日常生活
翌日、陽も昇らないうちに二人は待ち合わせて、街の中央にある教会にいた。
今日も町で苦しんでいるものを救うため、訪れるものを治癒しようとここで待っているのだ。
しかし、まだまだ起きている人は特殊な職に着いている一部の人だけの時間帯だ。
こんな時間に訪れてくるのは、今すぐ命を左右する怪我や病気に苛まれているものだろう。
実際に、今は教会にアーセタと青年しかいない。
アーセタは青年が喉を潤わすときに飲むために、森で一番綺麗で美味しい湧き水を汲んできて用意していた。冷やしたほうが良いのかと思ったが、青年は常温を好むらしい。
人が訪れてくるまでは二人きりだ。アーセタは、青年との静かな時間を楽しんでいた。
「このまま誰もこなければいいのにな」
青年が人を救うのを使命にしている以上、それは思ってはいけない事だと分かっているが、そう思わずにはいられない。二人の時間を壊されるのは嫌だが、まだ我慢はできる。
ただ人を救うたびに青年の体が蝕まれていくのが辛いのだ。青年は後何人なら救っても大丈夫なのだろう? 後何回ならあの術を使っても樹木にならずに済むのだろう?
遠くない未来に絶対に訪れる別れと言う、目には見えない恐怖だけが沸々と込み上げてくる。
「誰も来なきゃ、僕がここにいる理由がなくなるよ」
青年は困ったような笑いを洩らすと、肩を竦めてアーセタを見返してくる。
「だけど……」
アーセタが言い淀んで俯くと、青年はその心意を悟ったように微かに微笑んだ。
「大丈夫だよ。樹皮化はそんなにすぐには進まない。吸収した人を浸蝕しているものが、僕の許容範囲を超えたときに少し進むだけだよ。だから、そんなに神経質になるほどじゃない。
大丈夫。僕はまだ君と一緒にいられる」
「うんっ。それなら無理しないように、わたしが調整するね?」
アーセタは青年に近付くと寄り掛かった。
青年は嫌がる素振りを見せずに、微笑んでそのままでいてくれた。
「うん。僕も非常事態じゃなければ、君の言う通りにするよ」
寄り掛かるアーセタの頭に頬をすり寄せるようにして、青年が優しく囁いた。
その後、数時間は二人の時間を楽しんだが、時刻が七時を回った頃、一人の老人が訪ねてきたのをきっかけに、大勢の人たちが押し寄せてきた。
水を飲めば回復するという青年の話を信じ、数人に一人の割合で休憩を取り、山から汲んで来た綺麗な湧き水を飲ませた。
町の人たちの中には、待たされて不満を上げるものもいたが、青年が市役所の人に事情を説明すると、市役所の人が町の人に説明してくれ宥めてくれた。
一大事の人は少なく、市役所の人が愚痴を聞いてあげれば、町の人も急かすことなく待ってくれ、青年は十分な休憩を取りながら治療をすることができた。
「大丈夫?」
それでも町の人の怪我や病を体内に取り込んでいることには変わらない。
アーセタは心配になって訊ねてみた。
「大丈夫だよ。凄く快適に浄化をさせてもらっている。許容量はまだまだ遠い」
青年は柔らかく微笑んで、くすりと喉を鳴らした。
「うん。それじゃあ、再開しようか」
二人は休憩を終えて、再び町の人の浄化を再び始めた。
青年は何人も、何人も患部に手を翳してその苦しみを吸収し続けているのに、アーセタはただ傍で見ていることしかできないのが歯痒かった。
青年になにもして上げられない自分が嫌で、アーセタはせめてもと湧き水を汲みに行った。
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