電子書籍配信記念SS・前編
新しいカードゲームができたので試して欲しい、とリュビが提案したのが始まりだった。
場所は彼の運用している店の特別室。ダイニングキッチンが併設したリビングのある部屋で、かなり広い。
暇つぶしの余興、単なる遊戯だったのだ。ちょうど明日の朝の分まで食事の作り置きはしているので、私もギルもゲーム参加を快く受け入れた。
しかしちょっとした賭を提案した瞬間、場は凍り付き、そこは戦場と化した。
「どうして、こうなってしまったの……」
何がよくなかったのか。
どうすれば回避できたのか。
そもそも元凶は何だったのか。
導き出される答えは一つ。
エステルはカードゲームがとぉおおおおっても、弱い──ということから始まった提案だったのだ。所謂、罰ゲーム的な、ちょっとしたもの。
それが……。
「勝者はエステルに、何でも叶えてもらえるのだな?」
「そんな訳ないでしょう。殺すぞ」
精霊王エルヴィス様──エル様は真顔でとんでもないことを言いだし、その横にいた元魔王のギルはいつものようにそれを窘める。
エル様は白でギルは黒の服なので、揃っていると何とも絵になるものだ。と、見惚れている場合ではない。自分を守るためにも反論する。
「そ、そうです! 私にも拒否権はありますからね! 精々、新しいお菓子の提供ぐらいでしょうか」
「なるほど。まだまだ新しい菓子の知識があるとは、興味深いですね」
(あ、リュビの好奇心に火が付いた……)
深緑色の燕尾服をサラッと着こなすのは、商業ギルドのオーナーであるリュビだ。魔人だと知ったのは、バッドエンド後でこの国に身を移してからである。最近は料理や菓子作りに興味があるらしく、聞くところによれば料理道具一式からプロ顔負けの調理場を用意しているとか。
「美味しいものなら、オレも頑張る!」
(エドモンドは本能に忠実ね)
ひょんなことから出会ったエドモンドは、竜人族でシリーズ3の攻略キャラである。現在はシリーズ3の開始から五年ほど前なのでまだ子供のままだ。
お子様なのだが、戦闘力はずば抜けており、現在は人の姿でカードゲームに参加している。リュビの店で常識を学んでいる傍らで冒険者ギルドに登録して、クエストをこなしているらしい。
「エステル様のお菓子なら、是が非でも私が勝利をもぎ取ります!」
(アリスまで、……別にアリスなら、頼んだら作っても良いけれど……)
アリスはなんと乙女ゲーム《歌姫の終幕の夜が明けるまで》通称の、シリーズ3のヒロインなのだ。そして元魔王ギルの天敵──となる相手なのだが、今は仲良くテーブルを囲んでカードゲームに勤しんでいる。
彼女はショートの桃色の髪に、琥珀色の双眸、童顔で幼い顔立ちで控えめに言って可愛い。雰囲気としては子犬系で、何故か私を崇拝してくる。
(思ったらスゴイメンバーだわ)
そんなことを思いながらも、私を抜きにした真剣なカードゲームが幕を上げた。ちなみに私はカードの引き、ポーカーフェイス、駆け引きにおいてダメダメだった。
そもそも表情筋が動かないエル様に関しては、思考を読み取るのは無理だし、新進気鋭の何でもありの元魔王様のギルに勝てるわけがない。
リュビは商人としての勘の鋭さと引きがあるし、エドモンドとアリスは完全に強運だったりする。
(……うん、たぶん、私が普通なだけだわ!)
元悪役令嬢に転生した私はそもそも運が悪いのだと思いだし、自尊心を取り戻した。せっかくなので、ロイヤルミルクティーと茶菓子を用意しようかな、と思い立つ。
「ロイヤルミルクティーと、マフィンかフィナンシェを作ろうと思うけれど、食べる人!?」
「もちろん、頂くわ! それとエルヴィスの領土を中心に《絶望の箱》を解放、特殊効果により周辺諸国にもダメージが付与されるわ。それと《滅ぼす者》を襲撃、作物の一切を喰らい尽くす。ダイレクトアタックは500ってところかしら」
「ぐっ、ギルフォードめ、本気ではないか。私もどちらも頂くぞ。……伏せていた《聖女の祈り》によりダメージを半減。《妖精王の剣》と《祝福の林檎》を発動することで同じくダメージを三分の一にする」
「なっ、とばっちりじゃないか! ぐぬぬ……《歌姫の眠り》で三回休むことで領土のダメージを相殺だ! オレも美味しいもの!」
「では私は《絶望の箱》のダメージを受け入れて、領地をギルフォード様に返上して国の座を降りましょう。……それではエステル様、私は試合放棄しましたので、菓子作りに参加しても?」
「ハッ! (エステル様と一緒に菓子作り! それが狙いだったなんて!)」
「なっ! (やられたわ。試合に勝ったけれど勝負に負けた感じなのが悔しい)」
優勝候補に食い込んでいた侮れないリュビは、一ターン目で試合放棄をするという番狂わせを見せた。というか今のゲーム内容で、どれだけ頭を使うかが分かってしまった。そして運も大事だと言うことも。
(参加しなくてよかった……)
何でもリュビが発案した『領土争いゲーム』らしい。
タロットに似た絵柄で五十三枚のカードを使用している。ちなみに私はこのゲームよりも、簡単なブラックジャック的なゲームで惨敗した人間だ。
「リュビ、手伝ってくれるのは嬉しいけれど、ゲームはよかったの?」
「それよりも新しい菓子を一緒に作るほうが貴重ですし」
「なるほど」
チラリと肩越しに振り返ると、ギルとアリスが鋭い視線でこっちを見ている。アリスはお菓子作りに興味でも出たのだろうか。ギルは──うん、たぶん「ずるい」と思っているのだろう。
ギルも下拵えは手伝えるが、それ以外は炭化した黒い物体になってしまうのだ。だからこそ一緒にお料理、という共同作業ができないことに落ち込んでいた。
「(ギルが落ち込んじゃうのは可哀想だし、ここは私がフォローしなきゃ!)ギル」
「エステル?」
てててっ、と素早くギルの傍まで駆け寄り、ギュッと抱きしめた。相変わらずギルからは良い匂いがするし、一瞬、身を硬くするも抱きしめ返してくれた。
「頑張って(い、勢いでぎゅーーーしちゃっった! 本当は飴玉だけ渡すつもりだったのに!)」
「ええ、もちろんよ(き、きゃああああああああああああああああーーー、何この可愛い生き物! 可愛すぎるのだけれど!!)」
「それと、頭を使うみたいだし、べっこう飴をみんなの分置いておくね!」
「あら、エステルが食べさせてくれないの? (くっ、みんなの分だというなら、それぐらいの我が儘を言いたい)」
「え、……えっと、はい!」
「ん♪ 甘くて美味しい」
「……私は《千の魔導書》で、《絶望の箱》を相殺。《七つの角持ち羊》と《乙女の歌声》を使って各国に眠り一回休みを発動させます」
少しだけ低い声で、アリスは自分の手札を切った。しかし私のほうを見た途端、笑顔で「飴玉、大切にします!」と目を輝かせる。「いやそれは食べ物だから」と、思わずツッコんだ。
アリスは「はい」と良い笑顔で応える。
何だか知らないけれど、ゲームはさらに白熱していった。その間、私はフィナンシェを作ることにした。今回はプレーン、チョコ、オレンジの三種類だ。
ちなみに型はギルが前に作ってくれた物を使用。
バターを鍋に入れて常に混ぜ混ぜしつつ、キツネ色になったら容器に移す。別のボウルに卵白とお砂糖、蜂蜜を入れて混ぜ混ぜ。そのあとで小麦(グルテンの量が少ない)、つまり薄力粉にちかい粉を使って、アーモンドパウダー(アーモンドを細かくしたもの自作)と、合わせて混ぜ混ぜ。
ここでフレーバーの場合は、ココアパウダーや細かく切ったオレンジなどを混ぜ合わせる。適度に冷ましたら焦がしバターを入れて、型に流し込んで焼くだけ。
「今回、味見はないのですね」
「はい。これは途中で味見をする必要はないので。でも焼きたての匂いがオーブンから香ってきませんか?」
「確かに。良い香りです」
「こうやって香りを楽しむのも、菓子作りの醍醐味だと思うのです」
「なるほど。……楽しみがいろいろあるのですね」
大体三十分ぐらいでできあがるので、その間にロイヤルミルクティーの準備をする。リュビはオススメのティーセットを出してきてくれて、陶器の美しいセットに思わず溜息が漏れた。
(素敵だなぁ……。私もギルもマグカップとかが好きだから、こういうティーセットももう少し増やそうかな?)
季節や気分に合わせて使い分けるのも楽しそうだ。そんな感じでほくほくしながらリビングに戻ると、トンデモナイ光景が広がっていた。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
本日電子書籍配信スタートしました! 沢山の応援によって素晴らしいイラストのエステルとギルに出会えました!
電子書籍配信記念SS・後編は夜に投稿予定です!
【新連載】
本日異世界転生(恋愛)にて95位!
https://ncode.syosetu.com/n0578ik/
追放聖女は拾ってくれた腹黒過保護騎士団長の重愛に困惑する ~あれ、義妹の代用品って設定はどこに?~
数日前に完結しました!
本日異世界転生(恋愛)にて7位!
【完結】聖画鑑賞するためなら、お飾りの妻にだってなりますとも!
https://ncode.syosetu.com/n7357ij/




