87章 俺
「はい、これで検査は終わり。身体に異常はないけど…。でも、無茶は禁物よ?肉体的にも精神的にも疲労が見られるから…。今日はなるべく過度な運動などは控える事。」
「…はい、ありがとうございました。」
道人は検査を終え、医師の方にお辞儀をした後、私服に着替える。
道人は司令室に傀魔怪堕の事を話に行こうとしたが、ライガ戦の後で体力は残されていなかった。傀魔怪堕とも連戦したようなもので、実験エリアから会社エリアに移動する前によろけてしまったのだ。ライガ戦で再び未来の姿に変わった影響を調べるためにも検査は必要だった。道人はフォンフェルに抱えられ、会社エリアの医療センターに運ばれた。
「まさか、よろけるとはな…。我ながら情けない…。無理もないけどさ…。」
道人は着替え終わった後、右腕のエンブレムをタッチして制服姿になる。ポケットから歯車のついた布を取り出して見た。少し見た後、ポケットに仕舞って医務室を出た。
「あっ、検査終わりましたか、道人君!」
流咲が廊下に置いてある椅子に座って待っていた。すぐに立ち上がって道人を見た。
「はい、どこも異常なしです。ありがとうございます、わざわざ待って頂いて…。」
「いえいえ、いいんですよ!このまま司令室に行っても大丈夫ですか?司令は今日じゃなくてもいいと仰ってましたが…。」
「…いえ、大事な話ですから。大丈夫です、今から行きましょう。」
「そうですか…。わかりました!無理しないで下さいね?ゆっくり行きましょう!」
そう会話した後、道人と流咲はゆっくりと通路を歩いて司令室へ向かう。
「あの、みんなはあれからどうしてます?」
道人は愛歌たちがどうしてるかを聞いた。現在の時刻は午後二時二十分だ。
「皆さん、リモート授業を受けていますよ。今は五時間目の数学でしょうか。」
「数学か…。大樹が嫌そうにしてるのが目に浮かぶや…。」
「ふふっ、確かに嫌そうにしてましたね。」
流咲は右手を口に当てて微笑んだ。
「道人君も早速授業に遅れが出てしまったので後で私と個別で授業ですよ?」
「はい、その時はご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。」
「はい、お願いされました!」
流咲は右手で敬礼して微笑んだ。
「…あの、道人君。私、ドローンのカメラでですけど、初めてデュラハン同士の戦いというのを見させてもらいました…。いつもあんな激しい戦いを?」
「えぇ、ジークヴァルと出会ってからもう二週間になりますけど、激戦続きですよ。敵はほとんど連日で襲ってきてますし…。」
「そうですか…。よし!私も早くオペレーターの仕事に慣れて、皆さんの負担を減らせるようになりますからね!」
「はい、頼りにさせてもらいます。」
道人と流咲はその後も楽しそうに会話をしながら司令室に向かった。
「…何だが、今日の道人君たちの戦いぶりを見てたらお父さんの事を思い出しちゃったな…。」
「流咲さんの、お父さん…?」
「はい、お父さん、交番警察官でして…。すごく勇敢な人で、相手がどんな立場の人でも分け隔てなく助ける人でした…。何時も幼い私を肩車するのが好きな人だったな…。」
「…だった…。」
道人は流咲が思い出語りのような口調で父の事を話すので察した。
「はい、行方不明なんです、私の父…。私が高校一年の時に…。」
「そうなんですか…。俺の父もバドスン・アータスに捕まってるから、気持ちわかるな…。」
「道人君のお父さんも…? …! ご、ごめんなさい!知らずに私…!」
流咲は慌てて道人に頭を下げてきた。
「いや、いいんですよ。逆にその話を聞いて流咲さんには親近感が湧きました。お父さん、見つかるといいですね…。」
「はい、ありがとう…!道人君のお父さんも絶対助け出しましょうね!」
流咲と色々会話をしながら歩いていたら、司令室の近くまで辿り着いた。流咲がカードキーとパスワードを入力し、扉を開けた。流咲は道人に向かって手を振った後、自分の席まで走ってオペレーターの仕事に戻った。
「おぉ、道人君。大丈夫かい?激戦の後だ。話があるそうだが、報告なら後からでも構わないんだよ?」
「いえ、大丈夫です。大事な事ですから今日話さないと…。」
「そろそろみんな、リモート授業が終わる頃だ。少し待って休んでいるといい。」
「はい、ありがとうございます。」
「…そうだ、デバイスを返そう。さっき博士が送ってきたんだ。どこも異常なしだ。良かったね。」
「ありがとうございます、司令。」
司令は道人にデバイスを手渡した。画面にはジークヴァルが映っている。道人はみんなが来るまで椅子に座ってジークヴァルと話す事にした。
「道人、大丈夫か?ライガとの戦い、大分無茶しただろう?」
「ありがとう、何とも…。」
道人の脳内に十糸姫との別れの瞬間が思い出される。深也が行方不明になった時もそうだ。目の前で人を助けられなかった罪悪感は慣れるはずがない。
「…? どうした、道人?」
「…いや、何でもないよ。…あの、ジークヴァルはライガと戦った後、何か変わった事はなかった?」
「変わった事、とは?」
「その、別の場所にいた感覚とか…。」
「いや、別になかったが…。」
どうやらジークヴァルは傀魔怪堕には飛ばされていなかったようだ。傀魔怪堕にいた時、デバイスが手元になくて心配だったが、杞憂な事だったようで良かった。
「じゃあ、ジークヴァルから見たら僕は立ちながら気を失っていた?」
「あぁ、そうだ。ライガも急にパッと消えてしまったのだ。一体何が…?」
「道人、大丈夫!?」
自動ドアが開き、愛歌たちが走って駆け寄って来た。みんな、心配そうに道人を見る。
「みんな、心配掛けたね。俺は大丈夫。何ともないよ。」
「俺…?」「…俺?」
愛歌と潤奈が同時に道人の一人称を気にした。愛歌と潤奈はお互いに見つめ合う。
「…? どうしたの?」
「いや、道人、自分の一人称が変わってるから…。」
「…うん。鎧姿になった時は俺になってたけど…。」
「…別に、いいじゃないか。俺でも。気にしないで。」
「まぁ、そうなんだけど…。」
愛歌と潤奈は心配そうに道人を見る。
「別にいいじゃねぇか、自分の呼び方くらい。」
「そうじゃな。それは道人の自由じゃし。」
道人は頷いた後、立ち上がって司令を見た。
「司令、早速話を始めましょう。」
「う、うむ。そうだな。わかった、話してくれ、道人君。」
スクリーンに博士、グルーナ、海音とスランが映った。
「…!? 海音、さん…!?」
「はい。何でしょうか、道人?」
海音の姿を見ただけで道人は涙腺が緩んでしまう。姫を再会させてあげたかった、と後悔の念が道人を襲う。すると、ヤジリウスが勝手に実体化し、道人の右肩に手を置いた。道人は後ろを振り向く。急に現れたヤジリウスに司令たちは驚いた。
「ヤジリウス…。」
「…大丈夫だ、平常心を保て。ま、俺も人の事は言えないがな…。」
道人は少し笑んだ後、頷いて落ち着いた。再び司令を見る。
「み、道人君?この鎧武者は…?」
「彼は傀魔怪堕で十糸姫がくれた十一本目の糸で生まれた式神デュラハンです。」
「な、何…?」
道人は幽体離脱後の話を司令たちに話した。十糸姫との出会い、傀魔怪堕三大将軍の目的、もう一つの地球の意思の存在の話を。あまりの情報量の多さに司令たちは驚きを隠せなかった。
「わ、わかった…。幽体離脱、か…。いや、道人君、私は君を信じよう。というか、その鎧武者デュラハンが真実だと証明しているしな…。」
「良かったな、道人。俺がいたからすんなり話が通ったぜ。ヒッヒャッ!」
「う、うん…。ありがとう、ヤジリウス…。」
そう言った後、道人は海音が映っているモニターに向かって頭を下げた。悔しさで握り拳を震わせる。
「…ごめんなさい、海音さん…!俺は、姫を助けられなかった…!せっかく再会させてあげられたかもしれないのに…!」
つらそうな道人を見て愛歌と潤奈は近くに寄り添って道人の肩と背に手を置く。
「…道人、顔をあげて下さい…。仕方ありませんよ、それは…。むしろ、私はあなたに感謝したい…!姫がまだ生きていた事を知らせてくれたのですから…!」
「海音さん…。」
道人は顔を上げてモニターに映る海音を見る。
「道人、ありがとう…!私も傀魔怪堕と戦う理由ができました…!何とか私も傀魔怪堕に行けないかどうか考えてみます…!だから、その時は一緒に姫を助けましょう、道人!」
「…! はい、海音さん…!」
道人と海音はお互いに頷き合った。
「よぉーし、わたしもてつだう!いっしょにかんがえようね、みおん!」
「はい、スラン!」
「いいね、いいねぇっ!以前より強まる仲間との友情!インスピレーション、ご馳走様です!」
「…グルーナさん、落ち着いて…。」
道人はスランとグルーナの明るさに道人は和み、笑んだ。仲間と情報を共有できて少しほっとできた気がする。
「しかし、傀魔怪堕の正体が死者を内包する異世界とは…。」
「うむ、わしらで言うと地獄が実在した、というところか…。」
「しかし、生者までも内包するようになった…。」
「はい、何故そうなったのかは姫もわからないと言ってました…。極亞が言っていた地球の意思が二つあるような発言もわかりません…。」
「ふむ、わかるようになった事もあったが、わからない事も増えた…。よし、ありがとう、道人君。偶然とはいえ、傀魔怪堕の情報提供、感謝する!」
司令は敬礼し、道人も敬礼で返す。
「よし、今日はもう解散と行こう。皆、ご苦労だった。」
司令がそう言うと道人たちは敬礼し、司令室を去ろうとする。
「ちょい待ってくれ、道人君、近々そのヤジリウスという奴を調べさせてくれんか?データが欲しい。」
「嫌だね。」
ヤジリウスが即答する。道人は焦って博士に謝った。
「ご、ごめん、博士…!ヤジリウスは生まれたばかりで礼儀がなってないというか…!」
「ははっ、元気でよろしい!ま、気が向いたらでいい。他にもやる事があるしの。」
「はい…。あ、そうだ。博士、制服バリアにはかなり助けられました。ありがとうございます。」
「せ、制服バリア?」
博士は道人の発言に驚いた。
「み、道人…。何?そのネーミング…。他にないの?」
「い、いいじゃないか。制服バリアで。何度か助かって、かなり愛着湧いたからこの名前以外考えられないな。」
愛歌の発言に負けじと道人は自身のセンスに自信を持つ。
「まぁ、良いか!シンプル・イズ・ベストじゃ!」
「…私は良いと思うよ、制服バリア。」
「うーん、一周回ってあり!」
博士、潤奈、グルーナも賛同してくれた。博士とトップデザイナーに認められたのはでかいぞ、愛歌!と道人は更に自信に満ちた。
「ふふん!待ってなさい、道人!あたしがそれ以上のネーミングを以ってその名前を覆してくれるわ!」
「自分でハードル上げて後悔するなよ、愛歌?」
何故だか、道人は愛歌とのやり取りに懐かしさを感じた。日常に戻ってこれた安心感があって、貴重なものだと感じ始める。道人たちは司令室を出て、廊下を歩く。道人のお腹が突然鳴った。
「そういえば、昼ご飯食べてなかったな…。」
道人は後ろから愛歌、潤奈、深也、大樹
の姿を見る。道人にはこの光景も貴重な事だと思い始めた。スマホで時計を見るともうすぐ四時だった。
「…あのさ、みんな!」
道人が話し掛けるとみんなが立ち止まり、道人の方を振り向いた。道人は潤奈を見て提案する。
「良かったらさ、今日これからみんなで作ろうよ!お預けになってた、潤奈の故郷の味、ミスパトの再現をさ!」
○十糸姫(永久式神) 年齢不明
血液型 式神のためなし
誕生日 1月10日 山羊座
身長 155cm 体重 式神のため不明
趣味 あやとり 読書 散歩(行く場所によっては地球の意思の許可が必要)
好きな食べ物 お菓子
嫌いな食べ物 しょっぱい食べ物




