みるくいぬ
本文中に天理妙我さまご作成のフェルトアート写真があります。
イメージぴったりです!!
天理妙我さま、ありがとうございました。
挿絵の不要な方はお手数ですが表示設定をご変更ください。
お日様の暖かい冬の日に、ケンちゃんが学校から帰ってきたところでした。
マンションの玄関に入る直前で、目の隅に何か白いものが見えてドキッとしたのです。
「え、何? まさか、オバケ……?」と足を止めてそろそろと見上げると、横の植込みの木の枝に、何かが引っかかっていました。
その「なにか」は薄汚れたタオルみたいで、風に吹かれてユラユラしています。
「びっくりしたぁ」
ケンちゃんは3歩上がった階段をまた降りて、木の下に近づきました。
ほとんど空っぽの背中のランドセルは、半分楽しそうで半分恐そうに、カタカタ鳴ります。
「助けてぇ、ぼくをここから下ろしてよぉ~」
声が聞こえてきましたが、辺りに人はいません。
声は白いものから聞こえるのでしょうか?
目をこすって見直してみると、白いものには足が四本あって、後ろ足で枝にぶら下がり、ケンちゃんに背中を見せているようなのです。
白いお耳も見えているようですよ。
「下ろしてってばぁ~」
「きみだあれ? そんなとこで何してるの?」
「空飛べると思ったんだよぉ。頭に血がのぼっちゃうから下ろして……」
声にだんだん元気がなくなっています。
ケンちゃんはランドセルを地面に置いて、木の一番下の枝に両手をかけました。
鉄棒でなら逆上がりができるのですが、ごつごつした太い枝では自信がありません。幹のこぶに足をかけて、一生懸命登りました。
1つ目の枝に登れたら後は楽でした。四方に伸びている枝のまたに足をかけてらせん階段のように上がれたからです。
白いものがいる5番目の枝に辿り着いたら、マンションの2階のお宅のベランダの高さでした。
枝に座って幹に左手をかけて、恐る恐る右手を伸ばし、白いものを捕まえます。
「ふあぁ、ありがとう、息が苦しくなってきてどうなるかと思った」
白いものは、ケンちゃんの膝の上に四つ足で立って顔を近づけ、くるりんとした黒い瞳で見つめました。
by 天理妙我さま
これが話すわけはないと、もう小3のケンちゃんは思うのですが、声は止まりません。
「きみ、ケンちゃんだろ? ぼくはミルクイヌ」
「みるくいぬ? 犬なの?」
「うん」
「どこから来たの?」
「上」
うえって、空ってことでしょうか?
「久しぶりに目が覚めて、水浴びして日向ぼっこしてたんだ。とっても気持ち良くて、ぼくもそろそろ飛べるようになったかなって、試したんだけど、失敗」
雲の上の世界で、お昼寝や水浴びって、とても楽しそうです。
ホットミルク色のミルクイヌをそろりと抱っこするとお日様の匂いがしました。
なぜかとっても懐かしい、落ち着いた気持ちになります。
「ぼくんちに遊びにくる?」
ケンちゃんは腕の中のミルクイヌに聞きました。
「無事に下りれたらね」
そう言われてふたりで下を眺めました。
確かにかなりの高さです。
「しっかりぼくにつかまってて。そしたら大丈夫」
ケンちゃんはミルクイヌを潰さないように慎重に木から降りました。
忘れないようにランドセルを回収してマンションの玄関を入り、エレベータに乗ります。
ケンちゃんの家は12階にあるのです。
「すぐ着くからね」
ケンちゃんはミルクイヌに話しかけてみましたが、エレベータが恐いのでしょうか、ミルクイヌはもうしゃべりません。
ケンちゃんはちょっと心配でちょっと寂しくなりました。
「ただいまぁ」
「おかえり~」
玄関を入るとお母さんの声がしました。
居間で洗濯物を畳んでいるようです。
「今日、せっかく見つけたのにまたいなくなっちゃったのよ」
お母さんはお父さんのシャツから目を離さずに言いました。
「何が?」
「ミルクイヌ」
「え? ミルクイヌ? ミルクイヌって言った?」
「うん、押入れの奥にいたのよ。おもちゃ箱の陰にいたらしくて……」
「それって……これのこと?」
ケンちゃんは恐る恐るお母さんにミルクイヌを差し出します。
「あ、見つけてくれたの? よかった。わざわざぬるま湯で手洗いしてベランダに干したのよ。飛んでいっちゃったんだって悲しくて……」
「飛ぶの失敗したんだって」
お母さんは、ミルクイヌをギュッとハグして、「まだ飛んでいかないで、そばにいて見守ってて。押入れにしまったりしてごめんなさい」とつぶやきました。
そして顔をあげると「ケンちゃんはやっぱりおぼえてるの?」と尋ねます。
「おぼえてる? 何を? ミルクイヌを? ミルクイヌってうちの子?」
「ミルクイヌはね、赤ちゃんが授かりますようにってお父さんと願掛けした時に来てくれたの。ケンちゃんが無事に生まれますようにって安産もお願いしたし」
お母さんはケンちゃんの顔をじっと見つめました。
「ケンちゃん、赤ちゃんの時身体弱かったから、いっぱい心配したのよ。どうかミルクイヌ、ケンちゃんの病気を治してくださいってたくさん祈ったわ。ずうっと一緒に寝てたのおぼえてない?」
ケンちゃんはピンときました。
「それでぼくの名前知ってたんだ」
お母さんはにっこりしました。
「ミルクイヌはね、子どもの成長を見届けてからいなくなるって言われてるの。ケンちゃんが高校生くらいになったらかな」
「いなくなっちゃうの?」
「うん。感謝の気持ちを込めて、白い翼を付けてあげるといいんだって」
「白いつばさ? 羽をつけるの?」
「うまく飛んでいけるように、背中にペアでね。白いペガサスみたいでしょ?」
ケンちゃんは、だまされないぞと声を低くしました。
「犬なのに?」
「あら、犬だからこそよ。次の赤ちゃんのところに飛んでいってあげなきゃ、でしょ?」
「ふうん……」
ケンちゃんはわかったようなわからないようなヘンな気分です。
見守ってくれるのも嬉しいけれど、木の上でおしゃべりしたときみたいに、ミルクイヌの声が聞こえたらいいのにと、心の底から思いました。
ふたりっきりになったらまた話してくれるかもしれません。
「ぼくの部屋に連れていく」
ケンちゃんはお母さんからミルクイヌをもらって、自分の部屋のベッドに置きました。
ケンちゃんは高校生になる頃まで、ミルクイヌにあれやこれやと話しかけ続けましたが、ミルクイヌは二度とおしゃべりしませんでした。
それもそのはず、ミルクイヌとは、反対に読んでぬいくるみ、翼の点々を付けたらぬいぐるみ。
子どもが大きくなるまで見守ってくれるお友達の名前だったのですから。
日本のどこかに「ミルクイヌ神社」があって、翼のついた犬のぬいぐるみがたくさんまつられている、ってうわさもありますけどね。
by 天理妙我さま
終わり。