02.騎士団と冒険者ギルド
パシャちゃんのお仕事探しです
ササっとスラムを目立たぬよう人気の少ない場所を選んで移動し、街中に出る。財布は確か小物を扱う店に合った筈だ。ポケットに入るサイズがいい。盗まれる前に気付けるから。勝手に出て来たこの服は、スカートのポケットが大きい。考えていると、スカートの中にずしっと重みが加わる。恐る恐る出してみると、子供が持っていても違和感のないデザインの、作りのしっかりした財布だった。
人目につかないところでお金の入れ替えをしたいが、こんな格好の今、スラムに戻るのは危険しかない。それに、今日何処で寝れば追剥に逢わずに済むだろうか。少し安そうに見える宿屋を見つけて、パシャは緊張しながら受付に行く。騎士団員になる為準備をしたり、ダメだった時に冒険者ギルドへ行ったりするには1日では足りない。
「い…一週間泊まりたい。1人部屋がいい」
「はい、朝夕付きで銀貨3枚、なしの素泊まりでしたら銀貨2枚と銅貨3枚です」
朝夕付き。何が付くのだろうか。ご飯だろうか。ご飯は食べたい。
「朝夕付きで頼む」
そっと巾着を漁って銀貨を3枚出すと、少しお姉さんが困った顔をした。
「お父さんとお母さんははぐれてしまったの?そういう時は宿を取るより自警団に聞いたほうが…」
「父と母はいない。私だけだ」
そうは言っても幼女である。少しだけ困った顔をしたお姉さんは、良いことを思いついたような顔をした。
「解ったわ。朝は昇りの6時から10時まで、夕方は降りの6時から10時までがご飯の時間よ。じゃあこれが3階の302号室の鍵よ」
父母が迎えに来たらパシャを差し出す心算だというのが、パシャには解った。お父さんが来たわよ、と言われれば逃げる用意をせねばならない。父も母も存在しないからだ。少なくとも赤子のうちにパシャを捨てた筈だ。
一先ず用意された部屋へ辿り着いて鍵を掛け、ふう、と溜息をつく。サイフの中に割り銭以外を移動させ、割り銭は替わらず首から提げた巾着の中だ。皆の形見のようなものだ。他のお金とは違う。
そしてすぐさま行動に出る。まずは仕事を探すのだ。
パシャは、試すなら志の高い方から選ぶ少女だった。まずは騎士団を訪れる。
「なんだい、お嬢ちゃん。下働きの募集は今していないんだよ、すまないね」
「団員として、私を雇ってくれ…さい」
「団員?」
「はい」
「お嬢ちゃんを?」
「馬鹿言っちゃいけない。お嬢ちゃん。例えばこの剣だ。団の統一規格でね。持てるかい?」
――戦闘ノりべらるヲ使用シマスカ? はい いいえ
パシャは迷わず『はい』を選択する。
差し出された剣を迷いなく片手で受け取り、剣を振るう。まるで剣舞のように鋭く薙ぎ、付き、回転切りを。
門兵当番の男が言葉を失っている所に、隊長がやって来た。射る様な目で少女の剣舞を見る。幼女の薙ぎ払いに踏み込み、刃を合わせられる。
――戦闘ノりべらる、おーともーどヲ使用シマスカ? はい いいえ
すぐさま『はい』を選択する。
ガギギギギ、と耳障りな音を立て、刃を滑らせ、ツヴァイハンダーのリカッソを持ち替えて接近戦モードに移行する。すぐさま打ち込むかと隊長が防御体制を取ると、あっさりと宙返りをしたパシャの頭上からの攻撃が、背後から斬り裂かない程度に優しく首から右半身をなぞった。
「…参った。……こりゃ参った……実戦はこんなに厳しいんだぞと言い含めてやろうとしたら返されてしまった」
「何やってんですか隊長!!?」
「何だよ。んじゃお前が闘ってみるか?」
「いや、僕では動きについていけませんね。多分負けます」
「だな。こりゃ傑物だ。どうやったらこう育つのか…でもな、嬢ちゃん。嬢ちゃんはそのツヴァイハンダーをどうやって持ち歩く?引き摺るか?」
「横に…腰の後ろにつけて…」
「歩きながら人をなぎ倒すから駄目だ。――という事で、非常に。非ッッッッ常に!!!残念だが、うちでは雇えないんだよ。それにお嬢ちゃん多目に見積もっても10いかないだろ」
「12」
「ん、すまん俺はガキの年齢見誤ったことがない」
「……8歳だ」
「ん、良い子だ。15に成れば剣も装備出来るかも知れん。その年になったらまた来てくれるか?本当はな、オジさんはこんなルール撤廃して強ければいい、と思ってるのでここで逃げられるかも知れない事は言いたくないんだけどね、15まで冒険者ギルドでもっと腕を磨いておいで。その頃にはもう惚れ惚れして手放したくなくなると思うんだよな」
――これは、最大限私を買ってくれている言葉だ。15になったら騎士団勤め。いいじゃないか。そう思うのに、パシャはぽろぽろ零れる涙を止められなかった。
「本当に、15、になったら、わだじをやどっでぐれるか?」
「本当だ。ディル、紙くれ」
隊長は紙にサラサラと書きつけ、最後にサインらしきものを流麗なラインで書き付けて、指輪の蓋を外すと押印してくれた。
「これを持ってくれば、絶対になれる。俺が約束したって書いてあるんだぞ」
パシャは文字が読めないけれど、男の言う事にきっと間違いないだろうとぺこりと頭を下げて、大事に書面を巻いてその場を離れた。
「…来てくれますかね?」
「…多分な」
「案外自警団の姉御に採られたりしちまいそうですがね」
「仕方ネーだろ、身長規定、年齢規定、どっちも満たしてないんだから!」
「ところで、隊長、冒険者ギルドの登録最低年齢12だって知ってました?」
「はぁあ!?」
…シスターアンジェが言ってた。文字はちゃんと練習しなさいって。騙されたりするからって。今渡して貰った紙も、なんて書いてくれたか解らない。なんて名前が書いてあるか解らない。サボって遊んでたのは自分だ。しかしながら、それは酷く怖い事のように思えた。
ーー知識ノりべらるヲ使イマスカ? はい いいえ
パシャははいを選ぶ。
もう一度書面を取り出してじいっと見つめる。だんだんそれが規則的な記号に見え始め、そのうちそれは言葉を写したものだとわかるようになる。
『49年期第1騎士団オルソーニ・デル・メツェルディードが、この書面を持つ少女に、56年期以降の入団を許可した。試験は必要ない。この少女が書面を持ってくれば俺に逢わせてくれ。453年亞月與日 オルソーニ』
今、戦闘のリベラルというのを使って闘って、知識のリベラルで文字を読んだが、一番世話になっているのが、最初に飲み込んだ願望のリベラルという力だろう。その力に深く感謝しつつ、書面を巻きなおそうとしたら、肩掛け鞄がぶら下がっている事にきづく。
そこに書面を移して冒険者ギルドに向かう。
受付のお姉さんは優しく冒険者ギルドの事を教えてくれた。12歳だ、と言い張ると、「ギルドでは自己責任ですからね」と苦笑しながら受け付けてくれた。
一番下のランクだという白いプレートになるらしい。白から黄、橙、赤、銀、金、銀黒、金黒、黒となっているらしい。段々赤くなってキラキラになって最後は黒いのか、とパシャは思った。
「簡単ですけれど、一応戦闘が出来るかを確認するテストがあります。…あら!こんな所に暇そうなギルド長が!」
「ああ、わかっとるよ。その位は任せりゃいい。で、チビちゃんの武器はなんだ?剣か?槍か?弓か?」
言われて初めてパシャは自分が武器を持っていない事に気付いた。いや、厳密にはある。銃だ。だが弾が勿体無くて通常武器に出来る気がしない。
――戦闘機器全般ノりべらるヲ使用シマスカ? はい いいえ
パシャははい、を選択し、おずおずと銃を取り出す。
「ほお!珍しい。ガンナーか君は」
「は…い」
ガンナーってなんだろう、とは今更聞けない。
「ふん…では儂は槍でも持つか。攻撃しておいで」
――戦闘機器全般ノりべらるノおーともーどヲ使用しますか? はい いいえ
はい、を選択し、パシャは腰を落として銃を構える。
――魔弾作成、連射へとカスタム。
ズドドドッドドッドッドドドド
それは弾ではない。全て魔弾だ。故に消費するのは魔力のみ。6種のリベラルウォームを摂取した日から、パシャのパラメータはおかしくなっているようだ。撃った反動を感じない。身長の倍以上を跳躍する。片手で大剣を操る、異常な速度で走りこめる。
ギルド長は慌てた顔で全てを避けるが、1発だけ脚に貰ってしまう。傷に向けて一瞬幼女から目を離しただけだというのに、ギルド長の頭の後ろに、ゴリッと銃口が押し当てられた。
「はぁ…参ったよ、お嬢ちゃん」
――生キ残リノりべらるデひーるヲ使用シマスカ? はい いいえ
「ヒール」
抉れた弾痕がみるみるうちに塞がる。ギルド長は目を丸くして礼を言った。
「すまない、ありがとう。いやいや、儂の方が未熟だったわい。見た目で気を抜くなんぞ青二才のやる事だったわ」
呵呵と笑うと人の良さそうなお爺さんにしか見えない。この人がギルドマスターなのか、と少しだけ可笑しくなった。
登録を済ませようとすると、最後にレベル測定があった。この機械でその人のレベルというのが解るらしい。
「――え…レベル1…?適正もほぼF…回復のみB… 称号…リベラルの保持者?」
目を丸くして結果を見る受付嬢さん。
騎士団に行く迄戦闘なんてした事がないし、モンスターだって普通の動物だって殺した事がない。ナイフも持ってなかったから、鼠や兎を狩ることが出来なかったのだ。レベル1で当たり前なのだが、お姉さんは納得がいかないらしい。
「い…いちでいい。1でお願いする」
「でもこんな…うう。ごめんね、次に測定するまでには機械を修理に出しておくからね」
カードを発行して貰い、初心者にオススメの狩場とダンジョンを教えて貰って、パシャは嬉しくて笑った。
本当はあのサイフのお金で家を買うことだって出来たが、怖くて大金なんて使えない。となると、いつかはなくなるお金なのだから、出来れば宿屋の宿泊料金くらいは稼げるようになりたい。
そして、強いし頼れるけれど、魔力の無駄使いをしてる気がして、普通の武器が欲しいな、と思った。
双短剣と解体ナイフを買いに行こうかな。けれど予想通り、そう考えた瞬間に、肩掛け鞄が重くなった。覗くと、凝った装飾で対になっている短剣が2振り、解体用ナイフが1つ入っていた。この身長でも扱いやすく、手数で勝負出来る。
大物は銃に頼ろう。時間を見ると、下がりの6時だった。今日は帰らないと。ごはんが食べられる。考えるだけでなんだか幸福な気持ちになって、パシャは足取り軽く宿屋へ帰った。
「…おぬしはどう見る?」
「余程のスパルタ教育を受けたのでしょうか…でもそれで実戦をさせてないというのも気になります」
「…儂には解らんな…得体の知れない力を感じる嬢ちゃんだが、悪い子ではなさそうだわな。だが実弾じゃなかったわい。何で撃たれたか不明じゃ」
マスターはヒールを掛けて貰った脚を見る。
「ガンナーのジョブにヒールはあったか?」
「ありません。むしろ魔法を使える者が居ること自体が驚愕です。お伽噺を見た気分です」
「――だな」
得体が知れない期待の新人、という扱いで冒険者ギルドに受け入れて貰ったパシャだった。
「ただいま。ご飯は何処で食べればいい?」
「ああ、おかえりパシャちゃん。食堂はこっちよ」
案内されると、どうやらレストランとしても営業をしているようで、お店になっていた。
「好きなテーブルに座って待っていてね」
待つこと暫し、角兎のシチューとバゲット、デザートにプリンもついてる。
「プリンはサービスだけど、他の人には内緒よ?」
「ありがとう!」
孤児院では甘いものなんて稀に小さい果物が付いてくる程度だったので、プリンは解らないけれど、美味しそうな名前だと思った。シチューを口に含むと、幸せの味がした。
今までスラムで漁ったり、孤児院で出して貰ったどんな食事より美味しい。無性に涙が出る。
ぼろぼろ泣きながらシチューとバゲットを完食し、プリンを口に含むと思わず涙が止まった。なんだこれ、甘い!ぷるぷるでつるつる!でもとろーって舌で押すと蕩ける!顔も蕩けてふにゃーっとした笑みが零れる。
それを見た店員は、何か訳ありの子供なのだろうと思いながら、泣いて食べていた顔と今のふにゃふにゃの顔を思って胸が痛くなった。
こんな凄いものを朝も食べられるのか、と思うと期待に胸が弾むパシャだった。
きっと宿屋の店員さんの脳内では凄まじい展開のパシャ虐待ストーリーでも考えられてると思います。
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