115章Side:大樹 弱さを力に変えて
「ーさぁ、着いたよ。大樹、君の記憶映像アトラクションだ。」
「…なるほどのぉっ、俺の家か。」
夕暮れの中、狸が先に着地し、大樹とカサエルが続けて着地した。家の前に立ち、我が家を見上げた。
「ーさぁ、中に入ろう。最後の試練を始めよう。」
「おう、望む所じゃい!」
「さぁっ!」
狸が先に家の外の作業場の中に入った。置いてある机を囲む形で大樹たちは座った。
「ー今から君たちには陶芸をやってもらう。君の特技なんだよね?君の腕前を僕に見せて欲しいんだ。」
「わかった、お前さんと話をしながら作らないとならんし、手びねりでいいの?」
手びねりとは電動ろくろは使わずに土を指先で伸ばしながら器を成形する方法だ。狸は了承し、頷いた。大樹は黙々と陶芸を開始し始めた。カサエルと狸はその様子をじっと見ている。
「ーさすが手慣れてるね。」
「当たり前じゃ。いつかは爺ちゃんを超える一品を作ってみせる、と思いながら努力を続けているからの。」
「ーもし、お爺さんが君の前からいなくなったとしても、君は陶芸を続けていられるの?」
大樹は手を止めて狸を見た。
「…関係ないのぉ。確かに爺ちゃんはもう歳じゃし、俺よりも先にいなくなるのは確定事項みたいなもんじゃ。…というのは普通の考えなんじゃが、今は戦いに身を置いてる最中じゃ。俺が先にいなくなる可能性もあるがの。」
「それは絶対に有り得ないさぁ。何故なら、あっしが大樹を全力で守るからさぁ。」
「ひゅ〜っ!今のはなかなか胸に響いたぞい、カサエル!お前さんなら、そうしてくれると俺も信じておる。もちろん、俺もカサエルを全力でサポートして守るがの。」
「ー良い信頼関係だね。」
「…お前さんは未だに俺とカサエルを信じられんか?」
「ーもうバレバレか…。」
狸は大樹とカサエルから目を逸らし、棚に飾ってある陶芸品を見た。
「カサエルは前世、何も成せずに死んでしまった…。その頼りなさがお前には気に入らないようじゃな。それに俺たちはディサイド・デュラハンの中で一番弱い…。お前は俺たちに命を預けられる存在とは思ってない…という訳じゃ。」
狸は視線を大樹とカサエルに再び向けた。
「ー君たちは試練を忘れて道人たちと楽しく遊園地で遊んでいる、って訳じゃなかったんだね。そこは安心したよ。」
「お褒めに預かり光栄じゃ。」
「ーOK。じゃあ、まずは聞かせてもらおうか。君たちの前世から前に進めるという決意の表れを。」
大樹は立ち上がり、ろくろ台に今作っている陶芸品を設置した。
「ー? 電動ろくろは使わないんじゃなかったの?」
「違うわい。これは電動じゃないろくろ台じゃ。俺は電動じゃない方が回転を手で調整できるし、焦って失敗をする事もないからこっちの方が得意なんじゃ。電動ろくろは遠心力を活かした円形の器を作るのに適しておるのに対し、手びねりは形に制限がなくて、どんな形でも気の向くままに作る事ができるんじゃ。」
「使い分けが大事、って事さぁ。」
「ーなるほどね…。」
狸は大樹の手慣れたろくろ台の調整をじっと見た。
「カサエル、俺はさっき言った通りじゃ。俺は例え爺ちゃんがいなくなっても、目指すものを変えるつもりはないし、やめる気もない。お前さんはどうなんじゃ、カサエル?」
「…大樹、お前さんとあっしは同じ気持ちさぁ。」
大樹はカサエルが自分の思った通りの言葉を言ってきたのでつい、にやけた。
「先生は一体何者だったのか、何が目的だったのか…それはもう今となっては確かめようがない事さぁ…。でも、それはあっしが芸の道をやめる理由にはならないさぁ。むしろ、これはチャンスだと思ったさぁっ!」
「ーチャンス…?」
狸はカサエルの言葉に首を傾けた。
「あっしはディサイド・デュラハンとして、二度目の生を受けられた…。なら、あっしはせっかく得たこのチャンスを活かしたい…!今度こそ、あっしは先生を超えるような立派な芸人を目指したいさぁっ…!」
狸は大樹とカサエルの強き決意に一瞬、目を潤ませたが、すぐに下を向いた。
「狸、俺は思ったんじゃ。カサエルの博識さは今度こそは誰かを守ってみせる、何かを成し得てみせるという後悔の念から来たものだったのかもしれん、と…。前世の事は覚えていなくても、カサエルの持ち前のチャレンジ精神がほんのわずかだけ、心にそういった残滓を焼き付けさせたのかもしれんな…。」
「ー君たちの目指すものは変えないという気持ちはわかった。でも、カサエル。君は怖くないのかい?また守れなかったらどうしよう?また目指す前に死んでしまったらどうしよう?、っと…。現に君は最初に目覚めた時、パートナーを知らないフリをして、大樹から距離を置こうとしたじゃないか。」
狸は大樹とカサエルが初めて出会った時の話をしてきた。何だか懐かしい気がして、大樹は少し笑んだ。
「その話をされると心が痛いさぁ…。確かにその通りさぁ。あっしはデュラハンとして起動する前から大樹の記憶が流れ込んできたさぁ。その瞬間、あっしは大事な人を今度こそは絶対に守りたいと無意識に思い、インターネットに繋いだりして知識を掻き集めたさぁ…。でも、いざ起動が間近に迫った時、急に怖くなってきてしまったさぁ…。それは否定しないさぁ。」
「ーだったら…。」
狸はカサエルに優しく手を差し伸べようとする。
「でも、あっしはその時決心したさぁ。あっしが戦わない間にも、悩んでいる間にも、結局犠牲者は出る…。例え悩んでいても、戦いが苦手でも…大事な友達も、未来の神様であるお客様も守りたい…!苦手な戦いに身を投じる事になってもあっしはその戦いの中であっしなりの答えを見つけてみせる…ってさぁ。」
「そう約束したんじゃ、俺とカサエルはな。」
狸は差し伸べた手を下ろし、下を向いた。
「それにな、狸。カサエルは確かに何かを成し得る前に死んだかもしれん。じゃが、お前は俺らにこう言った。『カサエルが誰かに影響を与えたのは死んでからなんだ』、っと…。」
「ーさすが、気づいたね。」
「おう、カサエルが死んだ後の事を理解し、考察しろという話じゃったからの。」
大樹は狸からカサエルに視線を変える。
「カサエル、お前さんは何も出来なかった訳じゃない。狸の言う通りなら、お前さんは誰かに影響を与える事ができたんじゃ。」
「…! 大樹…。」
「それは詳しく調べないとわからんし、調べてもわからないかもしれん…。でも、お前さんが芸を披露した村人たち、助けた武士、その誰かに影響を与えられたのは間違いないんじゃ。じゃから、自信を持って胸の顔を張るんじゃ、カサエル!お前さんは俺の自慢のディサイド・デュラハンじゃ、相棒!」
「大樹…!」
大樹の満面の笑みを見たカサエルは感激し、大樹のディサイドデバイスと作っていた陶芸品が輝き出した。
「ーおめでとう、試練は達成だ。君たちは前世を見た上で上昇思考を辞めなかった。合格だよ。」
「…後はお前さんの心の問題じゃな、狸。」
「ーそうだね…。白状するよ。僕はカサエルを信用する事は出来なかった…。結局は死んでしまった弱い奴…。どうしてそんな弱い奴らに命を預けないといけないのか?そんなの怖いし、ごめんだ…ってさっきまでは思ってた…!でも、僕の考えは改まった。そこは謝るよ、ごめんなさい…!」
狸は土下座してきた。
「こらこら、もういいんじゃ…。俺らも自分たちは弱い、って思っておるし…。仕方ないじゃろう?ほら、立つんじゃ。」
「怖いのは仕方ないさぁ。」
大樹とカサエルは手を差し伸べ、狸は二人の手を持って立ち上がった。
「お前さん、戦いが嫌いでビーストヘッドとして戦いたくないんじゃな?」
「ーその通りだよ。でも、それはガイアフレーム様の意思に背く事になる…。使えないビーストヘッドに何の価値があるのか?そう考えたら…。」
「…消されるかもしれない。じゃから、お前さんは遊園地で心残りがないようにみんなと一緒に遊んだ…。潤奈ちゃんに両親の事を思い出させたのもそうじゃ。消える前に『皆』の役に立ちたかった、愛されたかったんじゃろう?」
「ーそうだよ…!消える前に僕の憧れの人間の生活を知りたかったんだ…!遊園地、ブーメラン、子供用遊具、育成ゲーム、陶芸、全部がそうだ…!勝手に生み出されたのに、勝手に消されたりしたら、僕の命は一体何だったんだっ!?そんなのやだぁっ!僕の命は僕だけのものなんだぁっ…!」
狸はあまりの悲しみに人間の姿が解け、狸の姿になって涙をぼろぼろ流した。大樹は狸に近寄り、頭を優しく撫でた。
「…狸、俺は決めた。お前は俺らのビーストヘッドになった後、戦わなくていい。」
「えっ…?」
狸は泣きながら大樹を見た。
「ははっ!大樹ならそう言うと思っていたさぁっ!あっしの時と同じさぁっ!」
そう、大樹はレイドルクとの戦いの時にカサエルに対して言った事を狸にも実践してみせたのだ。
「その代わり、俺らのメンタルケアに回って欲しいんじゃ!お前さんのこの夢の中でも遊べる能力、俺らのストレス解消に絶対に役に立つ!俺らの側にいなくてもいい!大神さんと一緒にいればいいんじゃ!」
「で、でも…!」
「心配しなくていいさぁ。ガイアフレームが何かを言ってきたら、あっしらが説き伏せてみせるさぁ。狸は武器なんかじゃない、もうあっしらと一緒に遊んだ友達ってさぁ。」
「…! 友達…!」
狸は笑っている大樹とカサエルを見た後、両手で両目を一生懸命拭いた後、右手の指を鳴らした。
「なっ…!?狸…!?」
大樹の視界が急に暗転。大樹が目を開けると心配そうに見守る道人たちの姿が目に入った。
「…! 大樹!?目が覚めたんだね!」
「…大樹、試練は…?」
「まだじゃ、まだ終わっとらん…!」
大樹とカサエルは急いで立ち上がり、周りを見回した。大樹の頭の中から煙が出現し、狸が実体化した。
「狸、お前、どういうつもりじゃ…!?」
「大樹、カサエル…!追加の試練だ…!君たちの戦い方を僕に見せて…!僕を納得してみせてよ!これが正真正銘、最後の試練であり、僕の『戦い』だ…!」
「狸…。」
「やれやれ、お前さんもあっしに似て、とんだ天邪鬼さぁっ!」
「あぁ、全くのぅっ!わかったぁっ、狸!お前に見せてやるわい!俺らの『戦い』をのぉっ!」




