118章 忘れない約束
「…よし、みんな着いたわよ!」
時刻は昼の十二時過ぎ。大神は特別車をデュラハン・パークのモノレール乗り場前に止めて道人たちを下ろした。ヴィーヴィルデバイスと狸は互いに潤奈と大樹の右肩に乗る。
「じゃあ、私は開発エリアに特別車を返してから司令室に行くからみんなは先に行ってて!また後でね!」
大神はそう言うと特別車を走らせ、開発エリアに向かった。道人たちはモノレールに乗り、会社エリアへと向かう。
「狸、すまん。モノレール内は動物の持ち込み禁止なんじゃ。一旦解除するぞ?」
「ーうん、いいよ。」
そう言うと大樹はディサイドビーストデバイスを分離し、狸デバイスに戻して右肩に乗せた。その後、道人たちはモノレールに乗り込んだ。この時間帯だとパーク行きのモノレールは人が空いている。道人たちは静かにモノレールに身体を揺らされているとあっという間に会社エリアに辿り着いた。
「二人共、制服にチェンジして。ボディチェックがあるからさ。」
「…了解。」「おう!」
駅からすぐに出て、道人たちは右肩のエンブレムをタッチして制服姿に変わった。厳重なボディチェックを受けた後、司令室への入口に入れた。大樹は改めてディサイドビーストデバイスにし、狸を出現させて右肩に乗せた。
「…! 愛歌、深也!」
司令室に向かう最中に愛歌と深也が休憩室にいるのを見つけた。愛歌は真剣な表情でノートに何かを書いていた。深也は暗い表情で下を向いて座っている。
「あっ…帰ってきたんだ、道人たち…。」
「愛歌、聞いたよ。水縹星海岸でキャルベンと交戦したんだろう?」
「うん、イルーダっていう新しい人魚騎士でさ…。詳しくは司令室で話すよ。あたしたち、道人たちが帰って来るまで待機って命令だったんだ…。」
愛歌はいつもと違ってテンションが低めだった。父が行方不明になった後のこの騒ぎだ。無理もない。愛歌は一生懸命にノートにペンを走らせている。
「…愛歌、何を書いてるの?」
潤奈が先に愛歌がやっている作業について聞いてくれた。
「うん、今日の戦いの反省をさ、自分なりにリサーチしてたんだ…。もっとうまくやれたんじゃないか、って…。スランの力をさ、もっとうまく活用できたんじゃないか、とかね。」
道人たちは愛歌のノートを見ると色々と試行錯誤した文章がびっしり連ねられていた。
「D・D FORCEはさ、道人がリーダーだけど…今回みたいに道人がいないパターンもある訳じゃない?だから、戦略の勉強をしてたんだけど…なかなか難しいものね…。」
愛歌は右手を頬に当てた後、ペンを机に転がした。
「…そうやって…反省しようとしている分、お前は偉いぜ、愛歌…。」
下を向いて黙っていた深也がやっと口を開いた。
「俺はランドレイクをまたデストロイ・デュラハンにさせちまった…。へっ、情けねぇぜ…。」
「深也、ランドレイクの容体はどうなんじゃ?」
「グルーナさんがルレンデスのクリーナーディスクヘッドでランドレイクを直してくれたし、博士も点検してくれるからボディの方は問題ねぇはずなんだが…まだ意識を取り戻さねぇ…。」
「ランドレイクはデバイスに意思データが戻らないタイプだからさ…。心配よね…。」
「あぁ…。」
深也が愛歌の言葉に相槌を打った後、愛歌と深也は静まり返った。
「ー二人共、元気出しなよ!そんな沈んだ気持ちじゃ、幸せが逃げちゃうよ!」
「あっ!おいっ、狸…!」
狸が大樹の右肩から飛び跳ね、愛歌の目の前の机の上に着地した。
「ー初めまして!僕、狸!大樹とカサエルのビーストヘッドだよ?よろしくね!」
突然の狸の登場に愛歌と深也は硬直した。どうやら二人共、大樹の肩に止まっていた狸に気づいていなかったようだ。大樹はあちゃ〜っと顔に右手を当てる。
「…か…。」
「ーか?」
「可愛いぃ〜っ…!!えっ?凄い!絵本で夢見た喋る狸さん!?実在したの!?えっ!?」
愛歌はさっきまでの暗い雰囲気がどこかへ吹っ飛び、即座に両手で狸を抱えて目を輝かせて見る。
「…絵本…。あっ、そっか…!」
「愛歌のお父さんとの…!」
道人はフランスで愛歌と友也が話した思い出の絵本の事を思い出した。確かに喋る狸と狐の話だった。
「カサエルのビーストヘッド?マジ?こんな可愛い子が?」
「お、おう…。そうなんじゃ…。」
「ー良かった、元気出たんだね。笑いは心のビタミンさ。」
「名言まで聞かされちゃった…!ははっ、何だか不思議と元気出てきて来ちゃったわ…!」
愛歌は一旦狸を下ろした後、ノートとペンを片付けて、再び狸を両手で持って立ち上がった。
「ごめん、道人!潤奈!大樹!あたし、かなり落ち込んでた!こんなの、あたしらしくないよね?」
愛歌は道人たちに頭を下げた後、見つめた。
「あたし、この喋る狸をパパにも見せてあげたい…!だから、何としてもパパを助け出してみせる!そのためだったら、戦術の一つや二つ、学んでみせようじゃないの!」
愛歌は狸を大樹に返し、闘志を燃やした。
「深也、あんたもノン・モア・ネガティブよ!大丈夫!ランドレイクだって、きっと深也の事を許してくれるわ!」
「…ったく、何を根拠に言ってんだか…。」
深也も愛歌の代わり様に呆れつつも笑みを浮かべて立ち上がった。
「深也、ランドレイクは懐の深い男だ。私も励まされた事があるからな…。君を恨んだりはしないはずだ。」
ジークヴァルがデバイスの中から深也を励ました。
「ジークヴァル…。へっ、ありがとうよ!俺は誓うぜ!もう絶対にランドレイクをデストロイ化させねぇっ…!次にイルーダの奴と戦うまでに絶ってぇ強くなってやるぜ…!そして、芽依を必ず救い出す!」
愛歌と深也は互いに顔を見て頷いた。
「…狸、出てくるタイミングが良かったみたい…。」
「冷や冷やしたが、何とかムードメーカーになってくれたわい…。」
「ー元気になって良かったね。」
「愛歌もムードメーカーだし、ムードメーカー同士が共鳴した、って感じかな…。」
狸は大樹の両手から離れ、右肩に乗り直した。
「さ、司令たちも待ってるし、行きましょ!互いに結果報告をしないとね!」
元気になった愛歌と深也が先に休憩室から退室し、道人たちはその後をついて行った。司令室に向かう途中でちょうど大神と合流し、共に司令室へと入る。
「司令、大樹君たちは無事に試練を終え、帰還しました!」
大神が敬礼した後、道人たちも続けて敬礼する。珍しく深也も敬礼した。スクリーンにはいつも通りにグルーナと博士が映っているが、海音はおらず、代わりにスランが映っていた。
「スラン、海音さんは…?」
「だいじょうぶ。いまはつかれてねむっているだけで、なんともないよ?」
海音の姿が見えなくて心配した道人たちだったが、スランの言葉を聞いて安心した。
「みんな、ご苦労だった。では、早速報告を聞こうか。」
大神はタブレットを持ち、司令に大樹たちが受けた試練の内容を細かく報告した。
「…何かずっこい。」
すみません、愛歌さん。
「遊園地って…。あたしたちと温度差えぐくない…?」
「そ、そう言われても…ねぇ?」
「…う、うん。」
道人は潤奈と顔を合わせて冷や汗を掻いた。
「いや、道人たちは試練を受ける側だったんだし、責めるつもりはないよ?仕方ないね、うん!」
愛歌は無理矢理自分を納得させるように何度も頷いた。
「ー初めまして、僕は狸。よろしくね、司令。」
「あ、あぁ、よろしく…。」
司令は喋る狸に動揺しつつも大樹の右肩にいる狸と握手した。画面越しのグルーナとスラン、オペレーター席の流咲は目を輝かせていて、それを見た虎城は困り顔で右頬を掻いていた。
「と、とにかくこれでビーストヘッド持ちが三人になった訳だ。戦力が増強されたのは喜ばしい事だ。」
「次はジークヴァルの試練に…と行きたい所じゃが、ジークヴァルの心の中と言われてものぉ…。」
「とりあえずは保留するしかないか…。よし、愛歌君、次は水縹星海岸の報告を。」
「はい!」
愛歌は水縹星海岸でのイルーダたちとの戦いを司令たちに話した。
「海音さん以外の人魚騎士…。」
「しかも滅茶苦茶強いじゃと…?それは要注意じゃな…。」
「博士、ランドレイクとダーバラの様子はあれからどうですか?」
愛歌がスクリーンに映る博士に質問した。深也もランドレイクを心配して愛歌と共に博士を見る。
「ダーバラは寄生ヘッドの影響があったんじゃが、もう大丈夫じゃ。」
「私のルレンデスのディスククリーナーヘッドで何とか治したから大丈夫よ?安心して、愛歌ちゃん。」
愛歌は画面越しでスランと共に頷き合った。
「ランドレイクの方はまだ目を覚まさんな…。」
「そうか…。」
深也は眉を強め、下を向いた。
「深也ん、私のルレンデスもさ、元はデストロイ・デュラハンだし…。何かきっかけがあったらルレンデスもまたデストロイ化するかもしれない…。でもさ、苦い思いをしただろうけど、深也んのおかげでそういう事態が起こるかもしれない、って私学べたからさ…。この情報を私とルレンデスは絶対に無駄にはしないから。ありがとうね、深也ん…。目が覚めたらランドレイクにもお礼言わないとね。」
「グルーナさん…。」
グルーナは深也に向かってサムズアップし、そんなグルーナを見て深也は笑みを浮かべた。
「よし、みんな。報告が終わった所で明日の話なんだが…。」
「明日、御頭博物館で科学者たちが集う会議があってな。みんなにはわしの護衛をお願いしたいんじゃ。まぁ、パークの近くじゃから大丈夫だとは思うがの。」
道人は昨日、フランスへ向かう際に飛行船内の司令からの通信でその事を聞いた事を思い出した。
「メンバー分け…は後でいいか。みんな、昼ご飯はまだだろう?食後に話すとしよう。皆で食べて来なさい。今は一旦解散だ。」
「「「「はい!」」」」「…はい!」
道人たちは司令に敬礼し、一旦解散となった。愛歌と深也は先に退室した。
「あの、大神さん。後で時間あるかの?」
オペレーター席に向かおうとする大神を大樹は呼び止めた。
「何?大樹君?」
「狸と約束したじゃろう?遊園地の最後に観覧車にまた乗るって。」
「ー! 大樹…。」
大樹の右肩にいる狸が目を潤ませた。道人と潤奈も笑みを浮かべて頷く。
「後、お前さん、俺にアトラクションで作らせた陶芸品、完成する前に術を解いてしまったじゃろう?あれ、現実世界で俺がまた作ってやるわ!」
「さすがの拘りの強ささぁっ、大樹ぅっ!」
「わかったわ!必ず時間を作ってみせるから!待っててね、狸君!」
そう言うと大神は手を振って急いで席に座り、キーボードを叩き始めた。
「もうお前さんは俺らの大事な仲間じゃ!これからはたくさん、この世界の楽しい事を教えてやるからの!」
「もちろん、俺たちも付き合うよ!」
「…改めてよろしくね、狸。」
「ーうん!ありがとう、僕の友達たち…!」
道人たちは司令室を後にし、狸と楽しく話しながら食堂へと向かった。




