『アタシはこのゲームのヒロインなのよ!』なんて馬鹿な事は言いません。
どうやら、私は何らかの乙女ゲームの世界に転生したらしい。んで、私はこの物語の誰なのかって言うと、…多分ヒロインなのだろう。
原作知識とかは皆無だが、悪役令嬢らしき子が同じ学年の別クラスに居て、私の身分は低いみたいだし、頭ピンク色だし。
ならば、やるべき事は一つ!そう、ヒロインムーブを一切しない事である。悪役令嬢の婚約者を奪おうとか、逆ハー作るとか、階段から突き落とされたと嘘付いたり一切しませんよ!
なろう読みの私は、ざまぁもののヒドインみたいな事はしない!私さえ大人しくしていたら九割の乙女ゲーム作品は平和に終わるのだ。
そんな訳で、私は低身分カーストの同級生と同じグループで青春時代を過ごし、卒業後一人でも生きていける様に生活能力の向上に務めた。
これ言っちゃうと怒られるかもだけど、婚約破棄もので王子とか男爵令嬢が落ちぶれる原因って浮気したからとか、喧嘩売る相手を間違えたからじゃなくて、彼らに生活能力が無いからなんだよね。ほら、山賊って人間の中だとクズの頂点に近いけど、ざまぁ対象としてはイマイチじゃない。それは、彼らは最初から社会の輪に入って無いし、自給自足出来てるから『お前らの世話なんてしてやれん。自力で生きろ』ってざまぁが成立しないからな訳よ。
まあ、それは置いといて。
私は波風立てず、無事に異世界の高校相当の学園を卒業した。無論、私を巡っての婚約破棄騒動なんて起こらなかった。
そして、卒業から三年後、悪役令嬢ファミリーと魔族によって人間達が住む王国は支配された。人間やエルフ等の他種族は奴隷となり、毎日十二時間労働(実働八時間+休憩二時間+残業二時間、昼夜二交代制)を強いられていた。
「オラーっ、男どもは海底の泥を重機で運べ!女は泥からシリコンを分離するのだ!半導体を工場で量産して、国民全員にスマホを持たせるのだー!」
悪役令嬢は案の定転生者だった。中世ナーロッパの文明を短期間で山本太郎総理時代の日本レベルまで持っていこうとする強引な政策により、元のゲーム以上の過酷な労働が課せられてしまった。いや、元ゲームがどないか知らんけど、多分こっちのが過酷だ。
「そこのピンクグミ!さっさとトラックを動かさんかーい!大型免許持っとるのはこの現場にお前しかおらんのだ!」
「ひ〜っ」
どうして、こんな事になってしまったんだろう。『アタシはこのゲームのヒロインなのよ』なんて馬鹿な事は言ってないのに…。
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【悪役令嬢ボインジャー視点】
全裸で階段から転がり落ち、トラックで轢かれた私は気が付くと前世で遊びまくった乙女ゲームの世界に転生していた。
「オギャーですわ!オギャーですわ!…はっ、ここはダダダダの世界ですわ?」
公爵家に生まれ落ちボイジャーと名付けられた私は、すぐさま前世を思い出し、ここがスマホ乙女ゲーム『ダダダダ・ダンスマン〜踊れ正義のマンボ』そっくりだと気付く。
このまま本編通りに行くと、悪役令嬢の私はダダダダ一行と激闘の末に敗北、脂肪してしまう。
「光落ちした後、ラーメン食いすぎで激太りして再登場する末路なんてまっぴらですわー!」
最悪の未来を回避すべく、私は努力した。前世知識で公爵家をつよつよにし、魔族との同盟も邪神の好物もんじゃ焼きをお供えする事で時短成功。だが、これだけではまだ不安だ。私は入念な準備をして学園に入学後、即座にとある人物の所さんへと走った。
その人物とは、私を倒すヒーローのダダダダでは無く、この乙女ゲームのヒロインのプリティーでも無く、うっかり八兵衛ポジションの王者ミンだった。
王者ミン(きんぐみん)は、全身がピーチ味のピンクグミで出来た少年である。彼はグミ人間が住む愚民王国の王子だったが、魔王により祖国を滅ぼされたので身分を隠して人間の王国へと落ち延び、この学園に入学して来たのだ。
『アタシはこのゲームのヒロインなのよー!』が口癖で、見た目の異様さと相まってクラスで孤立していたが、プリティーとのヒロインバトルやダダダダとのダンスバトルを機に友となる。それがキッカケで主人公達に王者ミンの祖国奪還に協力するという明確な目的が生まれて、悪役令嬢である私との争いが始まっていくのがメインストーリー。
そう、つまり、あのピンクグミと主人公達が出会わなければ魔族により世界征服は順調に進むって話なのだ。
「おるかー?っわ」
私は下級貴族クラスの扉を片手で破壊しながら、中を確認する。
「それでねー、この完成した雑巾にお米の研ぎ汁を吸わせて床を拭くのよ」
「ズコーですわ!な、何か原作とは真逆になってやがりますわ!しんずれーしましたわ!」
クラスメイトと仲良く雑巾作りしている王者ミンを見て、私はドアを魔法で復元した後、それを破壊しながら慌てて撤退した。
恐らく、いや、間違いなくあやつも転生者。原作の王者ミンなら、私が教室に入った瞬間、『げぇーっ、お前はこのゲームの悪役令嬢!さては、ヒロインであるアタシを本編開始より先に倒しに来たのね!』と言って自分の用意した毒ナイフ舐めて気絶していたはずだ。なのに、私をチラ見した後、無視して友達との会話を続けるとは、転生者に違いないのだ。
しかし、この転生者は何がしたいのだろう?王者ミンがモブ生徒と仲良くしたり、私とのイベントを起こさない事で得になる事は一切無い。お前がプリティーやダダダダと会うイベントをしないと、マジで何も始まらんとですよ?私、このまま世界征服最短でやっちゃいますよ?
その後も、魔王との協力の合間を見ては王者ミンを監視し続けたが、結局卒業まで彼女は普通の学生として過ごすだけだった。
「ゲプー、私の知らない裏技でも使ってるかとも思いましたが、どーやらただの腰抜け、若しくはこのゲームを全く知らなかったみたいでぶわね」
王者ミンは一通りの家事とこの国の常識をマスターし、卒業前には普通自動車免許を取得。卒業後は肉体労働現場で働きながら大型免許を取る為に頑張っていた。
世界征服を阻む者はいない事を遂に確信した私は、用意していた計画を一気に進め、全国民がスマホを得られるまでに文明を発達させた。
「もうすぐでぶわ。この世界にスマホを普及させ、芸術に理解ある貴族にシナリオを書かせて、スマホゲームの続きを遊ぶのでぶわー!」
そう、私の目的は原作破壊でもなければ、ただ生き延びる事でも無い。この世界にスマホゲームを広めて、ダダダダの続きを遊ぶ事なのだ。
「ボイジャーよ、このログインボーナスというのは、いつ誰に渡すのだ?」
「毎日五時から翌日五時の間に、ゲームアプリを立ち上げた人全員に渡すのでぶわ」
「分かった。その様に魔術…、いやプログラムを組み込む」
魔王様はゲーム内の全魔法を使うとても頭の良いお方。原作ゲーム内でも、ダダダダのFX教室を数分で理解し、レバ500倍を掛けて全財産失い倒されてしまうぐらい理解力と発想力と行動力の化け物だった。魔王様なら、きっと日本でプレイしたのと同じかそれ以上のスマホゲームを完成させてくれるはず。その日を待ちながら私は今日四杯目のラーメンを啜るのだった。