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駅の改札を抜ける。人々の往来がブレているようだ。
「うわっ!」
……何日も髪を洗っていなさそうな汚らしい長髪のおっさんが見事なまでに転けた。
「なんだ、オメェ」
そんなことほざいていないで、さっさと立ち上がったらどうだ。僕を妖怪とでも思っているのか?
お前は、クズだ……こんな奴の相手をしていると時間が勿体ない。
……あのくそ野郎はぶつかり屋か。僕に体当たりをしようとしたが失敗した。
なぜかって?
「斉田君の地元は治安が悪いのかい? 日本はアメリカと比べれば治安が良いはずだけど」
僕には藤井さんが付いているからさ。市民よ、藤井様の御成だ。道を開けよってね。
もしかしたら、藤井さんの時代と比べたら……日本も治安が悪化しているかもしれません。
不景気で心に余裕がない人が増えたのです。
「そうなんだ……」
いつもだったら中央の坂道から自宅へ向かうんだけど、そこはショッピングモール街でもあり人通りが多い。
何百人が藤井さんを避けてもらうのは悪いので、これまで行ったことないけど右端の道から帰るか。
コンビニがあった。ついでに買い出しをするか。
「レジの真上に大きなテレビ画面……ここでCMを流しているのか、へぇー」
藤井さんの魂? をまたどこかにある肉体に戻したとして、歳はどうなるのだろう。
もう藤井さんは現在では五十歳は目前の歳になっていなければいけない。
にも関わらずこの青年のままだったら?
身元が割れてしまったら老いていない人類となり世紀の大スクープとなる。
「もしかして夕食はコンビニ弁当? 両親が作ってくれないの」
家に帰っても両親はいません。それについては……またのちほど。
「そうなの……? じゃあ斉田君も……」
「いえ、そういうわけではないのです。あっ……」
レジカウンターの店員が僕に注目する。僕は何事もなかったように店を出た。
「僕と話している時に音として出てしまったか……」
それが何か?
「いや……あっここは……」
ここは?
……これは神社ですね。こんな所にあるなんて初めて知りました。
道中、歩道の左側に神社があった。敷地内に車が一台駐車されている。
「……僕は斉田君にしか見えないけど、きっと死んではいないんだ。では一体、僕は何なのか? これは新しい生命の形ではないだろうか? と考えてみたり」
新しい生命の形?
「今、斉田君は空腹だろうけど、僕はここまで喉の乾きすら感じていない。要は食料や水分を補給しなくても大丈夫、けど生きていけるってなればそれは生物としてある種、理想じゃないか? 生命維持のため食事をするというコストがかからないんだから」
食べなくても、飲まなくても生きていける……そんなこと考えたこともなかったです。
でも、それは確かに理想かも。食費が丸ごと削減されるなら。
「この神社に……僕と同類がいるかもしれない。そのシンパシーみたいなものを受信しているみたいなんだ」
この神社にも藤井さんみたいな人が?
鳥居を潜れば五十段はありそうな長い階段が正面にある。この上に賽銭箱とか本殿があるんだろう。
今日はやめておきましょう。暗くなってきましたし。
「斉田君はこの神社のことは今日まで知らなかったんだ?」
はい。ここへは数年前に引っ越してきて、そこまで土地勘はないんですよね。
「まぁ、いい。ただ僕のような存在がまだいるかもというのは覚えておいて損はない気がする。人間はまだここから進化できるんだから」
それってなんだかバルク生命体みたいですね。
「バルク生命体?」
あるSF映画に出てくる専用用語みたいなものですけど、人間よりも高次元にいる生命体だそうです。
この僕が生きているのが四次元で、藤井さんが五次元ってことなのかな?
「僕は四次元ではなく五次元の生命体ってことか。それはなんだかしっくりくるな。そうなれば食料も水も不要になるのか!」
あとは老いてもいなさそうです。
「……食料も水もなくても生きていける、老化もしない……四次元の生命体よりも遥に秀でていて、神みたいな生命体だけど……僕だったらそんなのごめんだね。自らすすんでなろうとは思わない」
僕もなんか嫌です。
あっ、神社の階段から人が下りてきたのでもう離れましょう。車の持ち主かも。
ということで玄関前まで到着。
「すごい場所に家があるね。この坂の頂上に家が建っているのか。斉田君の家ってお金持ち?」
まぁ、そうです。父が投資家なので……ここの土地を買ってこんな丘の天辺に家を建ててしまいました。
ここからだと晴天であれば富士山も望めるので、いずれさらに家を建てられるようにして住人を募集するとか。
「うん、東京の夜景とまではいかないけど街の明かりが綺麗だ。羨ましいねーこんな景色を毎日、自宅から拝めて暮らしていけるなんて」
ここで暮らすようになってから僕、こういう高台とか高層ビルから街を見下ろすのが好きなんだなって分かりました。
もしかしたら父の好みが遺伝しているのかもしれません。
「わかる。僕も何事も俯瞰してみるのは大切だって思っている。こうして街なんかも見下ろすことによって、さっきまで自分が歩いていた道もまた違った感慨を持つようになるし」
そこまで詩人のように耽ることはないですね。
「すこぶる感動した後に自分の住む街を歩いてごらん。そういう感慨を持つようになるから。斉田君はないの?」
感動した後に……うーん……。
「そういうのは演劇とか芸術こそ最適なんだ。終演して劇場を出た第一歩……入場前と同じ街とは思えないくらいに激変するんだよ。あぁーたった今この街で、こんな感動が生まれた。なんて素敵なんだろうって」
「そういえば映画館を出て……テレビで観ていたアニメの劇場版を観た後なんですけど、なんかフワフワして、放心してたかもな。
テレビ放送とは物語のスケールが桁違いで、あの毎週テレビで観ているアニメとは思えなかった。そこからの帰り道は……何とも言えない感じでした」
「そうそう。何か大きな感動の後は世界が一変するんだ。それを味あわせてくれるのが演劇だったりの芸術、エンタメなんだよ」
一つの感動で世界が変わる……その力を秘めているのが演劇。
今年の文化祭ではそんな感動を観客に提供することはできるだろうか?
……この藤井さんに、安西さんが舞台に立てばそれが保証されるだろう。
観てみたかった、いや観てみたい。この二人が共演した舞台を……!
せめて……藤井さん、あなたはやはりここへ舞い戻ってくるべきだ。
同じ景色を見ているのに、そこから得るものには大きな差があるんだろう。
ここで俳優としての実力差は広がる。
同じ講師から同じ期間、指導されても、どれだけ同じくらい台本と睨めっこしても、同じくらい稽古を一生懸命やってもそこで差が生まれる。
僕はどこまでできるだろう?
ここからでも本気にならないと藤井さんとの差は縮まらない。




