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女性がある男性に惚れていたとする。
その男性を目の前にしたらその女性はどんな表情をする、どんな仕草をする?
……ちなみに保坂さんが僕を前にしてもどの項目にもチェックと印を付けることはできなかった。
ここでもう一つ追加できる項目が加わった。
片思いの男性が接近しているか、数メートルいや十メートルの範囲内にいるなら女性はそれを探知することができて、積極性があるならすかさず声をかける。
通学ルートであれば今日は会えるかなとずっとソワソワしているので、たとえ背後でもそれはできる。
三十年前にもこんな事が何回かあったのか。登校中にこうやってバッタリ会うことが……。
「安西さん、よく気がついたね。後ろにいたのに」
「えっ、だって……」
そう。そんなことよく気がついたね、よく覚えていたね、よく見ているね……あなたがそう感じるならそれは脈ありサインかもしれない。
あなたのことをずっと気にかけている、頭の中が埋め尽くされているのだから。
安西さんを見てこれが男性に惚れている女性かと、この二人を見てこれがその内、付き合いそうな男女のサンプルかと思い知ったよ。
「安西さ、ん……」
おっと。現代になってしまった。
こちらの藤井さんは絶句している。
安西さんがこっちへ来る……この安西さんは安全なのか。
「藤井君、おはよう」
関西弁ではない。あの甘ったるさはなく規律を重んじる優等生のようだ。
……あっ、藤井さんがガタガタと震えている。
「本当に安西さんなのかい?」
「どうしたの、そんな震えて。あっ、昨日のビデオ家でも観た?」
おい、昨日のビデオって記憶はあの日のままなのかよ——
「おー斉田氏、保坂、おはよう!」
ここで川村が。救世主現る。
……川村は僕と保坂さんだと正常に認識しているようだ。
が、僕は相変わらず保坂さんは安西さんのままだぞ。
安西さんもあれれ? みたいにおどけている。
「登校中、こうして三人が並ぶのは初めてか?」
保坂さんは安西さんであり、安西さんは保坂さんである。但し後者と認識しているのは僕だけかもしれない。強いて言うなら藤井さんか。
「これは……どういうことだ?」
僕と藤井さんには激震が走っているが、それでも社会はこの一大事をスルーするかのように循環していく。
「ほんじゃそろそろ学校へ行きましょうか」
その歯車にしがみついて回るしかない。
世界よ、只今、緊急事態発令だが——
「それじゃ」
どうにかBクラスの教室へやって来れた。自分の席へ。
……藤井さんどういうことですか? 安西さんの幽霊はいたじゃないですか。
白い目で藤井さんを小馬鹿にしているような言い方。僕ってこんな性格だったっけ。
「こっちが聞きたいくらいだ。幽霊っているのかい?」
お前がそれを言ってどうするとツッコミたくなるが、藤井さんはバルク生命体ということになっている。
死者ではない。
あのビデオテープのせいですよ。
あのビデオを観てしまったから……安西さんの魂はやっぱりあのテープに宿っていたんですよ。
「そんな。ビデオを観た後も保坂さんは保坂さんだったじゃないか。遅れて取り憑かれたのか?」
遅れてなのか……。
昼休みに放送室へ行ってみましょう。
昼休み前の授業が終わると僕はダッシュで教室を出た。
放送室の鍵は中に忘れ物をしたということで借りた。
「藤井さんはここで、あの紙に書いてある文章を読み上げて学校中に放送したのですか?」
「いいや。寸前でこらえた。騒ぎを鎮静化させるどころか燃料をさらに投下するだけだと思ってね」
「そうして正解です」
さて棚を……無いか。
きっと上にあるビデオカメラ内のテープはそのままであろう。
「安西さんの魂は……こっちの方に宿っていたみたいですね。VHSにダビングした方です。それを保坂さんは持ち帰って、自宅で再生してしまったか。よくVHSを再生できるプレイヤーを所持していたもんだ」
「あれか。言われてみればあっちの方が安西さんの想いがこもっている。ダビングしたのは安西さんだし」
「ラベルには直筆のメモもあります」
「保坂さんは……あの噂を信じてしまったのか。この学校には演技が上手くなる魔法のビデオテープがあるというやつを」
「それ目当て、とまではいかなくてもそれを検証するためだけにこの学校へ入学してきた節はありそうです。これなら敢えて演劇部のない学校に入学してきたのも納得がいきます」
「まだ若い俳優の卵ほど実力を付けたい意欲はとんでもないからね」
「それでも、報われない人の方が多いなら残酷ですね」
「どう、する……これから」
「どうしましょう」
保坂さんを救出しなければ! となるのか。
安西さんは保坂さんでもある。保坂さんが攫われたと僕らを除いて誰も思っていないから、他に協力は求められない。
なにより……。
「安西さんが蘇りました。暫く様子見してみます? 話したい、ですよね? 藤井さん」
「……そうだね。あれはビデオテープの中の、過去の安西さんではない。久々に、生の声を、聞いてみたい……」
僕らは安西さんが生き返ってほしいと神に祈った。それが叶ったんだ。
このままでいいんじゃないか?
いや、いいのか……?




