母の発作
長い歩道を進んで行くと、朽ちかけた木の柵に囲まれた古い木造の一軒家が見えて来た。
アーセタはここで、両親と年の離れた弟の四人で暮らしている。
祖父が建て、築五十年は経っているこの家はお世辞にもおしゃれとは言えず、床や屋根、水周りなどにすぐに異常が出て、頻繁に修復が必要である。
それでも両親には思い出の深い場所であり、リフォームなどをする素振りはない。
建て付けの悪いドアを開けてアーセタは家の中に入った。
「ただいまぁ」
家に入ると、奥から弟が泣いている声が聞こえて、アーセタは慌てて家の中に駆け込んだ。
弟のスダヌーは年が十も離れていて、まだ七歳だ。
そのくせ好奇心が旺盛で、できることとできないことの判別も付かず、なんでも真似をしたがる。そのため、よく無理をしては怪我をして泣いている。
ちょっと買い物に出掛けただけだったし、家には母親もいた。それで安心して出掛けたのだが、どうやらまたなにかやらかしたらしい。
「スダヌー、どうしたの?」
アーセタは泣いている弟の身を案じて、スダヌーの声がするリビングへ飛び込んだ。
「うぅ……。ねぇちゃん……。かぁちゃんが……」
ソファーの前で蹲っていたスダヌーが振り返って、アーセタに涙声でしがみついてきた。
「おかあさんがどうしたの?」
アーセタはスダヌーを落ち着かせるために髪を撫でながら、母親の姿を探した。
二人の母親は持病を持っていて、普段は元気だが一度発作が起きると命にも関わる。もしもまた発作が起きてしまっているのだとしたら、すぐに医者に診せなければならない。
「お母さん!」
母親はスダヌーが屈んでいたソファーに横になっていた。胸を押さえて、苦しそうに荒く呼吸をしている。恐らくは、アーセタが出掛けている間に発作が起きてしまったのだ。
「薬は!」
「ない……」
泣きじゃくっているスダヌーを邪険に押し退けるわけにも行かず、優しく髪を撫でながら一緒にソファーまで行き、母親の顔を覗きこんで状況を確認した。
いつもの発作の時の症状が出ている。やはり起きてしまったのだ。
「ないって、いつも予備で家に置いてるじゃん。引き出しになかった?」
「ない」
「そんなはずは!」
アーセタは立ち上がると、念のためにいつも薬がしまってある引き出しを探してみたが、スダヌーの言う通り薬はなかった。薬を切らしてしまったのだと頭では分かっているのに、アーセタは焦ってそれを認められず、あるはずだと引き出しの中を探し続けた。
「ねぇちゃん、かぁちゃん死んじゃうの?」
アーセタから離れず、きつく服の裾を握り締めてスダヌーが聞いてきた。
その言葉がアーセタを冷静にさせてくれた。自分は姉だ。しっかりしなくちゃいけない。
「大丈夫だよ。お母さんはお姉ちゃんが助けるから! スダヌーはお母さんに着いててあげて。ほら、手を握ってあげると、お母さん少し楽になるみたいだから」
視線をスダヌーに合わせて、優しく髪を撫でてやりながらアーセタは微笑んで言った。
「うん! かぁちゃんはおれが守る!」
スダヌーは顔を上げてアーセタを見つめ返すと、涙で濡れた顔で力強く頷いた。
勿論、手を握ると楽になると言うのは口を衝いて出た言葉だったが、泣いてばかりでいたスダヌーが元気になったのを見ると、あながち間違いでもなかったと思った。
「うん。それじゃあ、お姉ちゃんはお医者さんを呼んでくるね」
アーセタは冷静を装ってリビングを出ると、慌てて廊下を駆け抜けて外へ飛び出した。
スダヌーの前だったから必死で押さえていたが、母親の発作は一刻を争う。一秒でも早く医者に処置をして貰わなければならないのだ。
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