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天才女優の亡霊〜ある学園で起きた怪異  作者: 浅川
第四章「幻の公演」

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 どの演者同士の掛け合いにもその度に拍手したくなるくらいだった。



 こんな演技が続くなら、三時間だって観ていられる。これも安西さんが出ずっぱりであるからだと思うが。



 エンディングのBGMが控え目に流れている中で藤井さんのひー兄ちゃんが安西さんの鈴谷樹里に頭を撫でて、これからは一緒に暮らそうと抱きしめようとするその瞬間に照明をサーっと絞りつつ、フェードアウトするように暗くなる。



 抱きしめ合う二人のシルエットが一瞬だけ中央のパネルに……粋な演出だ。BGMが大音量になる……。



 この抱擁だけをライトアップして、溜めるように観客へみせたくなるところを藤井さん演出は敢えてそうはしなかった。



 これにはそれでいいの? と凡人なら異を唱えたくなるところだが、いざ体育館で注文通りの照明プランに仕上げるとこれはいいね! と賛同された。



 もう観客はここまでくれば感動のメーターはピークにきているはず。そこに贅肉となるような演出はもう不要とのことだ。あとはお客さんの感性に任せろと。



 それでも、これは藤井さんと安西さんだから成せる事だと思うのだが。



 あの抱き締めようとする、照明が暗くなる前の藤井さん……よく顔は見えなかったけどとても幸福に満ちていた口元、口角だった。その部位だけでも幸福を主張できるなんて……。



 安西さんは……ギャンギャン泣いているわけではなかったのに、もう涙がとめどなく溢れているんだなと背中だけで痛いほど伝わった。背中で演技をするとはこのことか。



 これぞ反則だ。二人は三十年の時を越えてこうしてまた舞台上で巡り会ったんだ。その重みが実感として演技に反映されているんだから……こころ動かされないはずがない。



 パッと照明が点く。そこには出演者一同が一列に並ぶ。



「本日はご観劇頂きまして誠にありがとうございます」



 安西さんがお礼の挨拶をしれ、深々とお辞儀をする出演者。



 花火の火花がバチバチと散っているような拍手、体育館が振動していないか……?



「ブラボー!」



 小太りの男性が立ち上がり図太い声でブラボーコールを。あそこら辺は関係者席か。



 ブラボーおじさんが高校の文化祭にも現れるとは。



 出演者は二手に分かれてはけるもまだ、まだ拍手は鳴り止まない。



 お次は保護者席のエリアから起立をする人が何人か出てきた……和服や黒いドレスを着ていていかにも舞台の観劇が趣味の奥様方だ。



 それはウェーブのように横へ縦へ広がり生徒の席まで……念願のスタンディングオベーションだ、やったね!



 ……これはカーテンコールなんであろうが……一度はけてからのカーテンコールまでは考えてなかったな、これは失態。



 そういう文化があっても、演劇を嗜んでいない生徒だといつまで拍手しているの? となっていそうだけど……。



 おっ、安西さんが下手の袖から登場して再びお辞儀をして、下上手しもかみてへ手招きする。



 先生に誘導される幼稚園生のように他の生徒も出てくるが、藤井さんは不在だった。



 ……僕は感動の嵐から名残り惜しくも後にする。



「藤井さん!」



 ラストのシーンのためだけにお高めの靴を買ってあげてしまったから、外を出歩くことはできてしまう……。



 スリッパで我慢させておくべきだったか。



 藤井さん、あんたはここでは一人で生きていくことができないのに……放浪者なんかにならなくてもいいからな!



 体育館を一周するが藤井さんはもういない。



 あっ……ステージ裏にある搬入口の前には相川さんが。



 ……僕は名探偵なんかじゃない。いつもこっそりと答えをカンニングしていただけなんだ。



 僕ん家に幾度なく泊まりに来た相川さんが、先輩から聞いてきたのかこの学校にあるもう一つの怪談を話してくれたことで、それは幽霊でなく藤井さんの奇行だと勘づいたんだ。



「……バカ……バカバカバカ!」



 手をグーにして僕のお腹をポンポン叩く相川さん。



「どうしたの。そんな泣きべそかいて」


「私が好きなひー兄ちゃんはあの人じゃない!」



 その一言は矢のように僕を貫く。



 劇は終わっている。



 まさか、ほんとに、相川さんは僕のことを……?



 相川さんが引いたのも()()



 僕の恋人……ラバーズは……彼女であったか。



 そうだよ、君が僕まで愛してくれているようだったから僕は自己を肯定できて本番までひー兄ちゃんを演じられたんだ。



 その愛を僕は……蔑ろにした。演出家失格だ。



「ごめん、今年はあの二人に譲るしかなかったんだ。先ずはあの二人の未練を無くすことが……これからは、これからは樹里ちゃんとひー兄ちゃんは関係なく……一緒にいよう」


「……うん」



 劇場外ではもう一つのラストシーンがひっそりと演じられていた。



「よく見知らぬ男性が来ても、演技できたね。僕じゃなかったからか演技が噛み合ってなかったけど」


「だって、私()()()()()()()()()()



 ずっと見えていた……それってつまり……。



「保坂さんは……?」


「咲ちゃんはね、私を優しく保護してくれたお姉さんそっくりだったからそれでいいやってなった!」



 私を保護……してくれたとは。迷子の?



 相川さんの家庭環境はやはりなんか複雑なのかもしれない。

 


 バラシ、後片付けなどは無視して僕と相川さんは学校内を捜索する。



「放送室は? 藤井さんのメモがあったし」


「ゆかりはあるけど……いるかな」



 とはいえ、行ってみることにした。放送室は小道具置き場としても使用するようになっていたので今なら鍵は開いている。



「いるわけないか。もう学校外へ出ちゃっているのかな?」


「あれ……この赤い本はロミオとジュリエット……」



 ここにはなかったはず。棚から机に移動しているってことは藤井さんはここに……。



「栞みたいに紙が二枚、挟まっているよ」



 二枚……これは新しいメモ書きか……。



『安西未佐さんはまだこの世にいたよ……幻覚ではなかった。君が見たのもきっと幻覚ではなかったんだろう。もう安心して成仏したまえ。僕はたんぽぽ娘を彼女とやり切ったから』



 あの古い方のメモ書きには三十年前の自分に手紙を書くようにこんな文章が。



 もう一枚は……。



『斉田君へ。

 僕の夢を、舞台を叶えてくれてありがとう。相川さんには謝っておいてくれ。彼女にとっての舞台を壊してしまったことを。

 これで僕の俳優としての役目は終えたはずなんだけど、僕も舞台上、演劇人としてしか生きていくことができない人種になってしまったらしい。

 できるなら今日の舞台上でずっと生きていきたかったけど、あれはリアルだけど虚構。そうはいかない。

 また、どこか次の生き場を求めて彷徨うことにするよ。

 あまり表立って活動はできなさそうだから台本を書いてみようかな。

 斉田君が高校卒業してからもお芝居を続けるならまたどこかで会えるかもしれないね。

 それまでお元気で。さようなら』



「藤井さん、かっこつけすぎじゃない、どうやって生きていくつもりなの?」


「身分証明証もないだろうしね…」


「あっ! おい、斉田氏あれはどういうことだ!」



 川村が段ボール箱を持って放送室に来た。



「ごめん、あれは………」



 藤井さんのことは卒業生のサプライズ出演で通すしかなかった。嘘ではないし。



 それに新たにメモ書きを残してくれたことによってあの怪文書を書いた人が藤井さんだったんだと釈明できたから、これであの人もずっとあった無念を消化できて一区切りがついたと同情を買うことができた。



 若さすぎじゃね? というご指摘には彼はアーティストだからで押し通す。バンドマンだと五十代でも若々しい人がいるでしょ。



 卒業生にどうやって依頼した? と先生から尋問されると藤井さんの方からお願いされたことにする。



 犯罪者だったらどうする! ときつく説教されると思いきやあの舞台を観た後だ。そこまで責める先生も生徒もいなかった。



 藤井一輝——彼は乃戯高学園の卒業生なのか卒業生台帳なるもので調べてみるそうだが、そんな昔の卒業生だと住所、電話番号の個人情報は破棄されてしまっていることだろうから学校側から連絡をすることはできなさそうみたいだ。それはこちらとしては詮索されないので良しとなる。



 お祭りの後。駅までの道……。



 大きな感動の後に街を歩くと世界が一変している……()()だけまだあの感動の渦にいて、街の人とは別次元で生きているみたいだな。



 演劇という次元から僕らは帰ってきたんだ。これはその余韻か。



 電車の座席に座り一息つく。



「来年もたんぽぽ娘はできないかな?」


「去年と同じ作品は却下されるだろうね。それに……演劇製作は手間がかかりすぎるからもう学年全体でやるのは今年が最後だろうって言ってた。今回は水本敏子さんのこれまでの功績に敬意を払うためにやってくれたようなものだし。手間がかかる、それが文化祭から演劇が消えた本音なんだろうね」


「予算も多めに投入してくれてビデオジョッキーっていう映像演出もあったしね。演劇って本番を迎えるまでにこんな作業が多いんだーって面食らったけど、あんな豪華な舞台に立っちゃうともう部活単位でやる舞台がしょぼすぎて絶望しそう」


「来年、入部してくれる生徒が少なかったら裏方と演技の両立が難しくなるしねー」



 五人の演劇部にとって今年の文化祭がいかに贅沢であったか身に染みた。



「ただいま」



 駅のホームに着地する。



「長い旅から地元に帰ってきたみたい」


「うん。演劇をするって旅みたいなものなんだね」



 一つの旅が幕を閉じたとしても、まだ旅の途中だ。



「あっ! 斉田くーん」



 駅舎を出ると女々しそうな藤井さんが待ち構えていた。



「だよね。かっこつけすぎだって思った」


「藤井さん、よくここまで来れましたね。歩いて来たんですか?」


「ううん。ヒッチハイクしてみたらサングラスかけた美女が乗っけてくれて……」



 携帯番号まで渡されたそうだ。



「もう、ここまで来れたから良かったものの無理しないでくださいよ」


「いや元々、他の生徒や先生に捕まる前に逃げないといけなかったでしょ……」


「それもそうですね」



 ……夜空を見上げる。



 この宇宙の片隅に僕らは生まれて、こうして生きている……。



 今夜の打ち上げは奮発するか。お高めのレストランにでも行って今日という記念日に乾杯しよう。




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