初恋の人探します
『秘密で初恋の人探します』という闇仕事をとある商会がはじめたそうで、貴族の間で噂になっている。
会う会わないは別として、初恋の人を探してくれるらしい。もちろん高額でだ。
会いたい場合は相手にアポを取ってくれ、秘密で再会させてくれるという。
双方未婚の場合は秘密でなくてもいいが、どちらかが既婚、または両方ともが既婚の場合はやはり秘密で会うことはお約束なのだろう。
政略結婚で嫡男が生まれた後の愛のない夫婦などからは結構需要があるのかもしれない。貴族の世界は狭いようで広い。皆が王都に住んでいるわけではなく、学生時代に王都の学校に来ていても、卒業後領地に戻ってしまうと社交シーズンくらいしか王都に出てこない。
家の繋がりがあったり、友人関係にあれば、いくらでも再会できるが、ただ憧れて遠くから見ていただけの相手なら多分二度と会うことはない。でも、いきなり「あなたが初恋の相手です」と言われた人はどうするだろう。
全く記憶にない相手だったとしても会ったりするのかな?
悪用する人もいそうで怖いな。
今日のお茶会でも、初恋の人探しの話題でもちきりだった。
リリアナとシンシアが楽しげに話している。
「アプト伯爵夫人がハツサガを利用して、初恋の人と再会され、お付き合いされてるって噂になっているわ」
「お相手は?」
「なんでも王立学校の時に憧れていた方らしいわ。没落して今は平民ですって」
「そう、お相手に援助されるのかしら? お相手もラッキーだったわね」
あくまで噂だが、アプト伯爵家はまぁいう大金持ちだ。政略結婚でふたりに愛はなく、伯爵閣下には何人も愛人がいる。男児が3人いるので夫人もお役御免で女主人の仕事をちゃんとしていればあとは自由にしても問題ないのだろう。
夫人の噂を聞いて自分も探してもらおうと思う人もいるのかな?
リリアナはテーブルの上に置かれた焼き菓子をパクりと食べ、私の顔を見た。
「アメリアは興味ないようね」
「興味がないわけじゃないけど、政略結婚でも愛し愛される関係にはなれないのかしら? 跡継ぎを産んだら用済みみたいなのって切ないわ」
「だから、跡継ぎを産んだ後は自由を謳歌するのよ。うちの両親もそんな感じよ。初恋の人ではないけど、父も母も愛人がいるわよ」
シンシアの言葉に私は固まってしまった。身近にそんな夫婦がいたなんて。
私の両親は初恋の相手同士らしい。たまたま領地が隣で爵位も同じ伯爵家だったので、幼い時から交流していて、政略結婚ではなく、ずっと愛を育てて結婚した。そのせいか今でもとても仲が良く、子供達の前でもベタベタしている。
初恋の相手か~。お茶会の帰りの馬車の中で、私はずっと好きだった初恋の相手を思い浮かべていた。
小さい頃、仕事で登城する祖父について時々王宮に行っていた。
ある日、うろうろしているうちに庭園に迷い込み迷子になった私を見つけて、祖父のところに連れて行ってくれた背の高い男の子が私の初恋の人だ。
それから王宮に行くたびに彼は私と遊んでくれた。とても優しい人だった。彼と交換したハンカチを今でも大切に持っている。
私のハンカチを彼もまだ持っていてくれているかな?
祖父が急に亡くなり、しばらく王宮に行くことがなくなり、次に祖父の跡を継いだ父と王宮に行った時、彼の姿はもうなかった。
父に聞いてみたが、彼のことは祖父しかわからないようで、結局彼がどこの誰かもわからず、ただ、ハンカチに刺繍されていた『フレディ』という名前だけしかわからないまま現在に至る。
会いたいな。
あれから10年以上経った。
祖父が亡くなり、父が祖父の代わりに仕事をするようになってからも時々王宮に行ってはいたが、フレディに会うことはなかった。
フレディに会いたい。
フレディは私を覚えていないかもしれないが探してみようかな。
本職のようにはうまく探せないかもしれない。
でも怪しげな本職さんに高額を払って探してもらうのはなんだか違う気がする。
その日から私の初恋の人探しがはじまった。
初恋の人探し。まずは情報を集めねば。とりあえず身内から聞き取り開始!
「お母様、私の初恋の人を覚えてる?」
まずは母に聞いてみた。母はなかなか顔が広い。
「ハンカチの君ね。今流行りの初恋の人探しをお願いするの? それはやめた方がいいわね」
母は困り顔をしている。
「探すなら変な業者じゃなく、うちの使用人にお願いすればどうかしら? あの頃お城に出入りしていた子供でしょ? きっと見つけられると思うわ」
「でもあの時は見つからなかったわ。あれから10年以上経つし、手がかりも少ないでしょう?」
確かにあの時も父に頼んでフレディを探してもらったが見つからなかった。
母は相変わらず困り顔でふふふと笑った。
「あれは……お父様がやきもちを焼いてちゃんと探さなかったの。可愛いミリーをフレディなんて奴に取られてたまるかってね」
はぁ~?! なんだそれ! 私はきっと鬼の形相だったのだろう。母はため息をついた。
「そんなに怒らないで。お父様はミリーが大好きだもの仕方ないわ。お祖父様が生きておられたら、何かわかるのにね」
大好きとか言われてもね~。当時私はまだ5歳くらいだった。探してくれてもいいじゃないの。
「とにかく、私が自分で探してみます。無理ならご縁がなかったとあきらめます」
それからしばらくの間、私は父と口を利くのをやめた。
数日後、父から「フレディ探しに協力するから許してくれ」と謝られ、仕方なく許すことにした。
母の話だと、父はかなり凹んでいたらしい。溺愛する娘に嫌われちゃったら死ぬしかないとほざいていたらしい。母は呆れた顔をしていた。
父はなかなかできる男らしいが、私がからむとポンコツになるそうだ。そんなことを言われても知らんがなだ。
早速、父から祖父と一緒に働いていた人がまだ職場にいるからフレディを知らないか、聞いてみようかと言われた。父がイマイチ信用できないので私も同席させてもらうことにした。
その人は当時も今も祖父や父の補佐をしているという。
「あの頃も今も、色々な人がここにはくるからね。どこかの子息だろうから王立学校に通っているのではないかな? そちらから探してみたらどうだろう?」
なるほど学校か。私は淑女学校に通っている。淑女学校は貴族の令嬢が通う女子のみの学校。こんなことなら王立学校に通えば良かった。
フレディは私と同じくらいの年齢だと思う。
でも、デビュタントボウルの時、フレディらしき人はいなかった。だからちょっと年上なのかもしれない。
たしか、シンシアにひとつ年上のお兄様がいたはず。
私はシンシアに学校でフレディらしき人がいないかお兄様に聞いてもらうことにした。
「フレディか。子供の頃に大柄なら今も大きいよな? それに王宮にいたとなると、それなりの身分か、親が文官が騎士かもしれない。あいにく、私の学年にはそんなフレディはいない。まぁ、気を落とすな。ちょっとまわりに聞いてみてやるよ」
「こう見えてお兄様は交流が広いから大丈夫よ。アメリアの初恋の人探し、楽しみだわ~」
シンシアの家は両親は仲が良くないが、そのせいか兄妹の仲はとても良い。シスコンのお兄様は妹のお願いはなんでも聞いてくれるそうだ。私は弟ばかりなので羨ましい。
「でも、夜会なんかで会っているはずじゃない?」
「確かにそうかと思って、出席した夜会では探してるんだけど、まだ遭遇してないのよね」
私はこっそり、デビュタントや他の夜会でも、フレディらしき人を探しているのだが、まだ見つからないのだ。
私の初恋の人探しのことを聞きつけたリリアナがうちにやってきた。
「もぅ、私にだけ内緒なんてひどいわ。私にも協力させて!」
「内緒にしていたわけじゃないのよ。ありがとう。でも情報が少ないの」
「貴族名鑑は? 全貴族が載っているわ」
「うん。見ているんだけど、多すぎてなかなか……」
「協力するわよ!」
ということで、シンシアも巻き込み、3人で貴族名鑑からフレディを探すことになった。
フレディという名前は思ったよりたくさんいた。しかし、私と同年齢かもしくは少し上にフレディはいなかった。
「見つからないわね」
シンシアがため息をつく。
フレディ捜索は泥沼化していった。
◇◇◇
「なぁ、ミリー、フレディを本職のに依頼しようか? ここまで見つからないとなると我々では無理だ」
父の提案に驚いた。
「本職とは胡散臭いハツサガの商会ですか?」
父は慌てて顔の前で手を振る。
「違う違う。暗部だよ」
「暗部?」
「陛下にちらっと話したら、暗部のディール家に頼んでやろうかっておっしゃってさ」
父はこう見えて宰相だったりする。そりゃ陛下と世間話するわなぁ。
でも、娘の初恋の人探しを国の暗部に託すなんて……。
いや、ないない。断ろう!
「それで、明日王宮に来いと言われた。暗部の担当者と顔合わせらしい。明日は私と一緒に登城するからな」
え? え? え~!!
「それなに、断れないの。いやそんな。えらいことになったわ」
私の初恋の人探しはとうとう国王陛下や国の暗部を巻き込むことになってしまった。
◇◇◇
私が王宮に上がり、陛下とも謁見するというので、朝から我が家はてんやわんやの大騒ぎだ。
こんな騒ぎはデビュタント以来かもしれない。
侍女達に湯浴みやらマッサージやらヘアメイクやら、わやくちゃにされ、コルセットをギューと絞められたかと思ったら、ドレスを着せられ、超着飾った私が出来上がった。
こんな豪華なドレス、重くて苦しい。子供の頃は王宮に行くといっても緩いワンピースでよかったのに。大人になるとはめんどくさいことだ。
「お~ミリー、美しいなぁ。母に似て良かったなぁ」
それは遠回しに母が美しいと言っているのか?
「ほんと、フレディが見つからなくてもこんなに綺麗なら素敵な人が見つかるわよ」
母もなんだか適当なことをいっている。
しかし……なんだかこんなことに国王陛下や暗部の方々まで巻き込んでしまい申し訳ない。ほんとに穴があったら入りたいわ。
私は困り顔のまま父にエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
「お父様、暗部の方々ってどんな感じですの?」
「ん? 暗部か? 当主のアンディは仕事柄、見た目は怖いが中身は良い奴だ。多分」
多分ってなんだ?
「まぁ、長いことリアルで会ってないからな。暗部の奴らはあまり表に出てこない。社交もしないから、学校を卒業してから会ってないのだ」
学校を卒業してから会ってないなら、もう何十年も会ってない?
「連絡も?」
「連絡はとっているさ、奴らは魔法を使うから魔道具で連絡は取れる。仕事関係の依頼もたくさんあるからな」
暗部に依頼って父はやばい仕事もしているのだろうか?
まぁ、宰相だし、色々あるのだろう。
そんな話をしているうちに馬車は王家のプライベートエリアのエントランスに到着した。
入り口にいた護衛騎士達が父に頭を下げる。
出迎えの家令? 王宮だと呼び方違うのかな? うちでいう、家令や執事のような人が中まで案内してくれた。
私たちはプライベートエリアにあるサロンに通された。中では国王陛下が待っていた。
「アメリア久しいの」
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
久しぶりにカーテシーをした。
「話は宰相から聞いたぞ」
陛下は優しい笑顔だ。
「この度は私事でご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。父に探してほしいとは申しましたが、まさか陛下のお手を煩わせることになってしまい恐縮しております」
「いや、気にせんでいい。今、貴族の間で秘密で初恋の相手を探すのが流行っておるようだな。年配のそれは良い感じはせぬが、若い者のそれは美しくて良いな。宰相の話では、アメリアはずっとそのフレディを思っていたそうではないか。良い話だ」
良い話? そうなのか?
「しかし、暗部の方々はお忙しいでしょうし、私のような者のために大切なお時間をいただくのは忍びのうございます」
「まぁ、私の楽しみということでよいではないか。うまくいった暁には、二人の挙式は私が仲人をしようぞ」
陛下はハハハと笑った。
なんだそれ。陛下に仲人をしてもらうなんて畏れ多くて無いわ~。
私と父は客間に案内された。暗部の人達が来るのをそこで待つ。
「お父様、なんでこんなに大袈裟にしちゃったのですか。もう困ります!」
「いや、私もちらっと話してしまっただけなのに、こんなことになって困っているんだよ。まさか暗部に探してもらうとは。前代未聞だな」
父は苦笑を浮かべる。
父の話では、陛下と父とアンディ・ディール侯爵は王立学校の同級生なのだそうだ。陛下と父はよく一緒にいて仲がいいのは知っていたが、ディール侯爵は役目柄、あまり表に姿を現さないそうなので仲が良いことを知らなかった。
ーコンコン
「失礼する」
扉が開き、大柄で威圧感のあるおじ様と同じく大柄で冷気漂うような冷たい表情の青年が現れた。侯爵と誰だろう?
二人とも黒髪に黒眼。独特のオーラに圧倒される。
侯爵が父の顔を見た。
「久しぶりだな」
父は恐縮しているようだ。
「アンディ、つまらないことを頼んで申し訳ない。断ってくれて構わない」
侯爵はニヤリと笑った。
「いや、それがな、もう見つかったんだ。というか、フレディもミリーを探していたのだ」
えっ? 見つかった? フレディも私を探していた? 私は真っ白になった。
侯爵は後ろを振り返った。
「なぁ、フレディ」
後ろの冷気漂う人がフレディ?
フレディと呼ばれたその人は戸惑ったような表情で私を見た。
「ミリーなのか?」
冷気漂うその人は、ちょっとはにかんだような表情になった。
「フレディなの?」
「あぁ」
「でも、どうして? 確かディール侯爵家にフレディなんていなかったはず……」
「アルフレッドだ。子供の頃から家族には愛称でフレディと呼ばれていた」
アルフレッド? そうかフレディとは愛称だったのか。
そして彼はポケットからハンカチを出し、広げて見せてくれた。そこにはミリーと刺繍が入っていた。
「このハンカチは俺のお守りなんだ。どんなに辛い時もこれを見て、ミリーに会えると思って頑張ってきた。修行が終わり、王立学校に入学した時ミリーを探した。でも見つからなかった。それこそ暗部の力を使ってミリーを探し、やっとミリーが見つかったら、ミリーも俺を探してくれていた」
フレディが私を探してくれていたなんて。嬉しくて涙が出そうだ。
「ミリーは小さい頃から家族が呼んでいる愛称よ。私の名前はアメリア、アメリア・ブルームです」
私達のハンカチに刺繍されていたのは名前ではなく愛称だったのだ。
祖父が亡くなり、私が現れなくなった頃、フレディも暗部の修行に行くために王宮から消えたそうだ。
だから、いくら探しても王宮に現れなかったのだ。
暗部の人間は王立学校には3年間通う。そしてまた表から姿を消すそうだ。もちろん友達とは連絡はとれるらしい。
フレディは暗部の人間なので滅多に社交界に出ることはないそうで、夜会で探しても見つかるわけがなかったのだ。
「まさか、アメリアの愛称がミリーとはきづかなかったよ。しかも思ったより俺達は年が離れていたのだな。俺が在学中にはミリーはまだ入学前か」
「ええ、それに私は王立学校ではなく、淑女学校に通っていたのでどちらにしても接点はなかったのですわ」
私達は顔を見合わせ微笑みあった。
父や侯爵の話だと、会えなくなって10年以上経っているはずなのに、その時の私達はずっと一緒にいたかのような空気感を醸し出していたように見えたという。
私達はその場ですぐに婚約し、私の卒業を待って結婚した。
暗部の次期当主の妻になった私は、苦手な社交はしなくても良いし、表に出なくてもいいので超楽ちん生活を過ごしている。
私の仕事は領地の子供達に読み書き、計算を教えることだ。義母と一緒に毎日、子供達に教えている。
代々当主の妻は暗部の家以外から嫁いてくるのでこれがメインの仕事になったそうだ。領地に引っ込み、危ない仕事は全くやらない。領民は全て暗部の訓練をしているので、守られている感もあり快適な毎日だ。
あの頃、貴族の間で流行っていた『ハツサガ』こと初恋の人を探す商売は、成りすましや悪質な業者が増えた事で取り締まりが厳しくなり、無くなったそうだ。
まぁ、秘密裏にはまだ存在するのだろうが、もう、貴族達の噂は違うネタに移ってしまっている。貴族達は移り気だからね。
やっぱり初恋の人は怪しげな業者ではなく、自力で探すべきなのよね。そうしたら私のように幸せな結果が得られちゃうのよ。
どこが自力なのかって? まぁ、自力でもないか。安心安全な人達を巻き込んじゃったからね。
皆さんも忘れられない初恋の人がいるのなら探してみては?
気持ちが強ければ国王陛下や暗部も力になってくれるかもよ。
〈おしまい〉
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