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ピックアップ作品

【優秀作品】フラッシュモブに巻き込まれました

作者: たこす

こちらは妄想コンテストで優秀作品に選ばれた作品です。

シリーズ内で作品名を統一するために初回投稿時から【優秀作品】をつけてます。

紛らわしくて、ごめんなさい。

「じゃあね、また来週」


 そう言って彼女が手を振りながら別れを告げたのが一昨日おとといの金曜日。

 仕事が終わって二人で飲みに行き、そのまま駅のホームでさよならをした時のセリフだった。


 僕は手を振り返しながらも「え?」と思った。


 来週? 明後日じゃなく?


 明後日、つまり今日は僕の27回目の誕生日。

 表だって言ってはいないけれど、付き合って4年にもなる彼女は知っていると思っていた。

 いや、当然知っているはずだ。

 今まで、幾度となく誕生日にまつわる会話をしてきたのだから。


 誰それが僕と同じ誕生日だとか。

 何々が起こった日が僕の誕生日だったとか。


 それなのに、そんなものすっ飛ばして彼女は「また来週」と言ってきた。

 まるで、何事もないかのように。


 別に祝ってほしかったわけじゃない。

 お互いに記念日なんて特に気にするタイプじゃないし。

 事実、クリスマスやお正月、バレンタインなんて何事もなく過ごしてきた。


 365日、毎日が僕らにとってはなんでもない日なのだ。

 けれども「誕生日は一緒に過ごせないけどごめんね」くらいの一言は欲しかった。


 今年の誕生日は珍しくも日曜日。

 彼女も休みのはずなのに。


 僕はただ呆然とコツコツとヒールを鳴らして去っていく彼女の後ろ姿を眺めていた。



     ※



『お兄ちゃん、今日誕生日でしょ? なんか予定ある?』


 大学生の妹からメールが届いたのは、早朝のこと。

 特に面白いテレビ番組もなく、一人音楽を聴きながら朝飯を食べている時だった。


『特になし』


 内心、舌打ちしつつそっけない文面で返信する。


『あれ? ないの? あやめさんは?』

『来週会う予定。今日は会わない』

『え? 会わないの??? お兄ちゃん、誕生日なのに???』


 その「???」はやめろ。


『お互いそういうのには無頓着なんだよ。記念日に何かお祝いするとか』

『なーんだ。せっかくあやめさんとショッピングできると思ったのに』


 その言葉と同時に、がっかりした表情の絵文字を大量に送られてきた。

 妹は彼女と仲がいい。もしかしたら恋人である僕よりも仲がいいかもしれない。


『残念だったな』

『じゃあさ、お兄ちゃん買い物付き合ってよ。イオネモールタウン』


 は?


 僕はスマホを眺めながら思わず固まった。


『ちょっと前に見に行ってさ。買いたいやつあったんだけどお金なくてあきらめたの。昨日バイト代入ったから買おうかなーって思って。本当はあやめさんに見てもらいたかったんだけど、来ないんじゃしょうがない。お兄ちゃんで我慢する』


 我慢てなんだ、我慢て。

 いや、それよりも……。


『ちょっと待て。なんで自分の誕生日におまえの買い物に付き合わされなきゃならないんだ』

『だって暇でしょ?』


 ストレートな言葉に胸がズキッと痛んだ。

 確かに暇だ。誕生日とは思えないほどに。


『お礼にお兄ちゃんの欲しがってた回転式のコミックラック買ってあげるから』

『いや、別にいらない』

『いらないの!? 欲しがってたじゃん。ラックが回転するから、しまってあるコミックがすぐ取り出せるって。本当にいらないの???』


 だからその「???」はやめてくれ。


『そこまで欲しいってわけじゃないし。あれば便利だなーくらい』

『じゃあ欲しいんじゃん! 喉から手が出るほど欲しがってんじゃん!』

『喉から手は出てない!』

『ねえお願い、付き合ってよー。売り切れちゃうかもしれないんだよー。一人でイオネなんて行けないよー』


 一人で行けよ、と思ったものの妹の頼みを無下に断るのも気が引ける。

 可愛い可愛い(別にたいして可愛くはないが)大事な妹が泣いてすがってるのだ(泣いてないだろうが)。

 行ってやらないこともない。

 第一、せっかくの誕生日に一人でゴロゴロ家にいるなんて切なすぎる。


『わかったよ、付き合うよ。その代わり、回転コミックラック買ってくれよ』

『わーい、お兄ちゃん大好き』


 僕が断ることなんか絶対にないだろうと踏んでいたのだろう。すぐに返信がきた。

 大好きのあとに大きなハートマークが入っていて、僕はクスリと笑った。



     ※



 イオネモールタウンは、この近辺では一番の大型ショッピングモールだ。

 4階建ての巨大な建物で、3階、4階、屋上は駐車場となっている。


 午後2時。


 すでに3階の駐車場は満車で、4階もかなり混みあっていた。

 とりあえず、適当な場所に車を止め、建物の中へと入る。

 中も相当混んでいた。

 さすが日曜日。

 多くの家族や恋人でにぎわい、オシャレな格好をした人たちが闊歩している。


 僕は妹との待ち合わせ場所に向かうべく、1階のフリーホールへと足を踏み入れた。



 1階のフリーホールは待ち合わせ用や休憩用のちょっとしたスペースで、椅子や丸テーブルが並んでいる。

 僕はその一つに腰を下ろし、妹の到着を待った。


 ここもなかなかの混み具合だ。


 そこかしこで会話を楽しむカップル。

 アイスクリームを頬張る親子。

 スマホをいじりながら誰かを待っている人の姿も見受けられる。


 そんな中、ふと一人の女性が目に入った。


 テーブル3個分先に座る、キャリアウーマン風の女性。

 バリバリのスーツ姿でポニーテールが似合ってる30代くらいのきれいな女性だ。


 しかし、そんなきれいな顔立ちとは対照的に、表情は暗く沈んでいた。

 何か嫌なことでもあったのだろうか。

「はあ」と何度も大きなため息をついている。


 ジッと眺めているのに気が付いたのか、その女性は僕に目を向けた。


「あ、やばい……」


 慌てて目をそらす。

 素知らぬ顔でいそいそと懐からスマホを取り出す仕草をする。

 かなりわざとらしい。

 ずっと眺めていたのがバレてしまっただろうかと不安になりつつも、妹へメールを送った。


『着いたぞ。今どこだ?』


 するとすぐに妹から返信が届いた。


『もう中。すぐそっち行く』


 待ち合わせ時間に5分も遅れている。

 これが彼女あやめだったら「可愛いな」と思えるのに、妹ともなると「早く来い」としか思えない。

 不思議なものだ。

 妹も妹で、きっと相手が僕だから適当に行動してるのだろう。


 スマホをしまって再び女性に目を向けると彼女はまた顔を下に向け、思いつめた表情でため息をついていた。

 よかった、僕が見ていたのには気づいていなかったようだ。


 それにしても、落ち込みようがハンパない。

 何があったんだろう。

 恋人にでもふられたのだろうか。


 ジーッと眺めていたその時。


 どこからともなく、バイオリンの音色が聞こえてきた。

 しっとりとした美しい旋律が耳に響く。

 見ると、ひとりの青年が壁を背にしてバイオリンを奏でていた。


 その姿に僕は思わず目を見張った。


 その青年は、バイオリンを弾くにしてはやけに服装がラフで髪の毛もボサボサ。正直、普通にしていたら全く目立たない格好だったのだ。

 にも関わらず、突然バイオリンを弾きだして一帯を魅了しだした。


 それに呼応するかのように、今度は別の場所からバイオリンの音色が聞こえてきた。

 目を向けると、今度は別の女性がバイオリンを弾いていた。こちらの女性も、普通に歩いていたら見過ごしそうなモブさを放っている。


 突然始まったセッションに、僕のいるフリーホールのお客さんたちも「なんだなんだ」とざわめき始めた。


 と、次の瞬間。

 

 隣のテーブル席に座っていた男性が大声を張り上げて立ち上がった。


「──ッ!?」


 思わず顔を向ける。

 体格のいいハンサムな男だった。

 そんな彼がこんな公衆の面前でいきなり歌を歌いだしたのだ。


 驚きよりも混乱がまさった。


 なんだ?

 いきなりどうした?


 まわりの客たちも一斉に振り返って男の方に目を向けた。

 男は、ハスキーな声でバイオリンの音色に合わせてバラードを熱唱していた。

 すると今度は僕の逆隣りの席に座っていた女性が立ち上がって歌を歌い始めた。


「へ!?」


 振り返って女性を見つめる。

 まるで男の歌声に呼応するかのような素敵なデュエットを奏でている。

 と、さらにその後ろに座っていた人も立ち上がり、今度はダンスまでやり始めた。


 その瞬間、僕は気が付いた。



 あ、これはアレだ。

 フラッシュモブってやつだ。



 一般客を装ったパフォーマーが、突然歌をうたったりダンスを始めたりするアレのことだ。

 もともとは海外ではじまったとされているが、最近日本でも行われ、時たまニュースにもなったりしている。


 それがまさかこの場所で行われるなんて。



 いや、それよりもだ。


 これはまずい、非常にまずい。

 僕の座るこの位置は逃げ場がない。


 歌やダンスが始まった瞬間、その場に居合わせた無関係の人々がこぞって離れていった。


 僕はといえば……。

 歌い手やダンサーにはさまれて身動きが取れない。


 そもそも、テーブルが邪魔だ。


 突然のパフォーマンスに、周囲から客が集まってきた。

 皆一様にスマホを取り出して写メを撮っている。


 ていうか、あれ?

 僕、この一員だと思われてる?


 どこからともなく管弦楽団まで登場し、イオネモールタウンのこのフリースペースがオーケストラの場へと変化した。

 華麗なダンスが広がり、ついには僕も立ち上がって彼らの動きに合わせて踊り出す羽目となってしまった。


 一刻も早く抜け出したいのに、抜け出せない。


 ヤバい、マジでヤバい。


 そうこうするうちに、ダンサーたちが一気に周囲に集まり出してきた。

 すでに抜け出す機会を失ってしまった僕は、とりあえず動きに合わせて踊りまくる。

 幸い激しいダンスでもないし、みんな動きがバラバラなのでなんとか誤魔化しがきいている。


 ダンサーたちはそのまま、さっきまで僕が見つめていた女性のほうへと向かっていった。


 女性は女性できょとん、とした顔を向けている。


 そりゃそうだろう、いきなりこんな場所で多くの人たちが演奏やダンスをはじめたんだから。

 一緒に踊ってる僕ですら、たぶんおんなじ顔をしているはずだ。


 ダンサーたちはジリジリと女性のまわりを取り囲んでいくと、おもむろに全員がひざまずいた。

 慌てて僕も跪く。


 なんだ?

 何が起ころうとしてるんだ?


 ……と。


 バイオリンの青年が優しい音色で「ハッピーバースデー」を奏で始めた。

 かの有名な大女優マリリン・モンローが、かの有名な大統領の誕生日に歌ったアレだ。


 そうか、今日はこの女性の誕生日なのか。

 奇しくも僕と同じ誕生日だ。

 なんだか親近感がわいてしまう。

 すると、ハッピーバースデーの曲に合わせてどこからともなく一人の男が現れた。

 キャリアウーマン風の女性が口に手を当てて喜びをあらわにしている。


 これはもしかして、もしかする?


 と。


 男は女性の前にゆっくり歩み寄って、大きな花束をスッと差し出した。

 まさにサプライズプレゼント。

 女性は嬉しそうに花束を受け取るとそのまま男性と抱き合った。


 瞬間、大きな拍手が巻き起こる。


「おめでとう!」


 祝福の拍手を受け、会釈する二人。

 僕もまさか目の前でこんなサプライズプレゼントを拝める日が来るなんて思っておらず、心から拍手を送った。

 さっきまでこの世の終わりのような顔をしていた女性とは思えない。


 よかったなー。

 ていうか妹、早く来い。


 そう思って眺めていると、ふいにその女性と男性が僕のほうに目を向けてニヤッと笑った。


「……え、なに?」


 一緒に跪いていたダンサーたちも、いっせいに僕に目を向ける。


 と、次の瞬間。


 またもやハッピーバースデーの曲が流れ出した。

 今度はダンサーたちが僕を中心に派手に踊りまくる。


 なに?

 なにが起きてるの?


 ハスキーな声でバラードを熱唱していた男性も、素晴らしいデュエットを奏でていた女性も、僕に向けてハッピーバースデーを歌っている。

 さらにはさっき花束をもらった女性も、それを差し出した男性も一緒になって歌いだした。



 こ、これはもしかして……。

 想像したくはないけれど、もしかして……。

 本当のターゲットは「僕」なのか!?


 周りにいたお客さんたちもまさか一緒に踊っていた僕がターゲットだったなんて気づくわけもなく。

「騙されたー」と笑っている。

 いや、僕も笑いたい。

 笑いたいけど、笑顔が引きつる。


 ハッピーバースデーの曲が終わる頃、ようやくこのサプライズの仕掛け人が現れた。


「やっぱり……」


 少し離れた場所からやってきたのは、彼女のあやめと妹の二人だった。


「ハッピーバースデー! お兄ちゃん」

「ハッピーバースデー。ふふふ、驚いた?」


 驚いたなんてもんじゃない。

 恥ずかしくて死にそうだ。


「せっかくの誕生日ですもの。何か驚かせようと思って」


 あやめの言葉に妹が「私が考えたんだよー」と自慢げに語る。

 元凶は貴様か。


「あ、ありがとう……」

「でも面白かったー! まさかダンサーと一緒に踊り出すなんて」

「ふふふ、ほんとに。予想外だったわ」


 ああ、恥ずかしい!

 めっちゃ恥ずかしい!

 一部始終を見られてたなんて!


「で、でも……嬉しいけど、たかが誕生日にここまでは……」


 正直、ショッピングモールに来てるお客さんの邪魔でしかない。

 しかし僕の予想に反してそこら中から拍手が巻き起こっていた。


「誕生日おめでとー!」

「いいサプライズプレゼントじゃないかー!」

「羨ましいぞー」


 まさか見ず知らずの人たちから祝福されるとは。

 思わずぺこぺこと頭を下げる。


「ご協力くださった皆様、ありがとうございました」


 あやめもダンサーやバイオリニストたちに頭を下げる。

 みんな笑いながら手を振ってやりきった感のいい顔をしていた。


 実はこのイオネモールタウンの支配人も「盛り上がるなら」と許可を出していたらしく、知らなかったのは僕と一般のお客さんのみ。

 スタッフもみんなグルになっていたと知ったのはそれからあとのことだった。


 今度は逆に僕が彼女にサプライズしてやろうと決心したのは言うまでもない。


お読みいただきありがとうございました。

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