堕落の章Side:芽依 出会いとさよなら
芽依は深也が退室した後、看護師に手伝ってもらい、車椅子に乗った。深也の授業の様子を見に行くためだ。
「…お兄ちゃん、私が見てないと授業サボるだろうからなぁーっ…。私がちゃんと見てあげないとね、ふふっ…!」
「楽しそうね、芽依ちゃん。何か良い事あったのかしら?」
楽しそうにしている芽依を見て看護師のお姉さんが聞いてきた。一人で病室にいる事が多かったため、つい独り言を話してしまった。芽依は頬を染めて恥ずかしがる。
「お兄ちゃんがですね、今度遊園地に連れていってくれるって約束してくれたんです。私とお兄ちゃんだけじゃなくて、みんなで!」
「あら、それは良かったわねぇ〜っ!遊園地エリアでしょう?」
「はい、それで楽しみで…!今からお兄ちゃんの授業を見に行くのも楽しみで…!私、ここに転院できて良かったです…!」
前の病院の居心地が悪かった訳じゃない。医者の方たちはみんな優しかった。でも、深也がほぼ毎日、無理して芽依のお見舞いに来ていたのが辛かった。来てくれる事自体は嬉しい。でも、深也の顔はお見舞いに来る度に絆創膏やガーゼが増えていく。深也が自分のために傷ついていく。それを見るのが辛かった。
「良いお兄さんね…。ほとんど毎日来てくれてるものね…。」
「はい、私はお兄ちゃんが大好きです…。」
『…本当に…?』
でも、自分のために無茶をする深也は好きじゃなかった。ある日、父が珍しくお見舞いに来た事があった。父の態度は悪く、周りの視線も痛かった。正直早く帰って欲しかった。そんな芽依の願いも虚しく、深也と父は鉢合わせした。父が激しく煽り、喧嘩へと発展した。芽依は激しく泣き叫び、泣き終わった後の病室には父も深也もいなかった。残ったのはくしゃくしゃになった二つのプレゼントだけだった。
『…そう、その日はあなたの…。』
そう、芽依の誕生日だった。父もそれを祝うために来てくれたのだろう。それだけのはずなのにうまく行かなかった。今までの人生で最悪な誕生日となった。
『…全て…あなたのせい…。』
そう、芽依のせいだ。芽依の身体が弱くなければ、深也も父も入院費に悩まされる事はない。深也が憂さ晴らしで喧嘩に明け暮れる事もない。
『…なら、一緒に…。』
…でも、デュラハン・パークの居心地は良い。ここでなら、深也はいつでもお見舞いに来てくれる。入院費に困る事もなくなってきた。深也が普段どんな授業を受けているかも知る事ができる。道人たちの事を楽しそうに話す深也の姿は微笑ましい。ここには幸せが詰まっている。
『…でも、それであなた自身は幸せになれるの…?』
「芽依ちゃん?」
看護師のお姉さんが話しかけてきて芽依は意識がはっきりとした。誰かと話していたような…?芽依は周りをきょろきょろする。
「大丈夫?ぼーっとしてたけど…。疲れてない?休んだ方が…。」
「ご、ごめんなさい!ワクワクしてたら色々考えちゃって…!」
時間が気になり、病室の時計を確認したら、十二時四十五分だった。
「大変!早く行かないと授業始まっちゃう…!」
芽依は慌ててポシェットとスマホを持って一階に降りる準備をした。
「それじゃ看護師さん、兄のいる教室までお願いします!」
「はい、大丈夫ですよ。慌てずゆっくり行きましょうね。」
『…待ってた、この時を…!』
看護師は芽依の車椅子を押して病室から出た。車椅子専用エレベーターに乗り、一階に降りる。食堂付近を通過して深也たちの勉強室へ向かう。
「あの、すいません。ちょっと聞きたい事がありまして。」
帽子を被った三つ編みの少年が尋ねてきた。
「はい、何でしょうか?」
看護師のお姉さんは車椅子を止め、三つ編みの少年を見た。
「…グレリース、この子で間違いないな…?」
「…はい、間違いありません…。」
三つ編みの少年は誰もいないのに誰かと会話していた。でも、芽依にも声は聞こえた。不思議と安心感のある声だった。
「彼女は俺らが預かるのでもう帰っていいですよ?」
「はっ?」
三つ編みの少年がそう言うと少年のとなりに急にローブを来た長身の人物が現れ、看護師の頭を右手で掴んで青く発光させた。すぐに手を離し、ローブを来た人物は消える。
「えっ…?」
芽依は目の前で何が起こったのかわからなかった。
「さ、看護師さん。もう行っていいですよ。」
「…えぇ、そうね…。」
看護師のお姉さんはボーっとしながら去って行った。
「えっ?あの、お姉さん…?」
「良かったよ、君が一般エリアに来てくれて。このまま日が暮れたらどうなるかと…。さ、行こうか、姫。」
「えっ…!?」
三つ編みの少年がそう言うと芽依の身体が急に浮き上がり、すごい勢いで外に出た。スマホが入ったポシェットは地面に落ちてしまう。芽依の顔に強風が襲い掛かり、思わず目を瞑って両腕を交差して防御した。
「ん…? わぁっ…!?」
芽依が目を開けて両腕を下ろすとそこは一面の青空だった。カモメたちも楽しそうに空を飛んでいる。三つ編みの少年も蝶の羽を生やして後ろを飛んでいた。
「わ、私…空を飛んでる…!?わわっ…!?」
「大丈夫、落ちたりしませんからね…。」
「…! あなたは…。」
間違いない、芽依はその姿に見覚えがあった。エメラルド色の女海賊のデュラハン。夢で見た姿と現実で見た姿がこの時、完全に一致した。芽依は女海賊にお姫様抱っこされて飛んでいた。
「あなたはよく夢で自由を求めていた…。どうですか、鳥になった気分は?この景色をあなたに見せたかった…。」
「鳥…?そっか、鳥かぁっ…!」
芽依は笑みを浮かべて一面に広がる青空に思いを馳せた。パークの会社エリアから離れた裏路地に芽依を抱えたグレリースとウェントは着地した。
「ただいま、アレウリアス。」
「…戻ったか。その娘が?」
「あぁ、グレリースのパートナーだ。」
グレリースは芽依を下ろし、ウェントとアレウリアスの前に立たせた。芽依は二人を怖がり、グレリースの後ろに隠れる。
「あら?早速嫌われちゃったかな?ごめんよ、結構スムーズに連れ出せたと思うんだけどなぁ。」
「お前は行き当たりばったりだからな。」
「えっ?どこがさ?」
「囮作戦の無意味さだ。こんなに簡単に連れ出せたら、デストロイ・デュラハンを持って来た意味がない。」
「仕方ないだろう?あの仁王って奴、俺が煽ったらそのままパークで騒ぎを起こしに行くのかと思ったら、深也を誘ってから行こうとするんだから。参ったよ。」
「…えっ?お兄ちゃん…?」
芽依は兄の名前がウェントから出てきたのが気になったが、二人の間に話を挟み込めなかった。
「そもそも、『俺は仁王の手下だ!』と言いながら不良たちに殴り掛かったのはわざとらし過ぎる。」
「いいじゃんか、結果的にあの不良たち、仁王に報復に行ってくれたし。まぁ、暴れたかっただけなのは否定しないけど。」
「全く、何のために今まで愛歌たちの身辺調査をしたのだか…。」
「意味あったさ。グレリースのパートナーがこの子だってのは大体予想はついてた。だから、確実に深也をパークから遠ざけるために仁王を利用しようって思ったんだからさ。」
「怪しいものだ。本当に予想してたのか?
グレリースが確信に至るまで自信がなかったんじゃないのか?」
「うわぁーっ、俺相棒にこんなに信用されてないんだぁーっ…。」
「…ふふっ…!」
会話内容はよくわからなかったが、芽依の目には仲良しの兄弟が些細な事で言い争っているように見えて微笑ましく、つい笑ってしまった。深也と父の喧嘩よりは可愛く見える。
「ほら、笑われちゃったじゃないか。」
「ふん…。」
「さて…。」
ウェントは芽依の前まで歩き、しゃがんで右足を立て、首を垂れた。
「ここまでの手荒な真似、失礼した。海原芽依、俺たちは君を歓迎する…。どうか、俺らと一緒に来て欲しい。」
「えっ、そんな…事…。」
芽依は振り返り、遠くにあるデュラハン・パークを見た。
「…あの、困ります。私、あそこにはお兄ちゃんや友達がいるし、勝手に知らない人たちについていくというのは…。」
芽依が断ろうとするとグレリースが芽依の両手を優しく持った。
「芽依、あなたが私のパートナーとなってくれればあなたは病から解放される…。病が治ればあなたの兄と父も自由となれるのです…。」
「えっ…?私の、病気が…?」
「あなたが新たな肉体を得れば、あなた自身も幸せになれます…。もう、他の人の自由に妬まずに、憧れずに済むのですよ?」
「…私が…自由に…。幸せに…。」
芽依の瞳は虚ろになり、ボーっとしだす。
「…強引な方法をとってごめんなさい、芽依…。でも、私にはあなたが必要…。あなたが欲しいのです…!」
芽依の両手が光り出し、デバイスが出現した。
「よし、カウンター・ディサイド完了!一件落着…の前にだ。」
ウェントは遠くの海を見つめた。
「グレリース、先に芽依を連れて宇宙要塞に帰っていてくれ。行くぞ、アレウリアス。」
「待て、ウェント。どこへ行く気だ?」
「へへっ、俺さ。ルアンソンのパートナー、わかっちゃった♪」
「何…?」
「芽依が居なくなった後、警戒されたらまずいからね。早く迎えに行こうぜ、アレウリアス。」
「…全く、適当なのか勘がいいのかわからんな、お前は…。」
ウェントとアレウリアスは空を飛び、また新たな仲間を迎えに行った。




