111章 親友と観覧車
「ふぅっ…。初っ端から疲れた…。」
「じゃな…。先が思いやられるぞい…。」
道人と大樹はベンチにぐったりと座っていた。艱難辛苦の末、何とか元の服装に戻る事ができた。最終的には自分の強いイメージを思い浮かべる事で何とか元に戻れた。
「ーごめんよ、僕のせいで困らせてしまって…。もうしないよ…。」
道人と大樹の前で狸は下を向く。大樹の横に立っていたカサエルが狸の近くに寄り、頭を撫でた。
「もうしない、は言い過ぎさぁ。何かをやるっていう事には必ず失敗はつきものさぁ。」
「…そうじゃな。お前さんがせっかくみんなをこの場に相応しい装いにしたい、って思ったのに俺らに迷惑を掛けたからやめる、ってのは勿体ないぞい。」
「今からみんなと遊んで、そこからセンスを磨いて学んでいけばいいさぁ。チャレンジ精神は大事にするといいさぁ。」
カサエルと大樹の励ましを聞き、狸は沈んだ表情から一転、満面の笑顔に変わった。
「ーうん、わかった!よし、見えたぞ!僕の新たなアイディアが!」
「おぉっ、早いのぉ…。」
「その調子さぁ。」
「…グルーナさん並みの閃きだね。」
潤奈と大神が戻ってきた。女性同士で互いに自分の服装がちゃんと戻ったかどうかを確認し合っていたのだ。
「ーグルーナさん?」
「あぁ、俺らの仲間にファッションデザイナーやってる女の人がいてさ。プロ意識が高い人なんだよなぁっ、これが。」
「ーへぇっ、すごい人なんだ…。どんな人なんだろう?会ってみたいな…。」
「…グルーナさん、言葉を話す狸に会ったら、すごくテンション上がりそう。」
「想像に難しくないわね…。」
道人の脳裏に目を輝かせながら狸を隅々まで見るグルーナの姿が思い浮かんだ。確かに想像は余裕だ。
「よし!グルーナさんと会いたいんだったら、まずはこの試練を大樹とカサエルに乗り越えてもらわないとね!」
道人は気合を入れてベンチから立ち上がった。続いて大樹も立ち上がる。
「おう、任せておけ!必ず会わせてやるわい!」
「やったるさぁっ!」
大樹とカサエルの元気さに当てられて道人たちも笑顔を浮かべる。二人共、前世の事を知った後でのこのやる気とメンタルは見習いたいものがある、と道人は何度も思う。
「ーうん!じゃあ、試練を再開しよう。みんなはさ、遊園地に来たんなら、まず最初に何に乗ったらいいかを僕に教えてよ。」
「そうじゃなぁっ…。最初から絶叫系でテンション上げるのもいいしのぉっ…。」
「観覧車に乗ってどこに何があるかを見て想像して楽しむのもアリよ。」
「でも、観覧車は最後に取っておきたくないかの?」
「ふふっ、甘いわね、大樹君!最後にも乗れば良い話じゃない!」
大樹と大神の熱の入った遊園地の楽しみ方談義が始まった。
「ーなるほどね。僕、遊園地の事詳しくないからなぁ。大神の提案を呑もうかな。」
「うんうん!あなた、マイペースっぽい感じだし、その方がいいわよ!」
「よし!じゃあ、早速観覧車へゴーじゃ!」
大樹を先頭に道人たちは観覧車へと向かった。観覧車は動かずに止まっている。
「遠くから見てても気になってたけど、観覧車、動いてないけど…?」
道人は静止している観覧車を見て狸に尋ねる。
「ーごめんね、あくまで見た目をコピーしただけでどういう乗り物なのかを君たちに聞いてから動きを再現しようと思ってたんだ。これはでかい風車みたいな感じだよね?さっきの大神の発言から察してゆっくり動く乗り物でいいんだね?」
狸は両手を前に出すと観覧車は動き始めた。
「そうそう。こんな感じ、こんな感じ。じゃあ、メンバー分けは女子組feat.狸君と男子組ね。」
「ナチュラルに狸を女子組に迎え入れましたね。…まぁ、いいか。」
「構わんぞい。道人とカサエルに話したい事もあるしの。」
先に潤奈と大神、狸がゴンドラに乗り込む。潤奈も初めての遊園地なので道人たちは乗せるのを手伝った後、次に来たゴンドラに乗り込んだ。
「…野郎だけで観覧車に乗るの何か嫌じゃのう…。華が欲しかった…。」
「仕方ないさ、大神さんの提案に乗ったんだし。」
前のゴンドラなので姿は見えないが、大神の声が篭っているが、聞こえてくる。狸と潤奈に乗り物を説明しているようだ。
「それで何だよ、大樹。話があるって。」
「あぁ、それなんじゃがな。狸がいない場所で話す機会というのはなかなか難しいと思ったから道人を話に誘ったんじゃ。正直大神さんの提案には助かったぞい。」
「確かに。最初がジェットコースターとかだったら無理だったかも。」
「言うな言うな、俺も浅はかじゃったと思っとるよ。…カサエルの前世の話、道人にも伝えようと思っての。」
大樹はそう言った後、横に座っているカサエルとアイコンタクトして頷き合った。
「それはもちろん、頼られて嬉しいし、構わないけどさ…。これは大樹とカサエルの試練だろう?いいのかな、俺が相談相手になっても…?」
「駄目じゃったら、さっきの俺の道人に話があるって発言に待ったをかけるはずじゃろう?それに道人たちを誘ったのは他でもない狸本人じゃ。了承は得ているも同然じゃ。だから、頼りにさせてもらうぞい、親友?」
「OK。そういう事なら遠慮なく申しなさい、親友。」
道人と大樹は笑みを浮かべて右拳を軽くぶつけた。大樹とカサエルは自分たちが見たカサエルの前世を道人に説明する。
「なるほど…。過去にはカサエルがもう一人いて、その人が憧れだったと…。」
「そうさぁ。その後、呆気なく死んでしまったさぁ…。」
「今思えば、カサエルの博識さはもう一人の師であるカサエルを失った自分への無力さから来たものなのかもしれんな…。」
せっかく大樹とカサエルが自分を頼って相談してくれたのは良かったのだが、もう観覧車は一周回ってしまい、下車するタイミングが迫っていた。
「大樹、カサエル、もう時間がないからあれだけど…俺から言える事は一つ。『カサエルは前世を知った今でもその憧れの人に近づくために今後も芸を磨き続けられるのか?』、狸はそれは絶対に聞いてくると思う。」
「今でも、さぁ…?」
「うん。この試練に受かるための材料はもう既に大樹とカサエルは持っていると思う…。前世だけじゃない。大樹とカサエルには今まで頑張って得てきた現代の経験があるじゃないか。過去と現在、その二つを組み合わせて二人で考えた、自分たちだけの未来を狸に示すんだ。大丈夫、二人なら必ず自分たちなりの答えを見つけられるはずだから!頑張って!」
「み、道人…。」
大樹とカサエルは道人の言葉に感銘を受けた様子で尊敬の眼差しで見てきた。
「俺…お前に今、好感度+200くらい上がったぞい…。」
「気色の悪い事言わないの!そもそもの好感度の基準値がわからんよ。さぁ、降りるよ?」
道人は自分で言ってて何だか照れ臭くなったのでさっさとゴンドラの扉を開けて外に出た。潤奈と大神、狸が先に待っていた。
「…? どうしたの、道人?顔赤いけど…。」
「何でもないよ、室内が暑かっただけ!」
道人は自分の着ている上着を両手で持ってバサバサして自分に風を当てた。大樹とカサエルも遅れて降りてきた。
「それで狸、どうじゃった?観覧車の風景は。」
「ーうん、ゆったりとした空間の中で仲の良い人たちと会話をしながら風景を楽しむ…。なるほど、これが観覧車の醍醐味なんだね。」
「さっき大神さんが言ってた通り、最後に乗る観覧車もまた別の楽しみ方があるんだ。」
「ーそっか、それも知りたいな。」
「…私も知りたいな…。最後にまた乗ろうね、狸君。」
潤奈がしゃがんで狸を撫で、互いに笑い合った。
「ー大神の解説と観覧車のおかげで場所とかは把握できたよ。次は近くのあれ!あれに乗りたいな!」
狸が指差したのはウォーターライドだった。狸は大神から解説を受けたからか、両手を前に出すとレーンから水が流れ始めた。
「ー木の丸太みたいな乗り物が気になったんだ。狸的に。わざと水を浴びてまで何が楽しいのかが気になる。」
「確かに、狸君の性格的にいきなりハイレベルな絶叫マシンに乗るよりも徐々に絶叫レベルを上げていった方がいいかもしれないわね。」
道人たちは大神の意見に賛成し、頷いた。
「…水に濡れるの?制服に着替えた方がいいのかな?」
潤奈は今自分が着ている服をチェックした。
「制服だとバリアで水しぶき防御しちゃわない?しかもここ現実空間ではないし、濡れても自分の意思で乾かせるかも。」
「…そっか。なら、いいね。」
「いや、待つさぁ。ここは狸のさっきの意思を汲みたいさぁ。センスを磨く良いチャンスが来たから、狸にはみんなのウォーターライド用の服を考えさせてあげたいさぁ。」
「ーカサエル…。よし、わかった!任せてよ!みんなでお風呂に入る感じがいいのかな?よぉ〜し…!」
「待ちたまえ、狸君っ!!」
狸が右手の指を鳴らそうとするのを道人は全力で阻止した。
「ー何?道人?」
「風呂という聞き捨てならない発言を聞いたから止めさせてもらった!一体何をする気だったっ!?答えなさい、怒らないから!それと紙とペンを!」
道人は狸から何をするつもりだったか聞いた後、紙にペンを走らせた。狸とみんなの意見を聞いた上で狸へ服装のイメージを伝え、デザインしてもらった。水着に近い格好となり、ウォーターライドへと向かった。




