サンハートとタケノコ
「本当に水風呂に入らなくて大丈夫?」
現在、洗面台の前。
「ハァハァ……大丈夫だから。というか、体調が悪いなら水風呂じゃなくて濡らしたタオルをかけるよ普通は。」
私が朝日の服を脱がそうと下ろしたしたしたところで、朝日に「普通は水風呂に入れない」と言われてしまった。
「お母さんは良く私を水風呂に入れてたけど?」
今でも思い出すな。小さい頃は風邪ひいた時、よく水風呂に浸かってたっけ。で、「早く風邪に罹らないぐらい強くなーれ。」って毎回お母さんがお呪いをかけてくれたんだよね。
「……そう、…………なんだ。でも、私は良いかな。やっぱり、お風呂を借りるのもアレだし家に帰るよ。」
「大丈夫?無理してない?」
「うん、大丈夫だから。バイバイ。」
そう言って朝日は洗面台から出ていった。
「あーうー、私うざかったかな。そうだよね、朝日が私にウザ絡みしてくるのも私が……考えたらダメだ。さっさと体洗って寝よ。」
世の中、余計なこと考えないと方が生きやすいんだ。まあ、理解していても実行できない愚かな人間はいるもので。かくいう私もその1人なんだけどね。
──嘲笑う私の影。何かを叫んでいるけどわからない。耳障りで静かな音が木霊する。
体が動かない。腕に力を入れる。体感5秒、均衡が崩れて私の体は自由を取り戻す。
時計を見ると、時刻はまだ12時ちょっと前だ。体にぬいぐるみを寄せ、私は目を閉じた。
ここは、学校……小学校の教室か。そして、これは夢だね。みんなが友達会話している中、私だけは本を読んでいる。
すると、男子が1人近づいてきた。……私が気になっていた子だ。
確か、文化祭の準備期間とか言う微妙なタイミングでこちらに引っ越してきた子だ。コミュ強なのか、一瞬でクラスに打ち解けていた。私は朝日と春風さん以外は学年が一緒なだけの人、程度の関わりしかなかったのに。
その差はなんなのか知りたかった。家庭環境?元の性格?何が違うんだ。何でこの学校に3年もいた私より引っ越してきたばかりの子の方が友達多いんだ。
休み時間の時はよくみんなの会話に耳傾けていたから知ってるぞ。「あの子も越してきた子なの?」って聞いてるの。生粋の地元民だよクソッタレが!!
……結局、関わることすら一切なく、今どこで何をしているのかすら知らないけど。
しかし、ここは夢の中だ。本物じゃなくたっていい。私に答えをくれるなら──
「死ね。」
「……。」
男子は無表情でそれだけ言って、私の元を離れていく。夢の中だというのに、私は理想を見れないというのか?
私の気分に呼応してか、教室がガラガラと崩れる。空に投げ出され私はあれよあれよと真っ逆様に落ちていく。
落ちた先は檻の中。私を見てみんなが笑っている。私は道化だ。だから、だから、だからだから……。
「おはよう、丈乃ちゃん。調子はどう?」
「んふああぁぁぁ……はよ、朝日。どんな夢か覚えてないけど最低な気分だよ。そっちこそ大丈夫、無理してない?」
目を擦りながら私はベッドから降りた。どうやら珍しく私は寝坊をしたようだ。朝日が私の部屋にいるのは…………非常に不服だが慣れてしまった。
全く、後1週間ほどで高校生になるとはいえ娘が朝起きたらいなくなっても気にしない親はどうなんだ。
「あ、あれは丈乃ちゃんが//そんなことより!!今日はODOで遊ぼう。今はゼリーヌ村にいるんだよね?」
「そうそ……、何で知ってるの?」
「それはねぇ──」
徐にスマホを取り出す朝日。
「こっちこそ聞きたいよ。何で、私より先に誰かと遊んでるのかなー?」
スマホに映って居たのはLIMEの画面、
「イェーイ、朝日ちゃん見てるぅ?丈乃ちゃんの初めては私が貰ったよ!!」
そんな文言と共にODOでの私と春風邪さんが一緒にヨーグルトを食べてる写真が貼られている。
どうやって撮ったんだよこれ。
「これは偶々春風邪さんと──」
「言い訳無用!!今日は1日中付き合ってもらうからね!!」
あーダメだこれ。完全に暴走スイッチが入っている。この状態で朝日が3姉妹に会ったらどうなってしまうのか。既に私は頭が痛くなっていた。
──そんでまあ、朝ごはんを一緒に食べた後。早速ログインした私は3姉妹に今朝の事と朝日について話、ゼリーヌ村の入り口付近で朝日を待つことにした。
「シイタケ姉様って友だち居たんだね。万年ぼっちだと思ってたよ。」
何かが聞こえてきた。何かが大地を駆る音。それが徐々にこちらへと近づいてきている。
私の視界に映ったのは、この村へと続く舗装された道を駆る馬。それに跨る鎧を着込んだ耳が長く体色が真っ黒な人間──所謂ダークエルフというやつだろう。
馬に乗ったダークエルフは私の前まで来ると馬を降り、無言でこちらを見つめてきた。
一重の鋭い視線がこちらを貫く。高い花にぷっくらと膨れた唇。煌めく灰銀の長髪。
体に纏う鎧、唯一地肌を晒した肌。どちらも、闇のようにドス黒いにも関わらず、彼女が放つのは凛とした空気。
まさに立てば芍薬座れば牡丹──
「丈乃ちゃんが、4、ヨヨヨヨヨヨ4人もいる!?我が人生に一片の悔いなし!!」
そう言ってダークエルフ──朝日乃愛は背中からぶっ倒れた。
「何ですのこの人。」
「おい大丈……鼻血垂れ流して幸せそうに寝てやがる。」
「シイタケ姉様、友だちは選んだ方がいいよ?」
私が関わればラフレシア、そんな腐れ縁に私は手を差し出した。
「私が責任を持って、適当なダンジョンに捨てるよ。」
名付けて「マッシュフォール」。朝日が相手なら、私は赤いアイツのように鬼畜になれる。
「ダメだよ丈乃ちゃん!!私あなたをそんな子に支えた覚えはないよ!!」
「まず、私がいつ朝日に育てられたんだよ。」
「………私に出会った時から?」
「私は捨て子か何かか?」
「という訳でありがとうございました。私たちBe-1優勝間違いなしだね。」
「いつ私たちはお笑いコンビを組んだんだよ!?」
これ絶対3姉妹を置いてけぼりにしてるって。ほら、地面に胡座をかいて
「「「夫婦漫才だ。」」」
「喧しい!!」
何、地面に座って渇いた笑いを上げて手を叩いてんだ。大根役者ならぬ、大根ガヤだ。
はあ、本当に先が思いやられる。
「とりあえず、自己紹介しないの?」
私、進行役って柄じゃないんだけどな。全員がボケに回ってやがるから私がやらないといけない。
「それもそうだね。じゃあ、私から。シイタケちゃんの大親友、サンハートだよー!!種族は闇森妖精、本職は騎士の副職は魔法使い、厩務員だよ。この子は愛馬の『タケノコ』ちゃん。種族は多足馬だよ。」
「ブルブヒィィィィン!!」
『スレイプニル』という単語に驚いて私は朝日……サンハートが乗っていた馬を見る。確かにその馬は前脚後脚とは別に、腹横から足が生えていた。
スレイプニルって、北欧神話で神様が乗ってた馬じゃなかったっけ?そんなの連れて大丈夫なの?
「わたくしは長女のマツタケです。よろしくお願いしますわ。」
そんな私の私の驚きを他所に自己紹介は3姉妹の番に移っていた。
「次女のツキヨタケだ。よろしくな。」
「四女のマイタケだよ。よろしくねサンハート。私たちはシイタケ姉様の従魔で3人とも『血盟不死者』だよ。」
「ん、血盟不死者?何でシイタケちゃんが……。」
あれ、今度はサンハートが驚いてるな。
「ねえ、サンハート。血盟不死者ってそんなに珍しいの?」
何か知っているのか聞いてみたところ、
「珍しいも何も『血の禊』っていう特別な儀式をしないと入手できない筈なんだけど、まだ始めたばっかりでどうやって……。」
ふむ、『儀式』というからには何かしら特別な物品か神聖な場所でしかできないのだろうか。
「儀式?それ本当?私たちただのシイタケ姉様の死体だよ?」
その考えはちょっと良くないね
「マイタケちゃん、私を──」
「シイタケちゃん?」
「サンハート、ちょっと後にして。」
姉として、私はマイタケちゃんに説教を──
「『シイタケ姉様の死体』って、どういうことかなー?」
その言葉共にサンハートの腕が私の肩を掴んだ。
「………………あっ。」
STRがかなり高いのか、私の体がギシギシと悲鳴を上げている。
「シイタケちゃん、お話しましょう?」
にっこりとサンハートは私に笑いかけ、森へと私の体を引き摺っていく。
「マツ姉、ツキ姉、マイタケちゃん、た……助け。」
「「「ごゆっくり〜。」」」
「裏切りやがったなてめえらァァァ!!」
私の悲痛な叫びが静寂な森の中に響き渡った。
◇◇sideマイタケ◇◇
シイタケがサンハートさんに連行されてしまった。残されたのはあたしとマツ姉さんとツキ姉さん、後はサンハートさんの従魔のタケノコだけだ。
「なあ、ワンチャン私たち従魔だと思われねえんじゃね?」
「……これは見張らないといけませんわね。」
「「ふふふ、」」
どうやら2人は昨日シイタケが行っていたお店にこっそり行く算段らしい。
あたしもぜひご一緒したい──と、言いたいところだけどそれよりも気になることがある。
抜き足差し足で村に戻る姉さんたちを他所に、私はタケノコに話しかける。
「えっと、初めまして?タケノコさん。」
「ヒイィィィン?」
さっきの自己紹介の時もサンハートさんの言葉に反応してたよね。
「ねえ、貴方喋れるんじゃない。」
まあ、犬でも発音ぐらいは聞き分けられる。サンハートさんの副職はトレーナーらしいし、躾でもしたんだろう。
「よぉ気ぃ付いたな。」
あれ?今誰が喋ったの?私は周りをキョロキョロと見回した。
「こっちだこっち。」
「ええ……?」
声がした方を見ると、ニヤリと此方に笑いかけているタケノコ。
「改めて自己紹介するわ。わいの名前はタケノコや。さん付けなんてせんでええから、気軽にタケノコって呼んだってくれや。」
普通に喋ってる。しかも大阪弁。何なんだこの馬。
「それで嬢さん。急に話しかけてどうしたんや?」
「いや、他の従魔ってどういう感じなのかなって?」
まさか馬から聞けるとは思わなかったけど。昨日会った初めてのプレイヤーの春風邪さんによると、どうやら私たち姉妹は普通の従魔ではないらしい。
だけど、私たちは他の従魔に会ったことがないからこうしてダメ元でタケノコに話しかけてみたんだけど。
「そないなこと急に言われてもな。毎日ご主人様を乗せて走り回ったり、話を聞いたったりしてる位やで。大体、ご主人様の言うこと聞く以外にやることなんてあるか?ジブンらは好き勝手動いとるみたいだけど。」
好き勝手……。
「ねえ、ご主人様を殴ったことある。」
「はあっ!?そないなことできる訳あれへんやろ。わいら従魔は契約の魔法で縛られてるんやで。それができるちゅうことは、そもそも実力不足で契約が成立してへんか、ご主人様がマゾヒストかのどっちかや。」
ふーん?
「貴方はご主人様にしゃべれること伝えてるの?」
「…… わいぐらいの実力があれば、従魔だって誤認させるくらい屁でもないさ。あっ、君らのご主人様には手は出さへんからここだけの秘密やで。」
ニヤニヤと笑いながらタケノコは言う。
……この従魔、例外じゃん。
「おーい、マイタケちゃん終わったよ。」
「あれ、マツタケちゃんとツキヨタケちゃんは?」
と、2人が戻ってきたね。……よし、
「あの2人なら、昨日行った『ヨーキングルト』に行ったよ。」
「はっ?」
「……シイタケちゃん、躾はしっかりしないとダメだよ?」
どの口が言ってんだか──と、あたしは心の中で呟いた。
「この大阪弁おかしくね」、と思ったら誤字報告して頂くと幸いです。