第5話 初めての共同生活
土砂崩れが起こる数秒前に、私は転移魔法を発動させ身一つだけで国外へと移動した。着地に失敗したけれど、緑の芝生だったからかそこまでお尻は痛くなかった。
鬱蒼と生い茂る緑の森に囲まれた一軒家が目に入った。上品で甘いデザイン風で、白を基調とした新築のようだ。一軒家を背に佇んでいた偉丈夫が一人私を出迎える。
「ようこそ、エステル」
「あなた、もしかしてギル?」
「そうよ。ああ、本来の姿で会うのは初めてよね。改めて元魔王のギルフォード・エーレンベルクよ。以後よろしくね」
「あ、う、うん」
五年の間に築いた友情もあるのだが──まさかラスボスの姿が長身、長い黒髪、深紫の瞳に色気たっぷりの偉丈夫なんて聞いてなかった。
そして正直、外見はドストライクだった。その点に関しては神様、本当にありがとう。
ハスキーな声で女性らしい口調だったのもあり女友達のノリで接していたが、実物はなんというかラスボスというよりも隠しキャラの位置付けに近いイケメン。しかも何でもサラッと着こなしてしまう。
ちなみに出迎える時に着こなしていたのは、白のボウタイブラウスに、モカ色のレーススカート、黒のハイヒールとエレガントな装いが似合う。いや男なのだけれど私よりも似合っている。
「(悔しいけどすごく似合っている。ルームシェアだって思っていたけれどこれって同棲なんじゃ!? ど、どうしよう。色々順番をすっ飛ばしているような。でもでも一目惚れで、異性として好きだっていきなり言ったら迷惑よね)……こ、これからよろしく、魔王ギルフォード。ううん、ギル!」
「(外見だけじゃなくて、可愛いもの好きとか趣味が一緒だし、とっても好みなのだけれど、私のことなんて絶対に恋愛対象外よね。でもこの同棲を機に異性として見てもらうようにすれば……!)ええ、よろしく。元悪役令嬢のエステル」
握手を交わしたものの微妙な沈黙が流れた。というか私がギルを直視できないというか、心臓がバクバクしていて、この緊張がギルに伝わっていないか不安だった。
挙動不審だと思われないだろうか。──というかこの世界の人たちの顔面偏差値が高すぎる。今までは好意的な視線を向けられたことなんてなかったもの、め、免疫が……。
「外で立ち話ってのもアレよね! 中に入りましょう」
「え、あ、うん。そうだね。そうしよう」
ギルが空気を読んでくれたおかげで、ぎくしゃくしつつあった雰囲気が緩んだ。
一軒家の前に改めて立つと圧巻の一言だった。白を基調とした三角屋根で、屋根の色は白とピンク。扉は木製でドアノブの取っ手がまたお洒落だった。というか可愛い。
私の緊張は一瞬で三千世界に飛んでいった。緊張、なにそれ美味しいの。
「すごい、可愛い! 凝っている」
「でしょでしょ! 私とエステルが許可しないと基本的に家の中に入れないようにしているわ」
取っ手を握り少し強く扉を引くと、白を基調にした天井が高い廊下が顔を見せる。二階に向かう階段にリビングや調理場に向かう扉など外観を見ただけではよくわからなかったが、室内はかなり広く開放感があった。なによりシャンデリアとか小窓なども一々可愛いチョイスなのがギルらしい。
遊び心としてとても小さい扉──たぶんクローゼットなどもある。
「ふふっ、すごく可愛い。でも家を建てるのにすごくお金とかかかったんじゃないの?」
「何言っているの。私の創造魔法で全部創ったからタダよ」
「さすがラスボス。チートだ……」
創造系の魔法は魔力をものすごく消費する。この一軒家だけではなく、照明やら最低限の家具を作り出すだけで大変だったはずだ。
「ギルに新居づくりを丸投げしてごめん。代わりに私にできそうなことがあったら何でも言って!」
「え、本当? それなら台所なんだけれど……」
言いよどむギルの言葉に小首をかしげたが、その理由はすぐにわかった。
台所に入った瞬間に異臭というか、何か焦げた匂いが充満していた。慌てて私は一階の窓を開けて換気する。発生源は流し台にある黒い──物体だ。
「え、なにこれ。暗黒物体?」
「違うわよ! 卵焼きよ」
「???」
卵焼きって黄色い物体なはずだが、どういう物理法則を無視したらこんな真っ黒なものができあがるのだろう。これ炭化じゃん。食べたら絶対に体に悪いし、即死もあり得るレベルだ。
「ギル、もしかしてここに来てからまともな食事摂ってないの?」
「ええっと……」
あからさまに目を逸らす。その姿は子猫の姿の時と変わらなくて、なんだかそれを見てホッとしたような気が抜けてしまった。
(姿がどうであってもギルはギルね)
「魔族はそんなに食べなくても死にはしな──」
ぐううう、と空腹を主張する音がした。しかも結構長い。
最初は堪えたものの途中で噴き出すように笑ってしまった。
「笑わなくたっていいじゃない」
「ごめん、ごめん。代わりに何か作るけれどリクエストある?」
「に……」
「に?」
「日本食なら何でもいいわ。もう、本当はエステルの歓迎パーティーにしようとしたのに~、何のおもてなしもできなくてごめんなさい」
「ギル」
悔しそうに話すギルに私は嬉しくなった。家族に誕生日すらまともに祝われたことなんてなかったのに。あ、なんだかちょっと泣きそう。
グッと涙を堪えて、私はギルの大きな手を掴んだ。
「ギル、その気持ちだけで私は嬉しい! 待っていて、最高の日本食をすぐ作るわ!」
「エステル。……あなた、本当にいい子ね!」
「!」
がばっと抱きしめられた。
いつもは私が子猫のギルを抱きしめるのに、今回は立場が逆だ。なにより今までのハグとは全く違う。大きくてギルの腕にすっぽりと私は収まってしまっている。
引き締まった体、逞しい腕──男の人なのだと意識した瞬間、私の思考はショートした。
今までギルは子猫の姿で気軽に抱き付いて来た癖なのだろう。深い意味はないと思いつつも心音が激しく高鳴る。
(ああああああああ! ギルからの、ほ、抱擁! あーこれ意識しちゃうじゃんんん!)
「(きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああどさくさ紛れてエステルに抱き付いちゃったわぁあああ! ここは勢いに乗るしかないわ!)エステルのそういうところすごく好きよ~」
「(ギルからいい匂いがするぅううう。あれ、今日私、幸せで死ぬのかな)あ、ありがとう?」
ぐううううううう。
ギルの空腹を訴える音が更に酷くなったので、すぐさま調理を開始することに。心なしかギルは離し難い感じがしたけれど……気のせいだろう。うん。
お読みいただきありがとうございました(◍´ꇴ`◍)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次は12時過ぎに更新予定です。
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