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THE・ログインvo1  作者: 秋葉時雨
13/40

FILE:13『暗号(サイン)』


「シュウ兄ちゃん!!」


悲痛なハジメの叫びが、港にこだまする

クロウが作り上げたノイズの結界で戦場と化したクロスピア。しかしその惨状を遠くから眺めている者がいた


「ーー仕上げは上々の様だ。これなら(彼)も喜ぶ」


白いマントを羽織った男だった。頭には魔女が被る鐔の長い帽子があったがこちらも白で、着ている衣服や履いているブーツも真っ白である。

顔は帽子で見えないが、男はなんとマルコロ大聖堂のてっぺんから戦いを見ていた。


「(彼)の夢を阻もうとする愚かな子羊には安らかな眠りを・・・。それこそが私の願い・・・」


淡々とした口調で男がつぶやく。だが、その口元は笑っている様に見えた

ーー。


『・・やっぱり・・何も変わらない』


そして、悠然と白いマントの男が見ている大聖堂から離れた港地区の入口。

ノイズの結界から少し離れた大型船の船頭に乗り同じく戦いを傍観している者がいた。

こちらは黒いローブに身を包んだ子供である。

右手には頭に銀色の三日月の装飾が作られた大きな杖を持っており、何故かその三日月の中央には赤い菱形のクリスタルが宙に浮いている。深く被ったフードのせいで男か女かも分からない。

しかしフードからはみ出ている黒い髪や、ハジメ達の戦いを見守るその眼差しは、何故かとても悲しんでいる様だった。


『何をしても・・・無駄なんだ・・・。どんなにあがいても・・・物語の結末は・・・変わらない』


黒いローブの子供の視線はハジメに向けられている。それはまるでハジメの運命が決まっていると言っている様だったーーー。


「シュウ兄ちゃん、どうして!!」


悲痛な顔をしながらハジメが叫ぶ。

眼の前には自分を庇い傷ついたシュウの姿。

体を貫いたエンゴウの三本の尻尾は、明らかに彼がゲームオーバーだと言う事を物語っていた。


「はは・・・ちょっと、恰好つけ過ぎた・・かな?」

「兄ちゃん・・シュウ兄ちゃん!!」


致命傷の筈なのに無理をして笑うシュウに堪え切れなくなったハジメが、抱き着こうとする。だが、その手がシュウへと届こうとした瞬間ーー。


「!?ウワアァーーーーッ!!」


その思いは無残にも打ち砕かれた。

突然エンゴウが尻尾を使い、シュウの体を空中へと連れて行ってしまったのである。

高々と持ち上げられた金色の魔導士はそのまま空中で制止する。

すると何処から羽の羽ばたく音が聞こえ、シュウの眼前に巨大な影が射した。


ーーバサァ!!

「う・・・!」


クロウである。

漆黒の羽根を羽ばたかせた烏モンスターは、いつの間にかハジメ達のいる場所まで接近していたのである。

クロウはシュウの前まで飛んで行くと、眼球の無い三つの窪みで見つめる いつも軽口を叩いている筈のシュウも、喋る事も視線を外す事もまったく出来ない。

まるで睨まれたら石になると言う怪物、メデューサと対峙している様だ。

そして、クロウの三つ目に不気味な光がぼんやりと灯った瞬間ーーー。


「っ!!あぁああぁーーーーーっ!!!」

「シュウ兄ちゃん!?」


ハジメの眼の前で信じられない出来事が起こっていた。

突然辺りが夜の様に薄暗くなったかと思うと、シュウの体から不可解な文字の羅列が飛び出し、クロウの三つ目へと吸い込まれて行くのである!

文字の羅列はどれも光り輝いているが時に英語だったり、時に数字だったり、そして時に記号だったりとまるで統一性が無い。

シュウから出る文字の羅列は、暗くなったクロスピアを照らす結一の明かりでもある。

だがそれを吸い出されるのは苦痛を伴うのか、シュウは断末魔の悲鳴を上げもがき苦しんでいた。


『なんなのだ?あれは・・・!』


倒れた焔から抜け出そうとしていたヴァーカードもその神々しくも残酷な光景に驚きを隠せない。長年、『エデン』をプレイして来た彼でもあんな物は初めて見るからだ。


「兄ちゃんを離せぇぇぇっ!!」

ーードキュン!ドキュン!ズキュン!!


シュウを救い出そうとハジメが一心不乱に二丁拳銃でエンゴウに攻撃するが(見えない壁)に弾かれてしまい、逆にうっとおしいとばかりに威嚇され全く相手にされない。

その間にも謎の文字の略奪は続き、それが尽きると、今度はシュウの体から巨大な光の塊が出て来た。


『I』


ーーその光の塊にはたった一文字Iとだけ書いてあった。

それが何を意味するのかは分からない。

だが文字が刻まれた光の塊もクロウに吸い寄せられると徐々に小さくなり、やがて三つ目の中に消えてしまった。


「が・・あ・・・ぁ」


文字の羅列や光の塊が無くなると、辺りがまた明るくなり元の景色に戻る。

そして全てを吸い取られてしまったシュウは、まるで抜け殻の様にぐったりとしてしまっている。

一つにまとめた長い髪を垂らし、肢体を投げ出す姿はまるで吊られた人形の様だ。


『ーーーー』


光の文字を吸収して目的を達したのかクロウはシュウから離れ、またエンゴウの背後へと飛んで行く。

するとシュウを持ち上げていたエンゴウも、まるでゴミをすてるみたいに彼を空中へと投げ捨てた


「兄ちゃん!!」


そのまま落下する魔導士を追いハジメが全速力で走り出す。

だがそれでは間に合わないと知ると、自らを犠牲にし体をスライディングさせた。


ーードサッ!!

「ぐっ!!・・に、兄ちゃん大丈夫!?」

「は、ハジメか・・・?た、助かった・・・よ」


潰されながらもなんとかシュウをキャッチしたハジメが彼の体を抱き抱えるが、従兄弟の体の傷を見た瞬間、少年の顔色が変わる。

両胸と腹を貫いた大きな三つの傷痕はまるで巨大な虫喰いの様にシュウの体を消して行っているのである。

ヴァーカードの言っていた《ウィルスによる侵食》だ。

ハジメも経験したからその時の痛みは十分分かる。恐らく耐え難い苦痛が今、シュウを苦しめているのだろう。

なんとかして従兄弟を助けようと少年が持っていた回復アイテムを出した時、二人の前にヌッと巨大な影が現れた。


《ラアァァーーーーッ!!》


エンゴウだった。

弱った獲物に恐怖と絶望を思い知らせる様に、ダラダラと巨大な口からヨダレを垂らしながら、ゆっくりとハジメ達に歩み寄って来たのである。


・・もう良いだろう。もうやめてくれ!


シュウを抱きしめながら、ハジメは心の中で必死に叫んでいた。

もうボク達は戦えない。みんなボロボロになるまで傷ついている。なのにこれ以上何をしようって言うんだ!ーーと。

だがその願いも虚しく、エンゴウが二人の前まで歩み寄って来る。

深い悲しみと恐怖を抱きながらハジメがシュウを強く抱き締めた時だった


『少年、伏せろ!!』

(えっ!?)


突然聞こえた声に驚いたハジメだったが、思わずその声に従いシュウを抱きしめたまま体を低くする。

その瞬間、エンゴウの周りに激しい閃光が炸裂した。


ーードカン!ドカン!!

「おおおおぉォァーーーーーーーーっ!!」


力強く、そして聞いた事のある雄叫びと共にエンゴウが爆炎に包まれた。

そして空中には黒い翼で羽ばたく人影が一つ。

ーー焔だった。

ハジメ達を助けるため、ボロボロになりながらも彼はまたしても復活したのである。

焔は倒れているシュウやハジメを見た後、殺気の宿った眼でエンゴウを睨みつける。そして次々と焔炎弾を吐き出しながらエンゴウに向かって突撃していった。


ーードカン!ドカン!ドカン!!

《ラァアアッ!?》

「くたばれこのクソッタレがぁーーーーーーーっ!!」


エンゴウを守る(見えない壁)と焔の間で次々と閃光と爆音が生じる。

突然の攻撃に最初、怯んでいたエンゴウだったがすぐに標的をハジメ達から焔に変え、怒りの咆哮を上げる。

番犬の矛先が自分に変わった事を確認した焔はニヤリと笑うとエンゴウの眼前で突然方向を変え、街の方へと飛んで行ってしまう。

怒りに駆られたエンゴウはそれがハジメ達から引き離す作戦だとも知らず、焔を追い掛けて行ってしまった。


『スマン、遅れた』

「ヴァーカードさん!兄ちゃんが・・・兄ちゃんが!!」


エンゴウの注意が焔に向いている内にヴァーカードがハジメ達の側に飛んで来た。だがシュウの体を見た途端、その表情は険しくなる。

徐々にだがウィルスの侵食は確実に進み、すでに彼の腰はマッチ棒並みの細さまで食い尽くされていた。


『・・・駄目だ。一度ウィルスに感染してしまったら助ける手段は・・・』

「そんなぁ!!だってこのままじゃ兄ちゃん・・は?」

ーーポンポン。


長い首を振るヴァーカードに掴みかからんばかりの勢いのハジメの頭に誰かが手を置いて来る。

驚いた少年が見ると、ウィルスに犯されていると言うのに、いつもと同じ笑顔を浮かべているシュウが、ハジメの頭を撫でていた。


「ハジメ・・・もぅ・・良ぃ・・だ。それに・・・ごめん」

「シュウ兄ちゃん?何、何言ってるんだよ!?まだ・・助かる方法はある・・って」


自分でも声が震えているのが分かる。

ウィルスに侵食された者の末路が分かっているのに何も出来ず、シュウを見ているとゲームで涙が出る筈無いのに眼がとても熱くなって来る。

ひょっとしたら今ゲームをプレイしているハジメ本人は泣いているのかもしれない。

だが、そんなハジメに最後まで心配をかけまいとするシュウの優しいが逆に悲しかった。


「良ぃ・・だ。これは・・確かに・・ただのゲームオーバーじゃ・・無ぃ。本当に・・ごめん。こんな・・危険なゲームに・・誘ってしまってぇ・・・」

「違う!シュウ兄ちゃんのせいじゃないよ!!ボクが、ボクが興味本位でこんな事件に首を突っ込んだから!!シュウ兄ちゃんが止めるのに聞かなかった・・から・・!」


シュウの体の侵食はついに上半身と下半身を分かつまでになっていた。金色の鎧が徐々に無くなって行く。それでも彼は笑顔と少年の頭を撫でるのを止めなかった。

そしてーー。


「ハジメ・・・逃げろ。お前だけでも・・無事・・に・・・」


カラーーン。

ハジメの頭に感じていた温かい感触が無くなる。それと同時にシュウが掛けていたあの赤いサングラスが地面へと落ちた。


「シュウ・・・兄・・ちゃん」


呼び掛けてももはや返事は帰って来ない。あるのはただの静寂。そこにもう金色の魔導士の姿はいなかった。

・・・・・シュウは・・・・・・ウィルスの侵食により・・・・消滅してしまったのだ・・・。


(−−−いゃだ)

ーードクン!!


それを認識した時・・・目の前が真っ暗になり、腹の底からどす黒い何かが沸き上がって来るのを少年は感じた。

例えて言うなら黒いマグマ。自分の中にこんな汚い感情があったのかと驚く程、巨大で醜悪な汚泥の奔流。

そのマグマが噴火しようと体の中で大きくなる度に、自分の左手が鼓動しているのにもハジメは気付かない。

これが爆発したら多分大変な事になる。

そんな危機感が少年の中にあった。しかしーー。


(いゃだ・・いゃだ・・・いゃだ)

「駄目だ!出て来ちゃ駄目だ!!」

『少年、どうした?』


突然叫んだハジメにヴァーカードが怪訝な顔をするだが、少年に答える余裕は無い。

見えるのは真っ黒な孤独な世界。両手で自分を抱きしめながら、必死に黒い感情を抑え様とする。

額には汗が滲み、歯もカチカチと上手く噛み合わ無い。少しでも気を抜けば即この力は暴れ出すだろう。

だが、そんな抵抗を試みるハジメに対し、黒い感情は姿を少年そっくりに変え、頭の中で喚き散らす。それはハジメ本人が考えたワガママな気持ちその物だった。


ーーいゃだ。シュウ兄ちゃんがいなくなったエデンなんていゃだ。

ボクはただ楽しくゲームが出来れば良かったのにこのまま消されるなんていゃだ!!


誰が、誰が悪い?シュウ兄ちゃんを消したのは誰だ?エデンをこんな風にしたのは誰だ?ボクの楽しい一時を邪魔したのは誰?

ーーボクを消ソウとしタのハ誰ダ・・・?

誰が悪い?誰が悪い?誰が悪い?誰が?誰が?誰が?誰ガ?誰?誰?誰?誰?ダレ?ダレ?ダレ?ダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレ・・・・。


ーーイチバン悪イのハ誰なんダ・・・ ??


《ラァアアーーーーーーーッ!!》


その時、頭に入って来た雄叫びに気付いてゆっくりとハジメが視線を上げる。

見えたのは街で暴れているエンゴウの姿。焔はその巨大な牙や爪を回避するのに精一杯で、すでにかなり疲労している。

焔達を見ている少年の焦点は合っていない。言うなればまるで泥の様なドロリとした深くて漆黒の視線・・・。しかし少年の視線は外れない。

彼の視線は、たった一点に向かって向けられていた。

ーーそれは暴れているエンゴウのさらに先、自分達が苦しんでいるのを悠々と見ている漆黒の翼。

自分やヴァーカードにウィルスを植え付け、シュウまでも消し去った張本人。平穏だった『エデン』を乱し、ハジメ達を二度も襲った全ての元凶。

そのモンスターの名はーーー。


ーードクン!!

「クゥウロオオォオオォオォォーーーーッ!!」


その名を叫んだ途端、ハジメの世界が一変した。

抱く心は悲しみから憎しみへ。求める物は優しさから力へーー。

大切な者を奪われた痛みを全て怒りへと変え、少年は心の中にあった弱さを叫びと共に吐き出して行く。

すぐ側で喚いていた黒いハジメの姿をした何かがコーティングする様に、ハジメの体へと同化して行った。

だが、侵食が進んでもハジメの意識が支配される事は無い。黒い何かとハジメの目的が一致してしているからだ。

やがて、黒い何かが鎧の様に全身を覆い尽くす。そこでようやくハジメは(変身)は遂げたのだ。



『少年!?』

側にいたヴァーカードが驚愕の声を上げる。ハジメの変貌は内面だけで無く外見にも起こっていた。

少年がクロウの名を口にした途端、ウィルスに侵されていた左手が突然光り出したのだ。

否、それは爆発とも言っていい。左手から始まった黒い光は徐々に巨大化し、ハジメの全身を包むとそのまま彼の叫びに同調する様に天に向かってほとばしって行った。

駆け登る黒い光は自分達を閉じ込めるノイズの赤き結界をも軽々と突き破り、遥か高みまで上がって行く。

それはまるでハジメの感情その物。憎しみが形を成した黒いオーラだった。


(これは・・・まさかウィルスが少年の感情に反応しているのか!?)


突如始まったハジメの変化にヴァーカードだけで無く焔、そしてエンゴウまでもが絶句する。

そしてその光景に驚きを感じているのは彼等だけでは無かった。


「なんだあれは?あんな物、小剣銃士の能力には無い」


マルコロ大聖堂の頂上で見ていた白いマントの男がつぶやく。

(彼)からの使いである男にとってハジメの変貌はあまり歓迎出来る物では無い様だ。


「愚かな子羊の中に、子羊の皮を被った狼がいたとでも言うのか?」


両腕を組んでいた男の手に力が篭る。

顔は長い帽子のせいで分からない。だが、その口調に明らかな不快感が混じっていた。


『物語の結末が・・・変わろうとしている』


一方、マントの男と同じく船の先端からハジメ達の戦いを見守っていた黒いローブの子供の言葉にも驚きが混じっていた。

だが、白いマントの男の物とは何かが違う。

例えるならマントの男の驚きを

「怒り」とするならばローブの子供の驚きは

「希望」だろうか?

それは同じ本を何度も読み結末を知って飽きている子供が、ほんの少しだけ内容が変わった事でどんな結末が待っているか分からなくなった様な・・・そんな些細なときめきを願う物だった。


『この物語の結末が変わっても・・・その先にあるのは苦痛のイバラの道なのに・・・それでも抗おうとするの?・・・それが・・・人の生きようとする力なの?』


分からないと言った口調でローブの子供がハジメを見る。

結末を変えるための戦い・・・。『エデン』のルールを破る者達の戦いが始まろうとしていた。


(続く)

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