上:悪魔、罪人王子と出会う
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れます。
知り合いに林檎をよく貰うので、冬はずっと林檎を食べる人間です。
「十数年ぶりだなぁ、エルディック国。弱小国のくせに、林檎だけは旨いよな」
林檎畑の老樹に腰掛け、新鮮な林檎を貪るのは・・・黒い角と翼のある悪魔。芯まで喰らい尽くせば種を飛ばし、また新たな林檎に手を出す。お陰で畑の一部から、収穫を迎えた林檎は跡形もなく消えていた。
奴はヘディニス。面白いことを求めて適当に彷徨いて、欲しいモノは勝手に奪っていく。多種多彩の強力な魔法を使えるので、誰にも捕らえられることもなく、この生活を何十年も続けられていた。
人間が来たと察知すれば、ヘディニスは鴉に化けて飛び立っていく。
「あんれぇ!?ここらの林檎が無くなっとる!猿にでもやられたのかい!?」
農家達が突然の事態に騒ぐのも、見ていて面白いらしい。遠くでゲラゲラと大笑いして、満足すればまた飛び立つ。
腹も満たされたし、次は何をしよう。その辺にいる破落戸に、喧嘩でもふっかけようか。ろくにモノもない市場で、片っ端からくすねてこようか。犯罪まがいのことも、お遊び感覚で考えていく。
「この時代遅れな国、ちょっとした犯罪なら見過ごされるんだよなぁ。まぁ俺は悪魔だし、過ごしやすいから良いけどよ」
腹ごなしをしつつ、適当に空を飛ぶことにした。数十年経って、変わったような変わらない。上空から見れば、その貧しさや荒廃さが明らかだ。
確実に国は荒んでいる、消滅も近いだろうか。
(・・・ん?何だ、アレ)
そんなことを考えていると、森の方に、見知らぬ塔が見えてきた。街を整備する金は無いくせに、あんな塔を作る余裕はあるのか?一体どんなモノかと気になり、早速向かう。
塔にある唯一の窓には、頑丈な格子。あたかも中に何かある構造に、面白いと直感したらしい。鴉の体を捻らせて、スルリと侵入する。
さてさて、何があるか。好奇心で忍び込んだヘディニスは・・・質素な部屋を目の当たりにした。明かりも無く、机とベッドしかない、殺風景な内装。
そんな独房にいた人間と、目が合う。白い簡素な服を着る、かなり痩せた青年と。
「・・・!」
「わぁ・・・鴉。生き物を見るのも久しぶりだな、可愛い・・・」
思った反応と違い、思わずヘディニスはずっこけた。何だコイツ、と心で呆れてしまう。とはいえ金髪蒼眼の整った顔に、落ち着いた口調。普通らしからぬ雰囲気が、どことなく醸されている。
「もしかして・・・死神さん、かな?こんな【罪人王子】は生きてる価値がないから、迎えに来たんだね」
アハハ・・・という小さな笑いが、次第に嗚咽に変わる。独り言をしていたと思えば、急に目の前で泣かれたので、ヘディニスは戸惑った。
色々思うことはあるが、まずは訂正をせねば。
「俺は悪魔ヘディニス、次から死神と悪魔を間違えるんじゃねぇ」
鴉は一瞬にして、黒い角と翼のある人型の悪魔に姿を変える。それには流石に、青年もとい王子の嗚咽も止まってしまうのだった。
●
人間に悪影響をもたらす悪魔は、恐怖であり駆逐する対象。この国でも同様だ。だがこの状況では何も出来ないと悟ったのか、青年は静かに会話をする。
「その・・・申し訳ありません、いきなり泣いてしまって」
「それより早く教えろよ、【罪人王子】ってヤツを」
ケラケラと無配慮な姿勢をしつつ、ヘディニスは青年の置かれた状況に食いついていく。その呼名も、王子が罪人になるという状態も、彼にとっては面白いコトでしかない。
「僕は、エルディック王国の第一王子ジールと申します。先月から、この塔に幽閉されました」
「ほぉーん、何をしでかした?横領か?」
「・・・隣国アルモーゼの王を、毒殺しようとした罪です」
ほぉ?とヘディニスは耳を疑った。アルモーゼ国は、エルディック国とは比べ物にならない大国だ。そして聞けばジールは、アルモーゼ国王の弟であるビーツェ公爵の娘、アイリス・ビーツェと婚約する予定だったという。
数ヶ月前の夜会にて、ジールはアイリスを含めたアルモーゼ国の来賓に、自国の特産品である林檎酒を振る舞った。ところが一足先にそれを飲んだアルモーゼ国王は、咳き込みながら倒れてしまう。
幸い大事にはならずに済んだが、ジールが持ってきた林檎酒を調べた結果、毒の成分が検出されたのだ!アルモーゼ国王を毒殺しようとした疑いで、ジールはビーツェ公爵の指示で捕らえられてしまう。当然、2人の婚約は白紙になった。
怒り狂った公爵は、自費でこの塔を築き、沙汰を下すまでジールを押し込んだ。それから1ヶ月、ジールはろくに世話もされず、この塔で孤独に過ごしている。
なるほど、この塔は隣国が作ったのか。なら資金はあるはずだな、とヘディニスは1人納得する。
「しっかし大胆なことするなぁ、格上の相手を殺そうとするとは」
「違います!僕は、毒など入れてません!!」
ジールの婚約は、アルモーゼ国との友好条約を兼ねたモノ。亡きエルディック王妃(=ジールの母)がアルモーゼ国の出身で、ジールも優れた人間だと評価されたから、願ってもない繋がりが出来たのだ。確かに恋愛感情は無かったが、婚約を無下にするようなことなど無い、とジールは語る。
「自分の無実を、もう何度主張したか。でも誰にも信じてもらえず、【罪人王子】と罵られ、ここに押し込まれて・・・」
再びポロポロと泣き出すジールに、ヘディニスはふーんと頷いた。正直、王族や国の権力争いに敗れる奴など、掃いて捨てるほど見てきた。おそらく彼も、敗北する1人だろう。そもそも彼は悪魔。王子だろうが人間がどうなったところで、彼には関係ない。
しかし、だ。面白そう、もっと知りたいという思いが、ムクムクとヘディニスに出来上がっていた。こういうスキャンダルは、人間の欲がうじゃうじゃ見える。コレは、良い暇つぶしになりそうだ。
「随分面白そうな面倒事だなぁ、俺も首を突っ込ませてもらうぜ」
「・・・え?」
「協力してやろうじゃねぇか、お前の潔白証明を」
ジールは思わず、ギョッと目を見開いた。人間の害悪でしかない悪魔が、自分の潔白証明に協力する?どうしてそんなことを?何か裏があるのか?と言いたげな顔に、ヘディニスはケラケラ笑った。
「別にお前には何も求めねぇ、ただの退屈しのぎさ。俺が飽きちまう前に、行こうじゃねぇか」
「で、ですが・・・」
ジールが何かを言い切る前に、ヘディニスは彼に真っ黒な光を浴びせる。そしてジールの姿は、闇に溶け込む黒い鴉に変化した。同時にヘディニスも、再度鴉に変化する。
「え、なっ・・・!」
「2羽の鴉が飛んでるところで、不審がる人間なんていねぇよ。どうせこの塔、高いから見張りもいないんだろ?」
赤い瞳の鴉は格子をすり抜け、やってみろと蒼い瞳の鴉を誘う。
ジールは戸惑いを隠せない。まさか悪魔がここに来ただけでなく、潔白証明に協力すると言われ、調査に向かうため鴉にされるなんて。
だが疑いを晴らすチャンスなら、自分の無罪を少しでも信じる者がいるなら・・・悪魔にでも、すがってやる。意気消沈していた王子は、戸惑いつつも動き出す決意をしたようだ。
ジールも上手く体をよじり、格子をすり抜けることに成功。空へ羽ばたく2羽の鴉は、青空を飛んでいくのだった。