6章 道人の決心
「道人君、お疲れ様。これで検査は終了よ。どこも異常なし。」
道人はライガとの戦いの後、救助隊に連れられて会社エリアに行き、まずはジークヴァルとディサイドした際に身体に異常が起きていないのかの検査が行われた。特に装着時に凄まじい怪力を得る事ができた、ガントレットのついていた右腕が念入りに検査された。
「この後の事だけど、シャワールームで軽く身体を洗った後、司令室に行ってちょうだい。そこで大事な話があるそうよ。」
「わかりました。検査、ありがとうございました。」
道人は医師の方に軽くお辞儀をした後、検査室から退室し、待機していた女性社員にシャワールームまで案内された。
「案内ありがとうございました。あの、ジークヴァルの…僕のデバイスは?」
シャワールームに着き、女性社員の人に訪ねた。検査の前にデバイスに危険がないかどうかを調べさせて欲しいと言ってきたので預けていたのだ。
「大丈夫ですよ。もうデバイスの検査は終了していますから。後は司令たちとの会話次第です。」
そう言って女性社員は椅子に座った。道人がシャワーを浴び終わった後、司令室に案内するために待機するみたいだ。道人は待たせては悪いと思ってシャワールームに入り、服を脱いだ。入る前にルームにある時計を確認し、熱い湯を全身に浴びた。
「今、八時過ぎか…。社員の人が家族には連絡してるって言ってたけど、母さん心配してるだろうな…。」
道人は熱い湯を浴びながら今後の事を考えていた。
「ディサイド・デュラハンの事とか、パーク内にこんな秘密基地みたいな所があるとか、色々知っちゃったからな…。僕どうなるんだろう…?」
シャンプーで髪を洗いながら、今考えても答えの出ない栓なき事が頭の中をぐるぐるしていた。
「もし、一緒に戦えるんなら…。」
「その独り言、道人?ごめん、こっちのボディーソープ切れてるから、上から投げてくれる?」
「うん、わかっ…!?」
つい普段通りに反応してしまったが、となりの女子シャワールームから愛歌の声が聞こえてきて動揺した。慌てて軽くボディーソープを上に投げた。
「サンキュー! 〜♪」
愛歌は鼻歌を口ずさみながらボディーソープをしゃかしゃかしている。となりにシャワーを浴びてる愛歌が…!?と考えると不安や悩みよりも恥ずかしさが勝り、道人は素早く身体を洗い、着替えてシャワールームを出た。息を荒くしている道人を見て待機していた女性社員が不思議そうに首を傾げた。その五分後、愛歌がタオルで髪を拭きながらルームから出てきた。
「お待たせ〜。いやぁっ、お互いさっぱりしたね!じゃ、行こっか。」
シャワー後の愛歌は頬が少し赤くなっていてどこか色っぽかった。愛歌とは付き合いが長いはずなのにまさかこれ程とは…と何を考えているのだ、自分はと道人は軽い自己嫌悪を抱いた。
「? どうしたの、道人?」
道人は見惚れてぼーっとしていたが、我に帰り、愛歌と女性社員の後を追った。
「緊張してるの、道人?大丈夫。司令も博士も良い人だから安心していいよ。」
確かに考えてみれば自分より先にパークの機密情報などを知っている愛歌が自分たちと変わらぬ日常を今まで歩んでいたのだから、杞憂な事かと道人は安心した。
「あ、そうだ。社員さん、もう一人の連れの話なんですけど…。」
道人は検査を受ける前に銀髪の女の子が一緒に来ていたがはぐれてしまったので捜してくれないかとお願いしていた。
「えぇ、実験エリアの監視カメラを確認したんですけど、どこにもその女の子映ってなかったんです。それどころか道人君、君の姿も…。」
あの謎の少女どころか、自分も映っていなかった…?道人は右手を顎に当ててどういう事だと考えた。
「その子がいないと道人が実験エリア内部まで来られる訳ないから、いない訳ないよね…。」
「うん。あの子、何故か父さんが生きてるって事も知ってて、愛歌が今危ないって事も教えてくれたんだ。」
「何者なんだろうね、その子…。」
愛歌も一緒に考えだした。
「大丈夫ですよ、道人君。こちらでも引き続き、その少女の捜索を続けてみますから安心して下さい。あ、もう司令室に着きますよ。」
女性社員がカードキーを通し、パスワードを入力すると自動ドアが開いた。中に入るとでかいモニターが正面にあり、機械がたくさん置いてある広い所で、いかにも秘密基地って感じの場所だった。
「司令、博士、ただいま道人君と愛歌さんをお連れしました。」
女性社員は敬礼をした。司令と呼ばれる人は茶髪で顎髭を生やしていて、制服とネクタイをきっちりと着こなした三十代くらいの人だった。
「案内ご苦労、虎城君。オペレーター業務に戻ってくれ。」
はい、と返事した後に虎城は席に座り、片耳用ヘッドセットをつけてキーボードを操作し始めた。
「さて、初めましてだね、道人君。私は卒間塔馬。ここで司令官を務めている。そして、この人が…。」
卒間は右隣にいる白髪で白衣を着た老人に右手を向けた。
「式地悟じゃ。よろしくのう!」
「式地悟って、あの!?」
道人はこのデュラハン・パークの創設者でデュエル・デュラハンの生みの親である博士とこんな形で会えるとはと感激と驚きを同時に受けた。
「ははっ!何、そう緊張なさるな!リラックスリラックス!」
道人の左肩を軽く二回叩いた。
「そして、あそこにいるのがオペレーターの大神天音君。」
肩にかかるくらいのウェーブのかかった灰色の髪をした女性が道人の方を向いた。
「天音よ。よろしくね?」
オペレートの最中に右目でウインクをして手を振って挨拶をしてきた。
「そして、もう一人のオペレーター。道人君たちをここまで案内してくれた…。」
今度はショートカットの赤みがかった髪の女性の方を向いた。
「虎城白子です。改めてよろしくお願いします。」
軽くお辞儀をしてきたので道人もつられてお辞儀した。
「自己紹介はこんなところで、本題に入ろう。こちらもライガの襲撃で修理や状況把握などの対応で忙しくてね。今日は時間も遅いし、必要最低限の確認だけさせて欲しい。」
「あぁ、ごめんなさい…。僕、実験エリアの壁を壊しちゃったから…。謝らないといけないと思ってて…。」
「ん?はっはっはっ…!」
道人のその発言を聞いて司令と博士は笑った。オペレーターの二人も聞いていたみたいでクスッと笑っていた。
「いいんだよ、そんな事気にしなくて!君はこの基地や愛歌君を守ってくれたんだから。それくらい安いもんだよ。」
「あれくらいの損壊ならわしの自慢の修理ロボットが一瞬で直してくれるわい!」
「そうだよ、道人!あそこで駆けつけてくれなかったらあたし、危なかったんだし!感謝、感謝!」
道人は司令と博士、愛歌の励ましを聞いて安心した。我ながら変な心配してたかな、と思った。
「それなら良かった…。って、修理ロボット?で、基地を直してるんですか?」
道人は気になったので博士につい聞いてみた。
「あぁ、そうじゃよ。たくさんおってのう。わしにかかれば島一つ増やすのも造作もないわい。」
博士は両手を腰に当てて鼻を伸ばした。デュラハン・パークの急速な繁栄の秘密の一端を知る事ができて道人は目を輝かせた。司令は軽く咳払いをした。
「話が脱線してしまったな…。さて、道人君。君に問いたい事があるんだ。」
道人ははい、と司令の方を向き、真剣な面持ちになった。
「君の意思を聞きたい。道は二つ。今日経験した事を見なかった事にし、日常に戻る事。または我々と共に危険を顧みず、バドスン・アータスと名乗る敵と戦う事だ。日常に戻る場合は申し訳ないが、色々制限を受ける事になる。まず…。」
「いえ、もう僕の道は決まっています。共に戦う事を選びますから、日常に戻る場合の説明はいいですよ。」
司令と博士は道人の即決に驚いた。
「道人君、いいのかい?少し考える時間を…。」
「いいえ、もう決めたんです。僕もジークヴァルと一緒に戦います。せっかくジークヴァルと会えたのにもうお別れなんて嫌ですし。」
道人は照れながら右頬を掻いた。
「それと聞きたいんですけど、今ディサイド・デュラハンは何体この基地にいるんですか?」
博士の方を向いて訪ねた。
「今のところ、ジークヴァルとトワマリーだけじゃよ。後もう一体おるんじゃが、まだ開発中じゃ。」
「それなら愛歌一人だと心配だし、ディサイド・デュラハンは多い方がいいでしょ?」
「うん…。ありがとう、道人。」
愛歌はとなりの道人を見て微笑んだ。それを見た道人は頷いた。
「ジークヴァルが僕を選んだ事には何か意味がある…。それを知りたいんです。」
司令の方を向き直し、真っ直ぐに見つめた。
「それにライガと銀髪の女の子が言ってたんです。父さんがバドスン・アータスにいるって。」
「君のお父さん…。宇宙飛行士なんだってね。博士から調べてもらったよ。」
「はい。父さんが生きてるって事がやっとわかったんです。絶対に迎えに行きたい。」
道人は右手で握り拳を作って見つめた。
「こんなにやりたい事や知りたい事が集まってるんです。だから、一緒に戦わせて下さい。」
「良い決心だ、道人!」
いきなりジークヴァルの声が聞こえて道人は驚いた。
「わっ!?ジークヴァル?どこから?」
道人は周りを何度も見た。
「すまんすまん、道人君の決心を聞いてから渡そうと思ってたんじゃが…ほれ。」
博士が白衣のポケットからデバイスを取り出し、手渡してきたので道人は受け取った。デバイスのスクリーンにジークヴァルが映っていた。
「道人、私は感銘を受けたぞ…!私と共に戦おう!」
「うん。よろしく、ジークヴァル。」
「よし、わかった!ようこそ、道人君!我らが組織「デュラハン・ガードナー」は君を歓迎する!」
司令は握手を求めてきて、道人はすぐに握手に応じた。
「デュラハン・ガードナーって言うんですね、組織名。」
「わしが考えたんじゃ。かっこいいじゃろ?シンプル・イズ・ベスト!」
博士は右手でサムズアップし、歯を輝かせた。
「道人君、明日の放課後時間はあるかい?」
「…はい、大丈夫です。」
一瞬大樹の事が頭をよぎった。明日は大樹との遊びは断ろうと道人は申し訳なく思った。
「実験エリアのマイクが拾ったライガの発言に関して君と情報を共有したい。今までの我々の知っているバドスン・アータスの行動も君に教えないといけないしね。」
「と言っても、わしらも奴らの事はほとんど知らなくての。バドスン・アータスという名前も今日初めてわかったわい!」
博士は両手を腰に当てて大笑いした。愛歌も乾いた笑いをした。
「それとディサイド・デュラハンの説明もしなくてはな…。やる事や知る事が多くて、大変だろう?いきなり全部覚えろというのも酷だ。焦らず、ゆっくりと知っていけばいい。」
司令は道人の右肩に軽く手を置き、道人は「はい」、と返事をした。
「道人、明日からあたしが基地内の案内してあげるね。」
愛歌が身体を右に傾けて道人を見た。
「うん。よろしく、愛歌。」
「さぁ、もう夜九時じゃ。わしが家まで車で送ろう、道人君、愛歌ちゃん。道人君のお母さんには何で帰りが遅いのか、わしが電話で説明してある。安心してよいぞ。」
博士が母にどう説明したのか気になったが、お願いしますと道人は答えた。司令たちに「おやすみなさい」とお辞儀をした後、道人と愛歌は博士についていった。
時刻は夜九時過ぎ。道人と愛歌を乗せて博士の車はパークの駐車場から発車した。運転中、新作のゲームやホビーの開発経緯とか興味深い話をたくさんしてくれたので会話がかなり弾んであっという間に家まで着いた。
「じゃあ、道人。また明日ね!」
愛歌の家は道人の家の隣なので車から降りてすぐ別れた。そういえば愛歌もデュラハン・ガードナーに入った際に帰りが遅くなる理由を親に伝えているはずだ、と道人は気になった。今度機会があれば聞いてみようと思った。博士を連れて道人は自分の家の前に立ち、鍵を開けた。
「ただいま、母さん。」
母・秋子はリビングから走ってきて玄関に立った。
「道人、心配したわよ?今度から帰りが遅くなる時は連絡をちょうだい。」
「ごめん、母さん。」
「博士から聞いているわ。偶然博士と出会って、気に入られて研究室を見せてもらってたんでしょ?」
「いやぁっ、申し訳ない!奥さん!道人君は大変優秀な少年でして。飲み込みの早さに感激し、色んな事を教えていたらついこんな時間になってしまった!」
そ、そんな理由付けにしたのかと少し面食らったが、そうそうと愛想笑いで道人は頷いた。
「あの有名な式地博士にうちの息子を褒めて頂けるとは感激ですわ。」
「よければ今後も道人君には是非、わしの研究室に通って頂きたい!また帰りが遅くなったとしても必ずわしが責任を持ってお送り致しますのでご安心を、奥さん!」
博士は自分の胸板を右拳で軽く叩いた。
「道人、博士に気に入られてすごいわねぇ。博士の元でしっかり学んできなさい。」
博士は嘘をついてはいるが、デュラハン・ガードナーで今後色んな事を覚えていかないといけない事は本当だ、と思って道人は強く頷いた。
「じゃあ、道人君。また明日の。」
博士の後ろ姿にお休みなさい、気をつけて帰ってね、今日はありがとうとお礼をし、家の扉を閉めた。
「道人、晩ごはんは食べたの?」
そういえばまだ食べてなかったとお腹をさすった。
「もう作ってあるから、すぐ温めるわね。お風呂は?」
お風呂はもう入ったと伝えた後、母の料理の温め作業を手伝った。今日の晩御飯のご飯と豆腐、ハンバーグを食べながら大樹の家で遊んだ事や停電の事などを語りながら母と食事をした。食器を洗い終わった後、やっと自分の部屋に戻れた。
「ふぅ〜っ、疲れたぁ〜っ…!」
道人は自分のベッドに勢いよく後ろに倒れた。
「大変だったな、道人。」
デバイスからジークヴァルの声が聞こえたので手に取った。
「うん、大変だった…。そう、だ。ジークヴァルに色々、教えないと。ハー、ライムの事、とか…。」
道人はベッドに寝転がった途端、急な睡魔が襲ってきた。
「困ったな、食後に…すぐ寝たら…。」
「道人、今日は疲れたろう。ゆっくり休め。お休み、道人。」
お休みなさい…と返事をした後、道人は眠りについた。道人の長い一日がやっと終わった。