FILE:15『助言(アドバイス)』
「ただいま」
真っ白な何も無い部屋に白のマントの男が帰って来た。ハジメ達の闘いを見ていた男である。
男が歩む寄ると部屋の中にいた(彼)はいつも通り笑顔で迎えた。
――お帰り。
ここは男と(彼)だけの世界。(彼)と許された者だけが入る事の出来る禁断の領域だ。
「・・・・」
――どうしたの?
白マントの男が黙っている事に気付いた(彼)が声をかける。
(彼)は純粋であり繊細だ。だからこそ言葉を選ばなくてはならない。
「エンゴウがやられたよ」
――!!
(彼)の表情が変わった途端、部屋全体が大きく揺らぎ始める。
それは(彼)がショックを受けている証拠。部屋と同様に男の姿もまた揺らぎ始める。
この部屋は(彼)と一心同体なのだ。だから(彼)が傷付けば部屋も崩壊を迎える。
分子レベルから体をバラバラにされそうな感覚に耐えながら男は(彼)が落ち着くのを待った。
――そう、可哀相に・・
「我々を邪魔する存在にやられてしまったんだ。後で二人でお墓を作ってあげよう」
男の言葉に(彼)が頷くと、今度は白の部屋に青色が染まっていく。
これは(彼)が悲しんでいる証拠。それを示す様に(彼)の眼から涙が零れ落ちた。
「しかしエンゴウのおかげでようやく捜し物が見つかったよ。長かった・・・。
これでようやく私達は第一歩を踏み締める事が出来る」
――それが・・鍵?
男が手にした物を(彼)がまじまじと見る。男の手にあった物は形は小さくなっていたが、なんとシュウの体から出て来た光の塊だった。
「受け取って欲しい。これで君は新しい世界へと羽ばたくのだ」
――無言のままドアを開けると始はランドセルを放り投げた。
そしてぐったりとベッドに体を預ける。
「始〜?帰ってたの〜?帰って来たんだったらただいまくらい言いなさい」
一階から聞こえて来る母の声にも始は反応しない『エデン』を辞めてから三日。少年はずっとこの調子だった。
結局、終一は電話に出なかったのである。
業を煮やした始は『エデン』に書いてあったサポートセンターに電話をして自分が甥である事を説明し、終一を出してもらう様お願いしたのだが、それも敵わなかった。
サポートセンターの説明に寄ると、どうやら今日は会社を休んでいるらしい。だが始はそれも嘘だと思った。
さっきまで『エデン』の世界で一緒にいたのだ。『エデン』の世界を管理する(監視者)の人間である終一が会社以外の場所からアクセスしている訳が無い。
その後も何度か携帯にかけたり、念のため次の日もサポートセンターに問い合わせてみたりしたがやはりサポート側からの解答は
「今日も休んでいる」だった。
「兄ちゃん・・・」
終一の名前を呼んでも返事は帰って来ない。
始はようやく理解した。終一はノイズの被害に会い消えてしまったのだ。だから会社側は必死になって隠そうとしている。今までの出来事が全てその答えを導いていた。
(僕はどうしたら良いんだろう・・・)
寝返りを打ちながらぼんやりとテレビに視線を向ける。少年の中でもう既に答えは出ている。
終一を救うには『エデン』の中に入るしかないのだ。
だが、それはヴァーカード達と共にノイズ現象を調べると言う事になる。三日前の出来事は今だってハッキリと思い出せた。正体不明のモンスターとのゲームでは無く、現実の命を賭けた戦い。今だって考えただけで体が震えて来る。
そして何より始を恐怖させたのは敵では無く、従兄弟を奪われた後の自分だった。
――怖かった。自分では無い自分に体を乗っ取られた感覚――。
心は憎しみや怒りに溢れているのに頭だけは機械みたいに冷静で、何よりモンスターをあれだけ痛めつけて喜んでいる自分を始は嫌悪した。
(あれは一体なんだったんだろう?僕はどうなっちゃったんだ?)
その答えも恐らく『エデン』の中にあるだろう。だがゲームをやったらまたあの自分に変身してしまうかもしれない。
知りたいと思う心と怖いと思う心。二つの感情が相反して始はどうしたら良いのか分からなかった
(僕はどうしたら良い?教えてよ、終一兄ちゃん!!)
誰かに助けて欲しくてももはや頼る人がいなかった。
終一はもういないし、ヴァーカード達に頼ったら一緒に戦って欲しいと説得されてしまうかもしれない。『エデン』の事を何も知らない親に相談するなんて問題外だ。
なんの偏りも無く冷静に意見を言ってくれる人物始が今欲しいのはそんな人のアドバイスだった。
(彼は――なんだ。だから自分で考え、自分で行動する)
「っ!?」
その時ふと終一の言葉が思い出された。そして始の頭にある人物の名前が思い浮かぶ。
それはある意味馬鹿げた考えかもしれない。いや他の人が聞いたら馬鹿にするだろう。
だが今の始に必要なのは選択をする勇気。
どちらかも選べずにいる自分の背中を押してくれる存在なのだ。
「―――っ!」
意を決した様にベッドから跳び起きると『エデン』用のヘッド・バイザーを装着してゲーム機のスイッチを入れる。
中で『エデン』のディスクが廻る低い音と共にテレビを点けると、既にタイトル画面が出ていたので始はゲームをスタートさせる。
新着メールのマークがあったが多分ヴァーカードだろう。始はひとまずメールをチェックするのは後回しにして『エデン』の世界へと飛び込んだ――
――適性Level25 アウトガタン城
「オラァ!!」
空気を切り裂く音と共に焔が相棒のアックス・ギターを振り下ろすと、目の前にいた泥人形の様なモンスターが叫び声も上げず真っ二つになる。
焔の周りには同じ種類のモンスター、クレイマンが何体もおり、あちらこちらに彼にやられたモンスターの残骸が残っている。
焔以外のプレイヤーの姿はない。空はどんよりと曇り、辺りも崩れかけた城しかない荒れ地で皆一様に焔の強さに眼を見張っていた。
『バ、バカナ!我ガ軍ガタッタ一人ノ人間ニィ!!』
泥人形の中で、一際大きく三本角を生やしているカーズ軍幹部クレイ将軍が喚く。
本来ならこのイベントはカーズ軍に攻められ、壊滅寸前な国アウトガタンを救うための物で、攻めて来る敵に罠や砲撃を繰り返し、数が減った所をボスである将軍と戦うのが正しい進め方なのだが 今の焔の強さではまったく関係が無かった。
「悪いな!テメーを倒すのはこれで4回目だ!!」
『何ヲ訳ノ分カラン事ヲ死ヌノハ貴様ノ方ダ!!』
将軍が手を翳すと背後にいたクレイマン、三体がジャンプして襲い掛かって来た。
だが、焔は慌てず振り返ると口から炎の弾、焔炎弾を次々と吐き出す。
――ドカン!!ドガ――ン!!
激しい爆発音と共に消し飛ぶ泥人形達を尻目に、焔はそのまま将軍へと突進する。
前にいた2体を変化させた竜の爪で撃破し、立ち塞がるモンスター達もアックス・ギターでまとめて薙ぎ払っていく。
焔は、闘いを楽しんでいた。
その表情はまるで鬼の様でどちらがモンスターなのか分からない。
暫くすると、その場にいた泥人形は全て倒され、残されたのはクレイ将軍だけとなっていた。
『オノレ!小癪ナ人間ガァ――――!!』
あちこちで爆煙の立ち上る中、突進を続ける焔にクレイ将軍が持っていた金棒を振り上げ襲い掛かる。
体格差なら勝る将軍だったが焔はその攻撃をあっさりとアックスで受け止め、跳ね返した。
将軍は覚えていないだろうがもう何度も戦った事のある相手なのだ。どんな攻撃をしてくるか全て覚えている。
体制を崩され、隙が出来た将軍に待っていたのは焔の猛攻だった。
「オラオラオラァ―――!!」
アックス・ギターを右に左に振り回して泥モンスターの巨体を痛め付けていく。
将軍もさすがボスだけあって、クレイマンの様に一撃ではやられず応戦するが、全て跳ね返され2・3倍の反撃を喰らうのであっという間にフラフラである。
所詮ゲームで作られたキャラに勝てる相手ではないのだ。
『ヒ、ヒィイイイ!!モウコウナッタラ逃ゲルシカ・・・!』
「誰が逃がすかぁ!!」
かち上げたアックスのスイングで金棒ごと吹っ飛ばされた将軍がついに背中を向けて逃げ出すと、焔はアックス・ギターを投げ、自身も翼を広げ高々とジャンプする。
すると回転しながら飛ぶアックスが逃げる将軍の両足を切り裂き、ブーメランの様に上昇すると、ジャンプした焔の手元へと戻って来る。
倒れ込んだクレイ将軍が眼にしたのは自分に向かって落ちて来る焔の姿だった。
「オラァ――――!!」
――ズガン!!
頭から一刀両断にされたクレイ将軍が爆発し、戦場には焔だけが残された後ろではCPの戦士達が城の勝利に喝采を上げ、あれだけ曇っていた空に光が射し、綺麗な夕焼けが見える。
だが焔の表情は優れない不機嫌にアックス・ギターを光の中にしまうと、クレイ将軍のいた場所にペッと唾を吐き捨てた。
「チッ、ザコ野郎が!あっさりやられやがって!!」
『ザコモンスターを痛ぶって鬱憤晴らしか?』
いつの間にか焔の背後にはヴァーカードがいた。グラフィックの一つである地面に突き刺った剣に停まり、翼を休めている。
「別に・・・!ただのレベル稼ぎっスよ。今は待機中なんだから何やったって俺の勝手でしょうが!」
『荒れてるな。お前が今何を考えているか当てようか?・・少年の事だろう』
ヴァーカードがハジメの名を口にすると、焔はまた不機嫌そうに舌打ちをする。どうやら図星らしい
「へっ、俺はね!あんなガキの事なんかどーでも良いんだ!!ただ・・・ただ自分がやって来た事が馬鹿馬鹿しくなっちまったんですよ!」
『ほぉ・・と言うと?』
焔が声を荒らげるが、ヴァーカードは特に気にせず先を促す。
こう言う時、彼は相手の言葉を否定も肯定もせずただ耳を傾けているだけのだ。
「あんただって分かってる筈だ!!俺は今までWB社の命令でノイズの化け物と戦って来た。
『エデン』の世界を密かに守って来た自負が俺にはある!
なのにいざその黒幕と対峙てみたら、その手下に歯も立たずレベル1のガキに助けてもらう始末だ!
ヴァーカードさん、俺達は一体なんのために戦ってるんスか!?」
もはや八つ当たりに近い口調で焔が振り返る。だが彼の言い分はヴァーカードには理解出来る物だった。いや、ノイズを追い続ける者しか分からないだろう。
恐らく焔はクロウやエンゴウのゲームを越えた力を痛感し、そしてまだ初心者のハジメに助けられた事にプライドを傷つけたのである。
絶対に勝てないかもしれない相手と、闘いつづけなければならない矛盾に彼はぶつかっているのだ
『それで、お前はどうする気だ?』
焔の問いには答えずヴァーカードが聞き返す。
本当ならここでアドバイスでもしてやるべきなのだが、ヴァーカードのチームは善意でやれる様な仕事はしていない。
下手をすれば命に関わる危険な仕事だ。だからこそメンバーの進退は本人の意思に任せる事にしている。
それに、焔は自分の運命を人に任せるなどしない強い人間である事を白竜は知っていた。
「はっ!心配しなくても【ゴースト・ハッカーズ】を辞めるなんて言いませんよ!これからもあんたの下でノイズを追い続けます」
白竜の淡々とした態度に肩を怒らせながら、焔は城の方へと歩み出した。
それを見て何故かヴァーカードはフッと鼻で笑う。
『焔・・私もお前と同様ノイズの脅威を知り、こんな姿にされても尚戦い続ける事を止める事が出来ない。
・・それはお前も私もこの世界しか居場所が無いからかもしれんな』
ポツリとつぶやいた言葉に一瞬、焔の足が止まる
だが、また舌打ちの音が聞こえるとそのまま去って行った。
(あい、ヴァーカードさん聞こえますか〜?)
一人残されたヴァーカードの頭の中にラビィののんびりした声が聞こえて来る。ククルの姿になり、通信機を持てない彼にはダイレクトに頭に通信が飛び込んで来る様になっていた。
『聞こえている。何か分かったか?』
(あい、先程映像の解析が終わったと情報屋さんから連絡が入りました。それと『トロイ』にお客さんが来てます。ハジメ君ですよ〜〜)
ラビィの通信を聞いてヴァーカードは白銀の翼を広げる。
そして沈み欠けている大きな夕日に向かって飛び去って行った。
ラビィの言う通り、『トロイ』の中でハジメが礼儀正しくソファーに座っていた。
ホームの中に焔の姿は無い。恐らくまた別の場所でモンスター相手に憂さ晴らししているのだろう
『よく来てくれたな、少年。私はてっきり二度とここには来ないと思っていたが?』
ラビィの頭に停まり、ヴァーカードが歓迎の言葉を口にする。するとハジメは不満気に顔を曇らせながら、
「バーカードさんは卑怯です。こんなメール貰ったら来ない訳にいきません」
と口を尖らせた。
少年が『エデン』に繋いだ時に届いていたメールには『《悠久の監視者》がどうなったかラビィに調べさせた。もし興味があるならいつでも(トロイ)に来ると良い』と書いてあったのだ。
『フッ、恐らく君が今1番知りたい事だと思ったのでな。だが、それでも来てくれるかどうかは五分五分だと思っていた』
あまり悪びれた様子も無くヴァーカードが頭を下げると、ハジメは顔を強張らせたまま俯いてしまった。
少年を『トロイ』に呼ぶ様にと指示をしたのは、WB社だった。
ヴァーカードは指示の通りに行動しただけだったが、やはり消えた身内をダシに使って呼び出したのは良くなかったかもしれない。
彼がノイズに対抗出来る結一の手段なのは理解している。だが、元はと言えば少年を巻き込んだのはヴァーカードのミスのせいである。
それにまだエンゴウとの戦いから3日しか経っていないのだ。
恐怖が抜けていないかもしれない。
(やはりこんなやり方は私の主義では無いな)
柄にも無く後悔してヴァーカードが長い首を左右に降る。
気付いていなかったが、焦っていたのは焔だけでは無く自分もらしい。
『悪かった。監視者の情報を聞いたらすぐに帰ってもらっても良い。』
「いえ、兄ちゃんの事も知りたいけど・・・今日はヴァーカードさんにどうしても伝えたい事があって来たんです」
謝罪するヴァーカードの言葉をハジメが強い口調で遮る。
面食らったヴァーカードが少年の顔を見ると、ハジメの眼には今までに無い強い光が宿っている。
それは決意の光――。人が何かを決めた時に見える意思の表れだ。
『ほぉ、私に伝えたい事とは?』
「はい。ボクを――ボクを【ゴースト・ハッカーズ】に入れて下さい」
(続く)