第八話 PMは異世界のデファクトスタンダードを学習する
訪問者は、神域の巫女シエルと女騎士クラウディアだった。
並んだ二人を改めて見ると、まるで母と子だ。
手を繋がれたシエルは、エレノアを見るとぱっと顔を明るくしたが、すぐに俺とフネに気付き、クラウディアの背後に隠れる。
「シエル様。この方々は、私の友人です。心配しなくて大丈夫ですよ」
エレノアが椅子から腰を上げ、優しく語りかけた。
シエルがその声がけに、ぴょこっとクラウディアの背中から顔を出す。
グレーの眼をぱちくりさせて、俺とフネをまじまじと見つめる様子は、やはりただの子供にしか見えない。
フネが手をひらひらさせると、エサにつられる小動物のように、おっかなびっくり近付いてきた。
「かっわいい!」
「んきゃ!」
そしてフネの抱擁の餌食になるシエル。
可愛いものに目がない相棒は、ジタバタするシエルをむぎゅっと抱き締めると、少女の頬に自分の頬を擦りつける。
このままでは、サザンドールの巫女様が窒息死して経済が瓦解してしまう。
俺はフネの襟首を摑まえると、強引にシエルから引き剝がした。
「クラウディア、どうしたの?」
無事救出されたシエルを横目に、立ち上がったエレノアがまだ扉付近で立ったままの女騎士に話しかける。
彼女は俺とフネに警戒の色を込めた視線を向けつつも、口を開いた。
「シエル様がエレノア様にお話があると仰られたので、お連れしました」
「シエル様が?」
自分の名前を連呼された小さな巫女は、フネの手から逃れ、とてとてとエレノアの前に進み出る。
それから精一杯真剣な顔つきで、エルフの女社長を見上げた。
その様子にエレノアも表情を僅かに硬くし、身構える。
何やら大事な話のようだ。
「エレノア。ガルズを止めて欲しいのです」
短く発せられた言葉には、強い思いが込められているように聞こえた。
エレノアもそれを感じ取ったのか、さらに表情を引き締め、巫女の話を聞こうと身を屈める。
バリン!
バリンバリン!
だが、少女が語るよりも先に、部屋の窓ガラスが次々と激しい音をたてて砕かれていった。
この部屋は、十階建ての最上階だぞ――
何事かと俺が慌てて窓の方を向くよりも早く、女騎士と俺の相棒は走り出していた。
室内を駆け抜け、割れた窓から雪崩れ込んできた闖入者たちと即座に刃を交える。
全員黒装束に身を包んだ、見覚えのある者たち。
その中に、褐色肌の露出女の姿もあった。
メルカティス到着前に、俺たちの馬車を襲撃してきた奴らだ。
「ぶっとばリスト、ナンバーワン女!」
フネが大声を上げながら、半月刀を手にしたその女をビシッと指差す。
もう片方の手では、黒装束二人の剣を大剣で軽々と受け止めていた。
「女。そっちは任せられるか?」
「こいつはフネのエモノなのー!」
クラウディアのかけた言葉に、フネがやかましく返す。
返しながら振るった腕の勢いだけで、大剣と鍔迫り合いしていた黒装束二人を窓外に弾き飛ばした。
改めて見ても、どういう筋力をしているんだ。
見た目細身の少女姿から考えると、物理法則を無視しているようにすら見える。
「ちっ。邪魔な奴だ」
悲鳴を上げて十階建ての窓の外に放り出された味方を見ても、全く表情を変えない露出女。
彼女は「エモノ」と言われて矜持を刺激されたのか、舌打ちと同時にフネに向かって駆ける。
翻す手の先は、俺には視認できない速度の斬撃。
しかしフネは舌をぺろっと舐めると、不可視の刃をあっさり弾き返した。
「ここであったが、なんちゃら。フネ様から逃げられると思わないでよ!」
「ガキが!」
切っ先を向けられ、苛立ちを隠そうともせずに女が吐き捨てる。
女の容姿は確かに三十手前といったところで、彼女からしてみればフネの外見は子供に分類されるのだろう。
中身は元の俺と同じ、見事な四十路なのだが。
「オサム様。弱点分析しますか?」
床の上でピットがこちらを見上げて、目を瞬かせる。
ロゴスやリコリスを前にした時のような警告を発していない以上、俺は大きな危険はないと判断し、首を横に振った。
それよりエレノアとシエルが気がかりだ。
彼女たちを見ると、黒装束の一人が今まさに襲いかかろうとしている。
「ピット。分身体を目標の眼前に投影しろ!」
「了解」
シエルを庇うように、黒装束の前に立ちはだかるエレノア。
そのさらに前に、ピットにARで精巧に再現させた俺自身を出現させた。
唐突に人間が宙に現れ、驚きで一瞬動きが固まる襲撃者。
ARで作り上げた「俺」は、所詮ただの映像に過ぎない。
なので、デコイにしかならないが。
「ぎゃあ!」
AR分身体の俺のお腹辺りから、氷の魔法弾が放たれ、黒装束を直撃した。
悲鳴と共に崩れ落ちる敵。
魔法の元はもちろん、エレノアだ。
彼女は一度エテルナで、俺のこの戦法を目にしている。
だから、きっとそう動いてくれるだろうと読んでいた。
「使うなら言ってよね」
「言ったらデコイの意味がないだろ?」
美人エルフの言葉に、俺は肩をすくめて見せた。
とりあえず二人の安全を確認し、俺はフネとクラウディアの状況把握に戻る。
一瞬前まで騒然としていた広い室内は、すでに落ち着きを取り戻しつつあった。
クラウディアを見ると、彼女の足元には倒れ伏した黒装束の者たちが、五体。
ほとんど音もなく倒されている。
それだけで女騎士が、ただの保護者ではない力量の持ち主であることが判然とした。
彼女は長い黒髪を揺らし、フネと露出女の戦いに目を向ける。
その視線に誘導されるように、俺もこの部屋で唯一まだ動きのある戦闘へ視線を戻した。
戦いは一進一退を繰り返している。
フネの大剣が振るわれる度、女は素早い動きで身を躱し、時には手にした半月刀で剣戟の軌道を上手く逸らしていた。
この世界に転移するまで、日常で剣など握ったことがないフネよりも、技術は明らかに相手の方が格上だ。
しかし――
「しつっこいのよ!!」
フネが大声と共に放った一撃が、部屋の床で爆ぜる。
高価そうな絨毯の下は、硬質の何かでできていたようだ。
爆散した床の破片をもろに浴びた敵の女は、たまらず呻き声を上げて、宙に逃れようとする。
「逃がすか!」
だが飛び上がった女の足首を、フネは剣を持つ手とは逆の手で素早くキャッチした。
これまで散々身の軽さや動きで翻弄してきた女も、空中でバランスを崩されてはどうしようもない。
そのまま床に叩きつけられ、「がはっ」と苦悶の声を漏らした。
「とっどめー!」
「待て!」
フネが威勢よく大剣を振り被ったところで、クラウディアの制止の声が響く。
褐色肌の襲撃者は、床に手をついたまま、静止したフネを見上げた。
女の額から、汗の雫が垂れる。
「この女には、聞きたいことがある。始末するのはその後だ」
女騎士は冷ややかな声でそう告げると、フネの肩を軽く掴んだ。
込められた力に少しだけ眉をしかめたフネは、大人しく大剣を持つ手を下ろす。
「殺せ。喋ることはない」
縄でぐるぐる巻きにされた露出女は、床に胡坐をかいたままそっぽを向いた。
殺されかけて、これから尋問を受けるというのに、悪態をつくところは敵ながら大した胆力だ。
他の黒装束たちも、一様に縄で縛られて絨毯の上に転がされている。
「標的は? 誰の差し金なの?」
屈んだエレノアが、顔を背けた女の顎を指で掴み、自分を向かせて詰問した。
先ほどシエルを別室に連れて行った時の顔とは、雲泥の差だ。
射抜くような鋭い翡翠の眼光。
俺だったら間違いなく、あることないこと喋ってしまいそうな圧。
「喋ると思う? こっちはプロなの。クライアントを明かすくらいなら、死を選ぶわ」
だが捕縛された女も、負けてはいない。
エレノアを射殺すような眼差しで睨み返すと、吐き捨てるように言った。
確かにとても易々と情報を漏らすような輩には見えない。
先ほどピットに素性を分析させたが、所属を示すような外的特徴もないためか、残念ながら判別不能だった。
この世界のあらゆるデータベースにアクセス可能だが、あくまでそれはパブリックな情報に限定される。
女が身を置く場所が、隠匿されたような組織である場合その限りではない。
まして個人で活動する者なら、なおさらだ。
「名前は?」
「くっ……!」
エレノアが静かな口調で、短く問う。
同時に彼女の手から放たれた氷の矢が女の右の太腿を貫き、苦悶の声が上がった。
褐色の肌が、貫かれた箇所を中心に、みるみる氷漬けになっていく。
「名前」
繰り返される、感情のない問いかけ。
「言うわけな……あぁっ!」
それでも反抗的な姿勢を崩さない女の、今度は逆の太腿に透明な氷の錐が突き立ち、たまらず大きな悲鳴が上がった。
やり過ぎにも思えたが、命を狙われている以上、相応な代償だとも考える。
元いた世界の平和な常識が通じないことは、これまでの経験で身に染みていた。
思考ロジックが適応してきた、と言えるのかもしれない。
隣で静かに襲撃者を見下ろすフネも、特にエレノアを止めたりはしなかった。
「どうするの? 脚、使えなくなるわよ?」
「……」
「ふう。仕方ないわね。喋らないなら、もういいわ。いたぶる趣味もないし」
エレノアは黙り込んでしまった女を見下ろし、諦めたように小さく息を吐く。
だがその声音には、決して赦しの響きは含まれていなかった。
一瞬で立ち昇った本気の殺気を感じ取ったのか、初めて女が自ら口を開く。
「……わかったわかった。駆け引きも通じないのかよ、あんた。せっかち過ぎない? あたいの名前はシェイドよ。ほら、名前言ったんだから、その物騒な殺気を鎮めてよ」
「名前だけ?」
「さすがに雇い主までは、勘弁してよ。あたいが殺されちまう」
露出女改めシェイドは、縛られたまま身体をブルルと震わせた。
「じゃあ、聞き方を変えるわ。連邦国家の中? それとも外?」
エレノアがシェイドの目をじっと見つめる。
虚偽申告があれば、即時処分すると言わんばかりの冷酷な眼差し。
女は暫く逡巡した後、雇い主と目の前に迫る死を天秤にかけたのか、消え入りそうな声で小さく漏らした。
「……中よ」
恐ろしく遅い戦闘シーン
俺でないと見過ごホゴホ…
間が少し空いてしまい、申し訳ありません。
本業が忙しくて中々更新が滞っておりました(見苦しい言い訳)
最近碌でもないプロマネと関わることが多く、苦悩する毎日です。
プロジェクトの成否って、割と真面目にエンジニアの質よりもマネージャーの技量にかかってたりするんですよね。
オサムには、清く正しいマネージャーでいて欲しいものです。
それでは、また次の回で!
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