天邪鬼令嬢は今日も王子に勢いよく溺愛されている
甘い話を書きたくなりました。至らぬ点が多々あると思いますが、ふわっと読んでいただけたら嬉しいです。
「おはようマリー!結婚しよう!!」
幾度となく勢いよく開けられた私の仕事部屋の扉はもうそろそろ瀕死だろう。
「ごきげんよう殿下」
私は再び棚に向き直り、補充した分の薬をしまう。
「好きだ!!」
「まぁ、どうも」
「その美しいラピスラズリの瞳に映りたい」
「すみません、仕事中なので」
「…………そうか、忙しいところすまなかった」
私は深くため息を吐いた。
きっと私の背後で殿下は大きな犬が主人に叱られた時の様にしょんぼりしているだろう。
いや、ほんとなんでこんな事になってしまったのか私には全く理解出来ないし、記憶を掘り起こしても該当する項目は出てこない。
しかも私は、根っからの猫派で。いえ、王子殿下を犬みたいだな、とか不敬な事だとは分かってはいるのですが。ですが……。
私は静かに後ろへ振り向き、カウンターの上にそっと置かれていた花束を見てしまって、駄目なのになぁと思いながらも口を開いた。
「ヴァルクトール殿下も頑張って下さいね」
肩を落としながら扉を閉めようとしていた殿下がぱっと振り返り、頬を赤らめながら微笑んだ。
「勿論だとも!君にそう言ってもらえた以上、全力で頑張ってくる!」
「あ、ハイ」
「まるで新婚夫婦の様だな!もしかしたら今日こそが運命の日だったのかもしれない、さぁ宣誓書にサインしよう!」
「仕事をしない夫なんて御免被ります」
「いってきます!!!」
バタンと扉が閉まったのを確認してからへたりと床に座り込んだ。
「………うぅ…心臓に悪いよぅ……」
私の名前はマリーリア・シフォンヌ。職業、宮廷魔法薬師。そこそこの歴史はあるけれど、野心家が総じて少ないせいなのかさして目立ちはしない……筈だった、伯爵家の末娘である。
そして、天邪鬼この上ないと分かっているけれど、この国の第三王子でいらっしゃるヴァルクトール殿下を、こっそり、お慕いしていたりする。
嘘だ!!ってきっと全力で否定してくる人も居るだろう。むしろ圧倒的過半数。私自身も何か呪いでもかけられたんじゃないの?って思う程、素直になれない。
実際呪術専門の医師にかかった事もある。でも結果は白。この身にはなんの異常も無いそう。
好きな人に毎日の様に求婚されて、嬉しいのに心苦しい。深く息を吐くと、私はゆっくり立ち上がった。
花束は今日も、マリーゴールドをメインに作られている。
殿下御本人が毎朝、王族専用のフラワーハウスで摘み取り、花束にしてくれている、らしい。
最初はあまりセンスが良いとは言えなかった花束も、今は洗練されていて、庭師も驚きだろうな、そんな事を考えながら私は花瓶に水と、お手製の栄養剤を入れて、瀕死の扉にかかっている板をCLOSEからOPENに変えた。
「いらっしゃ……いませ」
「ごきげんよう。本日は貴女に仕事の依頼に来たの」
そう言って綺麗なお辞儀をしてみせたのは、私が世界で一番苦手なんじゃないかと思う、フラスファー侯爵令嬢だった。
彼女が私の元に訪れるのは、嫌味、嫌がらせ、営業妨害等、悪意に満ちた事しかない。
仕事の依頼?貴女が?私に?そんな考えが表情に出ない様に営業スマイルを貼り付けた。
「左様でございますか。先日、私の作った物など信用出来ないと仰って中身を溢して下さいましたのに?」
いくら私がこのご令嬢を苦手にしていてもお帰り下さい出口はあちら、とはいかないのが身分差である。
ただ私は王宮魔法薬師として仕事をしており、評判も自分で言うのもなんだけれど上々。薬師として誇りもあり、このくらいの嫌味は言いたくなってしまうのは許されると思う。
「先日はごめんなさい、私とても反省したのよ。貴女しかお願い出来ないの、頼まれてくれないかしら?」
息をするより容易く嘘を吐くなぁ、見習いたくはないけど、その厚顔さはちょっと羨ましい。私もこのくらい度胸があったら殿下に昔の様に笑いかけられるかしら。
「ちょっと、聞いているの!?」
「はい、勿論ですフラスファー嬢。ですが内容によってはこちらに御署名の上、使用目的等をご記入頂く決まりとなっております」
その瞬間、彼女がグッと唇を噛み締めた。やはり厄介な事を頼もうとしていたに違いない。偶に居るのだ、そういう怪しい薬を怪しい目的で使おうとする輩が。
その為に先輩方が陛下に嘆願し、この制度を作ってもらった。つまりこの決まりを破ると、陛下の耳に届くと言う事。偉大な先輩方に私は心から感謝した。
「フンッ!やはり貴女には作れないと言う訳ね。それとも悪品が露見して困るからかしら。質の悪い物を掴まされなくて良かったわ!」
ならさっさとお帰り下さいな。営業妨害なんですよ、いつもいつも。言いたい事を言えたなら潔く帰って頂きたい。
更に続く悪意の言葉にうんざりして、今日の晩ごはんは何かしら?なんて考えていると、そんな私に気付いたのかただの勘なのか分からないが気に触ったらしい。
「ヴァルクトール殿下にも使ったのでしょう!『妖精の吐息』を!!恥を知りなさい!そんな汚い手で殿下の寵愛を得ようなど!!」
あぁ、やはりそう思っている人間も居るのだなぁと思った。『妖精の吐息』は、惚れ薬の事だ。惚れ薬としては最上級の物で、一滴でもかなりの効果がある。三滴以上摂取すると微弱ながら媚薬の効果すら起こる。
間違いなく、氏名明記と使用目的を記入必須。
まぁ、作れるのですが。材料さえ揃えば。材料を揃えるのは非常に困難だけれど、作れる。
そのせいか、私はほんの少しだけ、ショックを受けたらしい。
ほんの少し俯いてしまった。その瞬間、今朝と同じ、いや、それ以上の音をたてて店の扉が開いた。
いや、蹴破られた。
「やぁご令嬢、何やら不穏な話が聞こえたよ。そういった内密な話はもう少し場所を選んだ方が良いのではないか?」
驚いて顔を上げた私を見て、殿下の表情がスッと消えた事に私は焦った。
まずいわ、殿下、物凄く、怒ってらっしゃる。
「私の想いは紛い物だと言いたいのかな?それは私にとってあまりにも失礼な話だ。そして仮にそうだったとしても、君には全く、関係ないの無い話だよ」
殿下は足早に私に近付いてくると、手を伸ばして、私の目尻を優しく拭った。
「私の愛を語って良いのは私以外にはマリーだけだ」
「でん、か、違います、私、そんなこと、」
今まで張り詰めていた気持ちが堰を切ったように溢れて、涙となって流れていく。
「分かってるよマリー。君がそんな物を作れるようになる前から、私はマリーに恋をしているのだから」
カウンターの距離がもどかしかったのか、殿下はカウンターを乗り越えて私をぎゅっと抱き締めた。
「泣かないで、マリー。君の涙は妖精の吐息なんかより余程人を惹きつけてしまうよ?」
カタンと音をたてて店の扉が閉まった。
小さな店内にはもう私と殿下しか居なくて、そうすると私の中の天邪鬼がむくむくと大きくなってしまう。
「私の涙なんかにそんな効果があったら、今頃薬師達に採取されています、よ」
「では誰かに知られる前に、私が貰ってしまおう」
殿下が私の目尻に口付けた。小さく音をたてて何度も。私は驚いてしまって、殿下の腕の中で固まってしまった。
「そろそろ捕まって、私のマリー。君にも最高の惚れ薬をあげても良いかな…?」
そっと啄むように、ヴァルクトール殿下の唇が私の唇に触れた。
私は初めてのキスにどうして良いのか分からなくて、行き場に迷った手で、殿下の服の裾を握った。
するとそれに気が付いた殿下は嬉しそうに笑って、私の手を優しく、ゆっくり解いて、ぎゅっと握った後、小さく呟いた。
「受け入れてくれるなら、背中に手をまわして」
私は今まで悩んでいた事が、抜け落ちてしまうくらい、ヴァルクトール殿下が好きだと言う気持ちが溢れて。
その広い背中に、そっと手を伸ばした。
「可愛いマリー。ようやく、捕まえた」
ありがとうございました。