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乃戯高学園発の怪談は集団ヒステリーによるものだった——
これに限らずともコックリさんなどの有名な怪奇現象も紐解けば科学的に立証できるものはある。これもその例に漏れなかったわけだ。
……そんな怪異よりも学生にとってはとてもリアリティがあり、胃が痛くなるような事が迫っていた。
それは中間テストである……。
この学校では六月の第一月曜日から実施される。
部活動とテストならテストの方が優先されるべきものである。
部活動をたまり場の延長にしていたり大会で勝つなんて目標がない部活ほどもう五月になったらテスト勉強のために休止される部活もあるらしく、この演劇部も今月に出来たばかりの部活でなければテストが終わるまではもうお休みになっていたかもしれない。
ということで今日がテスト前、最後の活動日でもあった。そんな日にこの怪談の謎が解けたのは精神的にだいぶ楽になった。
「テスト前だからこれですっきりってことで解散でもよかったけど、まだ時間あるしテスト前に演劇って楽しいって思えるような事をするね。これでまた部活動をするのが待ち遠しくなったなって思ってくれたらなと」
と、保坂部長が申すので十五分間の休憩で演劇部員は着替えを済ませてテスト前、最後の活動に臨む。僕のジャージも新調したものになっているぞ。
思えばここまで部室の掃除やこの怪談の事が重なり演劇部らしいことはまだ何もしていない。どんなことをやるんだろう。
「この学校に演劇部ができたのか。日本の演劇部はどんなことをやるのか見物といこうじゃないか」
……ここにもう一人、これぞ文字通りの幽霊部員がいる。
安西未佐さんの幽霊はいなくても藤井さんの存在はどう解釈をすればいいんだろうか……。
「これからステータスゲームというエクササイズをやってもらうんだけど、ステータスって言葉、どんな意味があるのか答えられる人はいるかな?」
「はいはい、あのエクササイズをやるのか。イギリスの演劇教育でも採用されているよ。この保坂さんって人はかなり欧米の演劇教育を学んでいるとみた」
そうなんですか。じゃあ、ステータスってどういう意味で使われているんですか?
「演劇的にステータスとは社会的地位や身分ってニュアンスだ。この役はこの役に対してはステータスが高い、低いなど関係性の分析をするのに役立つ用語」
なるほど、ありがとうございます!
「はい! 社会的地位やその人の身分ってことですよね?」
「……正解。斉田君もしかして私がこれからやろうとしていること分かっている? 模範解答すぎてびっくりしちゃった」
「えっ……あっ、そういうわけじゃないんですけど、ステータスってそんな難しい言葉ではないじゃないですか」
「そうだけど……あまりにも早く答えるから」
藤井さんというチートがいるからつい調子に乗ってしまった……無闇に上級者ぶらない方がいいか。
「斉田君の言った通り、ステータスとは社会的地位や身分のこと。この概念は私達の日常でも切っても切り離せないものになっている。
先生や先輩などの目上の人にはなるべく丁寧にコミュニケーションをとるように心がけるでしょ?
それが同級生になったらラフになる。この人によって言葉遣いであったり態度が変わるというのはもちろん演技でも反映される。今回はそれを実演してもらうのが目的になります」
言われてみればそうだ。僕達は人によって態度を使い分けている。
「演技とは日常の再現なんだ。我々、人間の生活を舞台上やカメラの前で再現するってこと。
だけど、そんなこれまで無意識にやっていたことを意図的に、監督や演出家の要求通りにやってくださいってなるから演技は一筋縄ではいかない。それをこうしたエクササイズをやって慣らしていくってこと」
そういうことか……。
やばい、藤井さんが補足してくれるから僕だけ一歩どころか二歩、三歩と先を行っているぞ。
「トランプを用意してきたんだけど、ここから一から十のカードを抜き取って……シャッフルします……。はい、じゃあこの中からカードを一人一枚だけ取って。取ったら数字はいくつか確認する、その数字は他の人には公開しないでね」
三番目に取った僕の数字は……八だ。
「はい、数字が分かったらカードを回収。……今からその数字に見合った身分、態度になった人物を演じてもらいます。高い数字ほどステータスは高い、低い数字ならステータスは低いと当たり前なルール。
ゲームによっては一、エースは強い数字として扱われるけどここでは一が最低ステータスとします。
川村みたいにいつも偉そうな人がステータスが一になったら非常にやりづらいだろうね。そんな演じづらさも体感してもらって演技をするとはどういうことか体感してみてね」
「一言、余計なんだよ、もう」
ここでのステータス最大値は十……その中で八ということはかなり高い身分になる……。
これは僕にとって演じづらいものになるぞ。
「そのステータスを持った上で皆んなは……バス停でバスが来るのを待っている市民になります。
適当に一列に並んで、そのステータスであると客席側から見ている私に伝わることを目指して五分間、演じてもらいます。
終了したら私がどの人がどの数字、ステータスだったのかを当ててみせるから、どうすれば観ている人に自分が演じているステータスが正確に伝わるのかよく考えて演じてみて。ここまでで何か質問はある?」
「はい。あの、演じるってただバスを待っているだけでいいの? せっかく四人いるんだから他の人と台詞のやり取りみたいなことはしないの……?」
「そこは自由。ただもしも他人に話しかけたくなったらしっかりとその話しかける動機は決めてね。例えば小学生時代の友達だって気がついたとか……。川村は喋りすぎて台詞で説明しちゃいがちになりそうだから私としては喋らずに演じてみせてほしいって思うけど」
「はぁ、そういうことね……。喋らずに演じる……」
「今の話を聞いて引っかかったのですが……いきなり事前の打ち合わせもなく小学生時代の友達にされたら共演者は困りませんかね?」
「陸君、そうなったらもう受け入れるしかないよ。これも台本のない即興の一種だけど、演技の基本はその舞台上で起こってしまった事を役者は全て受け入れて演じること。
逆に絶対にしてはならないのはそれで困ってしまい演じることを止めてしまうこと。
音楽に置き換えるなら、楽器のトラブルがあってあるパートの演奏が止まってしまったからって全員の演奏までは止めはしないの。曲の演奏は続く。
このことから、それが起こってほしくないトラブルであったとしても演者はそう簡単に演技を止めてはならない……どんな事が起きてもやり切るメンタルを鍛えるためにも即興って良い訓練なんだよね」
「そうですか……難しそうだな」
「あれこれ言うと陸君みたいに億劫になるから、とりあえずやってみようか! 上手くやれるかなとかそんなに気にしないで。あそこにパイプ椅子あるからそれを六つくらい並べてバス停を作って開始!」
藤井さん! 僕、ステータス八なんですけど上手に演じるためのアドバイスをください!
僕はこの特権を思う存分、行使することにした。
「ほい、きた。……ステータス八ってことは四人の中で最もステータスが高い可能性がある。ここは強気に俺が王様だぞみたいな態度に出てもいいんじゃないか。
あとは……ステータスが高いと言っても千差万別だ。表面上は偉そうにできているけど、実態は尊敬に値するような人物ではない嫌われている上司ってパターンもあるから、そこのキャラクター像、内と外のギャップを……」
あぁ、いきなりそんな高度なアドバイスを貰っても処理できなさそうなので王様気分だけにしておきます……。
「咲ちゃん始める前に……私も。もしもこの中にステータス二と三の人がいたら似たような演じ方になると思うんだけど、そのたった一の違いはどうやって演じればいいのかな?」
「その通り。そんな微細な違いを演じ分けてみせるのがこのエクササイズでクリアしてほしいミッションなんだけど……先ずは相手をよく観察すること。
それで、あれこのままだとこの人とのステータスの差異がないぞってなったら微調整することになるわけで……ここで大事になってくるのが……ってまた始める前からうだうだ解説すると珍紛漢紛になりそうだから、とにかくやってみようか。じゃあ手を叩いたらスタート!」
ステータスゲームという奥の深そうなエクササイズが始まる……あれ、ガチガチに緊張するかと思いきや……何か燃えるものが僕の中にあった。
このドキドキは……やってやるぜという気概かもしれない。




