73章 夜空の下の約束
「なるほどねぇ〜っ…。じゃあ、潤奈ちゃんは十糸の森にある宇宙船で暮らしているのね。」
「…は、はい。そうです。」
秋子は楽しそうに潤奈と話しながら晩御飯を食べている。今日の晩御飯はオムライスと肉団子の味噌汁、クリームマカロニサラダだった。秋子の提案で今日は潤奈が家に泊まる事になった。恥じらいが拭えず、もうどうにでもなれ、と開き直った気分で道人は楽しそうな二人を眺めながらゆっくりオムライスを口に運ぶ。
「どう?私の料理?お口に合うかしら…?」
「…はい。このオムライスという食べ物…えっと、甘みと辛さが同時に味わえて美味しいです。」
「そう、良かった!ささ、遠慮せずに食べてね!」
「…はい。よいしょ…。」
潤奈は次に肉団子を箸で小皿に入れて口に入れた。秋子の料理を気に入ってくれたようで笑みを浮かべて食べている。
「奥方殿、良ければ後でレシピを教えて頂きたいのですが…。」
潤奈の隣に座っているフォンフェルが秋子に話し掛ける。
「あら?別にいいけど。」
「かたじけない。私も最近料理を始めた身でして。主が喜ぶような料理をたくさん学びたいのです。」
「あら、そうなの?すごいわね…。」
「…フォンフェル、器用なんです。」
「へぇ〜っ…。私にロボットの教え子ができるなんて…。よし、わかった!私で良ければ教えてあげる!」
「ありがとうございます…!」
「…良かったね、フォンフェル。…私も習おうかな…。そしたら…。」
潤奈は道人の顔を一度見た後、頬を赤らめる。その後、視線を逸らしてオムライスを食べた。
「…何か、新鮮だなぁっ…。普段は晩御飯は母さんと二人きりだし…。潤奈が家でご飯食べるのも悪くないかも…。」
「…え?ほんと?私が一緒にご飯食べると道人は嬉しい…?」
「うん、嬉しいよ。潤奈とフォンフェルがいると賑やかでさ、不思議といつも食べてる母さんのご飯の味がより美味しく感じる気がする…。」
「…そ、そっか…!嬉しいんだ…!どうしよう、今度から来ようかな…。」
潤奈は火照った身体を冷ますように麦茶を両手で持って飲む。恐らく、潤奈も緊張しているのか普段よりテンションが高い気がする。
「うんうん、そうしなさいな!私は大歓迎よ!フォンフェルちゃんも家に来たらたくさん料理を教えてあげられるし…!」
「ちゃん!? そ、それはありがたい…!それならあなたは今日から私の師匠だ…!」
「あははっ、大袈裟ねぇ〜っ!」
フォンフェルもテンション高いのが見て取れた。
「ご馳走様でした。」「…ご馳走様でした。」
「はい、お粗末様でした。」
晩御飯を全て食べ終えた後、道人たち全員で食器を片付けた。終えた後、風呂を入れる準備をする。
「主、私は今から主の服を取って参ります。しばし、お待ちを。」
「…うん、ごめんね、フォンフェル。夜道に気をつけてね?」
フォンフェルは外に出た後、家の屋根を次々と跳ねて行った。
「さて、風呂が沸く前に聞かせてもらいましょうか、世界を救った救世主さん?」
秋子は椅子に座った後、右手を頬に当てて笑顔で道人に声を掛ける。道人はダジーラクの演説の後、ヘリでそう言った事を思い出した。やばい、根に持ってる…!?と
道人は冷や汗を掻く。潤奈がいてくれて良かったと思った。
「…わかったよ、母さん。教えるよ、今までの出来事を…。」
道人と潤奈は椅子に座り、ジークヴァルと会ってからの十一日間と潤奈の過去の話を話した。さすがに長いので短縮して秋子に説明した。途中風呂が沸いたので道人はお湯を止めに行ったりもした。
「…そう…。何だか、よくわからない…。」
そりゃ、まぁ、こんな壮大な話を聞いたらそうなるよな、と道人と潤奈は互いを見て渇いた笑いをする。
「と、とにかく、豪は生きているのね?」
「うん、シユーザーって奴が父さんは切り札だからまだ切らないって発言から察するに父さんはバドスン・アータスの宇宙要塞にいると思う。後、手科さんも…。」
「そう、生きてるのね…。まさか他惑星でレジスタンス活動してるとは思わなかったけど…。」
潤奈から聞いた過去の話の事だ。それは道人も前に聞いて驚いた。
「…豪はいつも寂しそうに道人と秋子さんの写真を見てました。私と遊んでくれた時も、日本語を教えてくれた時も二人の名前をよく出していました。」
「そう、相変わらずね、あの人…。」
秋子は目に溜まった涙を右、左と順に拭った。
「母さん、安心して!僕とジークヴァル、デュラハン・ガードナーのみんなが父さんを助け出してみせるからさ!そうだ、紹介するよ、母さん。僕の相棒、ジークヴァル。」
道人は机にデバイスを立たせて見せた。
「初めまして、母上殿。私はジークヴァル。こうしてあなたと話せるようになれて嬉しい。」
「時々、道人が独り言を話してるのが気になってたんだけど、あなたと会話してたのね…。よろしくね、ジークヴァル。」
「はい、よろしく!」
道人はもう今日は実体化させる事はないだろうと思って、スマホからハーライムを実体化させる。
「こんばんわ、母上殿。私はハーライム。道人のデュエル・デュラハンです。」
「よ、よろしく…。ハーライム…。」
秋子は急に現れたハーライムを見て驚く。まぁ、驚くよなと道人は思う。
「道人、ありがとう。わざわざ自己紹介させてくれて。もう戻しても構わない。」
ハーライムがそう言うのですぐにスマホに戻ってもらった。
「それで母さん。今度さ、事情があってフランスに行かないといけないかもしれないんだ。」
「フ、フランス!?」
さっきから秋子は驚き続きで道人は申し訳なく思う。
「うん、ちょっと用事があってさ…。今度、愛歌と潤奈と一緒に行くんだ。いいかな、行っても…。」
「…全く、止めたって行くんでしょ、道人は…。豪と同じ、いつも私を置いて行ってどっか行っちゃうんだから…。」
「ごめん、母さん…。」
道人は両膝に置いた両拳を強く握る。となりに座る潤奈が右手を優しく道人の両拳の上に乗せる。潤奈を見ると優しく微笑んでくれた。
「いいわよ、行ってらっしゃいな。愛歌ちゃんも潤奈ちゃんもあなたが一緒に行って守ってあげなさい。」
「うん、ありがとう、母さん!」
「…良かったね、道人。」
「うん!」
「ただいま戻りました。」
フォンフェルが潤奈の着替えを持って帰ってきた。せっかく淹れた風呂が緩くなってしまうので今日の話はここまでという事になった。
「ご、ごめん。私から先に入るわね…。早く寝て頭の中を整理したいから…。」
宇宙人とかアトランティスとか、突然話を聞いたらそりゃそうなるよなと道人は納得し、秋子が一番風呂となった。次に潤奈が入った。
「…上がったよ、道人。良いお湯だったな…。」
潤奈がタオルで髪を拭きながら風呂から上がった事を伝えに来た。風呂上がりの潤奈は色っぽくて見てて恥ずかしくなったのですぐに風呂場へ駆ける。衣服を脱いで洗濯機に入れ、風呂場に入った時、ある事に気づく。
「…そういえば、この風呂、潤奈が入った後なんだった…。」
道人は潤奈の入浴を想像してしまい、顔がかつてない程真っ赤になった。恥ずかしさが込み上げてきたので今日は湯に浸かるのは諦めてシャワーにした。道人が最後なので風呂掃除をした後、歯を磨いて自室への階段を駆け上がった。潤奈は秋子と同じ部屋に布団を敷いて寝る事になった。
「…ふぅっ、今日も色々あったな…。明日から学校だし、もう寝るか…。」
時刻は午後九時で明日は月曜日。もうダジーラクの戦島騒動も落ち着いて明日から学校は問題なく開校という事になっている。
「お休み、ジークヴァル、ハーライム…。」
「あぁ、お休み、道人…。」
部屋を暗くし、道人は目を瞑った。
「………。」「………。」「………いかん、眠れん…。」
時刻は午前一時。横になったのはいいが、全然眠れなかった。
「こういう時、よく父さんと…。」
道人は窓を開け、屋根の上に座った。
「そうそう、眠くなるまで父さんと夜空を見ながら話したっけ…。懐かしいな…。」
今日は月が綺麗だった。何も考えずにじっと見ていた。
「…道人?」
後ろから声が聞こえた。自分の部屋からは聞こえないはずの声が。振り向くとそこには抱き枕を抱えたパジャマ姿の潤奈が立っていた。
「じゅ、潤奈…!?な、何か用?」
「…何か眠れなくて…。私もそっち行っていいかな…?」
「う、うん…。」
潤奈は窓下に足を掛ける。潤奈の右手を握って屋根の上に座らせた。安全を確認した後、道人は潤奈の隣に座った。
「…綺麗な月…。地球からだとこんなに綺麗に見えるんだね…。夜はあんまり宇宙船から出ないから、あまり見た事なかったな…。」
「そ、そうなんだ…。そっか…。」
夜空の下の潤奈はいつもと違って見えて道人はドキドキが収まらなかった。月の光で潤奈の長い銀髪が普段より輝いて見える。
「…道人、大丈夫?今日、キャルベンと戦って疲れてるんじゃ…?」
「うーん、何だろう?疲れ過ぎて逆に眠れないというか、色々考え過ぎて眠れないというか…。潤奈も今日大変だったんだろう?」
「…うん、私も眠れなくて…。…道人、聞いてくれる?マーシャルの事なんだけど…。」
「あ、うん…。」
道人は今日司令室での報告の際、マーシャルと潤奈が食堂で話したというのは聞いていた。
「…あの子と今日ね、久々に二人で話せてわかったの。私が食べてるお好み焼きが気になってたから、新しく頼んで食べさせたら喜んで食べてくれて…。」
「ははっ、食べさせたんだ。」
「…うん。敵同士だし、言い争いもしたけど…。戦い絡みの言い争いだけじゃなくて、服の話とか、好きな…えっと、話もできて、姉妹らしい会話ができたんだ…。」
「そっか…。」
マーシャルの事を楽しく話す潤奈を見て道人は微笑ましかった。潤奈の姉としての側面を見たのは初めてかもしれない。
「…それでわかったんだ…。あの子は変わってないって、私の大事な妹のマーシャルのままなんだって…!あの子は私を嫌ってない事も確認できた…!あの子はきっと、私とお父さんを裏切った罪悪感と才能開花の導火線のせいで自分の研究欲がコントロールできてないだけなんだ、って…。私、間違ってるかな…?」
潤奈は涙を目に溜めて隣の道人を見た。
「ううん、潤奈は間違ってないよ。潤奈はマーシャルのお姉ちゃんなんだろう?だったら、その気持ちに間違いはないと思う。もっと潤奈は自信を持っていいんだ。」
潤奈は少し笑んだ後、また落ち込んで下を向いた。
「…私、あの子を助けたい…!私の唯一の妹なんだもの、救いたいよ…!でも、あの子は数々の惑星を滅ぼす事に加担して償い切れない罪を背負ってしまった…!あの子自信もそれで苦しんでる…!私はあの子を許したいけど、他の犠牲になった人たちを考えたら…。私、どうしたら…!?」
道人は泣いている潤奈を優しく抱きしめた。
「…あっ…。」
「…大丈夫。確かにバドスン・アータスのやった事は許されない事だ…。例え改心したとしても、罪を償うのは難しいかもしれない…。でも、だからって諦めちゃ駄目だ…!」
「…道人…。」
「もしさ、マーシャルが償いたいって言うんなら、少なくとも僕はマーシャルを迎え入れるよ。その時は僕も潤奈と一緒にマーシャルに償うチャンスをくれないか、って司令たちを説得するよ!僕だけじゃない、きっと愛歌たちだって…!絶対だ!約束するよ…!」
「…約束…。うん…!」
道人と潤奈は見つめ合って小指同士を繋いだ。
「…そういえば、御頭デパートで言ったね…。今度指切りする時は一緒に歌おうって…。」
道人は稲穂と潤奈がスーパーで指切りした事を思い出した。
「うん、そうだったね…。早速、約束回収だ!」
「「指切りげんまん♪嘘ついたら針千本伸〜ばす♪指切った♪」」
二人で歌い終わった後、指を離して見つめ合った。
「…十糸の森の宇宙船の中で私が罪悪感で涙した時も、道人は私を抱きしめてくれたね…。ありがとう、道人…。」
「うん…。」
道人は自分でもわからずに潤奈の両肩に手を置いた。いや、待て。僕は何をしているんだ?と道人は混乱する。気づいたら潤奈の唇を見ていた。
「…道人…。」
潤奈は頬を染め、目を瞑る。
(いや、待て。僕はまだ中一だし、まだ早いのでは…!?でも、何か良い雰囲気だし、これを逃したら…!?)
「…おのれら、何をしている?」
声がする方を道人と潤奈は慌てて見る。隣の愛歌の家の屋根の上で愛歌がパジャマ姿でしゃがんでジト目で見ていた。道人と潤奈は急いで離れて視線を逸らした。
「何か道人の家から話し声が聞こえると思ったら…。何故、潤奈が道人の家に寝泊まりを…?しかも、こんな夜中に二人で…。」
「ち、違っ…!?潤奈と話してて…!」
「…そ、そう!別に怪しい事なんて…!?」
「むーっ…。怪しい…。フォンフェル!」
愛歌が指を鳴らす。
「は、はい…。何でしょう、愛歌…。」
愛歌の指鳴らしでも来るのか、フォンフェルよ。
「…フォ、フォンフェル!?あなた、いつから…!?」
「申し訳ない、主…。主が屋根上に座ってからずっと…。」
「〜っ…!?」
潤奈の顔が真っ赤になってしゃがんだ。
「私を抱えて道人の家の屋根まで跳びなさい、フォンフェル!」
「は、はい、愛歌…。」
フォンフェルは愛歌の言う通りにした。
「パジャマパーティーをやるんなら、私も混ぜなさい!私も乱入よ!」
「「は、はい…。」」
道人は愛歌と共に座った。でも、道人は心のどこかで少しほっとしていた。逆に残念な感じもあって何とも言えない感じになった。
「…あのさ、マーシャルが償いたいって言うんなら、私も司令たちを説得するの手伝うから。それだけは絶対だから、ね!」
「愛歌…!」
「…うん!ありがとう、愛歌!」
愛歌は右目でウインクしてピースした。
「…いや、ちょっと待て!愛歌、お前いつから話聞いてたんだっ!?」
「おやおやぁっ?気になりますぅ〜っ?どうしよっかなぁ〜っ?」
愛歌は両手を後頭部に当てて右目を瞑り、舌を少し出した。この後、愛歌にどこから聞いていたのかを問い詰める戦いが始まった。もちろん、ご近所さんに迷惑にならないように静かに。




