119章 道人の遭遇
「…よし。家に着きましたよ、道人君たち。」
「ありがとうございました、虎城さん。送ってもらって…。」
道人が代表して虎城にお礼を言い、愛歌と潤奈が同時に頷いた。道人たちはドアを開け、外に出る。スマホで時刻を確認すると午後五時を過ぎていた。
「明日も私が迎えに来ますので、よろしくお願いします。」
最近は大神が道人たちを送り迎えしてくれていたのだが、狸と一緒にいた方がいいだろうという事で大神が大樹と深也の送り迎え役となり、虎城と交代する事になったのだ。
「はい、お願いします。」
「…じゃあ、また明日。」
「お休みなさい、虎城さん。」
「はい、お休みなさい、また明日。」
虎城が笑顔で返事をすると車をUターンさせ、走り去って行った。
「…じゃあ、私も帰るね。」
「潤奈、何なら今日も泊まっていってもいいよ?」
「…昨日は帰らなかったし、今日は家に帰るよ。それに今日はヴィーヴィルと会話しようと思うんだ。今日の試練のおかげでこの子たちと意思疎通する事も大事だと知ったから…。」
潤奈は右肩に止まっているヴィーヴィルデバイスを優しく撫でた。
「うん、そうだね。」
「あたしたちも見習ってイーグルとお喋りしないとね、トワマリー?」
「ふふッ!そうネ、愛歌。」
「では、潤奈。私に…。」
「…ありがとう、フォンフェル。また明日ね、道人、愛歌…。」
フォンフェルは潤奈をお姫様抱っこし、跳んだ。潤奈は道人と愛歌を見て手を振った。
「さて、あたしも帰るか。色々あって疲れたし…。」
「あの…愛歌、大丈夫か?その…。」
道人は友也の件で愛歌が思い詰めてないか、気遣った。
「ありがと、道人。気遣ってくれてさ…。あたしさ、道人がお父さんがいなくなった時の悲しみ、ってのがより親近感を強めた、って言うか、何というか…とにかく!あたしは大丈夫!絶対パパを助け出してみせるんだからっ!芽依ちゃんも豪さんも、みんなで一緒に助け出そうね!」
「うん、絶対だ。」
愛歌は頬を染めて道人をしばらく見た後、手を振って自宅へと帰って行った。
「さて、俺たちも帰ろうか、ジークヴァル。」
「あぁ、母上殿が待っているからな。」
道人は玄関まで続く階段をゆっくりと上がっていく。
『ぐあっ…!?思ったよりも、傷が…!?』
「…!? 誰っ!?」
道人の脳裏に一瞬真っ白な写真に電流が走るイメージが浮かぶ。焦って後ろを振り返るが、誰もいない。あるのは沈む夕日だけだった。
「どうした、道人?」
「…いや、今声がして…?」
「声…?私には何も聞こえなかったが…。」
「気のせい、だったのかな…?」
気のせいだったにしてははっきりと声が聞こえた気がしたが、考えても仕方ないと道人は家の鍵を取り出し、扉を開けた。
「ただいま、母さん!」
秋子は椅子に座ってスマホを操作しながらテレビでニュース番組を見ていた。恐らく友也の行方が報道されないかチェックしていたのだろう。
「あぁ、お帰り、道人。」
「母さん、あれから愛歌の母さんはどんな様子だった?」
「えぇ、私と会話したら落ち着いてくれたみたいで良かったわ…。そちらにも用があるのに来てもらって申し訳ないし、落ち着くために一度寝たい、って言うから私は一旦帰って来たのよ。」
道人もそれを聞いて安心した。今は愛歌が一緒にいるから大丈夫だろう。
「晩御飯、まだ用意してないんだろう?手伝うよ。ご飯は…もう焚いてあるね。」
道人は一旦自室に戻り、リュックを置いて手を洗い、うがいをしてから風呂を焚き、晩御飯作りの手伝いをした。今日は慌ただしくて、秋子も疲れ気味だったため、少し手抜き気味の晩御飯となった。
「道人の方はどうだったの?何かあった?」
道人は喋る狸や試練の内容などを秋子に説明した。
「喋る狸ねぇーっ…。ホント、最近のあんたは不思議体験に事欠かないわね…。」
「俺だって、遭いたくて遭ってるんじゃないわい!…っと、大樹みたいな喋りになった…。」
昼ご飯を食べた後、明日の会議についての説明を博士に聞かされた。その後は時間が空いたので道人たちは自習をしていた。愛歌と深也は休む事を命じられ、休憩室にいた。
夕方には大神が少しだけだが、何とか時間に余裕を作り、今日の試練の参加メンバーで遊園地エリアの観覧車に何とか乗れた。遊園地の最後に狸と観覧車に乗るという約束は何とか守られたのだ。
「というか、道人。実質潤奈ちゃんとデートした訳?役得ねぇ〜っ…!」
「ち、違うわい!別に二人っきりじゃなかったし、みんなが周りにいたから…そんな…。」
道人は今になって恥ずかしさが込み上げてきた。いくら夢の中だからって、潤奈と触れ合い過ぎていたような気がする。道人は恥じらいを隠し切れず、それを見た秋子はにやにやしていた。道人はさっさと食器を片付け、風呂へと向かった。ここからは普段通りに髪と身体を洗い、風呂から上がって着替えて髪を乾かしての流れ作業。全てを終えて機能を停止するように自室のベッドに寝転がった。
「道人、明日は明日で博士の護衛役だ。今日はもう英気を養って休んでもいいのではないか?」
「うん、ありがとう、ジークヴァル…。でも、試練の時に昼寝してたようなものだからな…。眠れたらいいけど…。まぁ、何とか眠ってみるか…。じゃあ、お休み。ジークヴァル、ハーライム、ヤジリウス。」
「あぁ、お休み、道人…。」
道人は部屋の明かりを消し、ベッドに寝転がった。
「………。」
『もう、夜に…なってしまった、か…。』
「………。」
『死ぬのか、私は…こんなところで…。』
「…な…何だ?この声…?眠れ、ない…。」
道人はシーツを深々と被って両耳を塞いだ。
『私は、まだ…死ぬ訳に…は…。』
「…駄目だ、眠れない…。ちょっと、喉が渇いたな…。リビングの冷蔵庫に…。」
道人は暗がりの中、自室を出て階段を降りる。その後、玄関から外に出た。そこから先は暗闇の中、道人はゆっくりと歩く。
「…痛っ!?痛ぅ〜っ…!?」
道人は右足に痛みを感じ、意識がはっきりした。地面に尻餅をつき、右足の裏を見た。別に怪我はしていない。転がっている石を踏んだみたいだ。
「…は?石?何で…?」
道人は周りを確認すると暗い森の中にいた。
「…はぁっ!?何でっ!?ここ、どこっ!?」
道人は必死に首を左右に何度も動かした。何でこんな所にいるのかさっぱりわからない。
「寝巻きのまんまで、しかも裸足ぃっ…?俺、どうしちゃったんだ…?まさか、また
傀魔怪堕に来たとかじゃないよな…?」
自分で言っておいてそれはないとすぐに理解した。傀魔怪堕だったら赤い空に赤い大地のはずだからだ。周りはどう見ても真っ暗だ。
「とりあえず、先を歩くしかないか…。困ったなぁっ、デバイスもスマホもヤジリウスの布も持ってきてないし…。」
道人は近くにつるを見つけたので木に結び付けた。これ以上迷わないようにする措置だ。道人は何本も結んで長くしたつるを手に持って足を怪我しないようにゆっくりと歩く。
「…何だか、一人で行動するのは久しぶりな気がする…。」
傀魔怪堕に迷い込んだ際も十糸姫やハーライムがいた。道人は何だかやたらと心細い気がしてきた。
『ぐ…あっ…!?』
「…!? 誰かいるのっ!?」
道人は声が聞こえた方を向いた。道人は警戒し、ゆっくりと近づいていく。木を背もたれにして誰かがぐったりとしている。
「…人間じゃない…?」
長く伸ばされた足はどう見ても鎧の系統だった。道人はこれ以上近づくのはまずいと思ったその時、そいつは物凄いスピードで振り返り、長い爪を道人の顔に向けてきた。
「…えっ…!?ぎょ、魚人…!?」
道人の目の前に魚人は爪を向けて立っている。ボロボロの姿で辛そうにしている。恐らく、キャルベンのデュラハンだろうと道人は理解し、愛歌の報告を思い出した。今日リベルテ=イーグルトワマリーの力で撃退したキャルベンのデュラハンがいたと。恐らくこのボロボロの魚人がそうなのだろう。
「貴様…人間…?ここで何をしている…?」
道人はどう返答しようか考え、冷や汗を掻いた。
「ぐ…あっ!?」
キャルベンのデュラハンは煙を上げて突然苦しみだし、地面に膝を着いた。
「…!? だ、大丈夫っ!?」
何故か咄嗟にそんな言葉が出てきた。敵同士なのに道人は自分でも不思議に思う。道人はキャルベンのデュラハンの右肩に手を置き、損傷箇所を確認した。
「貴様、何のつもりだ…!?殺されたいのか…!?」
「死にそうになってるのは君の方だろう?動かないで、何とか手当てできないか考えるから…!」
「お前…?」
キャルベンのデュラハンをこんな間近に見たのは初めてだった。生き物なのか、機械なのか、見てもよくわからなかった。
「お前、私が怖くないのか…?お前たちから見たら、異形の怪人に見えるはずだ。」
「人を見た目で判断したら駄目だ…だったりして…。」
「…はっ、何だ、それは…。」
口は悪いが、このデュラハンは今の冗談で少し笑んだような気がした。鉄の仮面をつけているから気のせいかもしれないが。
「…駄目だ、素人の俺じゃどうしようもないな…。」
「だったら、さっさと消えろ。見なかった事にしてやるから早く去れ。」
やはり口は悪いが、悪い奴じゃない気がした。少なくともイジャネラやグゲンダルよりは話が通じそうな感じだった。
「いや、諦めないよ。何とか方法を考えてみる…。待ってて、ソルワデス。」
道人はそう言うとあるはずがないが、周りに治療に使えそうな物が何かないか探す。
「…おい、待て。お前、何で私の名前を知っている…!?」
「えっ…?」
指摘されて気がついた。確かに言った。『ソルワデス』と。道人は自分でも何故だかわからない。
「貴様、まさかデュラハン・ガードナーの…!?消えろ、敵の情けなど不用!」
「敵だとか、味方だとか、今は関係ないだろう!?目の前で怪我して死にそうになってる奴を放っておけるか…!」
道人は自分でも何を言っているのか、よくわからずにいた。見捨てれば敵が一人減るのに確かにおかしな事をしている。
「今日会った奴も言っていたな…!『せっかくできた繋がりをあたしたちは容易く切る事なんてできない。そんなの諦める理由なんかにはならない』っと…。」
「ははっ、愛歌らしいや…!」
「…実に下らない。戦士として甘過ぎる…。あれではいつか命を落とす事になる…。」
「下らない、って言う割には愛歌の発言を一言一句覚えてるんだな…!」
「…!? そ、それは…。」
ソルワデスは道人の発言に動揺し、下を向いた。
「しかも乏しているように聞こえて、愛歌の身を案じてくれてるしさ…。君、口は悪いけど良い奴なんだな…!ちょっと人付き合いが苦手な感じか…!」
「う、うるさい!刺すぞ!」
ソルワデスは照れながら道人に右手の爪を向けて来たが、道人は右手を掴んで下ろさせた。
「ははっ、大丈夫!俺は君を見捨てたりなんかしないからさ!」
「っ…!」
「絶対に助ける方法はあるはずだ…!諦めないぞ…!だから…がんばれ、ソルワデス…!」
「…道人…。」
『FUTURE SLIDE』
その時、道人の頭上から聞き覚えがある電子音声が聞こえてきた。道人の脳内に白紙の写真に画面が焼き付くイメージが走った。
「っ…!?な、に…?」
道人の頭上から光の玉がゆっくりと落ちてきて道人はそれを両手で掴む。
「えっ…!?」
道人の両手にエメラルドのディサイドデバイスが出現し、動揺した。
「これって、ディサイドデバイス…!?何で…!?」
「お前、一体…!?」
ソルワデスはそう言うと光に包まれ、新たな鎧に身を包んだ。魚人系デュラハンの見た目はそのままで両肩に巨大な盾のようなパーツがつき、新たな頭と胸当てや膝当てが装着された姿となった。
「な、何だ、これは…!?どうなっている、道人…!?道、人…?」
ソルワデスは自分の両手を震えさせて見ている。
「な、何故だ…!?私は道人、お前の名前に聞き覚えがある…!?何故だ、何故なんだっ!?」
「あっ、おい!」
ソルワデスは動揺しながら叫んでいると空高く飛び去っていった。
「一体どうなってんだ、これ…?」
道人は新たに手に入れたディサイドデバイスを見た後、とりあえず飛び去ったソルワデスを捜したが見つからなかった。
「デバイスが手に入ったのは助かったけど…。」
デバイスの画面を確認すると電波が立っていた。
「…! ここ、圏外じゃなくなってる…!今なら…!」
道人は急いでジークヴァルのデバイスに連絡を入れ、何とか繋がった。ジークヴァルに事情を話し、ヤジリウスがこちらに向かう事になった。道人は見晴らしのいい場所で待機していると、デバイスの反応を追ってきてヤジリウスが迎えに来てくれた。
「道人、無事かっ!?」
デバイス越しからジークヴァルの大声が聞こえてきた。
「おい、道人!お前、一体…?」
「俺にも何が何だか…。とにかく、帰ろう。話はそれからだ。」
道人はヤジリウスに抱えられ、森から飛び去った。どうやらここは水縹星海岸に向かう途中の森の中だったようだ。こうして、道人の不思議な夜の出会いはひとまず終わりを告げた。




