決着とこれから
最初、何が起こってるのかさっぱり分からなかった。
まず思ったのが、「もしかして俺、死ぬんじゃね?」というもの。
クリスタルに触れた瞬間、体がふわっと浮いたことは覚えてる。でもその後、なんか違う世界に連れて行かれるような感じがした。
しばらくして、宇宙みたいな世界で四方八方から光が当たってきた。これって俺、力を返してもらってるの?
全然訳が分からないが、体が破裂しちゃうんじゃないか、という不安に駆られる。
しかもそれがあながち間違いでもないというか……だんだん腕とか足が光って伸び始めたような気がした。
これはヤバイかもしれん……と思っていたのも束の間、頭の中に見たことがあるようなないような、奇妙な映像が流れ始めた。
多分これは、俺の記憶とかじゃないよな? そう思いつつ、どんどん流れてくる映像の波に翻弄され続けた。
映像の中には、魔法を唱えるための文字と絵も流れてきた。無意識に映され続けるその映像の中で、一体幾つの魔法を覚えられただろう。
いや、もしかしたら全部忘れちゃうかもだけど、一つか二つくらいは覚えておきたいもんだ。
映像はその後も続いた。魔法だけではなく、剣や武術の映像、なぜか地球の映像も流れていく。
意識が遠のいていった。多分眠っていたんじゃないだろうか。どれだけの時間が経った定かではないが、ふと声が聞こえたような気がした。
聞き覚えのある女の子の声。目が覚めた俺は、ゼインと呼ばれたその声の元へ、とにかく向かおうとしてみる。
宇宙みたいな空間を泳ぐように進む。それも僅かの時間に感じられた。そして気がつくと、どういうわけかイタメヤトゴシ村に戻っていたっけ。
なんだか体の調子がおかしい。どれほどの力を受け取ったのか分からないが、やっぱ溜めすぎだったに違いない。
周囲が騒がしい。視界がぼんやりしていたが、ようやく晴れてきた。なぜか俺のすぐ目の前に、赤いフードの大男がいる。
「ああ……悪魔! 悪魔!」
しかもいきなり失礼なんだが。誰が悪魔だ。
っていうか、こいつなんでレーゼを掴んでるんだ。
ようく見てみると、肌の色から中級の魔族であることがわかった。ああ、恐らく村を襲っていたビーストマスターはこいつか。
合点がいくと同時に腹が立ってきた。
「おい。その手を離せ」
一歩、また一歩と近づいてみる。図体のでかい魔族は、明らかに狼狽えているようだった。
しかし、随分と臆病な奴だ。よくこんなのがブラッドウルフを眷属にできたな。
そんなことを考えているうちに、俺は無理やり奴からレーゼを引き剥がしたいと思った。
この時は、ただ思っただけ。だが不思議なことが起こった。
突如として、魔獣使いの腕が消えたのだ。それもシャボン玉が消えるみたいに、至極あっさりと。
気がついたらレーゼは、俺の腕の中にいた。
「う、うあああああ!」
獣を従える魔族が、絶叫と共に体をくねらせる。
「ち、畜生! ちぃくしょおおおお!」
その後に絶叫したかと思ったら、近くにいた騎士の男を捕まえていた。
「お、おいやめろ! 何をする。俺はお前のなか——」
何かを言いかけていた男は、頭からガブリと喰われてしまう。そして犬笛を吹くと、集まってきた狼達が、なんと奴にくっ付いていく。
なんだこれ。一体どうなってんだ?
気がつけばなんとも巨大な、狼人間みたいな化け物に変貌していた。腕も治っちゃってる。
「化け物……殺してやる」
「化け物はお前だろ」
俺はレーゼを大地に下ろすと、しょうがなく奴の元へと歩く。ただ自然に。
良かった。普通に歩けるようになってるわ、なんて思っていたら、真っ赤な狼男と化した魔族が拳を振るってきた。
一体何発放ってきたのだろう。なかなかの速度で、威力もそれなりにあるんだろうか。
ただ、やっぱりさして上位の魔族ではなかったらしい。その証拠に、ダメージは全く感じていなかった。
少しして、奴の手が止まる。また怯えた目になっていた。
「な、なぜだ」
「お前が弱いだけだ」
それが奴にかけてやった最後の言葉。俺は懐に入り込むと、拳を突き上げてみた。
顎に触れたと思った時、何やら不思議なことがまた起こった。
どういうわけか、信じられないほど狼男がぶっ飛んだのだ。それも垂直に。
さらにはまたしても眩しい、光の柱みたいなものまで生じてしまい、意味不明な状況になってしまう。
ただ、魔族は空の彼方まで消え去った。それは間違いない。
ぶっ飛ばした際、顎から上が消えたのも一瞬だが見えた。首から下は多分、お星様にでもなったのだろう。
とにかく、ブラッドウルフは他にいないし、ようやく終わったようだ。
ってか、この体やっぱおかしいな。全然自分の体って感じがしない。
「ああ。ゼイン……ゼインなの?」
戸惑っていたところで、気絶していたレーゼが目を覚ました。笑いながら泣いてるみたいだ。
「いやー悪い。遅くなったわ」
「ううん。良かった、でも……魔獣が」
「ああ、あの狼達は全部消えたよ」
レーゼはよく分かっていない様子だった。まあ、説明は後でいいから、休んでもらうとしよう。
とにかく魔物達は全滅した。村人もほとんどは無事みたいだが、一部の人は倒れたまま動かずにいる。
それと、デイナコ騎士団の連中はほとんどやられたみたい。かなりヘビーな現場だなぁと思っていたら、女騎士がこっちをガン見してた。
「ああ……なんて神々しい……まさか、神……」
やべえ。幻覚が見えちまってる。これは早く治療しなくちゃ。
しばらくして、ぼんやりした意識や、やたら動き難い感覚が徐々に治ってきた。
村の人たちも俺が近づくと「わー」とか「ぎゃー」とか言って逃げられた。
「え? ゼイン?」と気づいてもらえたのは、けっこう時間が経ってからである。
まさか俺、知らぬ間に変な魔法でも使ってたのかな。
とにかく、魔獣使いと魔獣については無事討伐した。直近の脅威はもう過ぎ去ったはずだ。
それでもこの村では怪我人が多数出てしまったし、辺境警備のデイナコ騎士団はほぼ壊滅状態に陥っている。
村のみんなと俺で、意識のない人、怪我人を治療施設へと運んだ。続いて、亡くなった人達のために墓を作って、簡単だが式を行うことも決まった。
みんなが日常に戻るには、まだまだ時間がかかるだろう。
ただ、それよりも俺のほうが、本調子に戻るには時間が必要かも。どうもおかしい感じが残ってるんだ。
まず、何をしても疲れない。それと、力の加減がこれまでと全然違う。ギアをあげようと思えばどこまでも上げられるし、手を抜こうと思えばずっと抜ける。
不思議だなぁと思いつつ、不意になんかヤバいパワーが出そうになるので、これはどうにかしないといけない。
でもおかしいな。クリスタルの力がどこまで溜まっていたかは不明だけど、ここまで体の感覚が変わるだろうか。
とりあえず、力を抑えるための魔道具でも身につけてみるか。そう検討しつつ、次の日になって俺は、治療所へお見舞いに向かった。
よく知っている村人一人一人に挨拶しつつ、無事かを確認していく。とりあえず果物を渡していった。
レーゼはこちらを見つけると、元気よく手を振ってきた。
「ゼイン! 怪我してないの? 大丈夫?」
「ああ。俺は平気」
「良かった! ねえ、あの時は何処に行ってたの!?」
「山だよ山。でもいろいろ危なかったから、ちょっと避難してた」
この世界でいう医者の役割を持つ治癒師が言うには、レーゼは特に異常は見受けられないらしい。
「狼に食べられちゃったかも……って。ずっと心配だったよ」
「あいつら何でも食いそうだもんな」
「騎士さんの中でも、食べられちゃった人がいたんだって」
そう呟いた彼女の瞳は、さっきとは違う悲しい色で染まっていた。俺はこんな時、なんて言うべきか分からない。
「……もう二、三日くらい休め。俺は村の壁を直したり、いろいろやっておくわ」
「ありがとう。でも僕も、もう大丈夫。みんなのお手伝いをしなくちゃ。……ごめんね、ゼイン。お誕生日パーティーは、しばらく無理だね」
「なしでいい、俺の祝いなんて」
なぜか俺の誕生日パーティーにこだわるんだよな。別にいらないのに。
「もう、ダメだよ。ちゃんとお祝いはしなくちゃ。あれ? もしかして、騎士の人達?」
窓の向こうに、ゾロゾロとやってくる馬車が見えた。遠目から見ても大集団であることは一目瞭然。今頃やってくるとは呑気だな。
それにしても最近は忙しいことが続いてる。それはもうちょっと続くかもしれないが、終われば落ち着くだろう。
などと呑気なことを考えていたら、視界に妙なものが映ったことに気づいた。
治療所の大部屋にいくつかある柱の隙間から、何かがこちらを覗いてる。
白い患者衣を着ていたから最初分からなかったが、女騎士のミュウだった。
「はっ!?」
しかも、俺と目が合った瞬間に柱の影に隠れやがった。なんて気になる行動を取ってくれるのこの人。
「何すか?」と回り込んで聞いてみた。
「は、はうっ! い、いや。誤解しないでほしい。私は決して、君達を覗いていたわけではありません」
「ふーん」
「本当です! ただ、あれです。昨日のあの光は、あなただった……のでしょうか?」
「光? 俺じゃないっすよ」
そういえば眩しかったな。でもあれ、俺が発してたわけじゃないと思うが。
「……やはり、あなたとしか思えない」
ハラハラした顔になって、こちらをガン見してくる女騎士。違うと言ってるのに、この不審者め。
「それと、レーゼ! あなたが発した光の印。あれは我が国にとって重要なことです。もうすぐ騎士団の幹部がここに来るでしょう。私と一緒に来てください」
「え? ぼ、僕が」
びっくり仰天の幼馴染。まあそうだよね。ってか印ってなんぞや。
「ゼイン、あなたにも来てもらう」
「俺も?」
なんでだよ、という抗議をする暇もない。
騎士の軍勢が村にやってきてしまい、俺達はミュウと一緒にお話とやらをすることになった。
◆
ゼイン達が暮らす国、ウヨツゲは震えていた。
ウルスラ大陸という、全大陸の中でも二番目に広大な地の中核を支配する国が、辺境で起こった事件に恐れ慄いている。
しかし、彼ら彼女らの衝撃はウヨツゲだけに止まらない。三方を囲む国家や大陸を超えて、世界中に混乱の余波が広がっていくことになる。
何が世界に驚きと恐怖を与えたのか。理由は二つあった。
一つは、滅んだとされる魔族達が生存しており、今もなお殺戮を行っていることを知ったことだ。
人類と魔族はこの世界において、犬猿の仲などという生易しい関係ではなく、会うなり殺し合いを免れないほど物騒な間柄であった。
もっとも、それは残忍な魔族による蛮行が原因であり、人類はある時まで一方的に被害を被り続けていたのである。
殺しと略奪、眷属化といったありとあらゆる残虐な行いを、魔族達は当然のこととして楽しむ性質がある。
人間にもそういった存在は多くいるが、魔族達のそれは規模も頻度も、狡猾なやり口も全てが上回っている。
和解や尊重といった言葉は、彼らには全く通用しない。人類は長きにわたり、魔族達と戦争をする他になかったのである。
そして百年ほど前、人類は度重なる戦いの末、ついに魔族達を滅ぼすことに成功した。そう信じられ、誰もが平和の喜びに浸っていたのである。
訪れたはずの幸せ。理不尽かつ執拗な暴力の終焉。愛を育てる人類史の始まり。
誰もが願ったそれらの想いは、未だ叶えられていないことに、世界の人々は気づいてしまった。
続いて、もう一つの理由について。
それは村で襲われた少女に起こった、【光の印】であった。
イタメヤトゴシ村で魔族に殺されかけた村娘レーゼ。彼女が窮地に陥った時、光の印と呼ばれる現象を起こしたことは、一見すれば喜ばしいことである。
なぜなら光の印というのは、世界が闇に包まれようとしている時、危機を救うべく神がつかわす存在と言われているからだ。
つまり救世主ということである。
だが逆に、こう考えることもできよう。つまりこれから先、恐ろしい何かが現れ世界を闇と混沌と、恐怖と絶望の渦に巻き込むかもしれないと。
事実、光の印をもつ存在が世に現れる時、人々は決まって恐るべき悪魔達と戦わねばならなかった。
そしてその悪魔とはすべからく、みな魔族と呼ばれる異形の存在であったのだ。
辺境に現れた魔族、光の印……それらの情報から、この先何が起こるかは明白であり、誰もが信じたがらない地獄が始まる予兆と思われた。
しかしながら、全てが悲観に暮れるほどでもないことを、ほとんどの人々は知らない。
実は辺境の村で起きた魔獣襲撃事件には、一部の者だけが注目している異変があった。
彼の地が魔獣に襲われた時、空から何かが降臨したというのだ。
降臨、というにはあまりにも激しく、落雷という表現でさえ生易しく感じるものではあったが。
それは幾つもの折り重なった光のようだったという。
ある者は、空の彼方から龍が襲いかかったと言った。
またある者は、鎌を手にした巨大な死神が、笑いながら舞い降りたと言う。
そしてまたある者は、天上から神が降臨したと言った。
つまりその光は、誰一人として同じものに見えなかった。
これらの情報は、ウヨツゲ国の防衛幹部達が村に来訪した際、騎士団長ミュウをはじめとした、関係者各位に聴取した結果分かったという。
それは不可思議な現象であり、この件が与えた衝撃と困惑は計り知れないものであった。
ただ、村を襲撃した魔族が迎えた結末については、目撃者の証言が一致している。
魔族は空高く打ち上げられ、彼方へと消えていったらしい。実際のところ魔族は消滅しているのだが、国は念の為指名手配を行うことにした。
そしてもう一つ。光が消え去った後には、一人の少年が立っていたという。
幹部達は、その少年についても事情聴取をしなくてはならなかった。
こういった諸々の経緯を経て、完全に魔獣襲撃事件が終息するのは、あと三ヶ月はかかると見込みとなった。
亡くなった騎士達の葬式や、遺族への連絡と保険の支払い。村の立て直しと代わりの警備兵の準備など、するべきことは山のようにあったからだ。
さらには、光の印を持つ少女、レーゼについても、このままにしておくわけにはいかない。
むしろ彼女の存在こそ、今回の件では最も重要であった。
国は今後程なくして訪れる危機を乗り切るにあたり、恐らくは彼女なしでは不可能だという見解を持っていた。
この二千年あまりに渡り、光の印を持つ者なくして魔を打ち破ったことなどなかったのである。
だからこそ、彼女を育てるとともに、象徴として立ってもらう必要がある。
その為には国の権力に直接影響しない、大教会や冒険者ギルドといった存在にも協力を仰ぐ必要が出てくる。
何より、彼女自身の意思を国防に向かせる必要があるだろう。光の印を持つ者に無理強いを強いた歴史は存在するが、どれも悲惨な結果を招いていた。
まずはお互いを友好的に知り合い、確かな協力関係を築くとともに、戦力として育てなくてはならない。
こう考えた国の防衛幹部達は、レーゼを王都に招くことを決め、彼女に相談を持ちかけることになった。
そういった大人の事情を、レーゼはまだ知る由もない。だからこそ、あのような軽い提案ができたのだろう。
村娘の能天気な提案については、ここで語ることを控える。
兎にも角にも、ウヨツゲ国はこうして傍目からは、迅速に物事を進めているように映っていた。
◇
王都からやってきた騎士団は、予想していたよりずっと大人数だった。
多分千人以上は普通にいたんじゃないかな。
これには理由があって、団体の中に国の幹部とか、偉い人たちが数人混ざっていたようだ。
彼らは村にやって来るなり、長い時間にわたって生き残った騎士や村人に事情聴取を行った。
態度もなんだか尊大で、いい身分だと思ったものだ。結局のところ何の役にも立ってないのに。
小さなテントがいくつも作られて、そこが事情聴取の簡易的な場所になった。みんな呼び出されて事の次第を聞かれている。
俺も行ったけどマジで適当に答えてた。何聞かれてもよく分からんで通したっけ。
だって俺自身、なんだかよく分かってなかったし。今は落ち着いてきたけど、体も意識もおかしくなってたからなぁ。
今回の事件だって、解決したんだからもういいだろうと、どこか他人事だった。
ただ一つだけ、気になったことがある。レーゼがテントに現れた途端、騎士達が驚きの声を上げたことだ。
あの反応は妙だった。見た目が珍しい青髪とはいっても、ただの村娘なのに。
レーゼや村のみんながテントから出て来るまで、俺は近くの公園で時間を潰していた。
そんな時だ。見覚えのある甲冑に身を包んだ女が、こちらに手を振ってやってきた。デイナコ騎士団のミュウだ。
「ゼイン、今少しだけお話しできますか」
「はい」
俺が了承すると、彼女は隣に腰を下ろしてきた。何だかそわそわしてるような感じだが、気のせいか。
「コホン……その、貴方にお礼をと思いまして」
「お礼? もう何度もしたでしょう。報酬も貰ったし、十分ですよ」
「ええ。とり急ぎとしてはさせていただきました。ですが、あれだけでは到底足りません。貴方が助けてくれなければ、私達は全滅していましたから」
まあ、あのカオスな状況なら、全滅もさもありなん。でも、俺のほうも礼を言いたかった。
「俺のほうこそ。村を守ってくれて感謝してますよ。ほとんど人的被害はなかったですし。でも、騎士の皆さんは……」
「お気遣いなく。私達に戦いはつきものです。仲間達は名誉の戦死を遂げましたが、胸を張って言えます。彼らは最後まで勇敢だったと。ですが、一部恥ずかしい真似をした者達がいたことも、また事実でした」
恥ずかしい真似。そういえばいたらしい。裏切りというか、魔族と裏で繋がってマッチポンプ式に名誉を得よう……とか考えてた奴が。
「まあ、私達の恥部についてはここまでとさせてください。その、実は私……貴方に聞きたいことがあるのです」
「何でしょう」
この後、なぜかミュウはしばらく黙っていた。聞きたいことがまとまっていないのか、言葉を選んでいるのか、どっちなのかは分からない。
ただ、凄く緊張してるのは伝わってきた。
「最初に私達がブラッドウルフに襲撃を受けた時、助けてくれたのも貴方ですね?」
最初の襲撃といえば、森の中で見たあれだろう。長老のモノマネなんて、時間が経てばバレることは明白だったけど、あの時は気づかれたくはなかった。
でも、こうなっては隠す意味もない気がする。今となっては、俺しか当てはまる奴がいないわけで。
「まあ、弓矢は多少は使えるんで」
「やはり! ……そこで気になっていたことがあります。貴方は確かに、村に伝わる成人の試練を終えて、その後に私達を助けてくれた。そうですね?」
「ええ、まあ」
ここも正直に答える。嘘をつく必要もないし。
「では、あの森でブラッドウルフ達を倒した後、貴方はどちらへ?」
「しばらく山のほうで隠れてました。村に狼が向かっていく姿が見えたんで」
クリスタルのもとに向かったことは伏せる。だって信じないだろ。
一億年前に預けた力を返してもらいに行ってました、なんて言ったら頭がおかしいと思われそうだし、面倒ごとが増えるに決まってる。
「失礼な発言を許してください。私は貴方が、あの時に山に戻っていたとは思えないのです」
「え?」
何この面倒な流れ! 別にいいじゃん何処に行ってたって。
「山とは言っても、セントイタメヤトゴシ山は小さなものです。あそこに隠れたとして、魔獣達から身を守れるでしょうか。それもたった一人で。貴方は森でブラッドウルフを襲撃した後、どこか別の場所に向かっていたのでは?」
国のお偉いさんは全然気にしてなかったのに、騎士団長はちゃんと考えてたみたい。
「実は、ずっと山にいたわけじゃないんです。何度か村に戻ろうとしたり、遠いけど南にあるアースサンの町に行こうともしてました。でも、要所要所で魔獣が出てくるから、怖くて結局戻ったりしてました」
しかし、前世でも前々世でも、後付けの嘘を言わせたら右に出る者はいない俺である。このくらい切り抜け余裕。
「そうですか。確かに魔獣は村を囲むように動いてましたから、右往左往してしまうことにはなったでしょう。ところで……貴方は魔法の類が使えるのですか」
「……へ?」
しつこいなこの金髪ポニーテールめ。
「魔法です。その、村が魔獣に襲われた時、私は仲間の裏切りにあい……意識が朦朧としていました。ですが、はっきりと記憶に残っているものがあります。貴方がなんらかの魔法を用いて、あの場に現れたことを」
「あ、あー。レーゼに教わって、少しなら使えるんですよ」
「レーゼに!?」
すると、彼女は重大な何かに気づいたかのように身を乗り出してくる。近い近い!
「いやでも、ちょっとなんで。初歩の魔法くらいっすよ」
「ちなみにですが、その魔法を使われるお姿を、今お見せていただくことは可能でしょうか?」
「え、いや。初歩の初歩みたいなもんですよ。ってか、今ですか?」
「はい! 今です。今見せていただきたいのです」
さらに身を乗り出してくる騎士団長。俺は逆にちょっと引いていた。あまりに近い。
「あ! でもついこの前使ったから、今はできないかな。俺、魔力少ないんで」
「……そうですか」
ミュウは元の姿勢に戻ると、分かりやすくシュンとしていた。何もしてないのに罪悪感が出てきちゃう。
ちょっと気まずくなったなぁ、と思っていたのも束の間。
「魔法……ん? んんんんんん!」
ふと魔法のことが頭を過った途端、俺の体からふわふわとした光が出てきてしまった!
なんてこった。ちょっと考えただけで。
でも、この時は抑えることは難しくなかった。ただ、隣にいる人があまりに意外な反応をしたので、そっちがヤバかったんだ。
「あああああ! や、やはり! 神!」
「……いや、ちょっと最近体がおかしくて。てか神って」
「あ、あなたは神です! なんと、ついに私の前に降臨されたのですね」
「いや、いやいや。違いますって」
女騎士団長がベンチから猛烈な速さで大地に降りて、目をキラキラさせながら跪いてきた。
なんでちょっと光を出しただけで、神様認定されるんだ?
この人実はヤバくないか?
そうある意味怖い思いをしつつ、光を消し去ったところで、テントから数人の騎士がこっちに走ってきた。慌ててるのが分かる。
彼らは騎士団長に敬礼をした後で、こちらにグッと迫ってきた。
「君! 君がゼイン君か!」
「はい」
「至急テントまで来てくれないか。大事な話がある」
「はあ、分かりました」
むむ! と隣にいる騎士団長は驚きを見せていた。何があるか分からないが、この場から脱出したかったので、すぐに向かうことにした。
騎士から連れられたテントの中には、緊張しまくって顔が固まってるレーゼと、髭を生やした小太りのおっさんがいた。
「あ、ゼイン……」
「ほう。君があのゼイン君かね。急にすまないが、そちらにかけてくれないか」
レーゼは俺を見てホッとしたようだった。
でも、反対にこっちはなんか嫌な予感が膨らんでるんですけど。こういう偉い感じの人が関わってくると、大抵碌なことがないものである。
「実はだね、こちらにいるお嬢さん……レーゼには神の印が現れている。今し方見せてもらったところなのだ」
「へー」
そういうの、俺の時代にはなかったなぁ。
「我々としては、彼女の力と地位を存分に高めること、今後遠くない未来で起こる災いを迅速に解決すること、それらに全力を入れたいと考えている。そこで、レーゼを一度王都に招きたいと考えているのだ」
「へー」
なるほど、育成しましょうって話ね。
「大変なことになったな。でも、お前ならできるんじゃないか」
「僕にできるかな……」
自信がなさそうな反応を見せる彼女に、お偉い幹部さんはにこやかに応じる。
「誰しも、はじめはそうだったのだよ。しかし、君には大きな才能がある。その片鱗は、先ほど十分に見せてもらった。で、話というのはだね、ゼイン君。君にも王都に来てほしいんだが、良いかな」
「へー……え?」
俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
◇
そして今、俺は馬車でレーゼと二人、遠く離れて小さくなった村を見つめている。
どうやらうちの幼馴染は、一人で王都に行くのが怖いんだと。
だから、親しい俺と一緒に行きたいらしい。
「王都って、どんな所なのかなぁ。やっぱりおっきい建物と、沢山のお花畑があるのかな」
「人がとにかくいっぱいだ。あと、どんな物でも売ってるし、なんでも過剰にある都市だって思えばいい」
「ふーん。そっか」
ずっと村で育ってきた彼女からすれば、王都っていうのは未知の世界だった。
俺も実際のところ、まだ行ったことはない。でも、大体の想像はついていた。
「お二人のことは、私が命をかけてお守りいたします。王都でもそれは変わりません故、ご安心を」
幌馬車の隣には、白馬に乗ったミュウがいる。目をキラキラさせているようだ。使命感に燃えてるんだろうか。
「お気持ちは嬉しいんですけど、僕らのことでそんなにしてもらえるなんて。なんだか悪い気がします」
「いいえ! 何もお気になさらないでください。私にとってこの任務は、至上の悦びなのです」
やっぱ変な人かもしれない。でも、確かにレーゼは歴史に名を残すかもしれないし、騎士からしたら関わりたいのだろう。
「ああ……レーゼ様……そして神……」
またおかしなことブツブツ言ってる。怖いからスルーしとこ!
それからはしばらく、レーゼとたわいもない話を続けた。
「王都に行ったら、まずは教会に行くんだって。いろんなことを教えてくれるみたい」
「まあ、教会で魔法を教えるのは定番だからな」
「そうなの? でも、僕にできるかな」
「レーゼならできるさ」
「本当? っていうか、一緒に覚えよっか」
「えー、それはだるいな」
できればダラダラ生きたい俺である。まあ、時代が許してくれないかもしれないが。
「僕、多分だけど。ゼインと一緒なら、なんでも頑張れる気がするの」
「そうか」
「うん。これからも一緒にいようね」
「ああ」
いつの間にか馬車は知らない道を進んでいた。
どこまでも続くような草原と、遠くに映る青い海。今日は快晴だし、魔物も恐れて出てきやしない。
つまり平和そのものだ。こんな世界がいつまでも続けばいい。
レーゼはいつの間にか、俺の肩に小さな頭を預けていた。
かつて地球で過ごした時のような、穏やかな風。緩やかな振動。静かな草木の音。それらがずっと続くことを祈りながら、俺もいつしか昼寝を楽しんでいた。
当初こそ不安だったが、今ではすっかりいい思い出である。
大変なことは沢山あった。しかし、なんだかんだで解決していった。俺一人では感じられない充実がそこにはあった。
そして数年が経過した。
実はあの時感じた幸せは、結果として崩れることなく、今も俺達の側にいる。
どうやら今世はボーナスタイムだったらしい。
いろいろあったけれど、今も隣にいてくれる人と、今日も笑いあう日々を過ごしている。




