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第2話 「修羅」

家に帰ってきたグランハルトは荷物を置くと、再び森の奥地へと足を踏み入れていた。村の入り口にはデンゼルガ辺境伯ら一行の姿はなかった。おそらく、村長の自宅に招かれたのか、あるいは他の村人のところへ行ったのだろうと推測できる。森の奥地に辿り着くといつもと変わらず森の動物たちの鳴き声が聞こえるだけで静かだ。グランハルトは徹底的に準備体操を行う。隅々まで鍛え上げられた筋肉を柔軟に伸ばし、その身体に熱を帯させる。そうして体をあたためると、深く一呼吸をつく。顔を上げて先の方をじっと見据える。

そして彼は走り出した。木々の隙間を潜り抜け、地響きを小さく轟かせて。すれ違う中小動物のことを目にも留めず、あるいは障害物のように飛び越えたりしてただ走る。徐々に身体中が火照り始め、呼吸も荒くなる。全身から汗が吹き出して、流れた雫が目に入って鬱陶しい。ただそれでも彼は走る。何百も、何千も、何万も。しばらくすると体が悲鳴を上げ始めた。思うように足に力が入らない。眩暈も痺れも感じる。本来ならここで一度休憩するべきなのだろうが、それでも彼は止まらない。それがグランハルトという男なのだ。身体の丈夫さだけでない。心までもがタフなのだ。だからこそ諦められない。倒れるまで、意識がなくなるまで、自分の限界までその力を振るう。すると、彼の視界が横に倒れる。そこから景色が一度も変わらない。彼は地面に倒れ伏したのだと気づく。彼はやりきれなさを感じたまま休息をとることにした。


ティアナ「本当に化け物ね。あんなのもはや人間ですらないじゃない。」


休息をとる彼から少し離れた木の枝で彼を観察する少女がそう呟いた。

しばらくして彼は十分に動けるようになると、自重を始めた。姿勢を正し、ゆっくりと着実に。自身の体にその負荷を少しずつ蓄積させていく。腕,足,腹,背中。自重による過剰な負荷は限界の超えた彼の体をさらに破壊していく。それでも動いているものだから、彼の底知れなさが尋常でないのは明らかである。そうして自重を終えると、柔軟を自身に施す。溜まった疲労物質を血流で流し、固まった筋肉をほぐす。すると突然立ち上がる。様子が変わる。明らかに何かを警戒しているようだった。彼は腰に身につけたナイフを取り出して構える。少しの静寂の後にそれは現れた。大きくはない。しかし、それでも人に恐怖を与えるには十分なほどの爪と歯、そしてギラリと光る瞳。8匹のブルーウルフが草陰から姿を見せる。レッドベアーのように唸り声を発している。こちらに対して明確な敵意を向けていた。それでも彼は微塵も顔色を変えない。ナイフを構えたままじっとその場にとどまる。そして、仮の時間がやってきた。端にいた2匹がこちらに向かって走り出す。口を大きく開けていかにも噛みちぎってやるという意志をこちらに感じさせながら。そして彼にその牙が立とうとした。そして、ほとばしる鮮血が視界に映し出される。だがしかし、やはりそこに彼の姿はない。激痛が首筋に走る。彼は2匹が後ろに立っていた。レッドベアーの時と同じように。まるで何も理解できなかった。首を切られた2匹以外には。その恐ろしさを目の当たりにした他のブルーウルフは唐突に吠え出す。彼を近づけさせないように。必死に。目を血走らせながら。遠くで見ていた少女の顔が見る見るうちに青ざめていく。その一部始終を見ていたからこそ恐怖を感じる。


ティアナ「何なの…あれ…。」


左右から挟み込まれるようにして彼の腕や腹にブルーウルフの牙が刺さろうとした寸前、彼は右足に体重をかけたまま右から来た1匹の首に目掛けてナイフを振り上げる。肉が裂け、鮮血が溢れる。そしてそのまま振り上げたナイフを左から来たもう1匹に振り下ろす。同様に首筋に赤い一線が走る。血は止まる事を知らず、通り過ぎる彼に噴水の如く撒き散らす。彼は今、殺した2匹の血で真っ赤に染まっていた。そして、彼の姿はもう人のそれではない。いや、人の形は成してる。しかし、彼から溢れるオーラ的なものが姿形を歪ませる。それはまさに修羅という他になかった。圧倒的暴力の前では目の前の獣など小蠅に等しい。そう物語っているのがひしひしと伝わる。体も心も彼を目にするだけで震えてしまう。

その彼はゆっくり、ゆっくりと目の前に群がるちっぽけな命に歩み寄る。獣たちは自分の身を守るため、その防衛本能の赴くままに彼に向かって飛びつこうとした。だが、その決死の覚悟も現実は無情にも切り捨てる。無謀だと指を差されて言われてしまうみたいに。歯向かう子犬たちの命を彼は着実に奪っていく。苦しまないように一撃で首を切断する。あるいはその手で軽く首を折る。あるいは内臓を破壊するほどの威力で蹴り飛ばす。そうして出来上がった。死体の山が。彼はその上に立っていた。化け物。そんな言葉などとうに超えていた。血の雨に打たれる彼の顔は鬼のようで村の一少年の皮を被った何かであった。幼い頃から魔法の修行をしてきた彼女だからわかる。彼女が彼と戦っても勝てる確率は五分五分。もし彼が魔法を使えるのであれば30にも満たないであろうと。そこで思い出す。勇者のはるか昔に生きていたとされる伝説の存在を。


ティアナ「覇王…。」


圧倒的実力で魔物をねじ伏せ、人類に多大な勝利をもたらしす人間まがいの化け物。彼がもし本当にそうであるのなら…。

そう考えていると、彼女は目を見開いた。先ほどのところから彼の姿が消えていた。その周囲を見回してもどこにもいない。すると突然、自分の立っていた木が激しく揺れる。その振動に立っていることができず、姿勢を崩し、彼女の体は落ちる。地面と衝突する直前に姿勢を整えた彼女は風魔法を展開し、激突を免れる。しかし次の瞬間、足から地面の感覚が唐突になくなり、体が背中から打ち付けられる。目の前にはナイフを振りかぶった修羅の姿がそこにあった。そのナイフは彼女に目掛けて凄まじい速度で振り下ろされて…。

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