青年の誇り
「そのお腹……」
青年はアーセタを見つめたまま、静かにすべてを諦めているような寂しい笑みを浮かべた。
「ごめんね。こんな醜いものを見せちゃって」
青年は樹皮で覆われた場所を撫でながら静かに囁いた。
アーセタは、恩人にそんな顔をさせてしまった自分の浅はかさを呪った。
「ごめんなさい。私、凄く失礼なことを言っちゃって……」
今更とも思ったが、アーセタは青年を不快にさせてしまったことを素直に詫びた。
青年は怒り出すこともなく、穏やかに微笑んだままで頭を左右に振る。
「人は自分とは違うものを認められない生き物だから仕方がないよ。だけど、間違えないで。それは決して悪いことじゃないよ。家族や仲間を危険から遠ざける大切なものだから」
青年は微笑を浮かべているが泣いているように見えて、アーセタは胸が苦しくなった。
「ちょっと驚いちゃっただけで私は醜いなんて思ってないよ! あなたを違うものだなんて私は思わないよ?」
必死でアーセタは訴えた。罪悪感とかではなくて、そう思っているのは本心だ。
「ありがとう。嬉しいよ。君は優しいね。だけど、仕方がないんだ。僕は人間じゃないから。
この樹皮は、間違いなく僕の体の一部だよ。移植でもなんでもない。
だけど僕はこの部分を疎んでいない。むしろ、僕にとっては誇りなんだ」
樹皮の部分をゆっくりと撫でながら、青年は微笑んだ。
「誇り?」
不思議に思ってアーセタは青年に問い掛けてみた。お腹が樹皮などアーセタだったら誇りだなどと思えず、忌み嫌ってしまうだろう。
「人間である君には理解できないかもしれないね。だけど言ったでしょう?
僕は人間じゃない。僕は植物から生まれた人とは異なる存在なんだ」
青年は静かに言うと、微笑んだままで瞳を閉じた。
現実味のない話にアーセタは呆然として青年を見つめていたが、こんな一大告白をされているというのに、青年の整いすぎた顔を見つめて綺麗だと思っていた。
「聖書の一説に出てくる、神に作られたに最初の人類、アダムとイヴの話を知ってる?」
「え? 蛇に唆されて知恵の実を食べて、楽園を追放されたって言う、創世記の?」
唐突に話を振られて、戸惑いながらもなけなしの知識を絞り出してどうにか答える。
「そう。稀に言う、失楽園だね。その後、アダムとイヴは大勢の子孫を残して、その子孫たちはこの世界で様々な奇跡を起こし、多くの人を救って『救世主』と呼ばれた。
だけど本当は、アダムとイヴは楽園を追放された後、人間界で植物になったんだ。
伝承にある救世主たちはみんな、その木から生まれた、人の形をし自らの意思で動くことができた植物だよ。
みんな様々な奇跡を起こして、持っている力を使い果たして樹木へと還り、その後は自然の一部になって星と一体化して、今も人間を見守っている。
僕はその末裔に当たる。僕も力を使い果たしたとき、同じように樹木に還るんだ。
この樹皮の部分はその前触れ。そして、これまで僕が人々を救ってきた証だ」
青年は樹皮の部分を撫でて、満足そうに微笑みながら言葉を綴る。
人を救うためにのみ生まれてきて、人を救い、そして樹木に還る。
青年はそんな生き方を、運命を受け入れていた。
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