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「と、ご託を並べたところでそろそろ解体されるようだ。お望み通り帰れるよ。再び僕の存在は君のおかげで彼方で認識された。あとは君が僕の身体を見つけてくれたら僕は……」
「ぼ、僕の名前は斉田裕矢です。あの……」
とやり取りをしている間にもあの色彩が波の引き際のようにどこかへ。
テレビだけは杭のようにそこにあったままだった……。
「あっ、ランプが点滅しているってことは充電が無くなるんじゃないの?」
これは陸の声か。
「それっぽいな。じゃあ停止するか。どうせこのまま再生していてもまともには観れなさそうだし」
テレビ画面が暗くなるが、この視聴覚室そのものが暗いような……そうか電気は消しているからだ。
「……どう思う? テープがもう古いから再生してもノイズが酷くて観れたものじゃないというより……ある特定の場面だけが選別されたように映し出されていて不自然だった、俺はそう思ったけど」
「自然ではなかったよね。その、安西さんと思われる人以外の出演者は放送禁止みたいに塗り潰されていたみたいで……」
「そうなるように意志があったってこと? それはつまり安西さんの……」
川村、陸、相川さんの順で感想を述べていたが、保坂さんはだんまりだった。
その、保坂さんは……微動だにせず正座している。
……しかし、僕はちゃんと観ることができたぞ。
安西さんのみならず、藤井さんの卓越した演技まで。
「それは他の人には僕の存在は認識できないようになっているからだと思うよ。だから不自然な、何かしらの意志があって映像は再生されているように思える。これはこれで不気味だろうね」
藤井さん! あれでお別れではなかったんですね。
僕の背後に藤井さんが立っていた。
「言ったろ。そんな中で斉田君だけは僕を探し当ててくれた。僕がこうしていられるのも斉田君のおかげ。僕とこの次元を繋いでくれる一本の糸が斉田君ってこと」
今、藤井さんって大声を上げたつもりだったんですけど、それがまるで待ったをかけたみたいに出なかったのも僕以外の人には藤井さんは認識されないからですか?
「そうだろうね。そのへんのことは僕も専門家ではないし、そもそもそんな専門家なんていないからよく分からないけど、僕がまたこの次元に意識だけではなく肉体も伴って存在するためには……さっきも言いかけたけど斉田君が僕の身体を見つけ出す必要がある。最後に肉体があった場所へ行くってことなのかな」
そうすれば藤井さんはまたここで生きていけると……。
「けど、もうそんなことはしてもらわなくて結構。今更、この世に戻ったところでもう僕に居場所はない。少しは恋しいけど……両親も、安西さんもいない世界に未練はないよ。それよりも……斉田君、君は演技の才能があるみたいだね。僕の興味は今そこにある。なんなら、僕が鍛えて上げようか?」
そうなんですか! 僕に、演技の才能が……どうして分かるのですか?
「何度も言うけど僕を見つけ出してくれたからさ。この次元に残された僕の僅かな足跡。それだけで斉田君はあっという間に僕を見つけてくれた」
僅かに残された足跡って……あのメモですか?
「そうだね。あれは僕が書いた。あんなメモがまさかこんな形で作用するとは思ってもみなかった」
でも、あのメモの第一発見者は保坂さんで、僕は何もしていませんよ。
「そうでもない。僕は斉田君の想いによって目覚めろと揺さぶられたんだ。あのメモに最も寄り添ってくれたのが斉田君だってこと。赤の他人に真心を持って寄り添える、
これも俳優にとって大事な能力だよ。しかもそれができるかは本人の性格によるところが大きい、訓練しても手に入らない才能……何より、似ているんだ。あの子に」
あの子に似ている?
「アメリカでのあるワークショップでとても無口で無愛想な子が参加していた。えっ、この子が演技をやるの? と訝しげだったけど……いざ、演技をしてくださいとなったら……化けたんだ。
そう、化けた。貧弱な蛙が孤高の鷹にでもなったみたいに。人を見た目で判断するなとはこのことだった。彼の心はカーニバルのように色取り取りで、多くの引き出しがあった。斉田君も表にはあまり出てこないピエロがいると思うんだ」
素は無口で無表情でも、演技となったらその役に変身できる人がいるってことですね。
で、僕にもそんな資質があると?
「彼曰く、テレビなどで演技というものに触れていく内に鼓動が共鳴したみたいだ。それで引き摺り込まれるように演劇の世界へ。
やはり周囲はこんな子が演技を? と疑ったみたいだが二、三ヶ月もすれば脱皮して著しい成長をする。けど、演技が終われば気が抜けたような顔にまたなる。
彼は演技を通してだけ人らしく豊かに生きていると実感できる人間だったのかもしれないね。斉田君はまだ疎外されない程度には社交的な分、彼より一人の人間としてマシな部分もあるから殻を破るのに苦労するかもしれないけど磨けばきっと彼みたいになると思うよ」
なんか人としてまともな部分は演技をするのには邪魔だみたいな言い方だったような気がすけど……。
僕に演技の才能があるならそれは願ってもないことだった。
だってそれなら保坂さんと同じ土俵に……。
「ビデオテープ自体は軽くホラーだけど……少なくとも、安西さんの幽霊は出てこなかった。皆んな見てはいないよな?」
藤井さんと話し込んでしまっていたが、それは他の人には認識されていない。
いつまでもボーッとしているなと言われているかのように川村の声が割り込んでくる。
「うん、見ていない」
と口々に言うので僕も首を縦に振る。
「ふっ。安心して。安西さんの幽霊なんて元からいなかった。あれは……集団ヒステリーみたいなものだろうね」
集団ヒステリー! 僕もその線はあるんじゃないかと思っていました。
「自分で言うのもなんだが優れた俳優というのはね、演技中に自分の脳内で浮かんでいるものや感情を観ている人に個人差はあれどお裾分けできるんだ。
感動的なシーンでは観客も俳優に感化されて涙を流す人がいるのはそのせいだ。精神的に不安定だった僕がつい安西さんが居る! と叫んでしまったばかりにそのイメージが主に感受性ある生徒に伝染してしまったんだろうね。それであの騒動。深く反省しているよ」
なるほど。この前、登校中に電車が停まったことがあったんですけど、車内はほぼ満員だったからかそれで一人が体調不良を訴えたんです。
そしたら連鎖的にそれを訴える人が次々と現れて……この現象はそれにも該当するんじゃないかと思ったんです。
「集団でそういう事が起きると怖いよね。風邪でもないそういった感情も他人に感染するなんて人間とはなんて影響されやすいんだろうね。そのおかげでお芝居なんかを楽しむことができるんだろうけど」
よし、これでこの怪談の真相は集団ヒステリーだったと解明された。
僕は早速……。
「あのさぁ……この怪談の真相って、もしや集団ヒステリーってことはないかな?
それが起きてもおかしくない土壌は出来ていたと思うんだ。皆んなから慕われていた安西未佐さんの死を受け入れることができない生徒達が大勢いたわけだし……ましてや文化祭本番を控えていて大きな事をやり遂げる前に亡くなった。これだけ揃っていれば……」
藤井さんには悪いけどここにいる藤井一輝さんの演技が全ての元凶です、とさらす事ができれば話は早いんだけど……本人も認めているわけだし。
「おぉーそれはかなり科学的知見に基づいた立派な推理だな。斉田氏、君はやっぱり名探偵か」
「調べてみたら最近でもあるみたいだね、そういうこと。一人がパニックになったらそれが発端で周りも同様の症状に襲われるって」
「相川……タイピングの速さもそうだけど、スマホを取り出す速さも一流だな」
「そう言われたらなんか肩の荷が一気に軽くなったな。科学的な知識を持つって大事だね」
雪が溶けて小鳥が鳴いているかのように演劇部はまた活気づこうとしている。
これで演劇部として、何より文化祭に向けての活動に専念できるぞ。
……それにしても……保坂さんはなんでさっきからずっと黙っているのか……。
ひっ。保坂さんが一瞬、僕を睨めつけた……何かした、僕?
その眼は敵意とかではなく、どうも釈然としないようなものであった。
保坂さんはまだ何かを疑っているのだろうか……?




