FILE:17『依頼者(クライアント)』
秘密の部屋に入った途端ヴァーカードが頭の上に乗って来た。どうやらラビィは入らないらしい。
『この部屋に入れるのは私と新たにメンバーに入る人物だけだ。だから焔もラビィもこの部屋には一度しか入った事が無い』
ーーガチャ。
ドアが閉められると辺りは静寂に包まれた。一面真っ暗で何処に何があるのかも分からない。
ただ、ヴァーカードの声の響きからそんなに広く無い部屋の中にいる事だけはハジメにも分かった。
『顔合わせをする前に君には告げておかなくてはならない事がいくつかある。
一つは私はこれから会う人物の事をクライアントと呼んでいる。WB社の人間と言う事以外私もよく知らない謎の多い人物だ。
そしてもう一つは、恐らく君に不快な思いをさせると思うが決して怒らず彼と話すのは私にまかせて欲しい』
「は、はい」
ヴァーカードの言葉にハジメが頷くと、真っ暗だった部屋に青白い明かりが灯る。その明かりはあっという間に小さな部屋を照らし少年とヴァーカードの姿を写し出した。
「わぁ・・・」
秘密の部屋は、外と中を隔てるドアに狭い通路、そして円筒型に広がる人が二人でいっぱいになりそうな小じんまりとした部屋で、壁が全て青一色に統一された部屋だった
「不思議な部屋ですね?」
『中央にある球体に触れてくれ』
眼を丸くしながら周りをキョロキョロと見回していたハジメだったが、バーカードに促され慌てて前に進む。
部屋の中央には何故か宙に浮いているサッカーボール大の球体があり、これまた真っ青だった。
少し緊張しながらもハジメが青い球体に触れる。 すると地面から一本の光の輪が現れ、その中から巨大な人の顔が現れたのだ。
「うわぁ!!」
『驚く事は無い、ただの立体映像だ。ーー例の少年をお連れしました、クライアント』
驚いた少年を見て苦笑するヴァーカードだったが、すぐに真面目な顔になり青い球体に飛び移る。
すると、今まで瞼を閉じていた巨大な顔がギョロリと眼を見開き、二人の方を向いたのだ。
【私が指定した日から三日も遅れたな?ヴァーカード】
変声機でも使った様な低い潜った声だ。その仮面の様な表情の無い顔と相俟って余計不気味である だが、ヴァーカードは気にする様子も無く、すぐに頭を深々と下げた。
『申し訳ありません。少年が今までログインしていなかったもので』
【私はどんな手を使ってでも呼び出せと言った筈だ。
お前程の技術があれば彼の自宅を特定する事くらい簡単だろうに・・・。まぁ良い、事は刻一刻を争う。以後注意したまえ】
何とも不思議な光景だった。あのヴァーカードが敬語を使い、巨大な顔に謝罪しているのである。
それだけで、このクライアントと言う男が特別な存在であるとハジメにも理解出来た。
【では本題に入る。ユーザー・ハジメ。君がここにいると言う事はゴーストハッカーズの仲間に入る意思があると見て良いのだな?】
「は、はい!」
いきなり話題を向けられて少し驚いたハジメだったが、それでも怯まず力強く答える。
言葉の端々に見える傲慢さが、ハジメの好きになれそうなタイプでは無いがここでヘソを曲げてもしょうがない。
【よろしい。WB社は君のメンバー入りを承認する。以後、私の指示に従って行動する様に】
「はい!ありがとうございます!」
あっさりと言って良い程簡単なメンバー入りにハジメはその場で跳び上がって喜びたいのを我慢しながら頭を下げた。
これでようやくシュウを助けられる様になったのである。
だが次のクライアントの言葉は、驚くべき物だった。
【では早速君に最初の指示を伝える。
今すぐそのキャラをWB社に明け渡し、ノイズ事件の事は全て忘れたまえ】
「なっ!!」
冷たく言い放ったクライアントの言葉にハジメが驚きの声を上げる。だがヴァーカードがすぐに小さな片翼を広げ、少年を制した。
『待って下さい。それは一体どう言う事ですか?』
少年の心境を代弁する様にヴァーカードが冷静な口調で問い質す。その体に似合わない頼もしい姿にさっき彼と交わした約束を思い出し、ハジメはグッと怒りを抑えた。
【さっきも言った筈だ。事は一刻を争う事態だと・・・。
先のクロスピア閉鎖事件でユーザー達の間にも、疑惑を持つ者が出始めている。WB社としては早急にノイズ事件を解決しなければならない。
そこで、私もエンゴウと呼ばれるモンスターとの闘いの画像を見せてもらったがパワー、耐久性、スピード、全てに於いてハジメのキャラはエデンの限界を越えていた。
ノイズに対抗出来る素晴らしい力だ。
ならば直ぐにでも彼のキャラを回収し、その力の秘密を究明する事が解決への1番の近道ではないかね?】
クライアントの言葉には有無を言わせない強さがあった。それが当然だと言わんばかりの口ぶりである。
だが、ヴァーカードは直ぐに長い首を降った。彼が呆れた時の癖である
『解析なら私もさせています。それより今大事なのは彼の力を借り、少しでも被害を抑える事ではないでしょうか?』
【君は下手をしたら両刃の剣に成り兼ねない危険なおもちゃを、子供に持たせると言うのかね?】
『彼なら大丈夫です。もし何かあった場合は、私が全責任を負います』
クライアントの命令にヴァーカードも一歩も引かない構えだった。静かながらも二人の意見は真っ向から対立したのである。
どれぐらいの時間が経ったのだろう?実際には1.2分だったのだろうが二人が押し黙り、互いに睨み合ってから永遠とも思える重苦しい時間がその場に流れた。
そのあまりのプレッシャーに耐え切れず、ハジメが今にも叫び出そうとした瞬間、クライアントが突然「フン!」と鼻を鳴らした。
【良いだろう。ならばハジメの面倒は全て君に任せる。
だがこれ以上被害が拡大した場合、その時は私の指示に従ってもらうから覚悟したまえ。
解析の方も結果が出次第すぐに報告する様に・・良い結果を期待している】
言いたい事だけ言うと、クライアントは光りの輪と共に消えてしまった。どうやら通信が切れたらしい。
巨大な顔が消えた途端、緊張の糸が切れたのかハジメは大きく息を吐きながら、その場にへたり込んでしまった。
部屋に入ってからまだ大して時間が経っていない筈なのに、そんな事忘れさせる程濃密な出来事だった。
『大丈夫か?少年』
「ああ、はい!なんとか・・・」
自分を気遣ってくれる白竜に肩に乗られ、ハジメは頭を掻きながら笑う。
本当は今の顔合わせだけでドッと疲れたのだが、何もしていないのにそんな事言える訳もない。
『あまり大丈夫そうには見えないがな。とにかく、君はこれで我々《ゴーストハッカーズ》のメンバーだ。よろしく頼む』
少年の強がりに苦笑しながら、ヴァーカードが手の代わりに小さな翼をサッと差し出す。
その動作に、一瞬意味が分からずボケーッとしてしまったハジメだったがすぐに顔を明るくし、ヴァーカードとがっちり(握手)をしたーー。
「お帰りなさ〜〜い!」
部屋から出るとコンピューターに向かっていたラビィが出迎えてくれた。見ると側にはふて腐れた顔をした焔も立っているどうやら憂さ晴らしが済んだらしい。
「・・その部屋から出て来たって事はクライアントに認められたって事かよ」
壁に寄り掛かりながら焔がハジメをジロジロと見る。文字通り刺す様な視線がとてつもなく痛い。
『そうだ。彼は正式に我々の仲間となった。以後力を合わせノイズ事件に挑んで欲しい』
「チッ!」
少年の肩に乗りながらヴァーカードが説明すると、あからさまに嫌な顔をして舌打ちをする焔。だがそれ以上は何も言わずそっぽを向いてしまった。
『ラビィ、私が部屋にいる間に何かあったか?』
「あい、情報屋さんのいるエターナルステージが見つかりました〜。連絡を取ったら解析はとっくに終わってるから取りに来いだそうです〜」
「エターナルステージ??」
ラビィの言葉の中に聞き慣れないフレーズがあったので、ハジメが首を傾げる。
見ると巨大コンピューターの画面には見た事の無い森が映し出され、隅っこに
「帰らずの森」と書いてあった。
『そう言えばまだ少年には説明してなかったな。エターナルステージとは(エデン)に存在する「目的の無い場所」の事だ。
ゲームとはまるで関係の無いのに何故かエデンにはこう言った場所が無数に存在する』
「あい、ですがエターナルステージは日によって現れる場所が違うので見つけるのが大変なんです〜!それにエターナルステージはたくさんあってWB社でも全てのステージをまだ確認していませ〜ん」
「し、知らないんですか?ゲームを作った会社なのに?」
俄かにハジメは信じられなかった。クリア後のお楽しみのためにミニゲームやイベントを用意してあるゲームならたくさんあるが、目的もなくただ存在するだけの場所があるゲームなんて聞いた事が無い。
だが、少年の質問にバーカードは巨大コンピューターの画面を見ながら頷いた。
『それがこのゲームの不可解な所だ。何故にはこの様な場所が存在するのか?
ユーザーの中にはその謎を解くためにプレイしている者達もいる。そしてわざわざエターナルステージに住み着いている変わり者もな』
「あい〜それが私達の情報屋さんです〜」
どうやらその変わり者がいる場所がこの「帰らずの森」らしい。ハジメはまだ自分が知らない色んな物が『エデン』にはあるのだと知った。
『よし、ラビィ。
「黒き衣の魔女」に連絡を取ってくれ。”例の少年を連れて行くから楽しみにしていろ”とな』
「あいあ〜い!了解しました〜!!」
袖から全く出ていない手をブンブン振りラビィがキーボードを叩く中、ハジメはゴクリと唾を飲み込む。
この冒険が、ある運命の出会いになるとは少年はまだ知らないーー。
ーー適性Level??帰らずの森ーー
「はぁはぁはぁ・・・!」
深い森を一人の男が走っていた。タイプは戦士だろうか?着ている鎧はボロボロである。
森は時折深い霧が現れ、走っている男の方向感覚を狂わせる。もはや男は自分が一体何処にいるのかも分からず、無我夢中で走っていた。
ーーズギュン!!
「ぐわぁ!!」
と、突然銃声が聞こえたかと思うと、男は足を撃たれて倒れ込んだ。
すぐに立ち上がろうとするが、足の怪我のせいで上手く立ち上がる事が出来ない。
「ヒャッハ〜!!命中っス!!」
苦痛に男がもがいていると、なんと木の上から二つの影が降りて来た。その二人の姿を見て男がビクッと体を震わせる。
「もう終わり?ちょっとつまんなくな〜い!?」
「他のメンバーは全員殺っちゃったんで、コイツが最後の獲物っス!」
「た、助けてくれ!!頼む!!」
二つの影が近づくと、恐怖に耐え兼ねた男がその場で土下座するが、二人は思わず笑い出す。
怯えている相手を見て楽しくて仕方が無い様だ。
「キャハハハ!!マジ、コイツ有り得ないでしょ!」
「なぁ、頼むよ!だいたい、なんでこんな事するんだ?俺達が一体何をしたって言うんだよ!?」
「ーーなんでこんな事するって??決まってんだろ・・・」
突然だった。二つの影の間にまた一つ影が落ちて来たのである。
新しい影は土下座している男にゆっくりと近づいて行く。そしておもむろに男の目の前で立ち止まり、持っていた巨大な斧を振り上げた。
「楽しいからだよ・・」
ーーズガン!!
振り落とされた斧の下にはゲートと同じ光りの輪が現れ『GAMEOVER』と言う文字が浮かんでいる。
それが消えると、男がいた場所には白銀の剣と小さな金貨の袋が置いてあった。
「だから言っただろ?お前ら・・・」
金貨袋を持ちながら新しい影がつぶやく。その傍らで二つの影がニヤニヤと笑っていた。
「初心者狩りはハマるってさ」
(続く)