メモ
人間すべて五体満足で生まれてくるわけではない。中には生まれついてハンデを背負って生まれてくる人、不幸にも病気や事故に精神的なものでハンデを背負ってしまう人・・・
そんなハンデをはねのけて逞しく生きている人と仕事をした。
会社は二十四時間で印刷機械を回して収益を上げようとして、人員をままならない状態で二交代制を導入しようとしている。そのせいか会社全体がザワツいているが、仕事の量が減るどころか増えている感が強い。
今日は通称「立ち会い」というデザイナーと共に印刷物の色彩を決める仕事だ。
朝一番から昨日のうちにもらった色彩見本通りの色を出してデザイナーを待つ。
空き時間を利用して今サブオペレーターを勤めてくれている森本に次の会議で提出しようと思っている事柄で確認をとる。
「薄々感づいていると思うけど、二交代制の機長に森本を推すけどいいか」
推すというか半ば決まっているような事柄だが、聞いているのと聞いていなのとではモチベーションが違う。
当の森本は、朝の元気はなりをひそめつぶやいた。
「やっぱりか」
何がそんな不安なんだ。特に問題は見あたらないが。
「大丈夫やろ、俺が会議で抜けても埋めてくれたやろ」
森本は少々上目つかいで不安一色な顔で言葉を発した。
「サブは誰になるんですか」
そんな事くらい想像がつかないほど頭が悪い奴ではないと思っていたが、なぜそんな事が気になるんだ。
「とりあえず梅田になるんちゃう、二年この機械でがんばってくれてるし」
「やっぱりか・・・」
肩をちょっと落ちたように見えた。その時新人の梅田が森本の肩に手を置き、妙なハイテンションを醸し出した。ときたま訳わからんハイテンションを醸し出す新人梅田、今日がそのハイテンションの日のようだ。
「森本さんがんばりましょう」
間髪入れずに静かに森本は突っ込んだ。
「それが一番心配やねん」
「おおい!」
俺と梅田は同時に突っ込んだ。
「なんでなんですか、僕のどこがいけないんですか」
そんな泣きそうな顔するなよ梅田、残念だが俺は森本の気持ちがよくわかる。
その時電話が鳴った。デザイナーが来たから事務所に来いというものだった。
階段を登り二階の事務所に入ると総務の人間にデザイナーがいる応接室の番号を聞き応接室に入る。
そこにはワンレンの切れ長の目の結構な美人がいた。
「今回の彩色合わせの担当させていただきます・・・」
一通りの定例的な挨拶を済ませると一枚のメモがデザイナーさんから差し出された。
初めまして長谷川と申します。
耳が不自由なのでご迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします。
なるほど、それでメモか。了解の意味も込めて一礼し、昨日の内にもらった見本からインキを練り合わせ刷った印刷物を手渡す。
しばらく印刷物とパソコンを見合わせまたメモにて指示が返ってきた。
それを持って現場に帰りインキを練り直し機械に通し仕上げまた事務所に行く、俺はその時サブオペレーターの森本経験を積ませたくて連いてくるように声をかけた。
「なんすか、携帯なんか持って」
「ついてくればわかる。今回の色合わせ時間かかるかもな」
長谷川さんの耳には届かないだろうが、応接室の扉を定石通りノックし入る。
長谷川さんに指示通り刷り上がった物を手渡し、しばらくするとメモを書き俺の前に差し出してきた。森本はなるほどという顔をしながら俺の横に立っている、さっき俺が言った言葉の理由を理解したようだ。
俺も手記で返さなくてはいけないのであろうが、お世辞にも俺の字はキレイとはいえない。
こちらも多少の言い分もあるので、そのメモを一通り読み携帯のメモ機能を使い長谷川さんとの会話を試みる。
二度三度メモと携帯画面のやり取りをした。案外うまくいきお互い納得し俺たちが現場に戻る時、長谷川さんからまた一枚のメモを渡された。
大変分かりやすかったです。素敵な方で良かったです。
一緒に覗きこんでいた森本が、肘で俺をツツきながらやったって顔をしていた。すぐさま俺も携帯に打ち込む。それを見た森本はその場に、
「嘘つくな」
と笑い叫びながら崩れ落ちた。それを見届けた後長谷川さんに携帯画面を差し出した。その瞬間長谷川さんは吹き出し机に顔を埋め肩を震わせ動かなくなった。
携帯画面にはこう打ち込んだ。
「よく言われます」
この一言でここまで笑いがとれるとは思わなかったが、これで場が和んだであろう。
残念だな長谷川さん、俺には社交辞令というお世辞は通じないぜ。と心の中でつぶやき応接室を後にした。森本はまだ笑っている、失礼な奴だ。
「いやぁ面白かった、師匠とよびますわ」
「おぉそうか、これから人生の師匠として」
「あーそれ無理」
「なんでやねん」
そんなアホなやり取りをしながら現場に戻り作業にとりかっかった。そんなこんなで色彩決め通称「立ち会い」は思っていたより早く終わった。
立ち会いが終わればデザイナーなどはすぐさま帰るのに、長谷川さんは帰りがけ、わざわざ現場に立ち寄り俺らに一礼をし俺にメモ用紙を差し出した。
また一緒の仕事してもらえますか。
俺はOKの意味を込め親指を立てうなづいた。