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天才女優の亡霊〜ある学園で起きた怪異  作者: 浅川
第四章「幻の公演」

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 演技って……台詞を暗記して舞台上で噛まずに言えればいいってもんじゃないんだなー。



 そんなのはできるのが大前提、俳優は役を自分に染み込ませるためにここまで熟慮しているのか……。



 夏休み第一回目の部活動を終えて僕はBクラスの教室でドっと疲れて机に突っ伏せる。



 その間に川村はいつものことだが、陸も今日は用事があるのかさっさと教室から出て行ってしまい僕は一人になる。



 難易度が格段に上がって今日はどうだった? なんて雑談することすらできずに去って行ったってところなのかも。



「プロ志望者でもない高校生にここまでやらせるかー。安西さん鬼軍曹だね」



 ですよね。こんなの学生演劇レベルでやりませんよね。



「日本だとスタニスラフスキー九つの質問なんて、プロを育成する学校や養成所でも場所によってはそもそも講師側に知識として持っていなくて教えられないらしいからね」



 このスタニ……なんとかさんはロシアを代表する演劇人の名前でもある。世界中の演劇界に多大な影響を及ぼした偉人だとか。



 それなのに日本では学んでいない演劇人も一定数いるって日本の演劇教育はどうなっているんだよ。



「日本は極東の島国だしね。ヨーロッパ流の演技が届かなかった人もいるんでしょ」



「ひー兄ちゃん!」



 いっ……相川さんがBクラスへ入るや僕の背中へもたれる。



 ひー兄ちゃんとは僕が演じる役の通称である。



 相川さんは主人公である鈴谷樹里という役の幼少期役を演じることになっているので、こうしてオフになっても役の名前で呼ばれたりしているのだ。



「役をもらうとお芝居外でも役の名前で呼び合ったり、その間柄で交流するのは演劇あるあるだね」



 そうなんですね。



 となるとこれは……僕がひー兄ちゃんだから相川さんは懐いているだけで……その、他意はないのか。



 このバグったような距離感は、脈ありサインどころかあなたのことが大好きですとアピールしているようなものなんですけど……。



「あらあら、お二人とも()()()()だねー」



 部室の鍵を返した安西さんもBクラスの前へ来る。



「お似合い? そうかな。あっ咲ちゃん、斉田君、まだ着替えていないから写真撮ってよ」



 今日は最後に持ってこられる人は本番で着る衣装の選定もやったりした。僕達二人は劇中、入院をしているのでパジャマを着ていた。相川さんが薄いピンク、僕は水色のパジャマ。



「はい、撮るよー」



 カシャ。どれ、写真を見せてもらう。



 おぉーなんてお似合いな二人なんだ。保坂さんと僕が並んだ時とは大違いだ。



「この二人の笑顔を守るために私が未来からやって行きます!」


「咲ちゃん、お願いねー」



 未来からやって来る——



 三十歳になった鈴谷樹里は十九年前には治療法がなかった病気に罹ったひー兄ちゃんを助けるために未来からタイムマシンに乗りその治療薬を携えてやって来る。



 そうだ、相川さんから安西さんに役がバトンタッチされるなら、僕だって藤井さんと……それならビジュアルの均衡が保たれる!



「保坂さん! そういえばひー兄ちゃんって何歳なんですか? 樹里ちゃんだと幼少期は十一歳、大人になってからは三十歳ってなっていますけど」


「斉田君は何歳だと思う? ほら、九つの質問にもあるでしょ」


「樹里ちゃんが十一歳なら、十三、四歳かなと」


「うーん、そう思っているのか……」


「違いますか。高校生くらいなんですかね?」


「ひー兄ちゃんは、二十代であると私は思っている」


「二十代! そんな歳いっているんですか」



 ちょっと待てい。



「……樹里ちゃん、君は十一歳なのに二十代の男性に恋しているのか!」


「小学生が二十代後半のアイドルグループのファンになることだってあるんだし、そこまで問題ある描写じゃなくない? 年上の親戚お兄ちゃんにときめく子だっていると思うし」


「その観点はともかく……役の年齢なんて台本上に明記されていなければ俳優が許容範囲内で自由に決めてもいいと思っているんだけど、この年齢差は演出上の都合もあるの……。

 原案の台本ではラスト、ひー兄ちゃんは私より早い年代の未来に飛ばされるでしょ。そこから歳を重ねたひー兄ちゃんが七年後に私と合流した時には……」


「そっか! そこで年齢差が調整されて、二人が付き合っても犯罪臭が無くるんだね」


「犯罪臭って……あーでも、そういうことか」


「多分、ひー兄ちゃんの方がここでまた年上になるんだと私は読んでいる。

 これで私と年齢が逆転してしまったひー兄ちゃんではなくなるわけだから歳の差があったからこそ、それが好都合になったハッピーエンドにしたいの。演出の都合とはそういうこと」


「そういうことなら、ひー兄ちゃんの年齢は最低でも二十四歳にならないといけないじゃん。ひー兄ちゃんいくつなの?」


「けっこう、離れているんだね……」



 ……鈴谷樹里は十一歳から三十歳になるので役者を変えた方がいいだろうが、ひー兄ちゃんはラストでまた鈴谷樹里より年上になるなら二十代後半から三十代前半になったってイメージなのかー。



 それだと、僕からいきなり高身長のイケメンハーフになってしまったら再会までに整形、未来の技術で身長を伸ばしたのかと疑われて観客はひいてしまいそうだ。



「今日は二人で帰ったら。役と混在しないように程々にはしてほしいけど、二人の親密度を舞台上で表現するにはこういう行動も役作りとして有りだよ」



 ……そういう安西さんも……まるで三十歳の鈴谷樹里のような挙動をさっきからしているのかもしれない。



 日常でこんな訓練をするかしないかも凡人と天才の差か。



「よし、じゃあ帰ろうか! 夏休みだしひー兄ちゃんの家に泊まりに行ってもいい?」



 なっ、なんでそこまで!?



 藤井さーん……藤井さんがひー兄ちゃんを演じた時は、樹里ちゃんを演じた生徒とはどのくらい……。



「……」


「……どうしたのそんなに私を見て。このパジャマがどうかした? そういえば本番では眼鏡はかけるの……?」


「……」


「ねぇ、聞いている?」


「あっ、ごめん。うーん、本番で眼鏡はかけないかな。一日使い捨てのコンタクトレンズ買っておく」



 藤井さん。僕の話を聞いてました?



「なに、ごめん。また消えていた。斉田君が僕を心から求めないと出て来れなくなっているみたいだね」



 よし、聞いていない。



 今年の文化祭は僕達、演劇部が主役だ。




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