朿
僕には、人の『敵意』や『悪意』が、《朿》となって視える事がある。
言葉にも、行動にも、存在自体にも、《朿》は生える
強い悪意は、長く鋭い。
弱い悪意は、短く弱い。
僕は、《朿》の無い人間を視た事が無い。
『人は誰かを傷つけないと生きて行けないのだ』
だから僕は、必要な時以外は喋らなくなった。
自分からは何もしようとしなくなった。
それが人を傷つけない為の唯一の方法だと思ったから。
けれど、鏡に映った僕には小さな《朿》が生えていた。
どうしてなのか。
どうしたらいいのか。
そんな時に、彼女が現れた。
彼女には、《朿》が無かった。
人を寄せ付けない、乱暴な言葉と態度。
人を傷つけているように見えて、そうではない。
僕と彼女は何が違うのか。
僕は彼女を観察した。
不自然ではない程度に、淡々と。
彼女に淡い恋心さえ抱いた。その思いが、一番大きな《朿》になると、
僕が一番良く知っていたのに。
彼女は跳んだ。
空を目指して。
地を蹴った。
血に墜ちた彼女を視た時
僕は悟った。
彼女には、《朿》が無かった訳じゃない。
彼女の《朿》は、内側を向いていた。
彼女の敵意は、自分に向けられていた。
彼女は、優しすぎた。
《朿》の無い人間はいない。
《朿》は他人を傷つけるけれど
他人の《朿》で傷つけられるけど
傷を癒して、僕らは強くなる事が出来る。
彼女には、それが解らなかった。
ならば。
僕は人を傷つけよう。
傷つけられない人を、傷つけよう。
そして、傷つけられない人の代わりに、傷つこう。
それが、彼らを救うことになるのなら。
それで、彼女が救えていたのなら。
僕は、《棘》にだってなろう。