FILE:19『無法者(アウトロー)』
「な、なんでボクの名を?」
『ボクはこの世界の事なら何でも知ってるからさ』
エンドレスの言葉に納得のいかないハジメは、また頭にいくつもの?を浮かばせる。
意味が分からないのに、何故か彼の灰色の眼を見るとそうなんだと思ってしまうのが不思議である
少年の顔を見て、魔法使いの子供は、クスッと笑った。
『・・でもハジメがここに来た理由は分からないかな?どうしてここに?』
「あっ、そうなんだ!ボクにも訳が分からないんだけど、実はーー」
何故だか分からないが、打ち解けてくれたらしいエンドレスにハジメは事のいきさつを話す。
お互いに相手の事をよく知らない少年二人は、暫く花畑の中で語り合っていたーー。
「くそっ!あのガキ通信機くらい持ってろ!」
一方、帰らずの森の空には黒い翼を生やした焔の姿があった。
霧の深い森の中を探しても埒が明かないと判断した彼は、空中からハジメを探索しているのである
しかし、広大な森の中をたった一人見つけ出すのは彼にしても大仕事だった。
プルルル〜!プルルル〜!
と、突然焔の腕に付けていた通信機が鳴った。相手はラビィである。
「このくそ忙しい時に・・・!もしもし、なんの用だ!?」
(あい、ラビィです〜!焔さん、ハジメ君は見つかりましたか〜?)
ラビィののんきな声に焔の頭に血管が浮かび上がった。どうやらこの二人はとことん肌が合わないらしい。
「まだ見つかってねーよ!!こんな広い森で簡単に見つかる訳ねーだろうが!!」
(あい、早く見つけた方が良いかもしれないです〜?その森で嫌な噂が広まってますから〜!)
「何?」
それまでイライラしていた焔の表情が変わる。彼は短気だが、ただのチンピラでは無い。強いだけでは(ゴースト・ハッカーズ)のメンバーは勤まらないのだ。
「なんだ?悪い噂って」
『その森で何人ものユーザーが襲われていると言う噂だ』
突然、通信機の声がヴァーカードに変わった。またラビィの頭から話しているのだろう。
『しかも襲われているのは全て好奇心で入った初心者ユーザーのパーティばかりだ。どうやらそこにはモンスター以外に厄介な連中がいるらしい』
「アウトローか・・・!」
通信を聞きながら焔は苦虫を噛み潰した様な表情になる。まさかさっきハジメに忠告していた事が本当になるとは、彼も考えていなかったのだ。
『エターナル・ステージではこちら側からは探索が出来ない。とにかく一刻も早く少年を見つけてくれ』
「了解・・・たくっ、あのガキ見つけたら一発ぶん殴ってやる!」
悪態を突きながらも少年の身を案じる焔は一掃スピードを上げ、帰らずの森の空中を翔けていった
『それは妖精のイタズラだね』
深い森の中を歩きながらエンドレスがつぶやく。ハジメは案内役をやってくれている魔法使いの少年の言葉に、首を傾げる
二人は今ハジメの目的地である黒衣の魔女の屋敷に向かって歩いていた。
「妖精のイタズラ?」
『この森で時々起こる現象の事だよ。深い霧がその中にいたユーザーを別の場所に運んでしまうんだ。まぁ、滅多に起こる事じゃないから、あまり人にも知られていないけどね』
先を歩くエンドレスの説明に、ハジメは感心してしまった。自分より多分年下なのに彼は色んな事を知っているのだ。
さっきの
「エデンの事なら何でも知っている」と言うのも、あながち嘘では無いのかもしれない。
「へ〜随分この森の事を知っているみたいだけどエンドレスはよくここに来るの?」
それは何気ない質問だったのだが、何故か魔法使いの少年の肩がピクッと動いた。だが、鈍いハジメはその事に気付かない
エンドレスは顔を俯かせると、ほんの少しだけ歩みのスピードを上げた。
『・・ボクは旅の休憩をするためにあの花畑に行くんだ。この主のいなくなった鳥籠の様な虚しい世界をさまよっていると時々疲れてしまうから・・・』
「さまようって、エンドレス仲間はいないの?」
魔法使いの言葉にようやく何かを感じたのか、ハジメが首を傾げる。前を歩いているエンドレスが今どんな顔をしているのか少年には分からなかった。
『仲間はいない。友達なら昔はいたよ。掛け替えの無い大切な友達が・・・』
「ふぅん。じゃあ、ボクもエンドレスの友達にしてくれないかな?」
突然のハジメの言葉に、エンドレスが『えっ?』とつぶやきながら少年の方を振り返る。
その驚きの表情を見て、ハジメはようやく彼の感情が通った顔を見た気がした。
『ハジメとボクが、友達に?』
「そう!ボクは思い出せないんだけど、エンドレスはボクの事知ってるんでしょ?それに今はこうして一緒に冒険もしてるだからボク達、もう立派な仲間だと思うんだけど・・・どうかな?」
少し照れながらハジメがエンドレスに手を差し延べる。それは普段人と話すのも苦手な彼からすればかなり大胆な行動だった。
一方、エンドレスの方はハジメが差し出した手をジッと見ている。まるでその手が神から差し出された手でもあるかの様に、彼は恐る恐る少年の手を握った。
『ボクなんかで良かったら喜んで』
「ありがとう!こちらこそよろしく」
握手を交わした少年二人は、互いに笑顔を見せる なんの壁も無くすぐに友情が芽生える所が子供達の良い所だ。
と、ハジメの眼がエンドレスの杖の先、菱形の赤きクリスタルに注がれる
何処かで、このクリスタルを見た気がしたのだ。
「あのさ、エンドレス。君の杖で浮いているそれは何?」
少年が聞くとエンドレスはまた俯いてしまう。だがすぐに顔を上げ、
『これは、ログイン・コア。いなくなった主から託された友情の証』
「??」
エンドレスの難解過ぎる言葉にハジメは理解出来ない。少年が呆然としていると魔法使いの少年はまたクスッと笑って、
『ハジメにもいつか理解出来る様になるよ』
とつぶやいた。
ハジメにはエンドレスの言っている意味が分からなかったが、後に彼の言葉が本当になるとはこの時、少年は想像もしていなかった。
じゃれ合う少年二人を、遠くから観察する者がいた。
しかも肉眼では無くライフルのスコープで、である。
二人を観察する人影は、まるで獲物を狙う獣の様にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「ガキ二人がこっちに向かってるっス!蘭ちゃ・・痛っ!!」
笑いながらライフルを持っていた人影が言うと、いきなり後ろにいた小さな人影が蹴り飛ばす。
木の上でハジメ達を観察していた人影は、危うく落ちそうになった。
「うわわわわっ!!ら、蘭ちゃん!危っ、危な!!」
「リーダーって呼べって言ってんだろ、殺すぞ?」
小さな人影が億劫そうに体を起こすと、隣にいたもう一つの影が今度はスコープを覗き込む。
その間に落ちかけていた人影が、何とか木の上にはい上がって来た。
「本当だ〜☆ちょっと可愛くてタイプかもぉ!」
「くだらねー事言ってねぇで準備しろ。始めるぞ」
二つの人影に命令すると小さな影が木から飛び降りる。そして持っていた斧を肩に背負い、ニヤリと笑った。
「狩りの始まりだ」
暫く森の中を歩くと二人は開けた場所に出た。と言っても霧と周りを木々が覆っている以外何もない寂しい場所である。
『ここまで来れば後は真っ直ぐ行けば、黒衣の魔女の屋敷だよ』
エンドレスが広場の先に続いている道を指差す。この広く入り組んだ森の中を迷わずに案内出来るとはさすがだ。
「本当!?ありがとうエンドレス」
『良いさ。ハジメのためだからね。・・それじゃボクはこれで』
ハジメがお礼を言うとエンドレスはその場を去ろうとする。驚いたハジメが慌てて魔法使いの少年を呼び止めた。
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!エンドレス!!」
『ごめんよ、ハジメ。ボクは行かなくちゃいけないんだ。・・最近は見つかる間隔が早くなってきているから』
エンドレスが最後に喋った言葉は小さくてハジメには聞き取れない。だが少年が悲しい顔をしているとエンドレスは微笑して、
『大丈夫、ボク達は友達なんだ。またいつか会えるさ』
エンドレスの笑顔には優しさと一緒に、何か揺るがない決意の様な物も含まれていた。その表情に引き止める事は無理と悟ったハジメは、何も言えなくなってしまった。
「分かった。しょうがないね」
『ありがとう、ハジメ
君も仲間と会えたら早くこの森を出た方が良いよ』
そう言うとエンドレスは足早に去っていく。だが魔法使いの少年は深い森に入る前に立ち止まると、振り向かずにハジメに向かってまたつぶやいた
『烏が来るから・・』
「え・・?」
エンドレスの最後の言葉をハジメは理解する事が出来なかった。ただ自分より小さな背中が深い霧の中に消えて行くのを、見送る事しか出来なかったのである。
たった一人残された少年は、急に不安と寂しさが募って来るのを感じた。
「ああ、もう!怖がってる場合じゃない!!しっかりしなきゃ・・・あれ?」
何とか自分を奮い立たせ屋敷に向かって歩き出そうとしたハジメだったがその足は僅か一歩で止まる。
さっきまでは霧のせいで気付かなかったが広場の出口、屋敷へと続く方の道に何か倒れているのである。
よく見ると、どうやらそれは人の様だ。
「うわっ!た、大変だ!おーい、大丈夫ですか!!」
慌ててハジメが駆け寄るとユーザーは木にもたれ掛かりながら苦しそうに呻いていた。顔は俯いているので見えないが腰まで伸びる白髪と、神主みたいな白装束を着ている 少年は、すぐに【アイテム】から薬草を取り出すと傷ついたユーザーに差し出した。
「しっかりして!!これを使えば少しは元気になるよ!」
「う、うう・・・ありがとう・・」
傷ついたユーザーが弱々しく差し出しされた薬草に手を延ばす。
しかし何故かその手は薬草を通り過ぎ、ハジメの胸元を捕まえた。
「馬鹿なルーキー君!」
ーーグイッ!!
怪我をしているとは思えない力で、負傷ユーザーが強引にハジメを引き寄せる。見上げた顔には、呪いにでも使いそうな呪詛の仮面が付けられ、結一肌の出ている口がニタリと歪む。
空いているもう片方の手に握られているのは、なんと身の丈程ありそうな巨大な斧だった。
「オラァ!!」
闇色の刃が、かち上げる様に振り上げられる。だが咄嗟に危機を感じたハジメは、相棒のダブル・ダガーを取り出し攻撃を防いだ。
ーーガツン!!
「うわっ!!あっ、ぐぅ・・・!!」
しかし、あまりの武器の大きさの違いに、ハジメは広場の中央まで吹き飛ばされてしまう。何が起こったのか理解出来ず、少年が苦痛に顔を歪めていると、肩に斧を背負った仮面ユーザーの隣に二つの影が近寄って来た。
「フィールド魔法『結界』展開!捕獲完了っス!!」
一人は男で肩からライフルを担いでいた。一つにまとめた髪の先が風車みたいに四つに分かれ、眼にはサングラス。腕には降り注ぐ雨に竜が吠えている変わったタトゥーをしている。
何処か軽い感じの男だがファッションにはこだわりがあるのか、着ている忍装束を上半身の部分だけ腰に縛り付けて、代わりに黒いシャツの様な物を着ていた。
「あれぇ?さっきいた魔法使いの子は〜?阿国、あの子と遊びたかったのに〜!」
もう一人は女でこちらも忍装束を着ていた。長くて銀髪の髪をツインテールにしながら、前髪で顔半分を隠している変わった髪型の少女である。
焔よりも黒い褐色の肌と億劫そうな口調や態度が彼女の我が儘な性格を表している様だった。
「ど、どう言う事?君達なんなの?」
奇襲を受けてフラフラに成りながらも、何とか立ち上がったハジメが当然の疑問を口にする。
見るといつの間にか、広場の周りには青くて透明な壁が囲んでいた。これでは広場から逃げる事も出来ない。
「ヒャハハハッ!!こいつまだ俺達に嵌められた事気付いてないみたいっス!」
「うわ、ウザっ!!超空気読めなくな〜い??」
傷ついたハジメの様子が面白くて仕方がないのかサングラスと、くの一少女が馬鹿笑いする。そして中央にいた仮面ユーザーがニヤニヤしながら少年に歩み寄って来た。
「テメェは俺達の縄張りに入ったんだ。だから狩られるのさ・・・この蘭丸様にな!!」
蘭丸と名乗った仮面ユーザーが一瞬でハジメの目の前に移動して来た。あんな巨大な斧を持っているのに、とんでもないスピードである。
ハジメの脳裏に焔が言っていたアウトローの存在が浮かぶ。だがそれを思い出した途端、少年は振り上げられた斧に吹っ飛ばされていた。
ーーガキィン!!
「ぐっ!うわあぁーーっ!!」
今度はまともに喰らってしまい、ハジメは入口に張られた壁に叩き付けられてしまった。蘭丸の後ろでまたしてもサングラスが爆笑する。
意識が遠退き、地面へと落下すると、受け止める様に少年の首を誰かが締め上げて来た。サングラスと一緒にいたくの一女だ。
「はいはい、まだ寝ないでよ?阿国がトドメ刺して上げるから〜!」
ーージャキーーン!!
悠々とハジメの体を持ち上げながら阿国の鉄甲から、何と鉄の爪が飛び出す。格好で分かっていたが、どうやら彼女の属性は忍者が得意とする技や武器が使える(アサシン)の様だ。
「な、なんで、こんな事を・・・」
息苦しさに言葉を詰まらせながらハジメが弱々しくつぶやく。目の当たりにしながらも、ノイズのモンスターでは無くゲームをプレイするユーザーがこんな事をするなんて信じられなかったのだ。
「何でって楽しいからやってるに決まってるじゃ〜ん☆『エデン』の世界じゃいくらユーザー殺ったって犯罪にならないし〜!」
悪びれた様子も無く阿国が鉄の爪を構える。何とかハジメも逃れようと抵抗するが、女とは思えない力で押さえ付けられているため身動きが取れない。
「阿国!!さっさと決めちまえ!」
「もう、ちょっと待ってよ!それじゃ、バイバイ?ル〜キ〜君☆」
突き出された鉄の爪が少年の喉元目掛けて襲い掛かる。
ゲームオーバーを覚悟したハジメが眼を閉じた瞬間ーーー。
ーーヒュンヒュンヒュン!!
「キャッ!ちょ、何!?」
突然閉められていた首が放され、ハジメの体が自由になった。地面に尻餅を突きながら見ると、阿国が少年から距離を取っている。
そしてさっきまでくの一がいた所には、刃が付けられた真っ赤なギターが地面に刺さっていた。
「悪ぃな?そいつをゲームオーバーにする訳にはいかねーんだ」
夜空に浮かぶ満月を背に黒い翼を広げる影があった。いつもは不機嫌そうな顔に今は不敵な笑みを浮かべている。
腕を組み威風堂々のその姿に、ハジメはようやく彼とこの森に来て良かったと思った。
「焔さん!!」
「たくっ、このクソガキが〜!散々人に迷惑掛けやがって」
少年の前に降り立つと、焔はアウトロー達を睨みつけたまま腰にぶら下げていた袋を投げて遣した
開けて見ると、中には上質なやくそうがたくさん入っている。
「使え!お前のレベルなら一枚で十分だろ」
「あ、ありがとう。でも焔さんどうやってここに?」
やくそうを使い元気を取り戻したハジメが疑問を口にすると、焔はフッと鼻で笑う。少年と話しながらも鋭い視線は片時もアウトロー達から外さない。
「空からお前を探してたらいきなり(アサシン)が使うフィールド魔法が現れたんだよ。まさかと思って立ち寄ったら、案の定このクズ共がお前を袋にしてたって訳だ」
「んだと?テメェ!!」
クズ呼ばわりされた事に蘭丸が激怒する。先程から見せるイラついた態度から見ても、あまり理性の多いタイプではない様だ
「俺達の狩りを邪魔しておいてただで済むと思ってんのか!?」
「バァーカ!ただで済まさねーのはこっちのセリフなんだよ!!」
蘭丸の威圧に全く動じず焔が地面に刺さったアックス・ギターを引き抜く
不敵な笑みを浮かべる表情には、戦いを好む獣の闘争心が満ち溢れていた
「こっちは森の中散々飛び回ってイライラしてたんだ・・・。覚悟しな?テメェらに弔いの歌を歌ってやるぜ!!」
(続く)