110章 アンブレラ・アンダーランド
「う、うん…? …うわっ、まぶし…!?」
道人が目を開けた瞬間、ライトの強い光が襲ってきた。右手で閃光防御しながらゆっくり上半身を起き上がらせる。
「あれ、ここって…?」
道人は周りを確認するとそこは見覚えのある場所だった。
「…デュラハン・パークの遊園地エリア…?」
間違いない、遊園地エリアのコーヒーカップの近くに倒れていた。目の前をよく見ると潤奈と大神も倒れている。
「わっ!?ふ、二人共、大丈夫っ!?」
道人は急いで潤奈と大神の近くに寄って二人の肩を揺すった。潤奈と大神も目を覚まし、起き上がる。
「…ここって…?」
「うん。俺たち今、デュラハン・パークの遊園地エリアにいるんだよ。恐らく、あの狸が言ってた通りなら…。」
「私たちの記憶の中のデュラハン・パーク…って事なのかしら…?」
道人は二人の手を掴み、立ち上がるのを手伝った。
「…空にたくさん傘が浮いてるね…。」
潤奈の言う通り、青空には色とりどりのたくさんの傘が浮いていて、どれもくるくると回っている。三人で他に変わった所がないか周りを確認していると目の前に突然大樹とカサエルが出現した。
「た、大樹っ!?」
「…カサエルも!」
道人たちは急いで大樹の前へと走った。大樹とカサエルは下を向いて気落ちしている様子だった。
「…二人共、カサエルの前世を見てきたんだよね…?辛くなかった…?大丈夫…?」
この中では唯一、試練の経験者である潤奈が大樹とカサエルの気持ちを理解し、いち早く親身になって気に掛けた。
「だ、大丈夫じゃ…。ありがとう、潤奈ちゃん…。ばっちり見てきたぞい、カサエルの前世を…。カサエル、お前さんは…?」
「…あっしも思い出したさぁ…。憧れの人にも近づけず、助けられず…。呆気なく命を落とした親不孝者の末路を…。」
カサエルは震える自分の右手を見る。
「あっしは先生みたいにはなれなかったのさぁ…。情けないさぁ…。」
「何を言っておるんじゃ、カサエル!?俺は確かに見た!お前さんは短い間じゃったが、戦乱の世で一人逞しく、多くの村人たちを芸で楽しませておったではないか!しかも村を巡る度にお前さんの芸の腕は上がっておった…!俺はお前のプロ意識の高さを見て、正直惚れ直したぞい!」
「大樹…。」
「ー驚いたなぁっ、前世を知った段階でその繋がりの強さ…。成長に期待できそうだ。」
大樹とカサエルは狸の声が聞こえたので周りを見る。下を見ると傘を持ち、獣耳をつけた茶と黒髪の子供が大樹を見上げていた。
「だ、誰じゃ?お前さん…?」
「ー僕だよ、狸。人間の姿に化けてみたんだ。どう?」
狸は傘を開き、くるっと回ってポーズを決めた。白いシャツとサスペンダーの短パンを着こなしている。
「た、狸の姿もいいけど、ショタ姿も可愛いぃ〜っ…!」
大神が即座に抱きしめて頬をすりすりする。狸も片目を瞑って笑みを浮かべた。
「…し、失礼、取り乱したわ。」
大神は狸から離れ、目を瞑って恥ずかしそうに咳払いした。
「それで、大樹君とカサエルが前世を知ったって事はさっきあなたが言ってた通り…。」
「ーうん、そうだよ。大樹とカサエルが前世を理解し終えたから、今度は僕に過去の
蟠りを解消し、成長して前に進んでいく二人の姿を見せて欲しいんだ!僕が納得をしたら試練は合格!」
狸は傘を宙に浮かせ、両手を横に広げて青空を仰ぎ見る。
「…こうなったら、やるしかないようじゃのう…!こんなところで立ち止まる訳にはいかん!頑張るぞい、カサエル!」
「大樹…。」
「大丈夫じゃ、カサエル!俺はお前さんにとことん付き合ってやるぞい!遠慮なく、どんと俺に悩みをぶつけて来るんじゃ!それで共に考えて、前へと進むぞ!」
「…わかったさぁ!ありがとう、大樹!あっしらの試練に付き合ってくれたみんなのためにも、ここで気落ちして、立ち止まってはいられないさぁっ!」
「おう、それでこそカサエルじゃ!」
道人たちは大樹とカサエルのメンタルの強さを見て安心し、微笑んだ。
「それじゃ聞いていいかい、狸…君。何でデュラハン・パークの遊園地を再現したの?」
道人はこの場所について詳しく狸に尋ねる事にした。
「ーうん。さっき申し訳ないけど、道人たち四人の過去を見せてもらったんだ。」
「えっ!?そんなプライバシーの侵害みたいな事を?」
「ーあぁっ、ごめんね!詳しくは見てないよ。君たちで言う所の『サムネイル画面』っていうのかな?そのヴィジョンを宙に出現させるんだけどね。楽しい思い出には温かな光が、辛い思い出にはどす黒い闇が出てるんだ。それで本人を苦しめる辛い思い出は弾いて、僕が経験してみたい、楽しそうだと思った場面を選んだ、って訳。」
道人たちは狸の発言を聞いてほっとした。短い付き合いではあるが、過去に会った三匹のビーストヘッドたちは心遣いができる人たちだったし、この狸もそうだろうという安心感があって信じられた。
「この遊園地ってのは道人、大樹、大神の記憶をミックスして再現したもの…。名付けて!『アンブレラ・ワンダーランド』!」
狸は逆立ちして道人たちを指差し、変なポーズを決めた。
「…そっか、だから空に傘がたくさんあるんだね。」
「潤奈、触れるのそこ?名前とか、ポーズとか突っ込みたくない?」
道人は狸を指差すが、潤奈は頭に?マークを浮かべた。
「…そう言えば私、遊園地エリアのレストランには行った事あるけど、遊具で遊んだ事はなかったな…。」
「ーそうなの?なら、ちょうど良かった!僕と一緒に思いっきり遊ぼうよ!」
狸は潤奈の右手に触れてぴょんぴょん跳ねた。
「…それは構わないけど…。」
「この試練達成は大樹とカサエルに掛かってる。二人の判断に従って行動した方がいいね。どうする、大樹、カサエル?」
道人と潤奈は隣にいる大樹とカサエルに判断を仰いだ。
「そうじゃな…。この狸は純粋な奴じゃ。下手に狙って行動するよりも付き合って一緒に楽しんだ方がいいかもしれん。」
「あっしと大樹はその姿を見て何とか成長のきっかけを見つけてみるさぁ。」
「だから、狸の遊び相手は頼んだぞ、道人、潤奈ちゃん、大神さん。」
「わかった、任せてよ!」
道人たちは大樹とカサエルの考えに賛成し、狸を見た。
「さぁ、狸君!まずはどれに乗りたい?お兄さんたちが付き合ってあげる!」
道人は大樹とカサエルの役に立つために気合を入れて仁王立ちした。
「ーそうだなぁ。そもそも僕、遊園地って何が楽しいのかわからないんだよね。どこが楽しいんだい?」
「ふふっ…!開幕、哲学的なものを聞いて来るとは…。さぁて…。えーっと…。」
気合を入れたのも束の間、道人は早速考え込む。潤奈も何故か道人をじっと見つめる。
「休日に家族や友達と思いっきり楽しめる事、かな!」
「ーへぇ。」「…うんうん。」
「しかも子供も大人も関係なく楽しめる!」
「ーへぇっ…。」「…うんうん…!」
「その一日だけ、過酷な仕事や辛い日常を忘れて遊べる素敵な場所よ…。」
何かどことなく哀愁を感じるけど、大神も道人をフォローしてくれた。
「ーへぇ〜っ…!」「…うんうん!」
「この洋風な建物の数々も特別な場所に来た、っていう雰囲気や世界観を感じさせる大事なファクターなのだよ!」
「ーわぁ〜っ…!」「…そうなんだぁっ…!」
狸と一緒に何故か潤奈も目を輝かせて感動している。
「ーなるほど、雰囲気も大事なんだね!よぉ〜し!」
狸はそう言うと右手の指を鳴らす。すると狸の服装が変わり、タキシード姿になった。
「ーどう?リッチ感?ってのを出してみたよ?」
「…って、俺らの服も変わってるし!?」
「ホントじゃっ!?」
「さぁ。」
道人と大樹もタキシード姿になった。カサエルも黒い帽子にコートを着ている。
「…あの、道人。これがリッチ?な服なの…?」
「えっ?何?潤奈…って、いぃっ!?」
道人は潤奈の服装を見て頬を染めた。潤奈は髪型が左右お団子になり、黒いチャイナドレスを着ている。よくわからずに右手に扇子を持っている。
「…私、ファッション雑誌でも見た事ないな、この服…。何か、この服変わってるね…。何で横にこんなに切れ目が…?」
「ま、待って待って!潤奈、いいから!持って上げなくていいから!」
「私も着せられるとは…。」
大神も真っ赤なチャイナドレスを身に纏っていた。胸が強調されていて大樹も顔が真っ赤だ。
「くそぉっ…!やってくれるな、狸君!」
「ーあれ?お気に召さなかった?」
「いや、二人とも滅茶苦茶似合ってるさ…!しかし、この格好はこれから遊園地の乗り物に乗るには適してないだろう?頼む、変えてくれ、狸君!」
「ーわかった、動きやすい格好だね。はい!」
狸はまた右手の指を鳴らす。今度はウサ耳をつけた浮かれた姿になった。道人、大樹、カサエルも同じく。
「ーみんなとの一体感が大事という事でみんなを僕と同じ獣姿にしてみたよ。」
「いや、だからって何でウサギ!?」
「狸耳とウサ耳の属性盛りじゃと!?」
「攻めてるさぁ。」
「…あの、道人…。」
背後から潤奈の声が聞こえる。道人はゆっくりと後ろを見たらバニーガール姿の潤奈がそこにいた。赤いジャケットに黒いバニースーツの装いだった。右手にスティックを持っている。
「…何?この服…?ウサギ耳?何だか、不思議と恥ずかしい…。」
「狸ちゃんは知識に偏りがあるわね…。何だか先が思いやられそう…。」
大神も緑のジャケットにバニースーツ。再び胸が強調されていて赤面する大樹。
「狸君、頼むよ!せめてまともな格好にしてくれぇ〜っ…!」
「ーえーん、努力してみるよぉ〜っ…!」
「というか、元の服に戻すだけでいいじゃろう!」
「ーみんなの元の服どんなのだったかな?」
「「な、何だってぇぇぇぇぇ〜っ…!?」」
こうして、しばらく潤奈と大神のファッションショーを眺めながらの衣装チェンジが続いた。




