中:悪魔、共に調査をする
「ヘディニスさん、何処へ向かうんですか?」
「まずは巷の話からだろ。人の噂は何とやら、ついでに鳥の噂は何とやら、だぜ」
比較的な繁華街に辿り着けば、時間も相まって、多くの人々が出歩いていた。しかし王族が起こした殺人未遂に沈んでいるのか、そこまで賑わいが無い。そんな彼らの話に、木の上から耳を傾ける。
「まったく、あの罪人王子め。アルモーゼ国王を毒殺しようとするとは」
「確かに殺せば地位は思うがままだが、やり方が稚拙すぎるぜ」
「お陰でアルモーゼ国との繋がりも、一気に縮小しちまった。せっかく商売相手が出来て、普通の生活が出来ると思ったのに!」
こうして国民に言われるだけでなく、辛い生活をさせているのを見ると・・・ジールは胸が痛んでいた。統治者として権力を持った以上、国に尽くして国民の生活を保障する。それが使命なのに・・・。
「キューバッハ様は、今後どうされるつもりだろうか」
「もしかしたら立て直すために、アルモーゼ国の支配下になるかもって噂さ。でも、そっちの方が仕事もあるし楽かもねぇ」
一方のヘディニスは「キューバッハって誰だ?」と、呑気に尋ねた。
「キューバッハ・ワイド、母方の叔父です。実家が宝石商で、その縁で父と母は婚約したと」
「あぁ。エルディック国の特産品には、アメジストもあるのか」
エルディック国の北部は、ほんの少しだが鉱山がある。数十年前、当時は珍しい紫色の宝石が発掘され、隣国のワイド宝石商が目を付けた。
鉱山の採掘権を独占する代わりに、利益を国に還元する名目で、エルディック王族と繋がりを持った。以来、キューバッハは宝石商もしつつ、王族の補佐として動いてきたという。つまり、2国の架け橋になっている状態だ。
国王夫妻は亡くなっており、王子も罪人となった現在。エルディック国の最終的な統治権は、キューバッハに渡っている。
「ただ叔父上は、実家や味方の上流階級が有利な政策ばかりしているんです。しかも鉱山からアメジストの採掘量が減っていて、周辺国でも発見されて相場も低くなっているのに、採掘費用はドンドン増やしていて・・・財政圧迫を進めていて。閉山すべきだと、何度言ったことか」
ふーん、と上の空で聞いていたヘディニス。あんな光るだけの石ころを、国を滅ぼしてまで求めるのか・・・やはり人間は不思議だ。この国が終わるのは明白だな、とは流石に言わないでおくが。
「嫌だねぇ、キューバッハって男」
「あーんな自分勝手な奴に、王政なんて出来るのかなぁ」
ふと、隣の木からそんな会話が聞こえてきた。見れば本物の鴉たちが、何やらキューバッハについて話しているようだ。これは良い機会だと、ヘディニスは話に介入する。
「おい、俺たち最近ここに来たんだが。キューバッハって男、知ってるのか?」
「うん、ちょっと嫌~な噂が多い人なんだよねぇ」
それから本物の鴉たちは、カァカァと騒ぐように話し出す。
キューバッハ・ワイドは、確かに仕事は出来る。その一方で融通が利かず、人の好き嫌いが激しい。邪魔者は、徹底的に排除する奴だという。
宝石商の仕事でも、王政でも、反対意見は許さない。鉱山開発の中止を求めた同僚や、貴族優位の政策に反対した文官を、裏で揉み消した。
また、宝石商で取り扱う宝石を、美しく若い女たちに、口説きながら渡すのが趣味らしい。次はもっと綺麗なモノを渡すから、また会いに来ても良いかな・・・と、誰にでも言っては逢瀬を繰り返しているという。
「いやぁ、王宮の外にも聞こえるくらい、怒号が酷かったよ。ボクらの鳴き声より、うるさかったなぁ」
「でも良いなぁ、あんなキラキラしたモノをいっぱい持ってて。それに毎度貰える人は、幸せ者だねぇ」
4羽の鴉がカァカァ鳴いて、流石にうるさかったらしい。鴉の集団めがけて、「こんの鴉どもめ!」と店の女将が箒で攻撃してきたではないか。慌てて2人も飛び立ち、路地裏に避難する。
(自分に反対する奴を許さない上、女を繋ぎ止めるために宝石を使う・・・。権力さえ無ければ、とんだ人望無しだな)
相変わらず、こういう奴の話は聞いていて面白い。一方で彼に協力すると言ってしまった以上、多少は考えなければいけない。
「・・・そのキューバッハって奴が、お前を陥れたってのは?」
「大いにあり得ます。宝石商の仕事でも、王家での地位でも、僕は邪魔者でしかありませんから。とはいえ、まだ推測ですが」
うーんうーんと考え事して・・・「腹減ったなぁ」と唐突に言ったヘディニス。ちょっと寄り道しようぜと、お気に入りの林檎畑にやって来た。既に収穫を終えているようで、一部熟れすぎたり痛んだりした林檎は、畑の隅にまとめられている。
「こういうのは、売り物にならないから捨てられるんだよな。だから遠慮なく食べようぜ、ジール」
「えっ、勝手に食べたら・・・」
「お前どうせ、ろくに食ってないんだろ?食わなきゃ、死ぬぜ」
ヘディニスは周囲を確認してから、変化魔法を解いた。寒そうなジールには、自身の羽織り物を着せて。準備が終われば遠慮なく、熟れすぎた林檎にかじり付く。
「旨ぇ~!やっぱこの国、林檎は絶品だよなぁ」
笑顔でムシャムシャと食べるヘディニスに、ジールもつられてフフッと微笑む。
「でも林檎は、そのまま食った方が旨ぇのに。なーんで変に味付けすんだよ、人間って」
「形が不揃いだったり、酸味が強いモノは、加工品に向いてるんです。僕はそのままの林檎も好きですが、林檎酒も大好きで。今年リニューアルした新作を、あの時お渡しして・・・」
と言いかけたところで、何かハッとしたジール。「そういえば・・・」と、何かを思いだしたようだ。
「あの時、贈答用の包装で分かりにくかったけど・・・。毒が入っていたとされた、林檎酒の瓶のラベル。アレは、去年の旧デザインだった・・・」
「んー?ってことは、お前が用意したモノじゃ無いのか」
事件直後は混乱して、何も分からなかったのに。ヘディニスとの会話で、あっさり思い出したのだ。
「うっし、糸口が1つ見つかったな。この調子で、色々調査してこうぜ。面白くなってきたな、ジール!」
ポイッと残りの林檎を頬張り、相変わらず楽しそうなヘディニス。人の不幸や苦労を楽しむのは、正直不謹慎ではあるが・・・何故かジールにとっては、頼もしかった。
(悪魔ではあるけれど・・・何だろう、安心するな。今までずっと、味方がいなかったからかな・・・)
もしかしたら、この悪魔となら・・・。そっと齧り付いた林檎は、ほんのり酸っぱい味がした。
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その後も、2人は密かに調査を続けていった。鴉だけでなく、様々な小動物に化けて。さらには使用人やホームレスに成りすまして、情報を集めていく。
ある日は使用人や役人が行き交う王宮付近、ある日は噂が集まる茶屋で情報を集めて。それらを元にキューバッハの足取りを追っては写真を撮り、部屋に忍び込んでは証拠品を回収する。どれも犯罪臭がすることばかりだが、手段を選んではいられなかった。
最初はおっかなびっくりでついて行くだけのジールは、次第に勇敢になっていった。後ろ向きな発言ばかりしていた面影は無く、ヘディニスと懸命に調査を続けている。
「本当、強くなったよな。ジール」
「そう、ですかね?でもやっぱり、無実の罪なのに幽閉されるなんておかしい!って、ヘディニスさんがいたから奮起できたのかもしれません」
「世の中、動いたもん勝ちなんだよ」
そんなこんなで、2人での調査が数ヶ月を過ぎた頃。【来月には王族から廃嫡し、最果ての鉱山に移送する】という沙汰が、ジールに伝えられた。
ワイド宝石商の管轄領でもある、最果ての鉱山。囚人ばかりが集められた下劣な環境で、危険な作業も多く、死傷者が後を絶えないという。
完全な死刑宣告に、彼は残り時間の少なさを実感した。
「・・・明日、勝負に出るのか」
「えぇ、叔父上が密会する予定ですので。今まで集めた証拠を突きつけたり、現場を押さえるのに、丁度良いでしょう。・・・でも」
「なーに今更ウジウジしてんだよ。潔白証明するんだろ?本当の黒幕を突き出すんだろ?そのために、今まで2人で頑張ってきたんじゃねぇか。大丈夫だって、きっと上手くいく」
ガシガシとがさつに頭を撫でられるのは、ヘディニスなりの励ましだ。彼がいたから、ここまで来られた。あと少し、あと少しで果たされる。自分の潔白証明も、真の黒幕を突き出すことも。
そして・・・ヘディニスとの関係が、終わる。