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演劇部ならではの自己紹介は保坂さんの見立て通り四人がやるだけでも一時間以上に及びあっという間に夕方六時を過ぎてしまった。
川村を用いたデモンストレーションを終えると、保坂さんは五分間のシンキングタイムを与えていわゆる自分を見つめ直してから自己紹介するように指示した。
また話す内容を全部、自分で決めるのが難しいならこれだけは絶対に話してほしい三つの項目を設定してくれてやり易くもさせてくれた。
そうしたことで一人あたりの自己紹介の時間は三分ほどに伸びた。
たった三分の自己紹介だと思うかもしれないが、やってみれば分かる。あんなにも一生懸命に話したのに三分しか経っていなかったのかと驚くことになるだろう。
そこから保坂さんが川村にしたように他人を知る、質問タイムへ移ると、一人一回は必ず質問するようにしたのでその質疑応答で十分なんてゆうに越してしまった。
「あぁー疲れた。運動部じゃないのに終わった後はこんなぐったりするとは思わなかったよ」
川村が椅子にのけ反って座り込んでいる。男子三人はBクラスの教室へ移動して制服に着替えるなり帰る支度をしていた。
「頭もそうだけど、声を発し続けるだけで体はけっこう熱くなってくるもんなんだね。地味に汗もかいたよ」
「陸、夏は汗すごそうだな」
「演劇部ってカテゴリとしては文化部の括りになるんだろうけど、この疲労度は文化部に似合わないね。訂正した方がいいんじゃないって思ったよ」
と各々が演劇部に対すイメージが覆ったと口々にする。たかが自己紹介、されど自己紹介、こんな濃密な自己紹介は初めてだった。
「それにしても保坂さんって凄いね。まだ演技を見せてもらったわけでもないのに、この人できるんだろうなって思うもん」
「おっ、舞台監督の息子から見ても保坂は演技の才能あると思うか」
「うん。他人を知るのが目的って言われてからの保坂さんを見ると、それに対する真摯さは目に見えて明らかだしお世辞じゃなくて他人に興味津々なんだなって……あんな感じで台本、役とも向かい合っているなら下手な演技をするわけがないよね」
「そうだな。悔しいけど今日の保坂はただただすげーって思った。
直接フリーキックを何本も決めたわけでもないのに、圧倒された。インターステラーの知識も俺よりあったし。
ブラックホールの描写は科学的にかなり正確に描かれているとは知っていたけど、インターステラーの世界観はブレーンワールド仮説に基づいているって言われた時は何そのブレーンワールド仮説? って思ったし。
なんでそんな科学の専門用語まで知っているんだよ」
「いつも突っかかっている川村が保坂さんに敗北宣言するとは。それ本人の前でも言ってあげたら」
「俺だって別になんでもかんでも文句や否定から入るわけじゃないよ。凄いって思ったらちゃんと潔く認めるって。また今度、機会があればあなたは凄い! って讃えてみるか」
「父さんも打ち上げとかで俳優さんとよく飲むけど、優秀な俳優さんは知識の幅が多岐に渡っていてお話するだけでも勉強になることも多いみたい。これも好奇心旺盛ゆえなんだと思うよ」
「俺も好きなことについては話せる方だけど、それについて来れたどころか上回ったのは保坂が初めてだよ」
……正直、やや素直じゃないとはいえ下心なしでフラットに保坂さんと話すことができる川村を羨ましいと思っている。
男性から人気ある美人な女性って同じように容姿抜群じゃなくても、そういう人を好きになっちゃたりするんだよなー。
「……せめて卒業までにこの学校でも立たせてあげたいね、保坂さんをステージに」
陸がしんみりと一言。
「そうだな。結局、今日の保坂は指導する側にずっと回っていて自分の自己紹介は省かれた。保坂だってプレイする側に回りたいはずだ。最初の内は仕方がなくても、ずっとこのままだと申し訳なくなってくる。いつか恩返しみたいに、それを最高の形で実現させてあげられたらな」
……それに反対する人がここにいるわけがない。むしろそれはやらなければいけない僕達の義務みたいなものだ
「そのためには……部員を増やさないとね」
もっと僕達も頑張って多くの人が入りたくなる部活にしないといけないなこれは。
「あっ、そうだ、俺さぁ思いついたんだけど……」
ニヤニヤしている川村。何を思いついたのだろう。
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「咲ちゃん、質問! 咲ちゃんっていつから演劇やっているの? さっきは咲ちゃんの自己紹介なかったしここでさせて」
「ごめん、そうだね。……いつからだろう。五歳くらいからは、もうそれこそごっこ遊びみたいなことは大好きだったかな。それで、おばあちゃんがそんなに演じるのが好きならってことで小学校に入学したら児童劇団に入団することを勧められて……」
「小学生からやっているんだ、すっごーい。……あのさぁ、咲ちゃんってもうその、デビューとかしているの? なんかもう知識もそうだけど、プロの女優ってオーラがあるから」
「ふふっ。そうだね、十歳の時に子役でちょっとだけある映画に出演させてもらったことはあるよ。ここに入学する前はあるアニメ映画の収録もあって……作品名はまだ教えられないけど年内には情報解禁されるんじゃないかな」
「えー! やっぱりそうなんだー。それならなんでわざわざこの学校に演劇部作ったの? もう仕事としてやっているんだったら、そんなことして素人を相手にしなくても」
「……仕事としての演劇と、私のような純粋にお芝居が大好きな俳優がやりたい演劇ってかなり乖離しているの。
商業目的なのか、儲ける気はない演者側がやりたいと思う作品を作るのが目的の演劇ってことだね。
私は教育目的で活動している児童劇団から演技を始めたから、その両者の違いでもう仕事としての演劇は嫌いになりそうなくらいだった。
仕事になるとその作品をヒットさせて儲けないといけないからね。
仕事とアマチュア精神の活動だと全く方針が違うのは分かってはいるんだけど。
それで、儲けは度外視の演劇活動をもう一度したくて。そんなところかな」
「仕事になるとそんな変わるんだー。あれ、そういう理由だったら演劇部がある高校に入学すれば良かったじゃん。なんで無い高校を選んだの?」
「それは……私が座長になって演劇活動をやってみたかったからかな。先輩はいない、私が中心になって行う演劇部が欲しかったの」
「そんな野心あったんだ、咲ちゃん!」
「仕事の現場だともっと酷いけど、学校の部活内だってプロとしてデビューしている一年生が入部してきたら流石に嫉妬だったりでいじめられそうだって心配もあったし」
「あーそれ絶対あるよねー」
「その分、一から築き上げていかなきゃいけないから今の部員数からして当分は公演なんてできないだろうし、理想はまだまだ遠いけどこっちの方がいじめられるよりやり甲斐もあるしずっと楽しいからこの道は間違っていないって信じている」
「そっか。私もこの演劇部が大きくなるように頑張らないとな。で……気が早いけど私達が卒業するまでには演劇部で公演ができるようにしないとね」
「うん。協力よろしくね」
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