05.ギルドVS騎士団
ギルドと騎士団。仲が良いのか悪いのか。
「騎士団に勤める事になったから、ギルドを辞めたい、だと?」
「はい…副業はダメだからって言われた」
ギルドマスターは苦い顔をした。
「ウチより軍の方が居心地が良かったかの?」
「あっいえ、元々第一志望が騎士団だったので!」
「そうか…、でもいつか役に立つと思うのでカードは持っておくといい。休止にしておいてやるわい。何かあったらすぐ冒険者として活動出来るようにな。――ところで、シルバーウルフの群れの討伐依頼があるんだがの、これだけでも請けてくれんかな」
「よぉし解った。第一部隊がその任務を引き受けてやろう!」
パシャの背後にずっと立っていたオルソーニが腕組みをしながら大声で宣言する。
「ほ!国の犬が吠えよるわ!貴様らの手に負える子供ではないわ。さっさと手を引け」
「なんだなんだドブ浚いの分際で良く吠える。そっちこそ、一体どんな体制で嬢ちゃんを育てる心算だ?リードから手ェ離しっぱなしだろうが、てめえんとこはよ」
「リードなんぞつけよるから歪んだ性癖になっとるんだ、貴様らんとこは」
言い争いをしながら、ハンドサインでの金額のやり取りが凄まじい速さでこなされる。
「フン、一旦預けてやるが、ギルド脱退は認めん。休止だ。手に負えんと思ったら早めにウチに戻せよ」
金額の方も決着がついたらしい。ハンドサインのやり取りが済んでいる。
「戻さねえよ。まあ、休止で大目に見てやるが、うちの騎士団に所属している間に冒険者として依頼をパシャに振るのはナシだ」
「ほ。余計なモンもついとるが、第一部隊とやらに依頼する分には構わんのだな?」
「そこがギリギリの境界線だ。今回の討伐も第一部隊で請けただろうがよ」
「今回はたまたま手が足りておらなんだからの。シルバーウルフの群れがどんどん統合されて数を増やしながら…」
ガサ、とギルドマスターはマップを広げる。少し離れた北方の位置にある森から、南部中央、この国のすぐ近くにある森まで指を動かす。
「こう移動してきておる。運がよければ南部中央を避けて最南部へ行くかも知れんが、其処とて我が国の辺境にあたる。移動時間を与えるほどに群れは大きくなるだろう。多分災害が率いてる。動きが早い」
「災害…S級、ね。シルバーウルフの群れってこたぁ、ドゥーブルヘッドアークフェンリルか」
「その可能性が高い。まあ、違っていればラッキー、と言ったところか。オルソーニ殿には容易い敵じゃったかの」
「てめえ…それならさっきの金額じゃはした金じゃねえか!最低でも5倍は貰おうか」
「おや。坊主には難しいお使いだったか?2倍じゃな」
「馬鹿言え、S級が居る上にうなぎ登りに群れの数が増えてると来る、4倍は譲れないね。団員どもに手当てとして出してやらねば到底納得すまいよ」
「ふむ、オルソーニの坊やと嬢ちゃんの参加があるならまだぬるい敵ではないのかの。――まあいい、言い分も解る。4倍で手を打ってやろう。儂も参加するでな。邪険にしてくれるなよ」
「現場に出るかよアークロジー爺。久々で腰が痛んだりしなきゃいいがな」
「元銀黒級としては黙って見ておれまいよ」
パシャはうんうん、と意味も解らないまま頷いて2人の話を聞いていたが、ぽん、と手を打った。
「皆で行くの?楽しそうだね!」
「…楽しくは……」
「………ないがの」
「そう?『せいぎのみかた』は皆で力を合わせて敵に勝つってカッツェ姉ちゃんが言ってたよ?」
「そのカッツェ姉さんの家には戻らなくて大丈夫なのか?パシャ」
「んーと、ね。皆、死んじゃった…悪い人たちが来て、皆を殺して、パシャだけ隠れてて無事だった」
「すまん、不用意に踏み込んだ、俺が悪い。叩いてくれていい」
「んーん。ふよーいなのはパシャ、だからっ…」
ぽろぽろと泣きながら、不器用な笑顔を作るパシャに、思わずオルソーニは抱き締めて頭を撫でてやる。
アークロジーは少し気まずげに見つめている。危うく自分も訊きそうだったからだ。
「でもあの男の人たち、他の場所でも同じ事やるって聞いた。退治は、しない?」
「すまん、情報が足りない。こっちではそんな噂は流れてなくてな。初めて聞いた。コーストロード家だな?」
「ううん、コーストロード孤児院。食べるもの全部持って行っちゃった」
「スラムか…そりゃ…話は入ってこない…だろうな……」
「どうして?シスターアンジェはずっと助けてって泣いてたけど、パシャは怖くて動けなかった」
「スラムは一種の治外法権状態になってる。税を納めない人間しか居ないから目を瞑っていろって上の方針だな。…そういう話を聞くと、上の奴らに腹が立ってしようがないけどな。孤児院は特に…国からの支援金を持っていくから気にかける必要がない、とさ」
「ギルドは依頼を貰わねば動かない組織だからの。勝手にやる奴は居るかも知れんが望み薄だの」
「そっか…じゃあ話を聞いたらパシャに教えて?」
「何故だ」
「あの時のパシャには力がないから隠れてただけだったけど、今なら殺せる」
「…何故だ」
「んーん。ひみつ。聞いたら多分団長も変な人に命狙われるよ」
「…狙われてるのか?」
「うん。だから早くいっぱい強くならないと」
「………そうか」
「…先日の【リベなんとかを寄越せと襲ってきた男】がそうか」
「スラムに女の人も来たよ。でもリベなんとか、以上の事を知られると殺さなきゃダメみたい…だからこれ以上はダメ」
「………解った」
『おい爺、これはあれだ。特級の禁だ。多分組織化してる』
『不用意に関わるな、だったか』
『おう。だから今はなんとも出来ん。高位貴族が肩入れしてる筈だから騎士団としては不用意に触れん』
『なんともまあ…こんなチビに寄って集って…』
二人は器用に唇を読みあって会話する。
「2人とも、ダメだよ?アレはパシャの敵だから。パシャが殺す」
「そうか……解ったよ」
苦虫を噛み潰したような顔でオルソーニはそう言うのが精一杯だった。力になりたくても現状それが許されない。せめて騎士団の宿舎にいる間は、攻め入ってきた敵を排除してやるので精一杯だ。
しかし、8歳の幼女の口から殺すという言葉がスルッと出て来る事に自分が情けなくなる。
「それよりシルバーウルフ退治はいつ行くの?」
「「明日だ」」
パシャは目を丸くする。そんなに早いと思わなかったからだ。一方アークロジー側としては、相手が時間が経てば経つほど討伐が困難になる敵だ。人数が確保出来たなら素早く行動したい。それでも今日今すぐという訳にも行かなかったので明日だ。今から討伐依頼を受けた人員に連絡をして回らねばならない。
一方オルソーニも、今すぐ団に伝え、討伐の用意をせねばならない。
「じゃあ、急いで帰って皆に言わなきゃ」
「そうだな。爺、明日の昇り7でどうだ」
「…準備もあるだろうしそれでいいわい。昇り7に此処に集合だ」
「パシャは、この討伐終わってから引越しすればいい?」
「ああ…そうだな。それでいい」
「じゃあ宿屋から直接此処にくる。宿を引き払ってくるし、お世話になったお姉さんに挨拶もあるから、パシャは一旦ここで抜けていい?」
「ああ、行っておいで」
「また明日にの」
1人歩き始めた瞬間、まただ。あの声だ。
――群れが沢山だと!なあ血塗れになろうぜ!!多ければ多い程いい!――
うるさい。血なんか浴びたくない。
――復讐なんて今更、どうやっても難しいんだから、せめて血でも見なきゃ収まらないだろうが――
うるさい。復讐?男達に?難しくてもパシャは必ず見つけて殺す
――ちげえよ。あーあつまんね。賛同の一つも貰えないとはね!あー。誰か殺されないかな!――
うるさい!!!
――別に男共の血でもいいけどよ。どうやって探す気だよ――
…………あ。ギルドに依頼を……明日、依頼を出す。
――ま、早く人の血が見れるならそれでいいわ。じゃあな――
宿屋についたパシャは、店員のレイアーナに、明日で部屋を引き払う事を告げる。
「えっ、何処で寝るの?野外はダメよ!」
「ええと、野外じゃなくて、騎士団に、入れた」
「えええっ!凄いじゃない!!やったわねパシャちゃん!!」
「で、あの。これ」
くまさんリュックからまるまろうさぎを2匹取り出す。
「これで降りのご飯が食べたい」
「お祝いね…!よし、こっちも奮発するから、残った肉は貰っても大丈夫?」
「いいよ」
その日の夕飯は、頬っぺたが本当に落ちるんじゃないかと心配になるほど美味だった。デザートになんだか丸いいつもより大きめのデザートがある。ケーキというらしい。ふわふわだった。甘くてふわふわで、時折甘酸っぱくて、パシャはこんな天国みたいな食べ物があったのかと目を丸くした。あとはいつも通りに顔を蕩かせながら最後まで食べた。
お腹がパンパンである。明日は早いので、食べたらすぐ寝てしまおうかと思ったが、髪がぺたっとしてきてる事にパシャは気付いた。店員のお姉さんはいつもサラサラで良い匂いがするのに、どうやってるのか解らない。孤児院でやってた井戸の水浴びではあんなに綺麗にならない。魔法のリベラルが動く気配がし、パシャと着替え全てを泡で包んでふわりと消える。パシャはまたぴかぴかつるつるさらさらの良い匂いがするようになった。当面これを毎日やったらいいのかと思う。
そのまま眠り、早朝に起きて、私物は全てくまのリュックに入れて出発だ。多分騎士団のお仕着せもあるのだろうが、パシャのサイズだと特注せねばならない。出来上がってきたら手元に来るのだろう。それまでは冒険者用の装備で通す心算だ。
昇りの7時、騎士団は元より、誰も遅れる事無くギルド前に集まっている。全部で50人いるかどうかだ。
オルソーニは、パシャの目の良さをアークロジーに話し、最前線にパシャを配置するが、すぐ庇える位置に自分も入る。町から森への間の草原でパシャは立ち止まり、迫撃砲を出す。グバン!!と音を立てて遠くに赤いものが見えるかも知れない、と言った状態で、他の者はおろおろする。
「数が多い。減らすまで特攻は悪手」
30発も撃っただろうか。流石に赤いものが広がっているのは他の者にも見え始める。
「――来る!」
散らばらずに縦1列だ。こんな狙いやすい的は見た事がない。
迫撃砲の1発で相当数が減らされる。狼もそれに気付いた様子で、散らばり始めた。
パシャはマシンガンに持ち替える。
ズドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドド!!!!
横に広がった敵を忌々しそうに見ながら、中央を起点に、左右にもそれぞれ振る。敵の数が100を切ろうとした辺りで、他の者にも狼が目視出来た。
「嬢ちゃんに負けておれんぞ、行くぞ!」
「こっちもだ!」
味方が前に出だすのを確認し、パシャはマシンガンを仕舞う。くまのアイテムボックスではなく、戦闘機器全般のリベラル特有のスキル、武器庫と呼ばれる場所に出し入れをしている。
――居た。狼共の最後列、不遜な目でこちらを睥睨する魔物。ドゥーブルヘッドアークフェンリル。2つある頭の右側、片目の色がおかしい………虹色。リベラルを目に宿している。
あれは私が倒さなくては駄目だ。見た人間が狙われてしまう。ゾクっと鳥肌を立てながら、双剣を装備したパシャは飛び出した。暗殺のリベラルの足は速い。狼如きに追いつけるものではない。味方がいる地帯までは狼を短剣で首を飛ばしながら進んでいたパシャは、味方のゾーンを抜けたところで茨のバリアを展開する。
そのままボスまで疾走する。狼はバリアに当たっただけで弾け飛ぶ。誰も、邪魔出来ない。
ボスまで辿り着いたパシャは、思っていたより大きな体躯のフェンリルに闘気を張り巡らせている。前足での一撃を、そのバリアは受け止める。高圧電流が手を伝って流れ込んでいる筈が、フェンリルは少し面倒そうな顔をしただけで揺るがない。
「そう。お前の目、リベラル・ウォームで間違いない。貰ってゆくぞ」
フェンリルの上から溶けた溶岩が降り落ちる。
「ゥォオオオオオオオ――ン!」
その溶岩を如何にしてか、持ち上げ、逸らし、横合いへとずらすフェンリル。
「お前もリベラルの力が使えるのか!!はは!無能だった人間たちに、お前程度の器があれば良かったのに!」
十全には扱えていない。それはリベラル・ウォームが露出してしまってる事からも言える。本来ならば残らず裡に。正確には心臓の近辺にその力のみが蟠る筈だ。
「大刀降り落ちん」
フェンリルの3倍はあろうかという刃物が頭上に現れ、フェンリルは飛び退いて避けようとする。
するとフッと消えた大刀が移動先にまた現れる。徐々に高度を落としながら。避けられぬと悟った故か、死出の旅路に巻き込まんとフェンリルは二つの顎でバリアごとパシャに齧りつく。
ガキ、キキキキィーっと音を立ててバリアはフェンリルの牙を退けるが、執念に負けたか、犬歯のみが結界を貫通する。その牙はパシャの腕に傷を刻んだ。同刻、大刀がフェンリルの頭上から振り下ろされ、その2つの首を両断する。そして掻き消えた。
まだ狼は残っている。が、そろそろこちらに辿り着く者が出て来る頃だ。見られまいとバリアを打ち消し、パシャはフェンリルの目からリベラル・ウォームを取り出すとリュックに仕舞う。腕の傷にヒールを掛け、腰の銃で狼達を一掃しながら、部隊と合流する。討伐は完了したようだ。
「パシャ!!!一人で突出しては駄目だ!!!部隊には部隊の動き方がある!!ウチにきたらみっちり仕込むぞ!」
「それはかまわないが、リベを持っていたからな。私が回収に行かねば今回の討伐隊全体がターゲットにされるところだった。悪いとは思うが、今回は譲れなかった」
「それならそうと、始めに俺に耳打ちでもしてくれ…!心臓が止まるかと思うほど心配したんだぞ…!災害級に1人で立ち向かうなんて危ないことはもう二度としないでくれ、頼む」
「場合による。リベが関与していなければ従おう」
「…なあ、お前は誰だ?」
その言葉を聴いた瞬間狂気の笑みを浮かべたパシャはオルソーニに耳打ちをする。
「内緒に決まっているだろう!アッハハハハハハハ!!!――チッ」
舌打ちと同時にパシャの頭がくたりとオルソーニの肩口へ預けられる。疲労の事もあるし、このまま抱いて戻ろうとすると、アークロジーが厳しい顔に汗を伝わせながら震える声で呟いた。
「やはり持っておるな。魔法を」
「――は!御伽噺の話を今するか?」
「いや、嬢ちゃんが使っていたのは魔法だ。儂は今回、嬢ちゃんの観察に専念しておった。間違いない」
「魔法を…この子が……?」
「秘匿すべき事項の多い子よな。だが今回だって見とるもんは見とる。いつまでもは誤魔化せんだろうな」
「――はっ!ごめん、疲れてちょっと寝ちゃって!あの!フェンリルは倒した!」
「――ああ。二度とこんな真似はさせんけどな。今日だけは特別に許す」
ぐりぐりと拳骨でパシャの頭をごりごりする。
「うああ、いた、いたた、ごめん~!」
少し不満げな顔をしていた同行者達も、その光景には苦笑するしかなかった。報酬も、特にパシャが多く受け取るわけでもなく均等で、死人なし、怪我人は軽傷6名。奇跡の数字だ。ならもう構わないか、という雰囲気だった。
「そいつズルしてた!!なんか…よく解らない魔道具みたいなもので一人だけバリア張って抜け駆けしてた!」
オルソーニとアークロジーが顔を見合わせる。
「魔道具を使うとダメだという規定があったのか?」
「いや?そんなもんはないわい」
「チッ!くそっ………もういい!!」
そうだ。こういう反発が必ず起こる。第一部隊も割り切れない顔をしている者が何名かいる。こういう事が重なると厄介だ。早めに部隊行動を仕込んでおくべきだな。今回は…どうしようもなかったようだが。
団で孤立させたりしない。必ず笑顔のままで居させてやる。オルソーニは誓った。
スタンドプレイが過ぎると標的になりますからねえ。その辺りはオルソーニさんが気をつけて見てあげて欲しいですね
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