FILE:16『天使(エンジェル)』
ハジメの言葉にヴァーカードはもちろんラビィでさえも驚いて言葉が出なかった。一瞬、『トロイ』内が静寂に包まれる。
『ほぉ、少年が私達の仲間になってくれると?』
言いながら気を取り直したヴァーカードが、ハジメの眼を真っ直ぐ見つめる普段の気弱な彼なら、白竜の鋭い眼光に眼を逸らしてしまうだう。
だが、今の少年は緊張した面持ちはあれど決して怯まずヴァーカードの視線を受け止めていた。
『ふむ、良い眼をしている。どうやら決意は本物らしいな。
だが、一体どうして我々に協力してくれる気になった?君は闘いを好むタイプでは無いと思っていたが・・』
「あっ、それはーー」
ヴァーカードが聞くとハジメは何故か顔を伏せてしまう。
しかし、何度か言葉を飲み込む様な素ぶりを見せると、また顔を上げて話し始めた。
「ボクも最初はこのままゲームを辞めるつもりだったんです。だけどヴァーカードさんの話を聞いて、シュウ兄ちゃんが消えた原因は『エデン』の中にしかないって事が分かった。
ならヴァーカードさん達の仲間になってシュウ兄ちゃんを助けたいって思ったんです。
でも、やっぱり闘うのは怖かった。・・だから彼に相談したんです」
『彼?』
「はい。この世界の案内人ーーウィングに」
ハジメが(トロイ)に行く少し前、少年はゲームを繋ぎマルコロ大聖堂に降り立った。教会には数名のユーザー達がいて、口々にこの前何故かクロスピアの港に入れなかった事を話している。
ノイズの事を隠しておきたいWB社は
「一時的なサーバーダウン」と言っているが、納得出来ないユーザー達もいるのだろう
「ウィング、いるの?」
『お呼びですか?冒険者・ハジメ』
ハジメが呼ぶと、即座に大聖堂の天井に羽根の生えた天使の少年が現れる
中世をイメージした大聖堂の中に、彼がいるとまるで本物の様だ。
「来てくれてありがとう前にシュウ兄ちゃんに聞いたんだけど、君はAIなんだよね?」
『はい。確かに僕は自分で考え、どんなトラブルにでも対応出来る様に、WB社に作られた人工知能ですがそれが何か?』
光り輝く笑顔でウィングが頷くと、ハジメは彼に自信が抱えている悩みを話すべきかどうか、考えた。
本当に馬鹿げた事をしているのかもしれない。人工知能とは言え、ウィングはただの機械だ。分からないと言われてしまったらそれまでである。
だが、それでもハジメは聞きたかった。バーカード側の人間では無い第三者の意見を。
一瞬躊躇したハジメだったが、すぐに顔を上げると天井に浮遊する天使の少年に意を決して話し始めた。
「君に聞きたいんだ。例えば・・そう、例えば自分の大切な友達がモンスターに連れ去られたとする!
それを助けられるのは自分しかいない。でも、そのモンスターはとってもレベルが高くて、ひょっとしたら友達を助けられないかもしれない。そんな状況になったら・・・君は助けに行く?」
『モンスターがユーザーを?それは何かのバグですか?』
ノイズの事がバレない様に精一杯考えて言った例えを、単なるゲームのトラブルと認識してしまったウィングにハジメは思わずズッコケる。
やっぱりAIに相談なんて無理か?と諦めかけたがすぐに立ち上がり、
「違う!例えだよ。例えばそう言う展開になったら君ならどうするかって事!」
笑顔の天使にもう一度説明した。どっち道無茶な相談なのはハジメだって分かっている。だから駄目元でやってきたのだ。
しかし、ハジメの言葉を聞くとウィングはようやく理解出来たのか頷いて
『なるほど、例えですか?それならばハジメへの回答は簡単です。答えは
「イエス」ですから』
と、笑顔で答えた。
即答である。しかも聞いたハジメの方が驚く程なんの躊躇も無い清々しい答え方だった。
「助けに・・・行くんだひょっとしたら死んじゃうかもしれないのに?」
『はい、それが僕の存在理由であり、役割ですから』
ウィングが答えると、彼の後ろに、小さな窓が現れ様々な場所の景色が映し出された。立体映像である。
ハジメは行った事が無いが恐らく全て『エデン』の映像なのだろう。中世の教会を模したマルコロ大聖堂に映し出された外の景色は、ウィングの姿も相俟って何とも幻想的な雰囲気を醸し出していた。
『ハジメ、僕にとって最も大事な物はこのエデンの世界でありその世界をプレイしているユーザー達です。
ユーザー1人1人がこの世界で出会った事の無い仲間と出会い、絆を深めながら冒険をする。僕はその時のユーザー達の楽しそうな顔が大好きなんです。
だからそんなエデンの世界を悪用する悪質ユーザーやバグは僕は決して許せません。
この世界とユーザー達を守る。それこそが僕の存在理由であり、生き甲斐だからです。
だから、大切なユーザーがモンスターにさらわれたら僕は闘います。例えそれで存在が消去される事になっても答えは
「イエス」です』
ウィングの言葉にハジメは何もせず聞いていた。
ハジメだけでは無い。
大聖堂の中にいた他のユーザーまで彼の話に耳を傾けていた。それだけウィングの言葉には慈愛と決意の強さが込められていた。自分を省みず、誰かを助けようとする強い気持ち−−。それはまるでいつも側にいてくれたシュウに似ている。そう思った瞬間、少年の中にあれ程あった悩みと怯えが一瞬で消えていた。
「そっか・・・。そうだよね!」
拳を握ったハジメが顔を上げる。少年の瞳には力強い光が宿っていた。今までのハジメには無かった勇気と決意の光である
『どうやら僕の助言はもういらない様ですね』
ハジメの表情を見てウィングも肩を撫で下ろす。彼にも少年が変わった事がすぐに分かったのだろう。
「うん!ありがとう、ウィング!君に相談したら何をしたら良いか分かったよ。
ボクにどこまで出来るか分からないけど、やれる事を精一杯やらなくちゃ駄目なんだ!」
静かではあるが強い口調で、ハジメがつぶやく。
シュウは自分を助けて犠牲になった。なら今度は自分が助ける番だ!それにせっかく始めた『エデン』の世界を、まだまだ冒険してみたい!
少年の悩みが解決したのを知って、ウィングもまた上空で満足した笑みを浮かべていた。その時−−。
「ククク・・滑稽だねぇ」
突然、人を馬鹿にした様な笑い声が大聖堂内にこだまする。見ると、聖女サラ像の前に新たなゲートが開き、二人のユーザーが立っていた。
一人は獣人の、一人はピエロの姿をしたユーザーである。
どうやら彼らがログインしたのをハジメが気付かなかったらしい。
ハジメが驚いていると、笑った方のユーザーが後ろに手を組みながらゆっくりとこっちに近づいて来た。
「こんな機械に相談して何をすべきか分かったなんて実に滑稽だ。そう思わないかい?マリオ」
「アハハ!!滑稽だ♪滑稽だ♪ケルビム様の言う通り〜☆」
ケルビムと呼ばれた男の言葉にハジメがムッとする。
ケルビムは、左右の眼の色が黄色と緑に別れるオッド・アイの猫の獣人だった。
紫と白の体毛とスラリとした体に白銀の胴当てを付け、背には神様が乗せてる大層な黄金の輪っかを背負っている。
これだけでもかなり目立つが、右腕だけに胴当てと同じ白銀の鎧を纏い、強固な鎖で何重にも巻き付けており肩当てには5本の拷問針まで装着させてある。
それも本人のこだわりなのか?聖と邪が一体になった様ななんともアンバランスな装備をしていた
「ウィングに相談して何が悪いのさ!」
「悪い?別に悪いとは言ってないさ。ただあんな物、世界初のAIとか言われているが所詮このゲームのために作られた機械じゃないか。そんな物に人生相談するなんて、お笑い草だと思ったんでねぇ」
「アハハハ〜☆面白い♪面白い♪」
ケルビムが指でウィングを指しながらほくそ笑むと、後ろにいたマリオと呼ばれたピエロのユーザーがクルクルと踊りながら笑う。
こちらは王子様みたいな白赤緑の三色を基調にした高貴な服に白タイツ、胸には星のワッペン、頭には王冠の代わりに三日月形の緑の帽子を乗せてある。
綺麗な金髪と幼い感じの顔は普通に見れば美男子の様なのだが、真っ白のメイクと右眼に書いてある真っ赤な星のペイントがそれを見事に隠してしまっている。
ひょっとしたら『エデン』のエディットの中にピエロの姿が無かったのかもしれない。
こちらも無理やりピエロを作った様な面白い姿をしていた。
『冒険者・ケルビム、ハジメも喧嘩は止めて下さい。ユーザー同士が争ってもお互いが傷つくだけです!』
険悪な空気の中、ウィングが止めに入る。自分の事で争いが起きるのが悲しいのか、先程の笑顔は今の天使には無かった。
「別に喧嘩を売っている訳じゃないよ?だが確かに、限りある時間をこんな所で浪費するのは愚の骨頂だ。
私達は人生相談なんかせずゲームを楽しむとしようか?マリオ」
「アハ、アハ、アハハ☆バイバ〜イ♪♪」
ウィングに諭され、一瞬不機嫌な顔をしたケルビムだったがすぐに澄ました表情に戻るとマリオを引き連れて大聖堂から出ていってしまう。
ハジメはただ二人の後ろ姿をア然としながら見送る事しか出来なかった−−−
『なるほど、そんな事が』
ラビィの頭に止まったままヴァーカードが長い首を振る。話を終えたハジメもフゥとため息をつき、その場にあった椅子に座り込む。
ラビィのキーボードを叩く音だけがカタカタと『トロイ』にこだましていた。
「はい。最後ウィングに嫌な思いをさせてしまいましたけど、彼の言葉のおかけでボクも決心が着きました!
ボクもシュウ兄ちゃんを助けたいんです。だからボクを《ゴースト・ハッカーズ》に入れて下さい!お願いします!!」
姿勢を正した少年が改めて頭を下げる。今までシュウの後ろに隠れてばかりいたハジメの決意ある姿にバーカードはフッと口元を緩ませた。
『闘いを嫌っていた少年にそこまでの決意をさせるとは、さすがはウィングと言った所か。
もちろん我々は君のメンバー入りを歓迎しよう』
「えっ!ほ、本当ですか!!」
ヴァーカードの言葉に眼を見開いたハジメが顔を上げる。だがパーティーのリーダーである白竜はすぐにまた長い首を振った
『だが、君を【ゴースト・ハッカーズ】のメンバーにするにはある人物の許可が必要なのだ。ノイズ事件の依頼者であり、我々のボスでもあるWB社のな』
ヴァーカードはそう言うとラビィの頭を口で軽く小突く。
するとラビィは小さな体を椅子から下ろし、入口から右側、鷹のマークが施された部屋の扉を開けた。
そこはヴァーカードしか入る事の許されない秘密の部屋だ。
『だから今から君にも会わせよう。
だが覚悟した方が良い。この部屋に入ったらもう引き返す事は出来ないのだから』
なんの感情も篭っていないヴァーカードの言葉に、ハジメは思わず唾を飲み込む。
だがまた拳を力強く握ると、意を決した様に一歩を踏み出した。
(続く)