雷牙の章Side:十糸姫 前編 手負いの狼との出会い
道人たちがワームホールに帰って行った後、十糸姫は極亞たちが様子を見に戻って来るかも知れないと警戒し、悲しい気持ちを抱えながらも急いでその場を離れた。
それからニ日が経ち、十糸姫は洞窟の中で座っていた。
「…また一人になってしもうたな…。道人、ハーライム、ヤジリウスは元の世界に無事に帰れただろうか…?」
十糸姫は一人寂しく編み物をしていた。
「…しかし、あれであるな…!道人の事を思い出すと何故だか胸が温かく…そして、苦しくなる…!式神の身でもこんな気持ちを持てるのだな…。」
十糸姫は恥じらいながら編み物をする手を早めた。
今編んでいるのは道人の役に立てるような物で、霊力を込めながら編んでいた。
「また道人たちと会いたいのう…。みおんとも再会したいのう…。」
十糸姫は道人との再会の約束を胸に眉を強め、両手を合わせて編み途中の編み物を片付けた。
「えぇい!こんなところでうじうじしている暇があるんなら、行動!前進!あるのみじゃ!」
十糸姫は気合い十分に立ち上がり、洞窟を後にした。
傀魔怪堕に見つからないように隠れながら道を歩いた。
紙の式神を飛ばし、周りに首無し鎧武者たちがいないかどうか確かめながら進む。
「道人たちと出会った事でわかった事がある…。地球の意思が極亞たちの封印を解除したと…。奴らは野に放たれたというのに我はもうその場にいない奴らをまだ封印している状態が続いている…。えぇい、これでは空打ち状態ではないか…。そうなのであろう、地球の意思よ?」
十糸姫は自分の足元の影に向かって話し掛けたが、ドロドロな姿をした地球の意思は出て来るはずがなかった。
「…我に憑いているあの泥人形に意思があるようには思えん…。だとすると、極亞たちを復活させた地球の意思は別者と見るべきか…。」
道人と極亞の会話で地球の意思は複数存在している事が十糸姫にはわかった。
「地上世界に戻ろうとする我を妨害するこいつはまるで何かの仕掛けのような…。だとすると、我はいつ、どの時期にこいつを仕込まれたんじゃ…?全く身に覚えがないが、あるとしたら…。」
本物の十糸姫が死んだタイミングか、または休んで眠っているタイミングしか十糸姫は思いつかなかった。
「…とにかく、この無駄な封印状態はどうにかならないものか…。」
十糸姫にいきなり徒労感が襲って来た。
気落ちしていると式神の一体が近くの危険を知らせに来た。
「…! この先に傀魔怪堕がおるのかっ!?」
十糸姫は近くの森に入り、警戒しながら木から木へ隠れながら進む。
「おらぁっ!」
「…! 声…!?」
十糸姫は恐る恐る木陰に隠れながらゆっくりと声の主の姿を見る。
声の主はボロボロの青い狼のような姿をしていた。電流を発しながら素早く動き、両手の爪で首無し鎧武者たちを次々と倒していく。
「すごい…。まるで雷のようじゃ…。」
「こいつで最後だ!」
ボロボロの青い狼は最後の首無し鎧武者の腹に右爪を叩き込み、そのまま持ち上げて左爪も突き刺し、横に引き裂いた。
その場に歯車の雨が降った。
「…ちっ、何だよ。挑んで来た割にはこれまで襲って来た奴らと変わんねぇなぁっ、こりゃっ! …ぐっ!?」
ボロボロの青い狼の腹部に電流が走り、その場にしゃがんだ。
「…! だ、大丈夫か、其方!?」
十糸姫は青い狼の苦しそうな姿を見兼ねてつい走り寄る。
「な、何だ、お嬢さんは?敵かっ!?」
青い鳥は右手の爪を十糸姫に向けた。
「大人しくしておれ…!ひどい傷じゃ…!」
「俺に構うんじゃねぇっ!引き裂かれてぇのかっ!?」
「馬鹿者!我はただ、怪我人を助けたいだけじゃ!いいから、大人しくしておれ!」
十糸姫は青い狼の傷口を見たが、見た事のないカラクリ構造でよくわからなかった。
「とにかく、また鎧武者共が来たらまずい…!ここから移動じゃ!少し距離はあるが、洞窟が近くにある!良いか?それまでの辛抱じゃぞ?」
「俺に構うんじゃねぇよ…!」
「嫌じゃ!絶対に直してやるからの!」
十糸姫は多くの紙の蝶の式神を作り出し、青い狼の背中にどんどん貼り付いていく。
「な、何だ、こりゃっ?」
「それっ!」
蝶の式神たちは青い狼の身体を少し浮遊させた。
「うおっ!?」
「それぇっ!」
十糸姫は青い狼の背後に回り、両手で背中を押し進んだ。
「な、何だ、こりゃっ!?お嬢さんは奇術師か何かかっ!?」
「うむ、そのきじゅつしとやらは其方にとっては敵対意識はないのか?ならば、今はそれでよい!それっ!」
十糸姫はそのまま青い狼を押し進み、さっきいた洞窟まで戻って来た。
青い狼を壁に背をつかせて座らせた後、蝶の式神を解除した。
「す、少し無理をしたか…!?」
十糸姫は息を荒くし、その場に座り込んだ。
「お、おい…。随分と辛そうだが…。平気なのか、お嬢さん?」
「け、怪我人に心配されるとはの…!だ、大丈夫じゃ、このくらい…!」
十糸姫は目を瞑って両手を絡ませて拝むと全身が発光し出す。
「我が糸に安らぎの念を込めて…。」
宙に緑の糸が出現し、あっという間に編まれて布に変わった。
「おぉっ…?」
陰陽術を不思議に思っている青い狼の胴体に布が巻かれた。
「すまぬ、お主の身体の構造はよくわからぬのじゃが、ひとまずこれで応急処置じゃ。」
「…ま、ないよりはマシか。…ありがとよ、意外と根性のあるお嬢さんだ。」
青い狼は十糸姫への警戒心を解いたのか、身体から力を抜いて座り直した。
「良かった、敵じゃないとわかってくれたんじゃな?」
「おいおい、お互い素性もわからねぇ身なんだ。まだ敵か味方かはわかんねぇさ。」
「ふむ、素性か…。我は十糸姫じゃ!其方、名は何と申す?」
「…ふん。」
青い狼は名を教えるつもりはないようだった。
「何じゃ、我は名前を教えたのに…。失礼な奴じゃの。」
「知るかよ。お嬢さんが勝手に名乗ったんだろうが。」
「ひ・め・じゃ!」
十糸姫は青い狼の顔を指差した。
「…姫さんが勝手に名乗ったんだろうが。」
「ふむ、素直!其方、なかなかに愛嬌がある。良いぞ。好印象である。よしよし、それでは我が名を付けてやろう。」
「いや、俺は別に名前がない訳じゃねぇし…。」
「我はかつて大事な友に名を付けた事がある!名付けには自信があるのじゃ!期待するが良い!」
「聞いてねぇな、この姫さん…。」
十糸姫は目を瞑って右手を顎に当てて得意げに思考する。
「…閃いた!其方は雷のような速さを以て、その爪で敵を倒して見せた!其方の名は雷爪じゃ!」
十糸姫が青い狼を指差した瞬間、青い狼は壁に頭をぶつけた。
「? どうした、雷爪?」
「えぇい、微妙に合ってる所が何だかこそばゆい!わかった、俺が悪かった!俺はライガだ、ライガ!」
「何と、爪ではなくて牙であったか!それでは改めてよろしくな、雷牙!」
「ったく…。」
雷牙は呆れ気味にその場に座り直した。
「雷牙、その傷はどうしたんじゃ?一体誰にやられた?」
「やられた…って言うより、この傷は勲章みたいなもんだな。」
「傷が勲章?どういう事じゃ?」
十糸姫は首を傾げた。
「俺には広大な宇宙の中で遂に見つけられた好敵手たちがいてな。そいつらと激闘の末でこんな姿になった訳よ。あれは敵ながら見事な一撃だったぜ。」
「其方、変わっておるな。そのような傷を与えられたというのに何だか嬉しそうじゃ。」
「おう。俺は長い事戦って来たが、あそこまで俺の闘争心を掻き立てる奴らはあいつらが初めてだった。しかも、短期間でどんどん強くなりやがる。見ていて楽しいものがあったぜ。」
「ふむふむ。それでそれで?」
十糸姫も雷牙の話に興味を示し、雷牙も好敵手の事を思い出して気分が良いようだった。
「だが、この俺も負けていられねぇ。俺もあいつらに負けじと強くなり続けて見せる。この傷は俺の身体に刻まれた新たな戦いの歴史…誇りだ。例え、この傷が治ったとしても、俺の魂に刻まれた傷は決して消える事はねぇ。俺とあいつら、互いに満足の行く死合いができた時…それが俺たちにとっての終着点であり、決着の時だと俺は思う。」
雷牙の話を聞いた十糸姫は感激し、拍手を送った。
「其方、なかなかに面白い奴じゃな!平安の世にはおらんかった武士の生き様が其方にはある!良いぞ、其方の気の済むままに戦うが良い!」
「…へっ、何か知らんが姫さんに褒められるのは悪い気がしねぇな。」
雷牙は姫に褒められて少し嬉しそうだった。
「じゃが、それだけの好敵手なら、どちらかが命を落として因縁が終わりを告げるというのも勿体ないのぅ。」
「あん?」
雷牙は姫の発言を聞いて首を傾げた。
「どうせなら、其方もその好敵手とやらも互いに切磋琢磨し、無限に強くなり続ければ良い!その方が楽しい!せっかく会えた好敵手なのじゃろう?」
「………。」
「我の生きた平安の世だと好敵手などという考えは通用しなかった。刀は使い捨て、敵が近づけぬように多の矢を放つ。生きるのが精一杯の場所であり、中には君主のためなら命は惜しくないと思う者もおる程じゃ。其方のその考えは其方を形作る良き姿勢じゃ。」
「…そうかい。」
「其方の好敵手はどんな者なのかは我にはわからぬが、傷を負わせつつも其方を殺めてはおらぬのじゃろう?その好敵手は其方のそういった考え、未来をも守ったのかもしれぬな。」
「…! 俺の、未来…。」
雷牙は姫の言葉を聞いてしばらく下を向いた。
「…へっ、姫さん。あんたもなかなかに面白いな。俺にない発想を持っているぜ。大したもんだ。」
「そ、そうか?よし、礼じゃ!次は我の戦う理由を話そう!」
「そいつは楽しみだが…残念ながら、後回しだ。どうやら、つけられたらしい。」
「何じゃと?」
十糸姫はふらつきながら立ち上がった。
「こっちは手負いの身だが…何、手当てしてくれた礼だ。借りは返すぜ、姫さん。…ありがとうよ。」
「ま、待つのじゃ、雷牙!」
十糸姫の静止も聞かず、雷牙は洞窟をあっという間に抜けて、去って行った。




