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三次元より数の多い次元は図形には表すことができない。
その三次元の成分とは縦、横、高さ。
または奥行き……奥行きが無ければ横スクロールの2Dゲーム、奥行きあれば3Dゲームってことだ。
そこに時間の流れという成分を足して四次元となる。
が、物理学的にはこの世界の空間は三次元しかないという根拠は示せていない、というより本当に三次元しかないのか? という見方をしている。
次元の成分が四次元しかないという根拠も同様。
これは幽霊なんていないと思うけど、そのいないとはっきり断言できる根拠はどこにもないと同義語かもしれない。
なんなら物理学の歴史ではこの世界の次元を一つ増やして五次元であると仮定すれば矛盾のない理論まであったほどだ。
超弦理論、またの名をM理論という有名な数式だとこの世界がなんと四次元どころか十か十一次元あれば破綻することなく成り立つらしい。
だったらあとの六、七次元はどこにある?
それらは余剰次元と名付けられている。
このように決して我々、人類が認知してない次元があるという議論は空想ではなく世界中の数学、物理学の専門家達が日夜、頭脳を擦り減らして研究されていることだ。
その僕らのいる四次元より高次元、外の空間をバルク空間といい、そこに生命がいるとするならそれがバルク生命体、もしかしたら藤井さんとなるわけだ。
川村と保坂さんが大好きな映画『インターステラー』ではこのバルク生命体は未来の人類なのでは? と示唆されている。
藤井さんは思いがけずそこへ到達してしまったのか? と日本中にいる名もなき賢者達が投稿してくれた動画や記事からそれを僕は予感する。
「……この時代はこんな難解な学問のことをこんなに親切、丁寧に勉強できるようになっているのかい……? しかも無料で!」
図書館にある本ではくどい文章ばかりでこうはいかないであろうな。
そっちの方が衝撃的みたいだ。
広告収入を得ている人もいるのでいくらかは報酬はあると思いますけど。
「広告収入……CMのこと?」
はい、それが個人単位で貰えるようになりました。
「そうなんだ。……この記事や動画の内容に沿うなら……僕は粒子のような極小単位の大きさなのかもしれない。ほら、肉眼では確認できないけど精巧な造形をした実在するものはあるだろう。微生物とかウイルスとか。でも、顕微鏡を利用すればそれを仔細に可視化できるようになる」
そうですね! 人間の目には見えないものでも存在しているものはある……。
そんな理屈で幽霊みたいな存在だっていてもいいはずですね。
「それを可視化するためにはどんな機能のある顕微鏡を開発すればいいんだ……斉田君は見えるんだから斉田君を解剖すれば……」
やめてくださいよ。
「ごめん。だがそういうことなんじゃないだろうか。いつかそんなレンズが開発されるためにはその素材が不可欠だ」
だったら……その、藤井さんが五次元の生命体であるなら四次元を生きる者には見えない情報があるんじゃないでしょうか?
「あーそうなるか……うん、これは?」
「あれ……この音は。もしかして雨が降っている?」
カーテンを開ける。
「これは……大荒れになるな」
昼間はあんなに晴れていていよいよ夏が到来かと高い気温で、雨の降る気配なんてなかったのに。今年初のゲリラ豪雨かもしれない。
おっ、すげーピカピカと光が。大粒になって雨足も勢いづく。
家からだと雷光がよりエキサイティングに観測できるんですよ。
これぞ自然の脅威ですよね。ゲームの雷魔法そのものです。
「なんだいこの雷雨。今晩は台風が上陸する日だったの?」
藤井さんが凶兆を見ているかのように険しくなっている。昔はこんな天気の急変はなかったもんね。
いいえ。夏になればこのくらいの大雨は台風でなくても降ります。雷もガンガン鳴って。
「ひぃ、僕……雷は苦手なんだよ」
あら、意外な一面だな。
この大雨、強風のせいで二時間後には交通機関が麻痺してしまったようだ。
気象衛星によれば雨雲がマグマ噴火みたいに突如としてボワッと現れたみたいだった。
その前に帰ってこれたのはラッキー。
運転見合わせ前に、天候が悪くなる前に帰宅できると優越感が生まれる。
あっ、帰りが遅くなりそうだった保坂さんは平気かな。
……藤井さんが正座をして丸まっている。典型的な降参ポーズだな。
自然を舐めていたら痛いしっぺ返しをくらう。このくらい怯えていた方が山や海で羽目を外してしまい命を落とすなんてことはないのかもしれないけど、藤井さんだって人智を超越した者だ。
藤井さんを前に僕がもっと怯えてもいいような気がするが、そんな事にはなっていない。
藤井さんと初対面したあの空間はなんだ? あそこがバルク空間なのであろうか。
それとも僕でも適応できるように五次元空間の中に三次元空間を形成した特製の空間なのか。
「これは……過去?」
どうしました、藤井さん。
「斉田君に言われて、意識してみたけど僕には、過去が見えるみたいだ、ほら」
えっ……「うぁぁぁぁぁー!」
藤井さんが僕に触れた、初めて……そうしたらとんでもないスピードであらゆるものが、流星群のように降り注いできた。
これは……世界の全て……?
僕はムスカさながら目が、目がーとなりながらグルグル回転して倒れた。
そういうことだったのか! 何が?
それは分からないが、分かった気にはなれた。まだ人類が解けていない謎を。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた人体図? のアニメーションが僕の横を過ぎて行ったような……。
あとは……摩擦によって燃えたかす、燃えかすだけだ。
灰色になった滓がバラバラに散らばり僕へとゆっくり落下している。花びらのようだ。
通過した残響がジンジンと振動している。
あぁ、待ってくれ。
僕は何かとんでもないものを取り逃がした心地になったが、もう手の届くことはない。それらは遥か彼方へ。
「……僕が見えているものを斉田君にお裾分けしたら、あまりにもの情報量でキャパオーバーになり爆発したみたいだね。どうやら僕は……その、バルク生命体とやらのようだ。三次元以上の角度から来る情報にアクセスできる……」
藤井さんの冷徹な顔を最後に僕は……瞼を閉じる。




