第9話 のどかな一日
食事を終え午後のコーヒータイムに。
コーヒーはこの世界にもあり、焙煎したものをコーヒーミルで挽いてから淹れるという。前世ではインスタントコーヒーぐらいしか飲んだことが無かったので、なんとも贅沢な飲み方だ。コーヒーはギルが淹れてくれるのが日課となり、私のひそかな楽しみである。あー、幸せ。
「エステルはミルクと砂糖たっぷりよね」
「(ブラックで飲めないの気づかれている!)うん。ギルはブラック?」
「そうよ。頭が冴えるから前世でもよく飲んでいたわ」
(ブラックが飲めるなんて大人だな……。羨ましい。それに私の飲み方に気遣ってくれる、なにこのイケメン。惚れる!)
マグカップや皿などはギルが創造魔法によって作ったものだ。この家や魔導具で使える家電なども含まれる。さすがはシリーズ3のラスボス。前世の知識があればさらに反則だろう。味方でよかったと心から思ったものだ。
「引っ越しの荷解きなんかもあってバタバタしたけれど、もう少し落ち着いたら今後のことも色々考えないといけないわね(主に必要な日用品とか食料なんかも)」
「(私の断罪イベントは終わったけど、ギルの《死亡フラグ》回避はこれからだ! 私ができることは協力したい)うん! 今からしっかり計画を立てないと駄目だから書き出してお互いに発表するのはどうかな?」
「あらいいわね。今後ほしい物も書いておきましょう」
「(ほしい物? フラグ回避のためのアイテムとかかな?)うん、考えておくね!」
ギルはコーヒーを口にしながら笑みを見せた。
数年後の話になるとはいえ、「死ぬかもしれない」というプレッシャーに押し潰されることなく平静を装っている。無理をしている風もない。
私なんか婚約破棄の日が近づくたびに胃がキリキリと痛んだのに、これが大人の余裕という奴なのだろうか。かっこいいな。
完璧スペックのギルに私なんかが役に立てるだろうか。私にできることは可愛い物や服の作成に、植物魔法を使って美味しい料理を提供するぐらいだ。
(あれ……思った以上にギルの役に立たなさそう?)
「あー、そうだわ。一軒家で作ったけれど、空き部屋とかどうするかも決めていきましょう」
「(部屋? どうして急に……。あ、もしかして私が今後のことで妙案が出せなかったら落ち込むかもしれないからって、思いつきそうなことを言い出したのかも!)うん。ギル、色々考えてくれてありがとう」
「ふふっ、もっと褒めてくれてもいいのよ」
せっかくなので乗っかってみることにした。感謝や思っていることは言葉にしなければ伝わらない。
「創造魔法もすごいし、快適に過ごせるのも、私が断罪イベント後に生き残って自由に生きられるのもギルのおかげよ。本当の本当にありがとう!」
「!」
勢いよく告げたからだろうか、ギルは瞬きを繰り返し困惑していた。ちょっと大げさだったかもしれないが、事実だ。
「(ああ~、もう、可愛すぎる。テーブルが無かったら抱きしめたい。でも我慢よ、我慢!)こちらこそ、そう言ってくれて嬉しいわ」
(その笑顔、反則!)
口元を綻ばせたその笑顔に心臓を貫かれた。急激に頬が熱くなり、どう言葉を返せばいいのか困っていると、タイミングよく脱衣所の方で洗濯が完了した音が流れた。そのまま私はコーヒー(カフェラテに近い液体)を飲み干す。
「あ! じゃあ、私は洗濯物があるから!」
「え、ええ……。(もう少し一緒にいたかったけど、引き留めるのもアレよね)皿洗いは私がやっておくわ」
「うん、よろしくお願い!」
共同生活をするにあたって役割分担した。料理全般は私で、洗い物や洗濯、掃除は当番制だ。お互いに前世で独り暮らしが長かったのもあり、掃除洗濯に関しては問題なかった。
ただギルの料理は、ここ数日試してみたが何を作っても真っ黒な炭に変貌を遂げる。一緒に作ってもギルが火を通した瞬間に炭化するのだ。もはや何らかの呪いに近い。ギリギリ飲み物に関しては問題ないし、コーヒーや紅茶などはとても美味しい。
そんな訳で料理に関しては私が一任されることになった。簡単な下準備は手伝ってもらえるし、料理作りは元々好きなので苦ではなかった。
(お昼は久しぶりにアレ作ろうかな。それでオヤツはシフォンケーキかプリン……うーん、悩む)
暢気に考えつつ洗濯物を籠に入れて外に干しに出す。
庭に出ようとリビングを横切ると、ギルは経済新聞、魔界速報やらいろいろな国の情報誌を目にしていた。貴重な情報源なのは分かるが、国が違うだけで言語が全く異なるのでどうにも食指が動かない。
それにしてもコーヒーを飲みながら新聞を読むギルは絵になる。
眼福。ずっと見ていられそう。
あー、好き。少し名残惜しいけど、洗濯物を干すため後ろ髪引かれつつもリビングから庭に出た。
目が眩みそうになるほど日差しが強い。鬱蒼と生い茂る森に囲まれ、風によって木々がざわめく。小鳥の囀りと水路の流れる音が耳に入った。
庭は芝生のある美しいイングリッシュガーデンが広がっており、幾何学的で美しく整形された庭は樹木や石像、石畳など造りこまれていて、一軒家の雰囲気にピッタリだった。
薔薇にラベンダー、レモングラスにローズマリー、ジキタリスやギボウシとイングリッシュガーデンで見られる草花が目立つ。少し離れた所には東屋まである。こういうところでギルとアフタヌーンティーをするのもいいかもしれない。あ、これってプチデートになるんじゃ!?
洗濯干場もギルが用意してくれており、創造魔法の偉大さを痛感する。ハイヒメル大国の文明はせいぜい十六世紀前後といったところで、魔導具の普及はあるものの鉱石がさほど取れないため貴族階級でようやく手に入るレベルだ。
(洗濯も手洗いだったから本当に助かる。その分、使える時間は有効にしなきゃ!)
洗濯を干し終えた後、水路へと向かった。
ノードリヒト国では鮭は春鮭と秋鮭と二種類いるらしく、春過ぎに上流に向かって鮭が戻ってくるという。昨日はその春鮭が戻ってくるということで網を張っていたおかげで結構な量を確保できた。冷蔵庫があるので昨日のうちにある程度捌いて下処理も終わっている。日持ちするようにいくつかは燻製にしようと考えているが、せっかくなので色んな料理も作ってみる予定だ。
私たちの家の近くにある水路は、ゴンドラが二艘ほどすれ違うことができる広さがある。水路の両脇はオレンジ色の煉瓦が敷き詰められていて、この辺りもお洒落だ。まだ下水道とは別でかなり綺麗で、水面が日差しの反射で銀色に煌めく。
水路の傍に赤い色のポストがあり、手紙などはだいたいここに入っている。新聞などもそうだ。
(ん? 手紙?)
封筒には封蝋があったが、見たことのない紋章だ。少なくともハイヒメル大国ではない。あて先はギルのようだった。
魔王であるギルの交友関係は意外に広い。この国で住むことができたのも知人に頼んだらしいので、そう考えるとギルは私なんかとは違う世界の人なのだと実感する。
(まあ。それも今更か)
小鳥たちが急に止まり木から飛び去ったが、私は気にも留めず家に戻った。
お読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は19時過ぎに更新予定です。
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