とジャンプし、相手の意表を突いたつもりの蘭丸の攻撃は刀を抜く事もせず、鞘だけで剣に防がれてしまった。
着地した仮面アウトローは武器の大きさを利用しそのまま力押しに切り替える。
「何故だ?何故お前達アウトローは人の警告を聞こうとしない!」
「教えてやろうか?そりゃテメーがムカつくからだ!!」
ーーガギィン!!
斧を跳ね返した剣は、後ろにいるハジメを気遣い横へと走り去る。
標的を完全に少年から侍に変えた蘭丸もその後に続いた。
「テメーの話は聞いてるぜぇ?剣。強ぇんだってな?俺の部隊の連中も何人もやられてるからな。だが、そんなお前を倒せば俺の名もさらに上がるってもんだ!!」
ーーブン!!
剣の後を追いながらジャンプした蘭丸は、その『正義』の文字が描かれた背中目掛けて大斧を振り下ろす。だがその瞬間 剣の姿が一瞬で消えた。そして、着地した仮面アウトローの背後に瞬時に現れる。
「なっ!?」
「敵を恐れず向かって来るその意気は良し。
だが心せよ。己の力量も分からず相手に闘いを挑む事を勇気とは言わない人、それをーー」
静かな口調で語りながら剣が持っていた刀を抜く。
振り返って反撃しようとした蘭丸と彼の一撃がほぼ同時に森の中で交差する。
「無謀と言うのだ!!」
ーーズバッ!!
言葉と共に攻撃が炸裂したのは剣の方だった。蘭丸の体が後方へ10メートル近く吹っ飛ばされる。迷いの森に登る美しい月の下で、彼の愛刀『桜花』が身につけている白き鎧と同じ輝きを放っていた。
「ぐ・・テメェ!!」
「来るが良い、悪よ。正義の名の元に貴様の罪を裁いてくれる!」
怒りを増して立ち上がる蘭丸をさらに挑発し、剣がスッと刀を構える。凄腕チェイサーとアウトローユーザーの新たな闘いが火蓋を切ろうとしていたーー。
(蘭丸の馬鹿!!あいつに勝てる訳ないじゃん!!)
一方、一人取り残された阿国は焦っていた。剣の実力を知っていたからである。
『白銀の侍』と言う異名を聞けばアウトローの中で知らない者はいないと言われる正義の使者。
噂では30人もいたアウトローパーティーをたった一人で全滅させたと言う
そんな奴に万が一にも蘭丸が勝てる訳が無い。
しかもチェイサーに倒されてゲームオーバーになる事は、アウトローにとってただの死とは別の意味を持っていた。
近年、ユーザーの増加に寄り『エデン』のルールを利用し、増え続けるアウトロー対策のためWB社は一般ユーザー達からある募集を行った。
それが、アウトロー駆除を主にする特別ホーム・チェイサーの設立である。チェイサーはアウトローに対してのみシステムと同じ権限を持ち、アウトローを倒した報酬として賞金やレアアイテムが手に入る事になっている。
そしてチェイサーに倒されたアウトローは『エデン』に接続するためのアカウントを停止され、二度と戻って来る事は出来ないのだ。
だからチェイサーとアウトローのイタチごっこが日々、『エデン』内で行われている。
ちなみに、まだ人間だった頃のヴァーカードがWB社にやらされていた仕事も、このチェイサーの一環である。
(どうする?蘭丸に加勢してアカウント停止になるなんて馬鹿な真似は御免だし、ここは結界を解除して私だけでも逃げーーー)
「おいおい、何考え込んでんだ?くの一姉ちゃん」
と、逃げる方法を必死で考えていた阿国だったが突然呼び掛けられ、顔を上げる。
見るとそこにいたのは焔だった。
相棒のアックスギターを肩に担ぎながら鋭い視線を向けている鬼人は、形勢が逆転してニヤニヤと口元を緩ませている。
「仲間見捨てて、自分だけ逃げる算段か?クズが考えそうな事だぜ」
「ウザっ・・!あんた死んで欲しいんだけど?」
焔の言葉に阿国の表情が変わった。
くの一もまた、蘭丸に負けず劣らずのプライドの高さの持ち主だったのである。
リアルでも仮面アウトロー達とつるみ、クラスではいじめグループのNo.2に納まっている彼女を回りの連中は持て囃し、お嬢様扱いして来た。
だからこそ、自分を馬鹿にする者達は卑怯な手段を使い、全て叩き潰して来たのである。
その遊びが興じて、始めた『エデン』のアウトロー行為が出来なくなるかもしれない瀬戸際なのに口だけのヤンキーに絡まれ、阿国は苛立ちを激しく募らせる。
「それなら悪ぃけど相手してくんねーか?
グラサン野郎ぶっ飛ばしただけじゃ腹の虫が納まらないんでな!!」
「ハッ、ナメんじゃないって〜?龍馬ならともかくあんたなんかに負ける訳ないじゃん!!」
言うやいなや、阿国は猛スピードで焔に突っ込んで来た。
アサシンの持ち味は武器の多さなどもあるが、何と言ってもこの素早さである。
焔が防御体制を取る前に阿国は、持っていた鍵爪で首元を狙った。これで秒殺を謀ったのである。
だが、事はそう上手くは行かなかった。
何と焔は全く動じずその鍵爪を受け止めたのである。
まさか自分の攻撃が受け止められると思っていなかった阿国は、動きを止める事が出来ず急ブレーキを掛けた様に引っ張られる羽目になった。
「ウソっ!?きゃっ!!」
「へっ、やっぱこの程度・・かよ!!」
鍵爪を掴んだまま、反動を生かして焔が阿国を投げ捨てる。
強引な投げ方のせいで受け身も取れず、ギャルアサシンは何度も地面に叩き着けられた。
「ギャッ!ちょっ、あんた・・何で!?」
「さっきは闘う所じゃ無かったからな?テメェら如きに、てこずっちまった。
覚悟しな?さっきまでの借り100万倍にして返してやるぜ!!」
(す、凄い・・!)
目の前で始まった二つの闘いに、ハジメは息を飲んだ。
自分を守ってくれる二人の戦士は闘い方こそ正反対だが、その強さはお互い圧倒的である。
蘭丸と戦っている剣は優雅で華麗。
怒り狂って繰り出して来る蘭丸の攻撃を、まるで流れる水の様にスイスイと回避して行く。
対する焔は荒々しく完全な力押しだ。相手に攻撃する暇すら与えず、アックスギターを縦横無尽に振るい続ける。
静と動のファイトスタイルを持つ二人の闘いを見て、少年はゲームでありながら鳥肌が立つのを感じた。
(ボクもいつか、あんな風に・・・)
知らず内に拳にも力が入る。
バーカードの闘いを見た時にも感じた強さへの憧れ。闘おうなんて決心した所で、結局足を引っ張ってしまった不甲斐無さーー。
様々な感情が少年の中で交差する。
悔しくて目頭が熱くなるが、それでもハジメは顔を背けたりせず二人の闘いを見守り続けた。
いつかは守られる側から共に戦える側へ。
そんな強い決心を心に秘めながらーー。
ーーガギィン!!
「ぎゃう!!」
突き上げる様なアックスギターの一撃を食らって阿国の体が吹っ飛ばされた。
最初、広場の中央にいたが焔の連撃を食らい続けたため、いつの間にか結界の近くまで追い詰められている。
既に身につけている忍装束もボロボロで、ダメージが蓄積しているのは明らかである。
対する焔は体に傷一つ無く、悠々と阿国に歩み寄って来た。
(ウソでしょ!コイツこんなに強かったの!?)
「どうした?グラサンがいねーと何も出来ねぇのか?」
「くっ、この・・調子に乗んな!!」
一度は焔に喧嘩を売った事を後悔した阿国だったが、余裕で近づいて来る彼の態度に再度、闘志を燃え上がらせる。
突然手を後ろに隠したと思うと、アサシンの背後から四つの陰が飛び出して来た。
それは鎖付きの仕込み分銅である。
分銅は焔の両手両足に絡まり、その動きを封じてしまった。
武器を鍵爪から鎖鎌に変えた阿国は、分銅が命中したのを見てニヤリと笑う。
「キャハハハハ!!バーカ、油断するからそうなんのよ!」
「さすがアサシン、色々持ってんな?
だが感謝するぜ。これで動かなくても済むからな!」
ーーグイッ!
そう言うと何を思ったか焔は自分の右腕に絡まっていた鎖を掴み、思いっきり引っ張った。
すると何と手繰り寄せられた鎖が、阿国の体を持ち上げ、宙に浮かせてしまったのである。
とんでもない力技に、阿国は眼を白黒させるばかりだが、その間にも吊り上げた魚を待つ様にアックスギターを構えた焔が目の前まで迫って来ていた。
「うわっ!ウソ、ちょっ待っ・・!」
「オラァ!!」
手繰り寄せた所に渾身の一撃を加える焔。そのあまりの威力に四肢に絡まっていた鎖は砕け、悲鳴を上げながら阿国は結界の壁へと激突する。
「そらぁ!レクイエムを聞く時間だぜ!」
阿国が弱っているのを見て、頃合いと判断したか焔がアックスギターの先端を向けた。
するとギターの先から小さな火の球が発射され、見る見ると大きさを増したそれは、あっという間巨大な火炎球となりギャルくの一の体を包み込んでしまう。
それは焔炎弾の様な相手を攻撃する炎では無く、相手を捕らえるための魔法弾だったのだ。
「何これ!?う、動けない・・・!」
「行くぜ!オラァ!!」
火炎球の中で阿国が脱出しようと必死にもがいている内に、ジャンプした焔がアックスギターを火炎球に突き刺す。
そして背中を向けると突然、ギターを弾く体勢になった。
「インフェルノ・レクイエム!!」
ーージャーーン!!・・ドゴォン!!
武器では無く楽器としてアックスギターの音色が初めて奏でられた途端、焔の背後にあった魔法弾が爆発した。
アックスギターの音は火炎球を破裂させる引き金になっていたらしい。
その爆発の威力は絶大で焔の背後にあった物全てを炎と黒煙が飲み込んでしまった。
「きゃあぁぁぁっ!!」
爆発の瞬間、悲鳴を上げながら阿国の体が光のクズとなって消し飛んだ。それと同時に、広場を囲んでいた結界もひび割れを起こし崩れていく。
術者が敗れた事で術が解けたのだ。
まだ煙が立ち上っている内に振り返りもせず、焔が引き返し始める。
「音を炎に変える俺の魂の曲。テメェには少し熱すぎたか?」
憂さを晴らしてすっきりした顔で焔がアックスギターを一振し、もういないギャルくの一につぶやいたーー。
「阿国っ!!クソッ!」
仲間がやられたのを見て蘭丸が忌ま忌ましげに舌打ちをする。
こちらも焔の闘い同様、一方的な展開となっていた。
「残るはお前一人だぞ。大人しく武器を下げて、仲間のいるクロスピアへ帰れ!」
刀を構えたまま剣が説得する。流水の動きで蘭丸の攻撃は全て回避していた彼にはダメージは全く無い。
対する蘭丸は隙を突かれた攻撃を受け続け、かなり疲労している様だ。
「ざけんな!!これだけコケにされて引き下がる訳ねーだろうがぁ!!」
追い詰められて逆上した蘭丸の大斧が突如点滅し始める。
それが段々と短くなるにつれ、斧の回りに得体の知れない浮遊物が纏わり付き始める。
見ていた剣の表情も一層厳しくなった。
「怨念・・斬!!」
−−オォオオーーーッ!
チャージの終えた大斧が真っ赤になり蘭丸が振り下ろすと、なんと刃から無数の骸骨達が飛び出して来た。
紫の霧の様な姿をした骸骨達は、声にならない声を上げながら蘭丸の怨みも乗せて一直線に剣へと向かって行く。
だが、刀を構えた白銀の侍は全く動じず、小さく深呼吸すると丹田に力を込める。
そしてカッと眼を見開くと、怨霊達に向かって愛刀『桜花』を振り下ろした。
「ハッ!!」
ーーザシュ!
勝負は一撃で着いた。闇を払う白刃の刀は怨霊達を真っ二つに切り裂いたのである。
切られた怨霊は小さな呻き声を出しながら、跡形も無く消えてしまう。
あまりの鮮やかな技に、蘭丸は勿論、遠くで見ていたハジメも思わずア然としてしまった。
「ば、馬鹿な!今のは俺の最強の技だぞ!?」
「正義の刃に悪しき怨霊が敵う筈などない。今度はこちらから行かせてもらうぞ!!」
言うと鋭い眼光を携えたまま、剣は一足飛びで蘭丸との距離を一気に詰める。
そのスピードについて行けず、蘭丸が驚いて身を縮こまるせるが、何故か侍は何もせず通り過ぎてしまい、仮面アウトローの背後で立ち止まってしまう。
そして何事もなかった様に、また歩き出してしまった。
「・・・あ?ハッ!た、ただのハッタリかよ!驚かせやがってーー」
攻撃されてなかった事に悪態を突きながら蘭丸が振り向き、がら空きになっている剣の背後を狙う。
すると白銀の侍はゆっくりと刀を納まっていた鞘に戻し、静かにこうつぶやいた。
「清廉潔白剣・剣技ーー断罪剣!!」
ーーチャキン
刀が鞘に納まった途端、有り得ない事が起こった突然、蘭丸の体に無数の刀傷が現れたのである。
体の上から下へ、いくつもの傷が現れたのと少し遅れて、刀で斬られる音が聞こえて来た。
攻撃のあまりの早さに、音が追い付かなかったのである。
そう・・蘭丸と剣の体が交差した瞬間、侍は攻撃をしなかった訳ではなかったのだ。
早過ぎて周りにいたハジメはもちろん、やられた蘭丸本人すら気付かなかったのである。
自分が切られていたと分かった時には既に遅く、仮面アウトローは悲鳴を上げて、その場に倒れ込むしかなかった。
「ぐあああぁっ!!」
「その傷は貴様が手に懸けたユーザー達と同じ数自らの罪たっぷりと悔いるが良い」
剣が冷たく言い放つが蘭丸は答えられず、ただ体をぴくぴく動かせている。
勝負が着いた事を確信した侍は、厳しい表情のまま虫の息の仮面アウトローに近寄り、襟元を掴んで強引に持ち上げた。
「ぐ・・・お!」
「死なない程度に手加減しておいた。貴様らアウトローに聞きたい事がある」
苦しげに蘭丸が呻き声を出すが、剣は全く力を緩めない。その冷徹な態度に悪に対する強い憎しみが込められている様に見えた。
「き、聞きてぇ事だと・・・?」
「そうだ、お前達にしか聞けない事。ーー黒の兄弟の居場所を知っているか?」
黒の兄弟と言う名を聞いた途端、蘭丸の態度が変わった。
表情は仮面を被っているせいで分からないが、剣の腕を掴む手がブルブルと震えている。
今まで、どんなに追い詰められていても悪態を突いていた仮面アウトローにとって有り得ない態度である。
侍チェイサーは動揺する蘭丸の反応を見逃さなかった。
「く、黒の兄弟だぁ!?冗談だろ、誰があんなヤベー連中とツルむかよ!」
「そうか、お前の様な奴が知る筈も無いな。
今回は見逃してやる。早々にこの森から出ていけ!」
用件は済んだのか、剣は蘭丸を解放するとさっさとハジメのいる方へ歩き始める。
少年もまた、助けてもらったお礼を言うために侍に歩み寄ろうとした。
だがーー。
「・・ふざけんなよ。俺が、この俺がお前なんかにぃーーーっ!!」
突然、剣の姿を黒い影が覆った。蘭丸である。
見ると仮面アウトローは口に薬草をくわえたままジャンプし、大斧を振り上げていた。
剣は気付いていないのか?全く振り返ろうとしない。
「危ないっ!!」
驚いたハジメが慌てて駆け寄ろうとするが、剣はそれをスッと手を出し制する。
来るなと言う意思表示らしい。
だが、その間にも蘭丸は迫りつつある。
立ち止まったハジメが不安な面持ちで見ていると白銀の侍は体勢を少しだけ低くし、また腰に挿してあった刀に手を添えた
「そう言えばお前の罪を一つだけ裁き忘れてたいたよ」
後ろを振り返る事無く、剣が蘭丸に話し掛ける。そして鞘から刀をほんの少しだけ抜いた。
すると・・・。
ーーズバッ!!
「ぐっ・・・がぁ!」
空中にいた蘭丸の体がグラリと傾いた。
最初、ハジメにも何が起こったか分からなかったが、少年は蘭丸の体を見てすぐに理解した。
切られたのだ!蘭丸はーー。
その証拠に落下して来る仮面アウトローの体には横切った様な刀傷が新たに出来ている。
相手に背中を向け、尚且つまだ刀を抜いても届かない距離にいた筈なのに、龍馬はまた目にも留まらぬ早さで蘭丸を倒したのだ。
一体どうやって?
考えても出る筈の無い答えに、ハジメはまるで手品でも見ている気分になった。
「ギャアアアッ!!」
悲鳴と共にゲームオーバーになった蘭丸の体が光のクズとなって散っていく。
満天下の月の下で流れる光の屑は、何処か幻想的で美しかった。
「それが今日、この少年を襲った罪の裁きだ」
ほんの少しだけ抜いた刀を鞘に戻しながら、剣が呟く。
ゲームオーバーになった蘭丸がその言葉を聞いていたかどうかは、定かではなかったーー。
(続く)