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4 そそのかされて接触を試みる妻


「何もする必要がないことに耐えられないのです」


 朝餉(あさげ)の場で、静津は四人の侍女に向かってそう告げる。


 広い和室の中、飯を食べているのは静津だけだ。

 侍女は四人そろって襖の辺りに控えており、静津は雪がちらちらと降る中庭をガラス越しに眺めながら、正座をして茶碗を手にしている。


 ちなみに、襖の辺りに控えている四人の侍女は、同じ顔をしている。

 名前は、壱子(いちこ)弐千果(にちか)参瑚(さんご)肆乃(しの)

 四つ子かと思ったら、双子の姉と妹らしい。

 しかし、ほぼ同じ年齢、同じ顔に見える。

 どういうことだ。

 子というのは、そういう配合にはなかなかならないものだと思うのだが。


「何もする必要がない訳ではありませぬ」

「奥様には、なによりも大切なお仕事がありまする」

「かのお方に身を捧げるという重要なお仕事でございます」

「西洋風のランジェリィもご用意しておりまする」


 最後の侍女が懐から取り出した紐のような下着に、静津がせき込むと、侍女四人は目を丸くしている。


「この初心さが良くないのかもしれませぬ」

「もう少し閨の勉強をなさいませ」

「部屋に色事の多い小説を多数ご用意しておりまする」

「実演による見稽古を承る候補者を五組ほど見繕っておりまする」


 再度せき込んだ静津は、侍女四人に頭を下げた。


「私が悪かったです。食事時に聞くことではありませんでした」


「奥様、頭をお上げください」

「一応、あなた様は偉いお方なのです」

「仮初の妻でいらっしゃいますが、偉いお方なのです」

「なんの実権もございませんが、尊いお方なのです」


 ぶれない四人の侍女の様子に、静津は諦めて頭を上げ、静かにご飯を食べることにする。


 静津がここに居る間、萩恒家が責任を持って母と八重を預かってくれているらしい。

 彼女が報酬を得たことで、村長は怒髪天で母と八重を探していたと、家令の善治が教えてくれた。寂しいことだが、もう静津達一家があの村に戻ることはできないだろう。


(嗣二達の家や姐さん達にも迷惑かけちゃうな)


 この家に嫁いだ静津への報酬は高額で、母の治療費を払った後も、いくばくか残りがあった。

 そのお金については、母と八重に渡すのはもちろんのこと、村長の怒りによって迷惑をこうむるであろう村の知人達に内密に分けてもらうことにしている。


 しかしそれも、静津がこの家の役に立ち、本当に報奨を得る資格があってこそのものだ。


(何故、赤毛で赤目の女を妻にする必要があったのかしら)


 未だに静津は、己がこの家に嫁ぐことの利点を知らないのである。


「何故そなたをこの家の嫁としたのか、だと?」


 家令の善治に聞いてみたけれども、嫌そうな顔をされるばかりで、答えてくれなかった。


「無駄なことを考えるな。お前は崇詞(たかし)様に抱かれることだけを考えろ」


 というか、この言葉を聞いて真っ赤になった静津を置いて、去って行ってしまったのだ。

 これ以上のことをあの家令から聞くのは難しそうだ。


 とはいえ、侍女達も結局は似たようなことしか言ってくれず、静津はただ、毎日体の柔軟体操をし、鍛錬を怠らないようにしながら、飯を三度食い、破廉恥な小説を読みふける日々である。


(なんだこの日々は……)


 自分で自分が情けなくなりながらも、ふと静津は、鏡に映る自分を改めてみる。


 静津は肌の色は母譲りで白いけれども、しっとりとした色気は受け継がず、目鼻立ちのはっきりとした父譲りの快活な顔立ちをしている。

 そして、脳裏に浮かぶのは、色気の塊のような母と妹の姿。


(私に色気が足りないということか)


 それを言われてしまうと、静津にはどうしようもない。

 色気爆弾としか思えない家族に太刀打ちできる自分など、静津には想像もできない。

 侍女の持っていた紐のような下着を身に着けたとて、人には手が届かない場所というのが存在するのだ。


(いや、まずは敵の正体を知ることが大切ではないか?)


 そもそも、静津は夫・崇詞と会話をしていない。

 婚姻の翌日、台所の竈の前で皆が居る場で話をしたアレが最後である。


 彼は静津が寝ている間に布団に忍び込んできて、朝こそ静津よりも起きるのが遅いものの、朝餉の場所も分けており、会話の隙が無いのである。


(確か、彼は洋の間で朝食を摂っていると聞いたわ)


 静津はやたらと美味しい朝食をかきこむように食べ終わると、すくっと立ち上がり、侍女達に告げる。


「崇詞様のところに参ります」


 ニコニコ笑って口々に喜ぶ四人に、静津はむず痒い気持ちになりながら、廊下に出る。

 あの不思議な侍女達は、どうにも女性と言うか、跳ねる子狐のように感じてしまうのだ。

 一帯何故なのだろう。


 洋の間に辿り着くと、そこには崇詞が居た。


 朝食を済ませた後らしく、日の光であふれた室内で、優雅に新聞を広げている。

 じゃけっとと言ったか、洋風の正装をした彼の姿は、どうにも美しく中世的な美しさを感じさせてくる。

 美しい洋室で美しい人がくつろいでいるその幻想的な光景を邪魔することができず、静津が入室をためらっていると、崇詞はこちらに気づいたらしく、新聞を折りたたんで机に置いた。


「何をしに来た」


 思ったよりも冷たいその声音に、静津は心を固くする。


「その……朝のご挨拶に参りました」

「要らぬ」

「お伺いしたいこともございます」

「すべての采配は善治に任せていると伝えたはずだ」

「夫婦のことです。善治様にはお伺いしましたが、答えていただけず」

「では、教える必要がないことなのだろう」

「何故、赤毛赤目が必要なのですか」


 拒絶に構わずに食らいついた静津に、崇詞は特段構わずに熱そうな黒い飲み物を口にしている。


「萩恒公爵家の力を発現するために必要なのは、嫁でしょう。女であれば誰でも好いはず」

「どこでそのような話を聞いた」

「質問に質問で返すのは野暮ではありませんか」

「そなたには関係のない話だ」

「妻としてやってきた当事者なのですから、関係があるはずです」


 カシャリと音を立ててカップを置いた崇詞は、眉根を寄せながら、ようやく静津を見る。


「そなたは金のためにこの家に来た。それ以上のことを求めるな」

「お役に立ちたいのです」

「……ほう?」

「私の身があの高額な報酬の対価となるなら、お好きにお使いください。お金以上のものを、私はいただいています。この身を賭して、心よりお仕えします」


 頭を下げる静津に、崇詞は長く息を吐く。


「俺の(かせ)となるな」


 望みはそれだけだと吐き捨てるように言った崇詞は、その場を立ち去って行った。


 頭を上げた静津は、色々と不思議に思いながらも、言いたいことは伝えたと息を吐く。

 そして、彼が残していった黒い液体から漂う好い香りに、後で侍女に自分も作ってもらおうと心に誓うのだった。



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