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この家は餌を与えてくれる、そう学習した野良猫のように安西さんは僕と二人きりになれば藤井さんと会えると学習して、僕達二人はちょいちょい密会をしている。
僕から見れば安西さんと藤井さんが談笑しているのだが、スマホのカメラはそれを僕と保坂さんだと捉える。
これが現実なのに、僕にはその覚えがない。じゃあここに写っているのは何なんだ。
それに、なーんか見苦しいな——
芸能人やスポーツ選手の熱愛、結婚報道があればお二人のツーショットがよく掲載される。
そう、どなたもお似合いだった。
互いの身長差、天性や育ちによる醸し出す人柄、何より容姿、どれも調和が取れている。
人間とは似た者同士が惹かれ合って、結ばれていくのだろうと示しているみたいに。
類は友を呼ぶ——
僕に、保坂さんみたいな女性が惹き寄せられる要素はない——
夏休みであるのだが、今年もクソ暑い。外出する気などありはしない。
外に居るだけで命に危険が及ぶ。ひと夏休みの冒険とやらは今は昔である。外で仕事をしている人はご苦労様です。
夏休み前に十一月の文化祭での演劇発表をやるにあたって、どの部門をやりたいか生徒にアンケートを取りその体制が決まった。
今年は演劇部が主導での演劇発表。キャスト部門を仕切る安西さんは男子が三人に女子が二人欲しいとリクエストした。
枠が男子三、女子二と非常に限られていたのでキャスト部門だけはアンケート用紙に記入するのではなく挙手制にして、そこで挙手できる度胸のある人から選ぶことにしたのだがCクラスから女子二人、Bクラスから男子三人が手を挙げてくれて奇遇にも演劇部のいるクラスから新たなキャストが加わる。
演劇部には途中まで書かれた台本のコピーも渡された。演劇部員のみもう配役をしてしまおうとキャスティングまでやる。
演劇部員であるからにはどれも物語において主要な人物で台詞も多い役がそれぞれ割り振られる。川村は二役やるようだ。
僕は……原案の台本によると主人公の女性が恋する男性役、エンディングでめでたく結ばれることになる男性役……。
この演劇発表は文化祭初日、学校関係者に生徒の保護者や兄弟、親戚しか招待できない日に行われるみたいだ。
初日は午前の部と午後の部と二部構成になっており、体育館で行われる催し物は生徒は全員が観ることになっている。そこに各学年の先生や招待された学校関係者、生徒の家族まで入れたら体育館は満員となることだろう。
そこでは毎年、企画が通った吹奏楽部や軽音部、和太鼓部の演奏など部活対抗リレーでも争った幾つかの文化部が何かしら発表を体育館ですることになるのだが、今年は一年生のみの演劇部とその一年生全員が共同で製作する演劇というのが物珍しかったのか、なんと一年生にしては飛び級のような待遇でその日のトリとして発表することになってしまったのだ。
部活対抗リレーで一位になったのも効いたかこれは。
ここまで注目されているとなるとさすがにもう責任、重圧という二文字をドンと背負わされる。
全校生徒とお偉いさんや生徒の家族、親戚が観劇する……その配役を観た人達はどう思う?
高校生が学業でやる演劇だ。キャスティングのミスマッチなんて大目に見てくれるだろうが……そこは相手役が学年のアイドルだ。不相応にもほどがあると口に出さなくたって生徒くらいはそう思ってしまうさ。
夏休み中の演劇部は七月が安西さんの台本執筆によりお休みだが、八月になったら週に三回やることになっている。ガラガラの体育館でやるわけではないのだから、もっと稽古数を増やしてもいいのではと思ったくらいだ。
ここで演劇台本である戯曲の読解や役の分析など演じるための講義をして、できれば台本のシーンを抜粋して稽古をしたいとのことだ。
これぞ本気になった演劇部だ。大きな本番を見据えるとなるとお遊び気分ではいられなくなる。
僕もこの夏休みは自宅に居ても有効に使わねばと自習をするが……。
「藤井さん!」
朝から専属講師の藤井さんが見当たらなかった。まさか……もう消えてしまったというのか?
「呼んだ?」
隣の部屋から壁をすり抜けたみたいに藤井さんが現れた。
よかった。もう予告通りに消えてしまったのかと思いました
「刻一刻とその時は来ているみたいだけどね」
そう……なんですか
「こうして呼ばれないと僕は斉田君の前に現れることができなくなっているみたいだしね。
思ったより早かった。五月は影が原色のように濃かったけど、それが二ヶ月で水で薄めてしまったようになっている。五月はコンビニで僕の実体があるかのように斉田君は声を発して僕と話してしまった事があっただろう。そのくらいには濃かったんだけどね」
文化祭までもちますかね……。
「どうだろう。それまでに僕が消えてしまうと……斉田君が一人で演出をしないといけなくなる。そうなっても斉田君がその任務を一人でもこなせるように僕もこの夏休みで斉田君をできる限り教育するよ」
何、言っているんですか。未完の物語を完結させるんじゃなかったのですか。そんな弱音はやめてください。
「舞台を上演するための心得として演出家は常に最悪を想定していないといけないから、このくらいは想定しておかないってだけだよ。文化祭本番までは必ず生き残ってみせるよ」
……藤井さん! しつこいようですけど、藤井さんが……最後に居た場所はどこなんですか? そこへ行けば藤井さんはまたこっちに帰還できるなら……そんな想定をしなくて済みます。
「それは……」
安西さんがいるじゃないですか! 保坂さんの代わりとなって安西さんがここに。
藤井さんだって物足りないって思っているんじゃないですか?
実際は僕と保坂さんが恋人のようになってしまっているんですよ。ほら……これで満足なんですか。
「保坂さんが安西さんに見えるのは僕が高次元の生命体だからか、或いは斉田君あってこそかもしれない。僕が仮にこっちへ戻ってきたとして……四次元生命体としてのの僕には保坂さんにしか見えなかったら……僕はどうすればいい? そんなギャンブルはしたくない」
僕は何も返すことができなかった。
「キャンブルはしたくないというかね……。これは夢のようだと有頂天になってしまったこともあったよ。
でもね、舞台の幕は例外なく降りてしまうようにそんな夢は永遠ではないんだよ。これは僕を気の毒に思った神様がちょっとだけそんな夢をみせてくれた、ただそれだけだ。
斉田君には、感謝してもしきれない。こんな夢をみさせてもらって……そんなこれでは物足りないなんて言える資格は僕にはないよ」
そうですか……その夢……その夢は最高の、最高のフィナーレにしましょう。スタンディングオベーションされるくらいに……!
「うん、そうだね」




