139章 傀魔怪堕の射手
「チイィィィィィーーーッ…!?」
道人は真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。慌てて周りを見るが、恐怖心が邪魔をして冷静な判断は不可能だった。何とか理解できたのは潤奈とグルーナが階段を降りている最中で血相を変えて叫んでいる事と、その叫びのおかげで落下している道人に気がついたフォンフェルが飛行形態になったソルワデスと共にこちらに向かって来ている事だった。
「間に、合う…のか…!?ソルワデス…!?…いや、ギリ…駄目…か…。」
その時、遠くから道人に向かって一筋の光が飛んできた。
「…!? ジーク、ヴァル…?」
遠くから飛んできたヴァルムンクは道人の右手に持ち手を強制的に握らせた後、マンションの壁に突き刺さった。
「良きタイミングだ、ありがたい…!」
フォンフェルが急いで道人をキャッチして抱き抱え、地面に着地した。ソルワデスも人型形態に戻って着地する。
「た、助かったぁぁぁ〜っ…!あ、ありがとう、二人共…!」
「間一髪、だったな…。」
「えぇ、ヴァルムンクのおかげで助かりました…。」
道人たちはマンションの壁に刺さったヴァルムンクに目を向けた。
「ごめんな、ヴァルムンク…。虎城さん、大樹たちと一緒に眠ってたから、虎城さんの車から持ち出す事が出来なかったんだけど…。来てくれてありがとうな…。」
ヴァルムンクは消滅した後、道人の右手に改めて出現し直した。道人はヴァルムンクを強く握る。
「…道人っ!」「道とん!」
階段を急いで降りて来た潤奈が泣きながら抱きついて来た。グルーナも心配そうに道人を見る。
「…うぅっ…!」
「ご、ごめん、潤奈…。心配掛けちゃったね…。」
潤奈は過去につらい経験をたくさんして来ている。今のでそれを思い出させてしまったかもしれない。道人は申し訳なく、潤奈の頭を左手で優しく撫でた。
「…だ、大丈夫?どこも怪我してない?」
潤奈は動揺しているのか、道人の両頬や両肩などに何度も触れて怪我の確認をし始めた。
「へ、平気だよ。ありがとう…。」
道人は立ち上がり、自分の身体を確認した。災鐚に投げられた際、奴の触れたら何でも矢に変える左手に掴まれたかもしれないが、直前に制服に切り替えたのが功を奏した。制服バリアのおかげで何ともないようだ。
「道人、危ねぇっ!」
ヤジリウスもマンションから降りて来て道人の前まで走り、飛んできた矢を鞘に入れた刀で弾き落とした。
「くっ、姿を見せないか…!」
「えぇ、厄介な奴です…!」
ソルワデスとフォンフェルが矢が飛んできた方向を見るが、災鐚の姿は見えない。
「ここは場所が開けていて、射手である災鐚にとっては絶好の的だ…!それに他の一般人を巻き込むかもしれない…!早くここから離れよう…!」
道人の言う事に皆、賛成し移動を開始する。潤奈も制服に姿を変え、道人と潤奈は万が一、グルーナに矢が向かって来ても制服バリアですぐに守れるように近寄って走る。道人たちの周りをフォンフェルたちが囲みながら移動し、いつでも矢を打ち落とせる体勢を取った。
「ごめんね、道とん、潤奈…!もう、私にも早く制服が欲しいわね…!」
道人たちは何とか近くの人気のない森の中まで移動してきて、立ち止まった。
「ちっ、近くに身を隠せる建物か何かがあればいいんだが…!」
ヤジリウスは周りを確認するがそれらしいものは見当たらない。公園が近くにあったが、身を潜められそうな遊具はなかった。
「俺と潤奈は制服バリアで何とか矢を防げるけど…!グルーナさんはそうもいかない…!とりあえず、木と木の間の間隔があまりない所に座るんだ!」
グルーナは同じ並びの隣接した二本の木を何とか見つけ、木に背を当ててしゃがんだ。グルーナの前にルレンデスが立ち、矢が飛んで来ても大丈夫なように防衛する。
「私が空から射手の位置を特定して攻撃を仕掛けてみよう!道人、奴の特徴を教えてくれ。」
「頼む、ソルワデス!奴は青色の鎧武者だ!奴は何でも矢に変えてしまう左手を持っていて、触れられたら一巻の終わりだからそこは気をつけて!」
「わかった!」
ソルワデスは災鐚の特徴を道人から聞いた後、飛行形態になって空へ飛んだ。
「…そうか、ディサイドしないと…。って、俺とソルワデスの場合どうやるんだ…?」
ジークヴァルの場合はジークヴァルのボディに意思データをインストールした際にガントレットなどが装着されたが、ソルワデスの場合はよくわかっていなかった。道人は急いでディサイドデバイスを確認する。
「ディサイドコネクト…?多分、これだ…!」
道人はディサイドデバイスの画面をタッチすると左腕にガントレットが装着され、ネックレスとレッグパーツが装着された。
「ひ、左手…!?そうか、左手にガントレットだったか…!」
利き手が使えないのは痛いと道人は思いながらもデバイスにスマホをセットした後、仕方なく左手でヴァルムンクを持った。
「…さっきの片言な喋り方…間違いない、昨日の奴だね…。」
「潤奈、災鐚の事知ってるの?」
道人と潤奈は背中を合わせて会話する。ヤジリウスとフォンフェルが互いにパートナーの前に立ち、飛んでくるかもしれない矢を警戒する。
「…うん、昨日ディールマーシャルを回収した傀魔怪堕で間違いないよ…。」
「じゃあ、もしかして、それ絡みでやって来たのか、あいつ…?」
「きゃっ!?」
急にグルーナの悲鳴が聞こえてきた。グルーナが座っている木の根っこの上辺りに土でできた矢が刺さっていた。グルーナは慌ててその場から離れる。
「なっ…!?しまった、矢は上か、前から飛んでくるって固定概念があった…!あいつ、超低空で矢を放ったのか…!?」
恐らく地面の下から少し上半身を出して矢を放ったのだろう。
「愉快、愉快。ここ、足場は豊富。お前たち、隠れるの下手。」
「ちっ!?どこだ、出て来いっ!?」
ヤジリウスが両手で鞘に入れた刀を持って構えるが、災鐚は気配を消した。
「参ったな…!あいつは全方位から矢を放てる上に神出鬼没で姿を見せない…!だから、隠れても意味がない…!戦いを仕掛けてきた理由もわからないと来た…!これじゃ無闇にヘッドも使えない…!くそっ、ないない尽くしだ…!」
道人は無意味とはわかっているが、辺りを警戒して何度も見る。
「グルーナ、立って。僕の側を離れないで。」
「ありがとう、ルレンデス…。もう、これじゃ私、足手纏いじゃない…!」
グルーナは悔しさで自分の右手の親指の爪を噛んだ。
「奴に対して、こちらが固定標的でいる事はまずい…!これだと一箇所に留まってる方が逆に危険だ…!よし、フォンフェルは潤奈を、ルレンデスはグルーナさんを抱えてひたすら移動するんだ!」
「…道人はどうするの?」
潤奈は振り返り、心配そうに道人を見た。
「俺、思ったんだ…。あいつ、さっき俺を九階から落としただろう?あいつは俺は死んでも構わない、って思ってるんだ…。けど、グルーナさんに対しては当てられたはずの矢を外した…。」
「…そっか、もしかしたら奴はグルーナさんが目当てで…?」
「襲って来た時に、片言喋りでわかりづらかったけど、そんな事を言ってた気がする…。あいつらは優良人種を生きたまま内包する事に拘ってる…。恐らく、それでグルーナさんを…。」
まさか、さっきのグルーナの過去話を聞いていたのか?という考えが道人の頭によぎった。いつから災鐚が潜んでいたのかがわからないので何とも言えない。
「とにかく、今は奴の目的や戦力の情報が欲しい…!俺とソルワデス、ヤジリウスが囮になってみる…!そこから潤奈とグルーナさんが離れた場所から様子を見て判断してみてくれ!こっちはこっちで奴が隠れる前のタイミングを狙って高速移動で仕掛けてみる…!」
道人は身の危険を感じながらもヴァルムンクを握った左手を強く握る。
「…そんな…!?危険だよ、道人…!?」
「大丈夫…って、言っても説得力ないか…。さっき死に掛けたし…。でも、ごめんな…。俺は自分が傷つく事よりも、潤奈やグルーナさんが傷つく方が嫌なんだ…!」
「…道人…。」
「フォンフェル、ルレンデス!頼んだよ!」
「…道人、ご武運を…。」
フォンフェルとルレンデスは道人の意図を汲み、自分の主人を守る事を優先し、森の中を跳び回る。
「…道人、気をつけて…。」
心配そうに道人を見る潤奈はフォンフェルに抱えられ、どんどん遠ざかっていった。
「おい、道人。囮になるのには異論はないが、どうやって奴の気を引く気だ?奴の狙いはグルーナなら、そっちに行くだろう?」
「何、俺に良い考えがある…。」
道人はその場で大きく深呼吸した。
「やぁーい、災鐚!お前、そんなこそこそとしているから十糸姫相手に出し抜かれたんだ!この臆病侍!」
道人の急な罵倒にヤジリウスは驚き、きょとんとした。
「フランスで烈鴉が言ってたぞ!災鐚の奴はノリが悪くて会話しづらいって!お前、同僚からそんな事思われてんだぞ、この片言野郎!」
「…はっはっはっはっはっ…!良いぜ、道人!最高の煽りだ!」
その時、道人目掛けて矢が真っ直ぐ飛んできた。ヤジリウスはあまりに真っ直ぐな矢だったため、右手で掴んでへし折った。
「しかも乗ってきたあいつも沸点が低くて最高だぜ!」
続けて矢が連続で六本飛んできた。ヤジリウスは鞘に入れた刀で次々と叩き落とす。
「今だ、ソルワデス!」
「えぇ!」
空で待機していたソルワデスは急降下し、矢が飛んで来ている地点まで飛んだ。
『道人、災鐚を発見した!これより交戦に入る!』
ソルワデスが道人に念話を飛ばして来た。
「まさかこの手で見つけられるとは…。」
道人もまさか災鐚が挑発作戦にこうも簡単に乗ってくるとは思わなかった。
「へへっ!ナイスだ、道人!早くソルワデスの加勢に行こうぜ!」
「うん!」
道人とヤジリウスは共に走り、ソルワデスと災鐚の所へと向かった。




