童話「役は生きている」
演劇という型が発展、成熟して人間が創造したあらゆる物語から登場する『役』が人間界に『降臨』し始めた時、その『役』が生きる世界も小さな次元に生まれた。
この『役達』は人間からは文字としてしか見えない、一次元のような物体だがそこにその人間が媒体となることによって立体的になり、それこそ人間と同様に活き活きと動き回ることができるのである。
だがそうして『役』が生きることができるのは舞台の幕が下りるまでのほんの数時間。
また稽古ではなく、俳優達がこしらえた神聖な衣装を身に纏い、第三者である観客を動員しての本番でなければならない
舞台の照明が落ちて観客が拍手をしまったらもう『役』は昇天するように人間から脱するしかなくなる。
またいつかこの台本を上演してください、と祈りながら——
そんな『役達』もいくら人間に演じてもらえればその間は舞台上で自由になれるからといって、誰でも良いわけではない。
あまりにも演技が下手くそな、エゴの塊のような人間と当たってしまったらひどく落胆してしまう。
こんなの私、僕ではない——
『役』が歪められて、ひどく不格好になってしまうことも多々ある。
そんな人間にはもう演劇から追放しようと呪いをかけられるとされている。
ある日『役達』は祝砲を撃つ。
人間界にまた演技の天才が女性として生まれてきたのだ。
しかも有史以来、最高傑作の天才としても過言ではなかった。
彼女になら魂を委ねてもよい——性別が女性の『役』は彼女に殺到した。
これで多くの『役達』は彼女を介して由緒正しい在り方で生きることができる、輝くことができる、そのはずであったが……彼女は若くして絶命してしまう。
まだ十代、あまりにも短かった。
『役達』は一晩中、嘆き嗚咽した。
彼女に演じてもらうことが約束されていた『役』は錯乱して髪の毛を掻きむしるほどに。
あまりにも狂ったようにその『哀』は肥大化していった。
こんな事はあってはならない、
なんとかして彼女を生き返さなければと——
やがてそれは『愛』へとなる。とても歪んだ。
『役達』は掟を犯して人間界に侵入を試みる。
そして、彼女の亡き骸を保護した。絶対にこの魂を失ってはならないとその一心で。
厳かな祭壇に彼女が眠る白雪姫のように横たわる。その扱いはこの国の女王さながらであった。
蝋燭を持つ『役達』は彼女にひざまづく。
『役』が誕生してからここまで結束したことは古今にも例がなかった。
「ラバーズ様の魂を再び人間界へ!」(ラバーズとは『役』が付けたシンボル的な名前)
その号令を何千もの『役』が連呼する。
禁忌であるとされた降臨の儀式が然るべき手続きを経て執行されようとしていた……。
※
ある田舎町にサキという少女が暮らしていた。
そのサキはとても活発な子で男児達と兵隊ごっこで遊んだりもした。
サキの夢は舞台役者であった。各地を巡業しているある劇団がこの町にもやって来て、そこで公演を観劇したのがきっかけであった。
都会には名門の演劇学校がある——裕福な家庭のサキは十五歳になったらこの町を出てその学校に入学して演技を勉強すると既に将来の進路を定めていた。
だが、サキにはあるわだかまりがあった。
それは幼馴染みであるミサの方が演技の素質があることだった。
劇団の巡業を機にこの町の子供達の間では演技をすることが流行した。
王子様やお姫様、ヒーローと悪者になって戦うごっこ遊びであればこれまでも遊ばれていたが、そこにリアルな人間の暮らしを演じるという新たなジャンルが加わった。
そこで名演技を披露していたのがミサであったのだ。まだ九歳の少女は忠実に母親や老婆を演じてみせた。
サキは「ミサも舞台役者を目指そうよ! 絶対にミサならなれるよ」と誘うが、
ミサは生まれつき身体が弱く喘息持ちであり、とてもではないが十五歳で一人暮らしなどできる気がしなかった。それでなくてもいくら才能があっても健康体でなければ舞台に立つことなどできやしない。
ミサという才能を前にしたからにはサキはミサを越えなければいけないと駆られていた。
そんな気持ちで一人、池の水面にうつる自分をみつめていると……。
「お嬢さん。演技が上手くなりたいんだって?」
ハット帽を被って顔がよく見えない男が後ろにいた。
この狭い町でサキはこの男とは会ったことがなかった。
不審者か? と不安になるよりもその男の投げかけに耳をもってかれた。
「……はい! 私、どうしても演技が誰よりも上手くなりたいのです。
十五歳になったら都会に行って町の推薦で演劇学校に通うつもりなのですけど、友達の方が演技が上手くて……でもその子は病弱で役者になる気はなくて、これで私がなれなかったらその友達にどう顔を合わせればいいのか……」
「いいことを教えてあげよう。この世の中にはね、大昔の名優が遺した演技をする上でのコツなんかがまとめられている秘伝の書があるんだよ。それを読めばみるみる演技力が向上して夢は叶うだろう」
「そうなんですか! その本はどこにあるのですか?」
「その本はね……この町にあるんだよ。東にある女学校だ。その役者はこの町出身でね。そこに秘蔵されてある」
「あの学校ですか! ……どうにかして貸してもらうことはできないのでしょうか?」
「お嬢さんは十五歳でこの町を出るつもりだから、その学校へは入学できないとお考えだろうが、そんなに急ぐこともないんじゃないかな?
都会の演劇学校には全国から腕利きの志望者が集結する。そこで稽古についていけなくて、心が折れるよりもそこよりも緩やかな環境で演技を勉強するのも悪くはない。何よりそこには伝説の役者が残した秘術書があるんだしな」
「なぜその学校にそんな本があるのですか? その役者さんはそこの学校出身でもあったのですか?」
「校長先生がお芝居好きでね。学校の授業でも取り入れているんだ。演劇を活用した教育にも力を入れているということでその学校に寄付されたわけだ」
「そこは普通の学校でもお芝居ができるのですか?」
「そうだ。年に一回、秋には学年総出で舞台も上演する。どうだ、そこの学校でも悪くないんじゃないか?」
サキはこの男に従った。
両親も反対するようなことではなかった。娘がやや早すぎる歳でこの町を離れず学校に通うのであれば。
六年後、サキはミサとその女学校へ進学する。
ミサにはあの本のことは伏せておいた。あの本は将来、役者を生業とする者が読むべき本だと思ったからだ。
とはいうものの、その本はどこにあるというのか?
校長先生がお芝居好きなら校長先生に直接、尋ねなければならないのか? だが校長先生など入学式以降、なかなかお目にかかれていない。
学校生活が始まろうとしている中、サキは他の生徒に取り残されたみたいにさまよう。
ある日の昼休み。サキはこの昼休みに広大な図書室へ行っては求めている本を探す。
「あなたはサキさんかな」
使用人のような眼鏡をかけたおばあさん。教師ではなさそうであった。
「はい、そうですけど」
「あの本をお探しだろう。こっちにあるよ」
あの本とはあれしかなかった。このおばあさんはあの男と知り合いなのか。
「あの本はね、人目のつかない所にある。なんせ秘伝の本だから」
ロープで捕えられて引っ張れるようについていくサキ。
外へ、そして学校の隅っこへとやって来た。こんな場所へは校則違反をするような生徒しか来ないだろう。
「ここは……」
そこには膝丈ほどの塚があった。
「これはこの町の名役者を祀るお墓みたいなものだ。この町に確かに居たという証……」
気がつけばサキの眼は虚ろになっていく……。
「ミサ!」
「えっ……どちら様ですか?」
「何、言っているの。私だよ……サキだよ」
「へっ……? あっ、サキちゃん……」
が、ミサには一瞬、サキとは似ても似つかない上品な美しい女性が来たと思ってしまったが直ぐにサキへとなった。
今のはなに? その疑念が拭えない。
これ以来、ミサは時々思う。
サキは姿形はサキでも、中身がすり替わってしまったのではないかと。
所作、言動に違和感があったからだ。そこに引っかかるのは幼馴染のミサしかない。
両親でさえ、がさつさが無くなり聖母のような女性になってくれたと大人になってきている成長だとした。
サキは卒業後、大女優として名声を得る。
ミサはサキが夢を叶えたのでそれで良しとした。
終わりよければ全て良し——
その夢が叶うまでに何か、何かの犠牲が払われたという疑念は生涯ありつづけることになる。
——とある演劇制作スタッフが管理人のサイト内にある『創作』カテゴリより




